まとめと今後の展開

前回は、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の最終回として、Wanic ToolkitとWanicシリーズを用いたビジネスモデルについて説明しました。ビジネスモデルについて説明するにあたって、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、途上国・先進国を含む事業戦略を説明したのち、初期の事業展開先である東ティモールにおけるWanicシリーズのポジショニング、技術伝達を中心とした事業展開、ならびに、ビジネスモデルの考察について説明しました。

今回は、第25回目の記事、つまり、本ブログの最終回となりました。そこで、前半では、各章のまとめを行い、後半では、構造構成主義的プロダクトデザイン手法、Wanic/Wanic Toolkitの今後の展開について述べたいと思います。

各章のまとめ

イントロダクション – No Tinkering, No Innovation

イントロダクションでは、まず、本ブログの目的とターゲットについて説明をしました。本ブログは、ソーシャルイノベーションのためのデザイン理論を、背景となる理論や実例、ならびに、提案する理論の実践を通じてわかりやすく解説することを目的とし、デザイン思考やソーシャルビジネスに興味のある全てのひとをターゲットと設定しました。次に、タイトルにも含まれている”デザイン思考”と”ソーシャルイノベーション”について説明しました。デザイン思考について、その起源から定義まで追い、ソーシャルイノベーションについて、イノベーションとソーシャルイノベーションの違いについて重点的に説明しました。

1. ソーシャルイノベーションとソーシャルビジネス

第1章では、本ブログの2つのキーワードのうちの1つ、”ソーシャルイノベーション”について掘り下げ、フィールドとしてのBOPについて説明し、実際の事例として、企業、NPO、大学、研究機関を取り上げて具体的に説明しました。

第02回では、イノベーションとソーシャルイノベーションの定義、および派生型について説明しました。具体的には、シュンペーターの定義を説明したのち、イノベーションの派生系である、持続的イノベーションと破壊的イノベーション、オープンイノベーション、ソーシャルイノベーションを紹介しました。特に、ソーシャルイノベーションについては、Phillsらの定義に基づいて、イノベーションとの差違を説明しました。

第03回では、ソーシャルイノベーションのフィールドとしてのBOP(Bottom of the Pyramid)について、定義、特徴について説明しました。BOPが全世界の人口の90%を占めるという事実は、従来のプロダクトがわずか10%に向けてデザインされたものに過ぎず、その手法もまた10%の人々のための手法に過ぎないことを意味しています。そして、従来のデザイン手法がそのまま90%に対して適用不可能である理由を、フィールドごとの複雑性、デザイナと現地人の関心の対立構造というBOPが持つ特殊性から説明しました。

第04-10回では、ソーシャルイノベーションの事例として、企業・NPO、大学・教育機関の取り組みをシリーズにて説明しました。

まず、企業・NPOの事例として、第04回では、KickStartを紹介しました。KickStartは、地元の人々が起業家として利益を生み出すことが可能であり、持続可能な社会の形成、雇用の創出、経済の発展に貢献する製品を開発しています。ここでは、2つの製品(スーパーマネーメーカーポンプ、ヒップポンプ)を紹介したのち、KickStartの10のデザイン原則を説明しました。

第05回では、米国NPO Kopernikを紹介しました。Kopernikは、テクノロジーマーケットプレイスのコンセプトのもと、テクノロジーを所有する会社や大学、途上国の市民団体、一般市民の3者をつなげ、革新的な技術・製品を発展途上国に提供するための多数のプロジェクトを運営しています。ここでは、実際のプロダクト3点とそれらを用いた3つのプロジェクトを紹介しました。

第06回では、マサチューセッツ工科大学のNicholas Negroponteを中心に大学発NPOとして設立されたOLPCを紹介しました。OLPCは、ネットワークにつながったラップトップを全ての就学児に提供し、教育を通じて世界の貧しい子供たちに活力を与えることをミッションに低価格ラップトップの開発を行っています。ここでは、OLPCシリーズのXO-01とXO-03を紹介しました。

次に、大学・教育機関の事例として、第07回では、マサチューセッツ工科大学 D-Labを紹介しました。D-Labの”D”は、「Development though Dialog, Design, and Dissemination (対話を通じた開発、デザイン、普及」を意味しており、国際開発の枠組みの中で、適正技術と持続可能性のあるソリューションによる開発を育成するためのプログラムとして位置づけられています。ここでは、12のコースと、それぞれのコースの代表的なプロジェクトを紹介しました。

第08回では、d.schoolことHasso Plattner Institute of Design at Stanfordを紹介しました。d.schoolは、IDEO創業者であるDavid KellleyおよびIDEOの影響を強く受けており、”デザイン思考”がキーワードとなっています。ここでは、2011年Spring Semesterで開講中のクラスと、2つの長期プロジェクトを紹介しました。また、ベルリン郊外に存在する系列組織である、HPI School of Deign Thinkingを紹介しました。

第09回では、TU DelftことDelft University of Technologyを紹介しました。TU Delftでは、Industrial Design Engineering(IDE)プログラムが修士学生向けに開講した”Advanced Products”にて、ソーシャルイノベーションに関連したプロダクトの開発を行ってきました。また、IDEに存在する3つの学科のうちの1つ、Design Engineeringの1セクションに当たる、Design for Sustainability(DfS)も同様に、ソーシャルイノベーション関連の研究に取り組んでおり、そのコース内容について紹介しました。

第10回では、マサチューセッツ工科大学から始まり、世界に展開しているFabLabを紹介しました。FabLabは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークであり、必要なものをみんなで作る”DIWO(Do It With Others)”を基本理念に置いています。ここでは、FabLabの定義、歴史について説明したのち、利用可能なファブリケーションツールを紹介しました。

2. デザイン思考

第2章では、本ブログの2つのキーワードのうちの1つ、”デザイン思考”について掘り下げ、デザインプロセスごとのデザイン手法として、デザインリサーチ、モデリング、デザインパタンを紹介したのち、既存のデザイン手法の限界について説明しました。

第11回では、デザイン思考の系譜として、Herbert A Simon、David Kelly、Tim Brown、奥出直人、Hasso Plattnerの5人の研究者に注目し、定義とデザインプロセスを紹介しました。そして、これらに共通するプロセスとして、「1. フィールドへ赴き、データを取得する、2. 課題を発見し、仮説を構築する、3. プロトタイピングを行う、4. フィールドへ赴き、テストを行う、5. 製品を実装する」を抽出しました。

第12回では、プロセスの最初のステップである、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ためのメソッドとして、”質的調査法”を説明しました。具体的には、口頭データと質的データの様々な採取方法について、その概要と限界について説明をしました。さらに、目的に応じた複数の手法の組み合わせの事例として、エスノグラフィック・インタビューの一形態である、ベイヤーとホルツブラッドの提唱した”コンテクスチュアル・インクワイヤリ”を紹介しました。

第13回では、プロセスの2番目のステップである、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、”モデリング”を説明しました。具体的には、ユーザの属性に注目したユーザモデリングとして、ペルソナ、シナリオ、ゴールダイレクテッドデザインを紹介し、ユーザの行動に注目したワークモデル、ならびに、フィールドの構造を理解するためのGTAを紹介しました。

第14回では、プロセスの3番目のステップである、「3. プロトタイピングを行う」ためのメソッドとして、”デザインパタン”を説明しました。具体的には、デザインパタンの起源、および、建築からソフトウェアエンジニアリング、HCI(Human Computer Interaction)への流れを説明しました。そして、ユビキタスコンピューティング、ゲームの領域への拡張までを紹介し、その限界について指摘しました。

第15回では、第12-14回で述べた既存のデザイン手法を、BOPというフィールドに対して適用する場合の限界について説明しました。具体的には、BOPの特殊性として、フィールドごとの特殊性、デザイナとユーザとしての現地人との関心の対立構造を解説しました。既存のデザイン手法は、これらのBOPの持つ特殊性を考慮していないことから、適用において限界が生じることを説明しました。

3. 構造構成主義

第3章では、既存のデザイン手法の限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、”構造構成主義”を紹介しました。構造構成主義は、現象学と構造主義科学論の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論です。

第15回では、構造構成主義の特徴をモデル図を用いて説明しました。構造構成主義では、哲学的構造構成と科学的構造構成という2重の構造構成が存在します。これらを説明する前に、両者に通底する概念である、現象学的概念と構造主義科学論について解説しました。前者については、関心相関性と信憑性、後者については、構造と恣意性を中心に解説しました。

第16回では、構造構成主義を背景として持つ研究法の1つとして臨床心理学などの分野で用いられている、”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を紹介しました。これは、構造構成主義それ自体は概念であり思想であるため、デザイン手法として直接応用することが困難であるためです。SCQRMは、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理としています。ここでは、SCQRMの備える11の関心相関的アプローチを説明しました。

SCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、”M-GTA(Modified Grounded Theory Approach)”を分析ツールのひとつとして採用しています。第17回では、前進となるGTA(Grounded Theory Approach)について説明したのち、具体例を示しながら、概念化、カテゴリ化、理論化のプロセスで構成される、分析プロセスを紹介しました。また、手続きとして作成する分析ワークシートを紹介しました。

4. ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法

第4章では、筆者の構築した、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法について説明しました。本手法は、フィールドの複雑性の構造的な理解と、デザイナとユーザとしての現地人の信念対立の解消、というBOPをフィールドとするプロダクトデザインにおける目的に基づいて、構造構成主義をアプローチとして導入しています。

第18回では、実際のデザイン手法として、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の3つのステップで構成されるデザインプロセスを紹介しました。まず、デザイナの関心モデル構築は、デザイナの関心を構造化するステップです。次に、フィールドの概念抽出および現象マッピングは、フィールドを構造化し、現地人の関心を構造化するためのステップです。最後に、ソリューションモデルの構築は、デザイナの関心モデルと、第2のステップで抽出された「概念」をもとに問題発見、および、発見された問題に対する仮説を生成するステップです。

5. ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践

第5章では、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践として、実際にフィールドワークと現地テストを繰り返し開発したプロダクト – Wanic / Wanic Toolkit – をケーススタディとして引用しつつ、そのデザインプロセスの詳細を説明しました。

第19回では、筆者の参加した東ティモールへのフィールドワークを題材に、事前調査からデザイナの関心モデルの構築、そして、調査項目・インタビュー項目決定までの流れを説明しました。本フィールドワークは、米国NPOコペルニク主催の途上国の課題を解決するプロダクトを開発することを目的としたSee-D Contestのプログラムの一環として設計されたものです。

第20回では、筆者の参加した東ティモールへのフィールドワークのうち、ボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の具体的なプロセスについて説明しました。

第21回では、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」の具体的なプロセスについて説明しました。

第22回では、構築されたソリューションモデル(ver1.1)とデザイナの関心モデル(ver1.1)に基づいてデザインされた、ココナッツワイン”Wanic”と、Wanicを製造するためのツールキット”Wanic Toolkit”のコンセプトモデルについて説明をしました。具体的には、キットの概要、キットを用いたWanicの製造プロセス、ならびに、第1回現地テストとそこでのフィードバックを中心に説明しました。

第23回では、Wanic Toolkitの普及モデルについて説明をしました。コンセプトモデルから普及モデルを開発するまでの過程として、第1回現地テストの結果を受けてデザインした普及モデル(ver.1.0)、東ティモールにてWanic Toolkitを用いて、Wanicを作るヒト、および、飲むヒト向けに実施した第2回現地テスト、さらに、第2回現地テストをもとに改良した普及モデル(ver.1.1)を説明したのち、普及モデル(ver.1.1)を用いたWanicの製造プロセスについて説明しました。

第24回では、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明しました。ビジネスモデルについて説明するにあたり、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、途上国・先進国との関係を説明したのち、初期の事業展開先である東ティモールにおけるポジショニング、技術伝達を中心とした事業展開、ならびに、ビジネスモデルの考察について説明しました。

今後の発展

構造構成主義的プロダクトデザイン手法

まず、構造構成主義的プロダクトデザイン手法については、グラントの獲得を視野に入れつつ、精緻化と汎用化の2つの発展を考えています。精緻化とは、手法そのもののブラッシュアップを指します。具体的には、他のデザイナによるケーススタディを通じて、ブラッシュアップを行いたいと考えています。本ブログで紹介した東ティモールへのフィールドワークの際には、筆者自身がいわば最初の被験者となり、手法の妥当性の確認を試みました。今後は、バングラデシュやフィリピンなど東ティモール以外のアジア地域にて、別のデザイナによる本手法を用いたプロダクトデザインを依頼したいと考えています。

汎用化とは、ブラッシュアップした手法のツール化を指します。現在は、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」という3つのステップのみが明示化されている状態にすぎず、具体的なツールが存在するわけではありません。今後は、専用のシートや、iPhone/iPadなどのアプリケーションを作成し、ツールのかたちで本手法を普及させていきたいと考えています。その過程では当然ワークショップなどの開催も検討していきたいと考えています。

Wanic/Wanic Toolkit

次に、Wanic/Wanic Toolkitについては、酒のブラッシュアップと販路開拓を考えています。現時点では、フレッシュワニックのプロトタイプを製造した段階、すなわち、ツールキットとココヤシの実を使ってお酒が作れることを示したにすぎません。実際に商品として販売するまでには、酵母の選定・培養、糖度の測定に基づく補糖料の決定、味の安定化、中期保存方法の模索など多くの課題が残されています。今後は、国内酒造メーカー、現地酒造メーカーといったパートナーを模索し、協業による製品開発を検討していきたいと考えています。

一方で、販路については、現地パートナーとして、東ティモールにてホテルもしくはレストランを1店舗選定し、その周辺を使ってツールキットの製造、フレッシュワニック、ボトルドワニックの製造を行い、販売テストを行ってみたいと考えています。そして、この地をモデル店舗として設定し、Wanicツアーと称して、日本の酒造メーカーやその他販売代理店候補の企業の方々を東ティモールにお連れすることによって、Wanicへの理解だけではなく、東ティモールの観光収入の増大に少しでも貢献したいと考えています。

さいごに

本ブログは、当初の計画通り25回で予定していた内容を全て完了することができました。4月の正式オープンを前にいくつか記事をストックしていたのですが、通常業務を行いつつ、となるとすぐにストックもつきました。週一での定期更新は初めての試みではなかったのですが、文章のクオリティとボリュームを保ち続けることに慣れるまではしばらく時間を必要としました。とはいえ、後半はペースをつかみ、水曜で構成、木、金、月曜でドラフト、火曜に仕上げというサイクルが確立しました。

このブログを通じて、いくつか取材をいただきましたし、研究として発展しそうな案件もいただくことができました。今後は、上記に述べたような方針で研究を継続していくつもりですが、書籍化(!)という当初の目的を果たすために、本ブログの内容のメンテナンスを行っていきたいと思います。書籍の対象は、紙媒体が(個人的には)最も理想的なのですが、電子書籍の流通面におけるメリットを考慮して前向きに検討していきたいと思っています。

最後まで読んでくださった方、twitter等でコメントをくださった方、どうもありがとうございました。また、Appendixなど更新するかもしれませんが、ひとまずお礼を述べさせていただきたいと思います。

続きを読む

ソーシャルイノベーションの事例 – FabLab

前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第3弾として、TU Delft Industrial Design Engineering(IDE)を選択し、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。IDEの場合、MIT D-Labや、Stanford d.schoolと異なり、明確なコンセプトは打ち出されていませんが、学位を取得可能な学部、修士課程、博士課程にてソーシャルイノベーションに関する研究を行うことができること、また、Philipsをはじめとする企業等の外部団体とのコラボレーションが盛んであることから、プロダクトとして社会に対する実質的な貢献が可能であることが特徴といえるでしょう。

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第4弾として、FabLab[1]を紹介したいと思います。これまで紹介してきた3つの組織は、研究者や企業がモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいていました。一方で、FabLabは、必要なものをみんなで作る”DIWO(Do It With Others)”を基本理念に置いています。FabLabはMITからスタートしましたが、すでに世界中に展開されており、ここ日本においても、2010年春にFablab Japan[2]が設立されて以来、注目を浴びつつあるだけではなく、2011年5月には鎌倉に日本初のFabLab[3]がオープンいたしました。

[1] FabLab Main
[2] FabLab Japan
[3] FabLab Kamakura

まず、FabLab Japanのウェブサイトよりファブラボとは何かについての具体的な説明を引用をしてみましょう。

ファブラボとは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークです。「Fab」には「Fabrication(ものづくり)」と「Fabulous(愉快な、素晴らしい)」という2つの意味が込められています。ファブラボは、次世代のものづくりの「インフラ」だといえます。インターネット(というインフラ)が普及することによって、誰もが自由に情報発信することができるようになったように、ファブラボ(というインフラ)が各地に普及することで、誰もが自由にものづくりを行えるようになることが期待されています。そして、いずれは3次元プリンタやカッティングマシンが一家に一台普及する時代がやってくると考えられています。

また、FabLabの定義についても同ウェブサイトに掲載されています[4]。

1. ファブラボ憲章(下記参照)の理念に従って運営され、ファブラボ憲章を印刷して掲示してあること
2. 少なくとも週1日は市民に一般公開されていること
3. 世界のファブラボ標準機材を最低限揃えていること(2011年現在、レーザーカッター、CNCミル、ペーパーカッター、ビデオ会議システム。ただしこのセットアップは過渡的なものであり、ファブラボ標準機材は毎年少しずつ進化していきます)
4. ウェブ環境を活用して、ものづくり知識やデザイン等の共有活動(オープンソース化)に取り組んでいること
5. 世界FabLab会議で登録され、世界中のfablabberに「ここにもあるよ」と認知されること

[4] FabLabの定義とFabLab憲章

歴史

次にFabLabの歴史について紹介しましょう。FabLabは、MITメディアラボにおいて、The Grassroots Invention Group)(GIG)とThe Center for Bits and Atoms (CBA)の協働プログラムとして生まれました。現在、GIGはすでに活動を停止していますが、CBAが中心となって活動を続けています。特に、MIT 教授であり、Center for Bits and Atoms センター長であるニール・ガーシェンフェルド(Neil Gershenfeld)が2003年より開講しているクラス”How To Make (Almost) Anything”(ほぼなんでも作る方法)[5]は、FabLabの活動において中心的な役割を果たしています。この授業を修了した学生が、各地のFabLabを設立するという世界展開に貢献しています。慶應義塾大学 環境情報学部・准教授でありFabLab Japan発起人の田中浩也 先生は、2010年度の本授業に一学生として参加し、非常に内容の濃い体験記[6]を残されています。

[5] How To Make (Almost) Anything
[6] How to Make (Almost) Anything (ほぼ何でもつくる方法) 2010年度 体験記

ニール・ガーシェンフェルドの著書である『Fab: The Coming Revolution on Your Desktop-from Personal Computers to Personal Fabrication (邦題『ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け」)』[7]の中では、この授業で作られたプロダクトや、ものづくりの過去と未来(ビジョン)について詳細に語られています。

[7] 残念ながら日本語版は絶版中です。(2011年6月現在)

ツール紹介

さて、ここからはFabLabで利用可能なファブリケーションツールについて説明をしていきたいと思います。MIT FabLabのメインサイトであるFabCentralには、デザインツール(ソフトウェア)の一覧や機材の簡単なマニュアル等も掲載されています[8]。なお、ツール一覧には型番まで明記されていることは少ないため、以下では、同シリーズの製品へのリンク、あるいは、同シリーズの製品紹介デモビデオを掲載することとします。

[8] Tools
※2011年6月にサイトの改修があったため古いリストを利用しています。

Basic Machines

Universal社製レーザーカッター
パスに沿ってレーザーによりアクリルや木材を切断する装置

Roland社製カッティングプロッタ
防水性のポスターやステッカー等を制作するために利用する装置

Modela社製小型ミリングマシン(CNCフライス)
マテリアルに平面や溝などを切削するための装置

Advanced Machines

Omax社製ウォータージェットカッター
加圧された水を用いて加工を行う装置

ShopBot社製CNCルータ
フライス盤と類似であるが、主に木材を切削加工する装置

Resonetics社製エキシマレーザーカッター

Epilog社製レーザーカッター

Alpha社製CNC旋盤
円柱状の材料を回して刃を当てて罪障を削る装置

APS社製表面実装システム
基板の表面に部品を配置する装置

Torchmate社製CNCプラズマカッティングシステム

Zeiss社製共焦点顕微鏡
高解像度のイメージと三次元情報の再構築が可能な顕微鏡

3D Printing and Scanning Machines

Stratasys社製3Dプリンタ
ABS樹脂を積層し3次元のオブジェクトを製造する装置

3Dプリンタ(ZCorp社製)

Minolta社製3Dスキャナー

Machines that make

さて、ここで挙げたマシンはいずれも非常に高価であり、MITのような予算が潤沢な研究機関は例外として、一般的には購入が困難です。ましてやソーシャルイノベーションの舞台となる途上国で導入することはさらに困難を伴うでしょう。そこで、MIT Center for Bits and AtomsのMachines that make[9]グループでは、ツールそのものを安価に製造するための研究を行っています。いくつか例を挙げてみましょう。

[9] Machines that make

Mantis 9.1 CNC Mill

Mantis 9.1 CNC Mill [10]は、100ドル以下の費用で作られた3軸 CNCミリングマシンです。

[10] Mantis 9.1 CNC Mill

Fluxamacutte

Fluxamacutte[11]は、50-100ドル程度のパーツで構築可能な安価なヴィニールカッターです。全てのパーツはレーザーカッターでカットされており、Arduinoで制御されています。

[11] ヴィニールカッター

Fab-In-A-Box

Fab-In-A-Box[10]は、スーツケースの中に入れて持ち運ぶことが可能なポータブルなFabLabです。マルチハブと呼ばれるパーソナルファブリケータは、ミリング、ヴィニールカッティング、3Dプリンティング、3Dプロッティング機能にてオブジェクトを構築することができます。

[10] Fab-In-A-Box

ロードマップ

最後にFablabのロードマップを引用いたします[10]。先に紹介したMachines that makeグループの研究は、fablab2.0の途中段階にある研究といえるでしょう。

マシン/ツール革命
fablab1.0 computers make machines – 3次元プリンタやカッティングマシンで材料を切り出して組み立てて機械をつくる(現状)
fablab2.0 machines make machines – 機械自体が機械を生み出す(自己産出系)。自己複製する3次元プリンタ(RepRap, CupCake)。

マテリアル革命
fablab3.0 code makes materials – 物質に「コード」が埋め込まれるようになる。(形状としてのコード、情報としてのコード)
fablab4.0 program makes materials – 物質に「プログラム」が埋め込まれるようになる。(Programmable Matter)

[10] MIT FabLab RoadMap

まとめ

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、FabLabを選択し、その思想的特徴、中心となっているクラス、利用可能なツールについて説明を行いました。モノを作り場合、アイディアから設計まで、すなわち、IdeationからDesignまでの過程を経たのち、Developmentの過程において、プロトタイピングを繰り返す必要があります。ここでは、実際にモノを作るための様々なスキルを習得する必要があります。アイディアは誰でも思いつくことができますが、実際に動作するもの、形あるものを作り上げ、ユーザに手にとってもらい、あるいは、使用してもらい、最終的に市場にリリースしてこそのイノベーションであると筆者は考えています。その視点からすればHow To Make (Almost) Anythingのクラスや、世界各地域におけるFabLabは、非常に作り手にとって大きな存在であると考えています。

さて、ここまで紹介した4つの大学・研究機関では、モノを作るクラス,ビジネス化するクラス,あるいは、フィールドワークに関するクラスなど数多くのクラスが存在しています。しかしながら、
– 獲得したデータからどうモデルを構築するか?(部分から全体をいかに構築するか?)
– 獲得データから創造のジャンプをいかに発生させるか?
というクラスは存在していません。IDEOやAdaptive Pathもエスノグラフィの視点からフィールドの重要性について説いても、データからモデル化する手法については(意図的であれ無意識的であれ)明らかにしていません。優秀なクリエイタはもちろん無意識的にそれらを実現している可能性もありますが、我々凡人はある程度メソッドを通じて訓練をしていく必要があると考えています。

次回からいよいよソーシャルイノベーションのためのデザイン思考について説明をしていきます。

続きを読む

ソーシャルイノベーションの事例 - TU Delft IDE

前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から第2弾として、d.schoolことHasso Plattner Institute of Design at Stanfordを選択し、その特徴、クラス、プロジェクトについて説明を行いました。d.schoolの最大の特徴は、デザイン思考であり、さらに、コンピュータ技術、ビジネスに関連した要素がクラスに散りばめられていました。

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第3弾として、舞台をヨーロッパへと移し、TU DelftことDelft University of Technology[1]を紹介いたします。

[1] TU Delft

Stanford d.schoolや、MIT D-Labと同様に、TU Delftもまた、全ての学部でソーシャルイノベーションに取り組んでいるわけではありません。Industrial Design Engineering (IDE)プログラム[2]が中心となってこの領域に対する研究を行っています。IDEは、1965年に設立された、学部および修士・博士向けのプログラムで、”人々が使いたくなものを作る”をモットーに、病院のベッドからドライヤーまで、携帯電話からウェブサイト、企業CIまでをデザインしています。

Studens Projects

IDEにて、修士学生向けに”Advanced Products”が開講された2002年以降、学生プロジェクト[3]として、BOPプロダクトが数多く開発されてきました。学生プロジェクトとはいえ、多くの場合、メーカーや現地協力団体とのコラボレーションを行っており、すでに商品化されたものを改良したプロジェクトや、実際に新規商品としてリリースされたプロジェクトが数多く存在します。例えば、第05回 Kopernikの記事中にてすでに紹介した”Lifestraw”もAdvanced Productsの学生プロジェクトから生まれたプロダクトです。以下では学生プロジェクトとそこで生まれたプロダクトをいくつか紹介してみましょう。

[2] Industrial Design Engineering
[3] Students Projects

調理エリアの環境改善

Marieke Bijtelaarは、USのNPOであるHelps Internationalが開発したオイルストーブの改良を行いました。従来、グアテマラの貧しい人々は、薪を使って料理をしていましたが、目や呼吸器に問題を引き起こしていました。このような問題に対して、Helps International社は、オイルストーブを開発しましたが、グアテマラの人々は依然として薪と竈を使い続い続けていました。この状況を改善するためにMarieke Bijtelaarは、2つの対策を行いました。まず第1に、煙突型のヒータの導入です。煙突からの余熱を利用して、調理スペースを温めることができます。第2に、ストーブの周辺に設置するテーブルを導入しました[4]。

[4] Improving the climate of cooking areas

天然繊維のドア・窓への利用

NPSP Composites社は、天然繊維の合成物を製造するための手法を開発し、この技術をインドなどの低所得の人々に対して、彼らの利益とすることができるような使用方法を模索していました。Joan Boekhovenは、住宅環境にこの技術を応用し、ドアや窓を天然繊維で製造しました[5]。これらは軽量であることから、設置コストが安く、またメンテナンスも容易です。また、腐食に強く、防虫効果もあります。さらに、木のように膨らむことがないというメリットもあります。

[5] Natural fibres in doors and windows

初期がん検出のためのスクリーニングデバイス

インドの地方では口腔がんは主要な医療問題の一つと化しています。PhilipsとManipal Academyは、共同で口腔がんを検出するポータブルデバイスを開発するプロジェクト[6]を立ち上げ、フィールドワークを通じて、プロダクトのデザイン要件を決定することから始めました。例えば、噛みタバコは口腔がんの一つの主要な原因であり、いまだ人気のある嗜好品であることがわかりました。また、現地の人々の口腔衛生状態は極めて低く、医療施設やスタッフも限られていることがわかりました。プロダクトの開発後、フィールドテストを通じて、携帯性、測定法、インタフェース、多機能性などが改善されました。現在では、NGOの協力とともに、患者数を減らすことに成功しています。

[6] Screening device for early cancer detection

カンボジアのソーラーライト

Kamworks社は、カンボジアにおける社会問題と、各地方において太陽光を利用したライトを生産する機会として太陽エネルギーを考えるスタートアップ企業である。Stephen Boomは、カンボジアの現地調査に赴いたところ、ソーラーエネルギーは高価で雨季に十分なエネルギーを確保できないと現地人が思っていると結論づけました。その上で、現地での製造可能性を調査し、最終的に地元の小売業者にとって、クオリティとメンテナンスが重要課題であることがわかりました。これらの調査に基づいて、型はローカルマテリアルから製造し、射出成形(Injection Molding)より安価なバキューム成形を用いたAngkor Lightを開発しました[7]。

[7] Solar Lighting in Cambodja

デザインナレッジフレームワーク: Design4Billionsk

BOPマーケットのためのプロダクトデザインに対する関心は非常に高まっているものの、実際にプロダクトを作るための広範な知識は依然として失われたままです。Design4Billions[8]は、この知識のギャップを埋め、デザイナのプロダクト開発をサポートするためのフレームワークを構築することを目的としてスタートしました。

このフレームワークは以下の4つの観点に注目し、構成されています。
– グローバルコンテキストにおけるDesign4Billionsの占める”ポジション”
– BOPプロダクト開発における”ステークホルダー”
– BOPのためのデザインを行う”デザイナ”
– Design4Billionsにおける”コラボレーションスペース”

特に、BOP Library[9]を中心に、webリソースや書籍に関する情報をアーカイブしており、有用性も高いと考えられます。

[8] Design4Billions Knowledge Framework
[9] Design4Billions

Design for Sustainability

Students Projectsだけではなく、IDEに存在する3つの学科のうちの1つ、Design Engineeringの、さらに1セクションに当たる、Design for Sustainability(DfS)[10]もまた、ソーシャルイノベーション関連の研究に取り組んでいます。Design for Sustainabilityは、”持続可能性”に注目したプロダクトやサービスをデザインする企業や研究機関を助けるための、メソッドやツールの開発、テスト、普及をミッションとしいます。以下では、いくつかのコースとともに、UNEP(国連開発計画)との共同プロジェクトであるD4Sを紹介いたします。

[10] Design for Sustainability

コース

– Basic Environmental Sciences
プロダクトデザインに関連した環境問題を紹介するコース

– Life Cycle Engineering & Design
プロダクトデザインにおける持続可能なマテリアル、テクノロジーの適用に関するコース

– Product Service Systems
持続可能性のあるプロダクトやサービスシステムの開発に関するコース

– Applied Environmental Design
産業における漸進的な環境改善に関するコース

– Environment and Business
エコデザインマネジメントにおけるバリューチェーンの内部および外部における問題に関するコース

– Technical Environmental Analysis
プロダクトやサービスの環境に与えるインパクトの分析に関するコース

-Internationalisation
文化的多様性の文脈において働く学生のための準備に関するコース

D4S – Design for Sustanability

DfSに所属するJan Carel Diehl教授が、UNEPとの共同研究を通じて、途上国において、スモールビジネス、ミディアムビジネスを始める起業家をターゲットとして、4ヶ国語(英語、フランス語、スペイン語、ヴェトナム語)のwebおよびpdfマニュアルをまとめています[11][12]。

具体的には、企業が利益率、プロダクトのクオリティ、市場機会、環境に対するパフォーマンス、あるいは社会に対する利益を改善するというD4Sのメソッドやコンセプトを、これらのターゲットに対して適用した実践的なアプローチを中心としており、具体的なケーススタディとして、コスタリカやモロッコにおけるプロジェクトを掲載しています。

[11] Design for Sustainability(web)
[12] Design for Sustainability(pdf)

まとめ

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、TU Delftを選択し、中心となっているIDEについて、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。これまでに紹介した2つの大学・研究機関の事例の場合、D-Labは、適正技術、d.schoolは、デザイン思考というように、コースのコンセプトが明確に規定されていました。これらに対して、IDEの場合、特徴となるコンセプトは色濃く打ち出されていません。とはいえ、IDEは、学位を取得可能な学部および修士・博士課程のプログラムであるという点において、自主的なコースであり学位と関係する単位を取得することができないd.schoolやD-Labと大きく異なります。また、学生プロジェクトの例を見てもわかるように、企業との連携、特に、地元のグローバル企業であるPhilipsとの密接な繋がりから、共同プロジェクトが数多く存在します。これらのプロジェクトでは、すでにあるプロダクトの改良や、プロダクトの新規開発を通じて、成果が社会に還元される可能性が高い点もまた、魅力的であるといえるでしょう。

さて、これまではモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいて、大学・研究機関を紹介してきました。次回は、これらとは異なる視点として、必要なモノは(現地の人が)みんなで作るDIWO(Do It With Others)の視点から、Fablabを紹介したいと思います。

続きを読む

ソーシャルイノベーションの事例 - d.school

前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第1弾として、MIT D-Labを取り上げ、12のコースの内容とそれぞれのコースの代表的なプロジェクト例を紹介いたしました。MIT D-Labの特徴は、”適正技術と持続可能性のあるソリューションの提供”と言えます。

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第2弾として、通称d.schoolことInstitute of Design at Stanford [1]を紹介いたします。

[1] d.school

d.schoolの正式名称は、Hasso Plattner Institute of Design at Stanfordです。ドイツのソフトウェア企業であるSAPの共同設立者、Hasso Plattnerが、35,000,000 USドル(約31億円)を寄付し、2005年にIDEO創設者兼CEO(当時)であり、スタンフォード大学教授のDavid Kelleyがディレクターとなって設立されました。David Kelleyがディレクターであることからも容易に推測されますが、d.schoolは、彼およびIDEOの影響を強く受けており、d.schoolのキーワードは”デザイン思考”と言えます。d.schoolはデザイン思考を学び、実践するための場と考えてよいでしょう。

ビジョン

d.schoolは4つのビジョンをもっています。これらに共通するキーワードは、デザイン思考、チーム、コラボレーションです。以下ではそれぞれについて説明していきましょう。

1. We believe great innovators and leaders need to be great thinkers
(優れたイノベータ、リーダーは優れたデザイン思考の実践者である必要がある。)

d.schoolは、デザイン思考を通じて人々を結びつける場所として設立されました。ここでは、エンジニアリング、医学、ビジネス、人文科学、教育における学生と教員が、デザイン思考を学ぶたためのハブとして機能しており、人間が中心となって、大きな問題を解決すべく協力しています。学生は、デザイン思考の方法論を別の新しい場所に適用し、新たな問題の解決を試みることを求めれています。

2. We believe design thinking is a catalyst for innovation and bringing new things into the world.
(デザイン思考は、イノベーションのための触媒であり、世界に新しきモノをもたらす。)

d.schoolのコースとカリキュラムは、デザイン思考に基づいています。エンジニアリング、デザインの手法を活用するだけではなく、芸術からアイディア、社会科学から道具、ビジネスの世界から洞察を、これらの手法と結びつけています。このプロセスそのものが、異なるバックグラウンドの仲間をゴールにむかって結びつける役割を果たしています。また、d.schoolは、デザインプロセスに焦点を当てています。それは、学生に対して、あらゆる分野において革新的な結果をもたらす方法論を身につけさせたいというモチベーションに基づくものです。つまり、イノベーションではなく、イノベーションを起こす人材としての”イノベータ”を作り出すことに焦点を当てています。

3. We believe high impact teams work at the intersection of technology, business, and human values.
(大きなインパクトをもたらすチームは、テクノロジー、ビジネス、人間における価値の交差する場所において作用する。)

我々の経験上、チームにおけるアイディアが、人間、ビジネス、技術的な要因を統合するときにこそ、チームにとって大きなインパクトがもたらされるということを我々は知っています。d.schoolはStanfordにおけるこれらの領域における活動を結びつけ、決して交わらないエキスパートをチームとして交わらせることを狙いとし、実際に実現しています。

4. We believe collaborative communities create dynamic relationship that lead to breakthroughs.
(コラボレーションをするコミュニティは、ブレークスルーをもたらす動的な関係を創りだす。)

d.schoolは、大学や産業から様々なエキスパートが集まり、異なる視点が要求されるプロジェクトを実践する場です。まさにこの場こそが、いきいきとしたインタラクティブな環境を創り出しています。コミュニティの多様性こそが、新たなイニシアチブを確立させ、独自の規範を統合すると考えられています。コラボレーションのカルチャーは、単なるアイディアを飛び越えます。ラディカルなコラボレーションが、イノベーションのカルチャーを作り出すと彼らは信じています。

クラス

d.schoolのクラスは、スタンフォード大学の大学院生でなければ受講できません。これはD-Labと同様ですね。以下では2011年のSpring Semesterにおいて開講中の授業について簡単に説明してみましょう。

Improv and Design

即興劇による舞台とデザイン思考の交差点を模索する実践的なクラス。

Transformative Design

インタラクティブ技術が、行動の変化を促すべく、いかにデザインされるべきかについて調査を行うクラス。

Creativity and Innovation

組織における個人、ならびに、チームの創造性を刺激することに焦点をあてたクラス。

d.medical: Design Thinking for Better Health

アメリカの医療支出のうち75%は、生活習慣病のために使われています。患者がライフスタイルを変えることができれば、多くの問題は避けられます。このクラスでは、チームでデザイン思考を活用して、この変革にチャレンジします。

Designing Liberation Technologies

小さな複合的なプロジェクトチームを組織し、ケニアのNGOや会社と一緒になって、開発や民主化を促進する技術をデザインする。

Brands, Experience, and Social Technology

GSB(Stanford Graduate School of Business)との共同コース。Jennifer AakerのBuilding Innovative Brands (BIB) と Power of Social Technology (PoST) のコースの内容を利用し、企業は顧客や社員とのよりよい経験、会話、関係をいかにして育てるのか?ブランドを構築するためにソーシャルメディアをいかに利用すべきか?などといった疑問に対する解答を模索するクラスです。

Launch Pad: Design and Launch Your Product or Service

10週間で個人、あるいは、チームにて、デザイン思考を実世界の問題に当てはめて、プロトタイピング、テスト、価格設定、マーケティング、リリースまで行うクラス。

Innovations in Education: Designing the Teaching Experience

The School of Education, NewSchools Venture Fundとのコラボレーションによるコース。特に教師に焦点を当て、教育の改善を行うことを目的としています。

D-Lab: Design for Service Innovation

経済的に実現可能なサービスをに焦点を当てたプロジェクトベースのコース [2]。2011年の今季は、幼少期に重い病気を患った若年成人(18-25)向けのサービスをドメインとして設定しています。

[2] OIT344 dLab: Design for Service Innovation

Design for change: Poverty in America

NPO団体のGLIDEとともに、サンフランシスコのテンダーロイン区にいるその日暮しの人々の貧困のサイクルを断ち切るためのクラス。

Collaborating with the future: Launching large-scale sustainable transformations

デザイン思考の方法論、行動科学のテクニック、マーケティングや普及理論の要素を含む大規模変革のための道具、統合戦略のための方法論、これら4つの要素を組み合わせるプロセスが採用されたプロジェクトベースのクラス。

From Play to Innovation

遊び心を付与することで、イノベーションを高めることに焦点をおいたクラス。遊びの原理や要因に関する理解を得るために、遊びの状態や、創造的な思考に対して遊びがいかに重要かについて調査します。

プロジェクト

上記は半期にわたって開講されるクラスの説明でしたが、以下では、半期を越えて継続されているプロジェクトについて説明します。

K-12 Lab

K-12 Lab [3]は、途上国の子供や学校に対して、デザイン思考を提供するためのプロジェクトです。学生らが自分自身で学ぶ責任を持つデザイン思考の場へとクラスを変容させることができるようにするために、教員に対してワークショップを開催しています。

[3] K-12 Lab

実際のカリキュラムや様々なリソースは、K-12 Lab wiki [4]から確認できます。例えばカリキュラムリソースのページ [5]では、プロセス(Empathy->Define->Ideate->Prototype->Test)とLevel(1->2->3->4)ごとに何を教えるべきががまとめられています。例えば、EmathyのLevel.1は、”Open-ended Questions”です。このクラスでは、学生はより深い議論を導く質問形式であるOpen-ended Questionsを学びます。例えば、この活動の何が好きですか?、どのように感じましたか?、何かを変えれるとしたら何を変えたいですか?、などの質問は、Open-ended Questionsに該当します。カリキュラムには、ゴール、クラスの長さ、グループの規模、Open-ended Questionsとは何か、なぜOpen-ended Questionsを教えるのか、どのようにして教えるのか、さらに、サンプルレッスンのフローがまとめられています。

[4] K-12 Lab wiki
[5] Curriculum Home Page

Social Entrepreneurship Lab

Social Entrepreneurship Lab [6]は、コースから生まれたプロジェクトを継続し、世界中でそのソリューションを利用できるよう、外部組織との協力、あるいは、会社の設立を支援するプロジェクトです。以下では2つの事例を紹介しましょう。

[6] Social Entrepreneurship Lab

Angaza Design

 

Angazaの注目した問題点は、クリーンかつ持続可能なエネルギーです。世界中には150億人以上の人々が、電気にアクセスできません。このプロジェクトでは、そのうちの10%が存在する東アフリカをターゲットとしています。ここに住む人々は、収入の30%をケロシンなどの低クオリティで危険な燃料ベースの光源に費やしてます。

このような問題に対するAngazaのソリューションは、東アフリカ向けのマイクロソーラーホームシステムです。本プロジェクトでは、低コスト、かつ、典型的な家庭で必要な電力を供給可能なソーラーホームシステムを市場に投入予定です。システムは、ソーラーパネル、LEDライト、携帯電話やラジオの充電や電源供給が可能な回路ボックスを含んでいます。

The Pepper Eater Project

The Pepper Eater Projectの注目した問題は、乾燥チリペッパーを手動で製造する女性起業家に対する、より効率的で安全なツールの提供です。エチオピアだけで466,000,000キログラムのペッパーが年間消費され、400,000人の女性がペッパーの製造に関わっています。しかしながら、現在の手法では、手が油まみれになり、目、鼻、喉が空気中のペッパーの粉で焼けてしまうという問題があります。

このような問題に対するThe Pepper Eater Projectのソリューションは、現在の手法よりも2-4倍速く乾燥ペパーを粉々にする挽き機です。ペッパーの粉やオイルに接触する時間を制限することで、長時間の製造を可能とします。材料は安価なローカルマテリアルを採用し、実際に導入した土地で製造しています。

HPI School of Design Thinking

さて、Hasso Plattnerは地元ドイツ、ベルリンの郊外ポツダムにHPI School of Deign Thinking [7] を2007年に設立しました。以下では、こちらのd.schoolをPotsdam d.school と呼び、区別をしたいと思います。

[7] HPI School of Deign Thinking

システム

実際に私はPotsdam d.schoolを訪問し、Dr. Claudia Nicolaiから話しを伺う機会を得ましたので、その時のメモを元に説明をしたいと思います。

校舎はポツダム大学に隣接していますが、Potsdam d.schoolはポツダム大学とは独立しており、学生はポツダム大学の学生に限定されず、世界中から入学しているそうです。したがって、授業はドイツ語ではなく、英語で行わまれます。d.schoolとしての教育だけではなく、Stanford d.schoolとの共同研究も行っており、Hasso Plattner財団を通じた潤沢な研究資金に対して、リサーチャーはグラントの申請を行い、プロジェクトを行っている他、企業との共同研究を行っています。

実際の教育については、半期制を採用しており、2月から7月まで夏学期が開講され、10月から2月までの冬学期が開講されています。ベーシッククラスは夏学期から開講され、2日間のキャンプののち、デザイン思考の基礎を学ぶ短期のクラスを経て、6週間のプロジェクトが実施されます。6週間のプロジェクトは、外部のNPOないし企業との共同プロジェクト形式が採用されています。

冬学期のアドバンストクラスは、オプションのクラスであり、12週間の外部パートナーとの共同プロジェクトとなっています。学生は1つの実世界における問題に取り組み、イノベーティブなソリューションを創造し、パートナー企業において実装する方法を模索します。

どちらのd.schoolもデザイン思考、プロジェクトという点では一致しています。しかしながら、Potsdam d.schoolのクラスは、原則外部パートナーが存在しています。この点では、Stanford d.schooolと比較して、より社会に密接に関わっているとの印象を受けます。一方で、スポンサードのクラスしか存在しないという意味では、スポンサーの存在がデザイン上の制約になるとの可能性は否定できず、スポンサーを啓蒙するような提案を学生や教員が出来ているか否かという点に興味を覚えます。

まとめ

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関からd.schoolを選択肢、その特徴、クラス、プロジェクトについて説明を行いました。クラスの内容については、D-Labが適正技術に焦点を当てているのに対して、d.schoolは、デザイン思考を中心に構成されていました。また、立地的な性格から、コンピュータ技術、ビジネスに関連した要素がクラスに散りばめられていました。MIT D-Labとd.schoolは一見ソーシャルイノベーションとう視点で類似性が高く見えますが、実際には着眼点が全く異なることがわかります。

次回は、ヨーロッパに舞台を移し、TU Delftを紹介いたします。

続きを読む

ソーシャルイノベーションの事例 - D-Lab

前回はソーシャルエンタープライズの事例として、大学発NPOのOLPCを紹介いたしました。OLPCは、寄付によって運営され、プロダクトであるXOシリーズを開発し、途上国の子供たちにラップトップを提供し、教育の機会を提供することで、途上国に活力を与えることをミッションとしていました。

今回からソーシャルイノベーションの担い手をソーシャルエンタープライズから移し、4回に渡って様々な大学や研究機関を紹介していきたいと思います。今回紹介するのはマサチューセッツ工科大学のD-Lab[1]です。

[1] D-Lab

D-Labは、D-Labの”D”は”Development though Dialog, Design, and Dissemination (対話を通じた開発、デザイン、普及”を意味しており、国際開発の枠組みの中で、適正技術と持続可能性のあるソリューションによる開発を育成するためのプログラムです。D-Labは、低コストの技術を用いた創造と実装を通じて、低所得の家庭の生活の質を向上させることをミッションとしています。

D-Labは、2002年にMIT教授であり、適正技術に関する発明家であるAmy Smithによって設立されました。受講資格については、MITの学生、もしくは、ハーバード大学、ないし、Cross-registrationに関する合意書を持つその他の機関に属する学生である必要があります。現在は、12の異なるコースが存在しています。以下では、12のコースの概要と代表的なプロジェクトを紹介していきたいと思います。

まずは、これまでに多くのプロジェクトとプロダクトを輩出した8つのコースについて説明しましょう。

D-Lab: Health

D-Lab Health[2]は、ゲスト講義とフィールドワークに基づくプロジェクトを通じて、
世界規模の健康技術のデザインに関する複合的なアプローチを提供するコースです。そのために、世界の健康に関する現在の課題を調査し、問題に対して対処するための医療技術をいかにデザインするかについて学習していきます。学生は、デバイス開発のためのフィールドでの経験を積むために、医療技術デザインキットを利用しながら、春休暇にニカラグラに行き、医療問題のスペシャリストともに仕事をしています。

[2] Course sie

Ambuzap

ニカラグアにて導入された、救急車から電源を供給し、持ち運び可能な低価格な除細動器。

D-Lab: Design

D-Lab: Design [3] は、途上国においてデザインをする際に直面する、デザイン上の制約に格別な注意を向けながら、デザイン、実験、プロトタイピングのプロセスを通じて、恵まれない地域が直面している問題に対処するためのコースです。コース内では、分野横断的なチームを組織します。このチームは、学期を通じて、地域パートーナー、現場での実践者、当該分野のエキスパートなどとのコミュニケーションを通じて進められます。トピックは、入手可能性、製造に対するデザイン、持続可能性、地域パートナーや消費者に対する効果的な戦略も含みます。

[3] Course site

Bamboo Pencil Maker

インドのニューデリーにて導入。
使いやすく、安くて、収入を生むツールを開発するという目的のもと、竹から鉛筆を製造するデバイスを開発。

D-Lab: Development

D-Lab: Development[4] は、途上国のためのささいなレベルでの技術的改善の問題に対処するためのコースです。特に、低価格、持続可能な技術を適用することで、低所得家庭における生活の質を改善することを目的としています。学生は、チームを組織し、途上国の地域団体と一緒にプロジェクトを実施します。これまでにガーナ、ブラジル、ホンジュラス、インドにて現地調査を行っています。プロジェクトチームでの打ち合わせは、特定のプロジェクトにおける開発に焦点をあて、地域言語の導入に加えて、訪問先の各国について、コミュニティの文化、社会、政治、環境、経済に関する概観を含んでいます。

[4] Course site

Bicilavadora

ペルーにて導入。
自転車ペダル式の洗濯機

D-Lab: Mobility

D-Lab: Mobility[5] は、適切なデバイスを構築するために、サウンドエンジニアリングを適用し、車椅子技術の改良に焦点を当てたコースです。講義は、車椅子の利用法、社会的なステイグマ、製造上の制限に焦点を当てながら、第3世界のパートナー、車椅子の組織、MIT教員によって行われます。複合的な学生チームは、ハードウェアデザイン、製造上の最適化、生体モデリング、ビジネスプラン開発に関連した、車椅子プロジェクトを半期に渡って行います。

[5] Course site

Leveraged Freedom Chair

LFCは、途上国向けに開発されたレバー式の車椅子。
歩きよりも早く、どんな地形での登ることができます。

Development Ventures

Development Ventures[6] は、途上国、振興成長市場、十分なサービスを受けていない消費者をターゲットとして、ベンチャー企業の設立、資金調達に関する実験的なアクションラボです。世界中を対象として、ポジティブな社会的変革を可能とする、あるいは、加速するための、改革的なイノベーションや実験的でスケーラブルなビジネスが特に強調されています。

[6] Course site

Volta Ventures

Volta Ventures(VV)は、サハラ以南のアフリカにおいてミドルクラス向けの住宅を提供する不動産開発会社です。VVは、従来型の住宅市場で利益を得ることで、低所得家族が購入可能な住宅へ再投資しています。

D-Lab: Prosthetics for the Developing World

Developing World Prosthetics [7] は、人間生体力学、身体障害、リハビリに関する適正技術についての問題に対処するためのコースです。トピックは、これらの障害を乗り越えるための途上国と先進国の技術と、四肢用装具に焦点に当てています。プロジェクトは、途上国向けの矯正器具と人口装具について、特にインド、ガテマラのパートナーとともに実施されています。

[7] Course site

Exo-knee Prosthesis

インドにて実施。

大腿義足技術は最も研究の進んだ人工装具ですが、実際の足のように見え、動作する人工膝関節は存在しません。Exo-kneeは、実際の足のように、たったまま固定でき、自由回転でき、外骨格式の安価な大腿義足です。

D-Lab: Energy

D-Lab: Energy[8]は、電気を生成するためにコンパクトで頑丈かつ低価格なシステムが要求される途上国において、代替エネルギー技術の理解と適用に学生を従事させるプロジェクトベースのアプローチを提供するコースです。プロジェクトでは、水力、太陽、風力発電装置に関する理論的な分析を含むほか、デザイン、プロトタイピング、評価、実装を行います。

[8] Course site

Orange Juice Bag Sealer

低電力消費で安全にプラスチックを密閉するメカニズムを採用し、女性がオレンジジュースを素早く密閉し、販売することができます。このビジネスを通じて、月に25ドルの収入を獲得できます。

D-Lab: Dissemination

D-Lab: Dissemination [9]は、途上国における、水の普及、公衆衛生、衛生状態(WASH)に関するイノベーションに注目したコースです。コースは、フィールドベースでの学習、ケーススタディ、講義、ビデオで構成されています。特に、WASHにおける原理原則、文化に即したソリューション、適正かつ持続性のある技術、行為の変化、ソーシャルマーケティング、パートナーシップの構築などが強調されています。

[9] Course site

Rubble Rousers

ハイチのパートナーと共同で進行中のプロジェクト。
ココナッツの皮で作られたローコストな蛇籠。
カゴは瓦礫に掃除に使われたり、建築物の構造や修理に使われています。

続いて、4つの新規コースについて説明いたします。

-Lab: Cycle Ventures

D-Lab: Cycle Venturesは、サービスが不十分な地域において、経済の機会を提供するという目的のもと、水汲み、製粉、運搬など多数の目的に人間の力を役立てるために、自転車の技術を利用するコースです。コースは、自転車技術の革新性に関する歴史的視座を提供し、技術的なメカニズムをレビューし、社会経済発展を育てるための革新的な道具としての自転車の普遍性に迫ります。

D-Lab: Discovery

世界の90%のエンジニアリングやデザインは世界の人口の裕福な10%の欲求に向けられています。残りの90%の人々は、大部分が未解決の基本的な問題の中で生活しています。これらの恵まれない地域の要求に対して創造性と創造力によって対応するために、このコースは潜在的な創造性を模索し、高めることを狙いとしています。

D-Lab:ICT

D-Lab ICTは、実務に関する知識と、途上国の技術改良に関する問題に対する広範な理解を提供しながら、恵まれない地域の新世代の実践者をトレーニングするコースです。電子部品は低価格であり、多くのフリーの開発環境があるため、デジタル技術は、プロトタイピングやイノベーションに対する導入点として障壁が低いとされています。また、デジタル技術は、地域に活力を与える手段となる高い可能性を秘めています。このゴールを達成するためには、開発に関する広い理解と横断的なアプローチが要求されます。

D-Lab: Schools

D-Lab: Schools は、より安くより良い学校をデザインし、途上国の教育不足によって起きる問題に対処するためのコースです。基本となる学校設立技術は、レクチャー、ラボ実験によってカバーされます。学生はチームを組織し、途上国のNPOとともに学校をデザインする術を身につけることができます。

まとめ

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関からMIT D-Labを選択し、12のコースの内容とそれぞれのコースの代表的なプロジェクト例について紹介いたしました。2002年の設立以降、数多くのプロジェクトが生まれ、MIT 150周年記念の際には、”D-Lab150プロジェクト”という企画も実施されました[10]。途上国というフィールドに対して適正技術と持続可能なソリューションに焦点を当て、現地の様々な問題をテクノロジーとデザインによって解決していく様は、まさにMITの真骨頂と言えるでしょう。

[10] 150 D-Lab Projects to celebrate MIT’s 150th Anniversary

しかしながら、ソーシャルビジネスとして考えた場合、その圧倒的なテクノロジー、あるいは、デザインエンジニアリングに対して、ビジネス面でのイノベーションの影が薄いとの印象を受けます。確かにDevelopment Venturesのクラスは存在し、いくつかのプロジェクトをもとにソーシャルエンタープライズの起業に至っています。しかしながら、テクノロジーが主体となったビジネスであり、ビジネスとしてのスケーラビリティが考慮された事例が少ないとの印象を受けます。次回は、この点について意識しながらStanford d.schoolを紹介したいと思います。

続きを読む

ソーシャルイノベーションの事例 - OLPC

前回はソーシャルエンタープライズの事例として、米国NPOのKopernikを紹介いたしました。Kopernikは、利益追求を目的としないNPO法人であり、一般市民(個人)、市民団体、会社/大学をオンラインで媒介する場、すなわち、オンラインマーケットプレイスとして機能し、マッチングのための場の提供するというビジネスモデルを選択していました。

今回取り合げるのはOLPC – One Laptop Per Child – [1]です。前回と同様に、NPOを取り上げるわけですが、Kopernikが元コンサルタントを中心に設立されたのに対して、OLPCはマサチューセッツ工科大学のNicholas Negroponte(ニコラス・ネグロポンテ)を中心に、大学発NPOとして、2005年1月に、AMD、eBay、Google、News Corporation、Red Hat、Marvellらの寄付により設立されました。

[1] OLPC
 

MITメディアラボの創設者として知られるネグロポンテは、1993から1998年に渡って『Wired Magazineにて、”Move bits, not atoms(アトムからビットへ)”と呼ばれるコラムを毎月連載していました。Tangible Media Groupの石井裕教授の有名な”Tangible Bits”の論文[2]が世に出てのが1997年。ネグロポンテが石井教授に、「過去の研究を捨て、新しい研究に挑戦しろ」と[3]と言ったのは有名な話ですが、ネグロポンテの思想は、少なからず影響を与えたと考えられます。実際に、2000年に発売された著書『タンジブル・ビット – 情報の感触・情報の気配』に、ネグロポンテ自身が「タンジブル・メディア -アトムを着るビット」という原稿を寄稿しています。

[2] Tangible Bits: Towards Seamless Interfaces between People, Bits, and Atoms
[3] 「君が取り組んできた研究の面白さはわかった。でも、MITでは同じ研究は絶対に続けるな。まったく新しいことを始めろ。人生は短い。新しいことへの挑戦は最高のぜいたくだ」

OLPCのミッションは、「ネットワークにつながったラップトップを全ての就学児に提供し、教育を通じて世界の貧しい子供たちに活力を与えること」と定められています。このミッションのために、OLPCは、耐久性のある、低価格・低電力の、ネットワークに接続されたラップトップの開発を行っています。この目的のために、協働的で、楽しく、自分ひとりで打ち込めるような学習のためのハードウェア、コンテンツ、そしてソフトウェアをデザインしています。このようなツールに子供がアクセス可能となることで、子供たちは教育に集中でき、他の子供らと、学習、共有、創造することができると彼らは考えています。また、彼らは、”It’s not a laptop project. It’s an education project.”と掲げるように、ラップトップ開発のプロジェクトではなく、教育プロジェクトであることを強調しています。

思想的背景

彼らの思想的背景は、1967年のSeymour Papert(シーモア・パパート)による”Logo”まで遡るとされています。LogoはLispを原型としたプログラミング言語で、子供の思考能力の訓練を目的としていました。Logoは、Turtle graphics(タートル・グラフィックス)と呼ばれる、デカルト座標系内の相対的なカーソル(タートル)を用いてべクターグラフィクスによる描画を実行可能なソフトウェアに採用されたことで有名です。Web上で再現されたTurtle graphics[4]のExmapleページから実際の動作を確認することができます。

[4] Web Turtle

少し話が脱線しますが、Papertは、発達心理学者Piaget(ピアジェ)の構成主義(Constructivism)の影響を強く受けています。Piagetの構成主義は,個人が「”同化”と”調整”のプロセスを経て、自らの経験から新たな知識を能動的に構成する」という理論です。”同化”とはすでに持っている認識的枠組み(シェマ)に合うように、入力された情報を変形させること、”調整”とは、認識的枠組みを新しい経験に適応させていくこと、を指します。なお、構成主義の限界については、子ども自らが間違いを訂正しながら学習する必要があるため、その子ども自身の知的な枠を越えることができないという指摘がなされています。このような構成主義に対して、「子供が大人を含む社会の手助けを借りて高次学習を獲得する」という考え方を示したのがをソヴィエトの発達心理学者Vygotsky(ヴィゴツキー)でした。

さて、Papertはこのような構成主義の考え方を踏まえ,構築主義(Constructionism)という考え方を展開しました。構築主義とは、「意味のあるものを構築することが最も高い学習効果を持つ」という理論です。このような理論に基づく学習支援システムは、構築主義システムと呼ばれ、(後のMindstormとなる)Logo言語を利用したProgrammable Bricks[5]やResnickらによるCricket[6][7]が当該システムに分類されます。

[5] Programmable Bricks
[6] Crickets(MIT)
[7] PicoCricet

話をOLPCの思想的背景に戻しましょう。Papert以外の影響として、Alan Kay(アラン・ケイ)による、持ち運び可能なパーソナルコンピュータとしてのダイナブック構想があります。また、パーソナルコンピューティングの未来像を描いたNegroponte自身による著書『Being Digital(邦題: ビーイング・デジタル – ビットの時代)』も、OPLCの設立にあたっての土台となっています。

プロダクト

さて、ネグロポンテが、2005年のダボス会議にて100ドルラップトップ構想を発表したのち、2006年には、XO-1が発表されました。XO-1の開発にあたり設定されたOLPC CTOのMary Lou Jepsenによるデザイン要件[8]を以下に示します。

[8] A Conversation with Mary Lou Jepsen

– 最小限の消費電力。総消費電力目標が2-3ワット。
– 最小限の製造コスト。100万台で製造する場合、1台あたり100ドルを目標とする。
– クールな外見、物理的な外見についても確信的なスタイリングであること
– 非常に省電力なeブックリーダ
– オープンソースとフリーソフト

実際のスペックはOLPCの該当ページ9]を参照していただくとして、いくつか特徴的な機能について説明していきましょう。

[9] XO-1.5 Technical Specs

サイズ

XO-1は、テキストブックサイズで、ランチボックスよりも軽い重量です。変形可能なヒンジのおかげで、通常のラップトップ、eブックリーダ、ゲームマシン、などの設定に変更して利用することができます。

外装

外装のエッジは丸みを帯びていて、内蔵ハンドルは、子供サイズです。キーボードは、ゴム性カバーで覆われています。デュアル対応のタッチパッドは、ドローイング、ライティング、ポインティングをサポートしています。

耐久性

ラップトップで最も壊れやすいのは、ハードディスクであり、XOはハードディスクを使っていません。また、頑丈さのために、2mm厚のプラスチックを外装に用いています。ワイヤレスアンテナは、典型的なラップトップよりも優れており、USBポートのカバーにもなります。ディスプレイも同様に、内部バンパによって保護されています。

寿命

耐久寿命は、5年を想定しています。この持続性を担保するために、子供によるフィールドテストだけではなく、工場で破壊テストを行っています。

世界への広がり

さて、XO-1は現在、31ヶ国、200万人以上の子供たちによって、利用されています。地図に詳細データがマッピングされたページ[10]で、プロジェクトの一覧を確認することができます。

[10] OLPC Deployments as of March 2011

Give One Get One

 

ビジネスモデルとして興味深いだけではなく、このXO-1の拡大に貢献したと考えられるキャンペーンが、2007年、2008年に実施された”Give One Get One (G1G1) “です。このキャンペーンは、先進国のユーザが1人2台400ドルで購入することで、1台を購入者が利用し、1台を途上国に送ることができるというものでした。2008年11月から12月まで、カナダ、アメリカを対象として実施され、2008年11月から12月には、EU、スイス、ロシア、トルコまで拡大されて実施されました。

XO-3

XO-1の次期モデルとされるXO-3は、2012年に発売予定とされています。主なデザインの特徴を以下に列挙します。

– 半フレキシブルでありながら極めて頑丈で、透明モードと反射モードとして利用できるプラスチック式のタブレットスクリーン
– e-bookリーダから写真ビューワまで対応
– 複数の子供が、同時に遊んだり、学習することを実現するマルチタッチ
– フルタッチキーボード
– 背面カメラ

まとめ

今回は、途上国の子供たちに学習のためのラップトップを提供することにより、教育の機会を提供するOLPCを取り上げました。OLPCはNPO団体であり、寄付により活動が運営されています。2008年の経済危機の影響により、年間予算は1200万ドルから500万ドルへ減額となり、2009年1月には人員削減が行われました[11]。寄付金をベースとしてプロダクトを製造・販売するプロダクトアウト型のビジネスモデルは、寄付金を捻出する企業の景気動向に左右される側面も多く、不景気期には厳しい状況に陥る可能性が高いと考えられます。

[11] January 2009 restructuring

次回からは、大学、ならびに、研究機関のソーシャルイノベーションに関連するプロジェクトにスポットを当てていきたいと思います。

続きを読む

ソーシャルイノベーションの事例 - Kopernik

前回は、ソーシャルエンタープライズの事例として、KickStartを紹介いたしました。KickStartは、地元の人々が起業家としてスモールビジネスを興すことによって、持続可能な社会の形成、雇用の創出、経済の発展に貢献するためのツールを開発し、そのツールを販売することで、利益を獲得するビジネスモデルを採用していました。

今回紹介するソーシャルビジネスの主体は、米国NPOのKopernik(コペルニク)[1][2]です。Kopernikの登記地は米国ですが、共同創設者兼CEOが日本人であることから、日本との関係が深く、日本支部も存在いたします。また、東日本大震災でもソーラーランタン、ソーラー・イヤー(補聴器)を被災地に届けるプロジェクトが実施されました。

[1] コペルニク(日本版)
[2] Kopernik(Global)

Kopernikは、”テクノロジーマーケットプレイス”としての自らの位置づけによって特徴づけられています。まずこの事業コンセプトに関する説明を上記ホームページから抜粋しつつ説明いたします。

コペルニクは、オンライン・マーケットプレースを通じてテクノロジーを所有する会社や大学、途上国の市民団体、そして一般市民の3者をつなげ、革新的な技術・製品を、発展途上国に波及させます。
コペルニクは、ウェブ上に革新的な製品・技術を掲載し、それを見た途上国の市民団体が立案したその技術・製品を活用するプロジェクトの提案書をウェブ上に掲載します。そして、プロジェクトを見た一般市民は、少額の寄付をし、プロジェクトを実現させます。

つまり、Kopernikは、前回紹介したKickStartとは異なり、一般市民(個人)、市民団体、会社/大学を、オンラインで媒介する場として機能することを事業とし、直接的な製品の開発、製造、販売による利益獲得という一般的なビジネスモデルを採用していません。NPO法人=利益追求を目的としない法人として選択した事業内容、というと決してそうではなく、積極的な理由が存在します。それについて同サイトから該当箇所を再び引用してみましょう。

貧困問題は現在地球上で最も深刻な問題の一つです。しかし、その問題を解決するのに、革新的なアイデアや手法が取り入れられることは非常に稀です。昔からの使いまわしの「解決策」ではほとんど効果が出ません。
一方で、発展途上国向けに開発された革新的技術は巷に溢れ、数、種類ともに増加しています。しかし、途上国側からしてみれば、このような技術が存在することすら知りません。技術保有者側からしてみれば、途上国のマーケットへのアクセスが非常に限られている上に、いくら安くとも、技術の価格が貧困層の手の出る範囲にまでは下がらず、結果的に行き詰ってしまうというのが現状です。
これらの問題を、我々なりに解決しようとコペルニクを立ち上げました。

現在の途上国支援という場を考えた場合、すでに技術は存在するものの、それらの技術を適切にマッチングする仕組みがなかったことが指摘されています。最も重要な点は、過去において、技術的課題やリソースの問題から実現できなかったマッチングの場を構築した点にあります。ネットワーク技術の工場、ファブリケーション技術の発展を背景に、最も適切なタイミングで先行者としての地位を築きつつあるとの印象を受けます。それでは実際のビジネスモデルについて、引き続き紹介していきましょう。

ビジネスモデル

Kopernikのビジネスモデルでは、4つの主体が登場します。

1. サポーター
技術を導入するための資金を提供する個人および企業

2. テクノロジー要求者
地域組織に代表される途上国において技術を求めている団体

3. テクノロジー提供者
途上国の問題に対する革新的なソリューションを開発した企業

4. Kopernik
途上国のためにデザインされた技術のためのマーケットプレイスを提供

さて、このような4つの主体で構成されるマーケットプレイスでは、特定の地域団体によって、様々な場所で様々な問題を解決するために立案されるプロジェクトが存在しています。個別のプロジェクトや、そこで導入されるプロダクトを紹介する前に、Kopernikの採用している具体的な問題解決のためのステップを紹介します。

問題解決のためのステップ

ステップ1: プロジェクトに寄付をする
発展途上国の市民団体などテクノロジーを必要とする団体から提案されたプロジェクトを見て、支援したいものを選ぶ。

ステップ2: 製品を買う
プロジェクトを実行するのに必要なお金が集まったら、テクノロジーを保有する会社・大学から製品を買う。

ステップ3: 製品を発送する
テクノロジーを保有する会社・大学が製品を発送する。

ステップ4: 進捗を報告する
プロジェクトを実施する団体が、製品がどのように使われたかをコペルニクのウェブを通じて報告する。

プロダクト

Kopernikのウェブサイトには、多くのプロダクトが掲載されています。ここでは代表的なプロダクトを3点紹介いたします。なお、説明文は全て英語サイトからの拙訳です。

自分で度を調節できるメガネ

訓練を受けた眼医者の数が少なく、人々に正しい度数のメガネを処方出来ないということが、発展途上国での大きな問題の1つです。AdSpecs[3][4]は、メガネを必要とする人が自分で度数を調整出来るメガネです。

レンズの度数を変化させるために、メガネのフレームに付いている注射器部分の車輪を回して、レンズの中に注入するシリコンの量を調整します。度数を調整し終わったら、フレームの両側のネジを締め、注射器とチューブを取り外すだけで、数分後には通常のメガネとして利用できます。

製造:Centre for Vision in the Developing World
価格:$21.00

[3] 自分で度を調節できるメガネ
[4] AdSpecs – Self-Adjustable Lenses

Qドラム:円形水運搬器具

Qドラム[5][6]は、50リットルの水を運搬可能な頑丈なドーナツ型のコンテナです。

Qドラムのもともとのアイディアは、水源から水を運ぶ際に十分な量を一度に運ぶことができない途上国の農村部に住む人々の要望から生まれました。この重労働は、一般的にそれぞれのコミュニティの子供や女性に課せられます。例えばアフリカでは、背中や首の怪我の原因は、彼女たちが頭を使って重い荷物を運搬する方法にあると言われています。円形の容器に水を入れて運ぶことで、この問題を解決することができます。

製造:Q Drum (Pty) Ltd
価格:$65.00

[5] Qドラム
[6] Q-Drum

ライフストロー

ライフストロー[7]は、下痢防止のための持ち運び可能な浄水フィルタです。簡単に持ち運びができて、安全できれいな飲料水を手に入れることができます。個人用で、低コストの浄水ツールですが、700リットル、つまり、一人が1年間利用する量の水を浄水可能です。世界の貧しい人々の半分が、水を起因とする病気に悩まされ、6000人、特に子供が、安全でない飲料水から来る病気で日々命を失っています。ライフストローは、2015年までに安全な水にアクセスできない人々を半減させるというミレニアム開発目標を達成するだけではなく、病気を防ぎ、命を救う実用的な手段として開発されました。

製造:Frandsen
価格:$7.50

[7] LifeStraw Portable Water Filter

プロジェクト

最後に、上記で紹介した3点のプロダクトに関するプロジェクトを紹介したいと思います。

視力を取り戻す

インドネシアのマナド県にある貧しいコミュニティーにて、自分で自由に度数を調節できるメガネが配布された事例です。

Kopernik distributes self-adjustable lenses from Ewa Wojkowska on Vimeo.

水運びの負荷を軽減

ケニアに住む女性や子供たちが、水源から彼らの家まで水を運ぶ負荷を軽減できるようにするためのプロジェクトです。目標金額は、$8,812で、現在(2011年5月n日)$1,805が寄付によって集まっています。

解決すべき問題:ケニヤの女性や子供は、家事で使用する水を運ぶ責任があります。彼らは頭に大量の水の入った容器を載せて、長い距離を運ぶため、脊髄や首の怪我に悩まされています。さらに、子供が彼らの責任を果たすため、授業に遅刻したり、出席できないなど、その国の教育レベルにまで影響を及ぼしています。

実施場所:ケニヤ
プロジェクトURL:こちらをクリック

きれいな水へのアクセスを容易に

東ティモールのオクシ(インドネシア領の西ティモールにぽつんとある東ティモールの飛び地)のコミュニティに住む女性や少女たちが、きれいな水に容易にアクセスできるようにするための、現在進行中のプロジェクトです。

解決すべき問題:東ティモールでは、人口の半分が飲料用水にアクセスできません。乾燥期にはこの問題は更に悪化します。

実施場所:オクシ、東ティモール
プロジェクトURL:こちらをクリック

まとめ

今回は、前回紹介したKickStartとは異なるビジネスモデルを採用したソーシャルエンタープライズとして、米国NPO法人Kopernikを紹介いたしました。Kopernikは、利益追求を目的としないNPO法人として、マッチングのための場の提供というビジネスモデルを選択しています。このように、直接製品を開発、製造、販売するという一般的な手法とは異なる手法と採用したBOPビジネスに対する関わり方も今後は増加すると考えられます。

21世紀に入り、社会貢献に関する考え方も変化しつつあります。今や、ビジネスにおける成功者やキリスト教的寄付文化に影響された人々だけではなく、ネットワークを通じて世界のリアルな問題を生々しく把握した”普通”の人々が新たにプレイヤーとして参加しつつあります。彼らは、単なる利益追求型の行動原理ではなく、内的報酬型の行動原理に基づいて、日中は勤務先での仕事に従事しつつ、空き時間や休日を使い、刺激的な社会貢献活動を行っています。社会変革の一旦を担うことで精神的に充足されることを報酬として考える人々は増加傾向にあっても、それをビジネスとして落としこむまでには多大なる労力を必要とします。ここに新たなビジネスチャンスがあるのかもしれません。

次回は、ソーシャルエンタープライズと研究機関のブリッジとしてのOLPCプロジェクトについて紹介いたします。

続きを読む

ソーシャルイノベーションの事例 - KickStart

前回はソーシャルイノベーションの場としてのBOPに注目し、語義的な起源、定義、その特徴について述べてきました。本blogのテーマである、ソーシャルイノベーションのためのデザイン思考、および、デザイン手法について説明する前に、これから7回に渡って、ソーシャルイノベーションの担い手としての、企業、NPO、大学、研究機関を紹介し、具体的なプロダクト、サービス、システムについて説明していきたいと思います。特に前半3回で紹介する3団体は、それぞれが異なるビジネスモデルを採用しており、ソーシャルエンタープライズとして成立しています。

今回紹介するのは、KickStart(キックスタート)[1]です。KickStartは1991年にMartin FisherとNick Moonによって設立されたApproTECを起源とし、2005年に名称を変更し、現在のKickStartとなりました。彼らは、KickStartのミッションを「数百万人の人々の貧困からの救出」と定めています。彼らは、ケニアやその他の国々における”持続可能な経済成長”と”雇用創出の促進”を目的として、小規模で利益を出せる企業を設立し、経営を行うことを目的とした起業家によって利用される技術に注目し、これを開発し、広めていくことで、この目的を達成しようとしています。

[1] KickStart

さて、彼らのビジネスモデルは、貧しい起業家が自分自身の手で利益を生み出すビジネスを作り出すために利用可能な、お金を生み出すシンプルなツールを開発し、販売し、普及させるための5つのステップを基本としています。この5ステップの原文と拙訳を以下に掲載いたします。

貧困を解決するためのシステマチックアプローチ(5つのプロセス)

1. 機会を同定する。
どんなビジネスが人々、あるいは、その場所で利益を生み出すか?
正しいビジネスモデルを選択することが、新しいビジネスの成功を決定づける最大の要因である。

2. 製品をデザインする
どんな新しいツールが、新しいビジネスをを可能たらしめるのか?
私たちは収入を生み出すツールをデザインすることから始める。

3. サプライチェーンを確立する
新しいツールをどうやって生産するのか?
最も優れた発明もまた、それが製造され、普及しなければ世界を変えることができない。

4. 市場を作り出す
どのようにすればわずかなお金を稼ぐために大きな投資をするよう説得できるだろうか?
われわれは可能な限り多くの人を貧困から救い出したい。

5. 測定し、突き進む
計画通りに進んでいる?
損益分岐点に到達すれば、我社は全ての販売に対して利益を得るようになる。われわれはこの利益を新たな技術の開発に再投資するだろう。

1. Identify Opportunities
What business will be profitable for these people, in this place?
Selecting the right business model is the most critical factor in determining the likely success of a new business.

2. Design Products
What new tools will make this possible?
We start with a challenge – design a tool that will generate income.

3. Establish a Supply Chain
How can we produce these?
The greatest invention cannot change the world if it does not get manufactured and distributed.

4. Develop the Market
How do we convince someone with little money to make a big investment?
We want to get as many people out of poverty as possible.

5. Measure and Move Along
Is this going as we planned?
Once we reach the tipping point, KickStart will make a profit on every sale. We will reinvest these to develop new technologies.

プロダクト

ここで、Kicstartの製品を2つ紹介しましょう。

スーパー マネーメーカー ポンプ

スーパーマネーメーカーポンプは、1998年10月に95ドルで発売が開始された手動灌漑ポンプです。23フィート(7m)の高さの井戸、川、池から、水を引き上げることができ、ポンプから23フィート(7m)上まで水を撒くことができます。1日に2エーカーまでの土地の灌漑に利用できます。灌漑を通じて生産された果物や野菜を通じて初年度に平均1000ドルの産んでいます。

ヒップポンプ

スーパーマネーメーカーポンプと比較して、低コスト、軽量で、持ち運び可能な手動灌漑ポンプとしてデザインされたのがヒップポンプです。2006年に30ドルで発売されました。スーパーマネーメーカーが21kgであったのに対して、ヒップポンプはわずか4.5kg。スーパーマネーメーカーポンプと同様に、吸引深度は7m、汲み上げ高度も7mのスペックが確保されており、1日1 1/4エーカーの灌漑に利用できます。

これら2つのポンプは、2008年12月31日末段階で、115,000台販売され、77,000の企業を生み出し、380,000人の人々を貧困から救ったと報告されています。[2]

[2] a PDF version of the brochure

デザイン原則

最後に、KickStartの10のデザイン原則を紹介しましょう。

1. 収入を生むこと
どのツールにも利益を出せるビジネルモデルが付いていること。

2. 投資に対する見返り
KickStartのツールを購入した全てのひとは、6ヶ月以内にその投資に対する見返りを十分に得られること。

3. 値段の手頃さ
ターゲットユーザに対して価格が手頃であること。我々は、世界でも最も貧しい人々に対してデザインを行っている。小売価格は、数100ドル以下、理想的には150ドル以下でなければならない。

4. エネルギー効率
全てのツールは、人力で動く。人の力の機械の力への変換は極めて効率的でなければならない。

5. 人間工学と安全
われわれのツールは、長期間、ストレスやけがの心配なしに使われるほど安全でなければならない。

6. 携帯性
ツールは、購入した店から徒歩、バイク、ミニバスで家まで運べるほど小さく軽くなければならない。

7. 設置と使用の容易さ
全ての製品は、追加の訓練やツールを必要とせず、簡単に設置・使用ができなければならない。

8. 強度と耐久性
われわれの製品は、限界まで使用されるので、酷使に耐えるようにデザインされる必要がある。その上で、全ての製品に1年の保証を付与している。

9. 生産能力を踏まえたデザイン
本来ならばツールは、大量生産されるべきであるが、途上国では生産能力が限られている。われわれはこれらの限界を踏まえたデザインをする必要がある。

10. 文化的な受容
地元の文化は、新しい技術を取り入れても変化はしない。その技術を、むしろ地元の文化に適応させねばならない。

1. Income Generating
Every tool must have a profitable business model attached to it.

2. Return on Investment
Anyone who purchases a KickStart tool will be able to fully recoup his or her investment in six months or less.

3. Affordability
The tool has to be affordable to the target audience. Since we are designing for some of the world’s poorest people, this means that retail prices have to be less than a few hundred dollars, ideally less than $150.

4. Energy-Efficient
All of our tools are human powered so they must be extremely efficient at converting human power to mechanical power

5. Ergonomics and Safety
Our tools must be safe to use for long periods of time without stress or injury.

6. Portability
Tools must be small and light enough to carry home from the store by foot, bike or minibus.

7. Ease of Installation and Use
All of our products must be easy to set up and use, without additional training or requiring any additional tools (not even a hammer or screwdriver)

8. Strength and Durability
We are asking people to make a significant investment and we know that our products will be pushed to their limits, so we design and build to withstand abuse. We then offer a one-year guarantee on all of our products.

9. Design for Manufacturing
To be truly effective, a tool has to be produced in large quantities, but in the developing world manufacturing capacity is limited.
We design around these limitations.

10. Cultural Acceptability
Local culture will not change to adopt a new technology. The technology has to be adapted to the culture.

まとめ

KickStartの作り出す製品のコンセプトは、地元の人々が起業家として利益を生み出すことが可能であり、持続可能な社会の形成、雇用の創出、経済の発展に貢献する製品、と言えます。投資に対するリターンを明示的に起業家の卵に提示することが、購入の説得材料となっています。購入者の成功事例がさらなる新たな起業家を生み出すポジティブスパイラルの好例と言えるでしょう。KickStart社は製品を製造し、利益を乗せて販売する、という最も基本的なビジネスモデルを採用していますが、企業としてBOPマーケットにおいて利益を創出し続けています。

次回はNPO(非営利法人)の代表として、米国NPOのKopernik(コペルニク)を紹介いたします。

続きを読む

キーワードとしてのBOP

前回は、イノベーションについて、その定義と派生系について述べてきました。今回は、ソーシャルイノベーションと密接に関わっているBOP – Bottom of the Pyramid – について説明をしたいと思います。最近では、BOPもバズワード化していますが、その起源と定義について改めて整理をしてみましょう。

BOPとは何か?

BOPとは、その名が示すようにピラミッドの底部を指します。この場合のピラミッドとは、社会経済上のグループを指し,頂上側が所得上位のグループ、そして、底部に向かっていくにつれて所得が減少することを意味します。その人口分布は,ピラミッドのかたちのごとく、上から下へ向かって広がっていきます.BOPと呼ばれるグループは、このピラミッドの中で最も大きく、”財政的に”貧しいグループとされています。世界の人口は2010年10月現在で69億人。このうち先進国の人口はわずか10%にすぎず、残り90% – 約58億人 -は、BOPに属していると言われています[1]。

[1] Smith, C. E. (2007). Design for the Other 90%. New York, US, Editions Assouline.

BOPという単語そのものは、フランクリン・ルーズペルト(Franklin D. Roosevelt)によって、1932年のラジオ演説の中で初めて使われたとされていますが、一般的には、PrahaladとHartによって1988年に初めて、”1日2ドル以下で暮らす人々”と定義されました。そして、この定義が、彼らの著書[2][3]を通じて広がっていきました。

[2] Prahalad, C. K. (2004). The Fortune at the Bottom of the Pyramid: Eradicating Poverty Through Profits. New Jersey, US, Wharton School Publishing.
[3] Hart, Stuart L. (2010). Capitalism at the Crossroads: Next Generation Business Strategies for a Post-Crisis World (3rd Edition). New Jersey, US, Pearson Prentice Hall.

さて、21世紀目前の2000年9月、ニューヨークで国連ミレニアムサミットが開催されました。このサミットで採択された「国連ミレミアム宣言」に基づいて、2015年までに達成すべき目標として8つの項目からなる「ミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)」[4]がまとめられました。

1. 極度の貧困と飢餓の撲滅
2. 普遍的初等教育の達成
3. ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上
4. 幼児死亡率の削減
5. 妊産婦の健康の改善
6. HIV/エイズ、マラリアその他疾病の蔓延防止
7. 環境の持続可能性の確保
8. 開発のためのグローバル・パートナーシップの推進

これら8つの目標のうち、BOPの定義にも含まれる、現金収入に強く関連する項目が1の”極度の貧困と飢餓の撲滅”です。外務省の該当ページ[5]には目標とターゲット、および、指標が掲載されていますので引用します。

A:2015年までに1日1ドル未満で生活する人口の割合を1990年の水準の半数に減少させる。
1.1 1日1ドル(購買力平価)未満で生活する人口の割合
1.2 貧困ギャップ比率
1.3 国内消費全体のうち、最も貧しい5分の1の人口が占める割合

B:女性、若者を含むすべての人々に、完全かつ生産的な雇用、そしてディーセント・ワークの提供を実現する。
1.4 就業者1人あたりのGDP成長率
1.5 労働年齢人口に占める就業者の割合
1.6 1日1ドル(購買力平価)未満で生活する就業者の割合
1.7 総就業者に占める自営業者と家族労働者の割合

C:2015年までに飢餓に苦しむ人口の割合を1990年の水準の半数に減少させる。
1.8 低体重の5歳未満児の割合
1.9 カロリー消費が必要最低限のレベル未満の人口の割合

[4] UN, ミレニアム開発目標
[5] 外務省, ミレニアム開発目標

ミレニアム開発目標の発表以降、先進国における企業、大学、研究機関において、BOPを対象とした取り組みが増加傾向にあると考えられます。昨今ではMIT D-lab、Stanford d.school、TU Delftなどの活動が目立ち、多くのプロダクトが産み出されています。また、世界経済フォーラム(ダボス会議)では、2000年以降、社会起業家によって生み出されたモデルを推進することを目的とし、ソーシャル・アントレプレナー・シュワブ財団と共同で社会起業家を選出し、部会および総会に招待する試みが実施されています[6]。

[6] Schwab Foundation for Social Entrepreneurship

デザイン手法

10%に向けたデザイン手法

さて、BOPを対象としたプロダクト、サービス、システムをデザインを行う場合、これまで利用されてきたデザイン手法は有効と言えるでしょうか?このデザイン手法は、言うまでもなく、先進国で利用されるモノを開発するために構築された手法であり、いわば、10%の人々に向けたデザイン手法だということを頭に入れておく必要があります。

従来のプロダクトデザイン,サービスデザイン,社会システムデザインの分野におけるデザイン手法は,ユーザとモノ – デバイス,プロダクト,ソフトウェア – との関係性に主眼を置くものでした。例えば,IDEOやAdaptive Pathは,エスノグラフィのアプローチを導入することで、この関係性を解き明かそうと試みてきました。すなわち、対象の観察を重視し、ユーザとモノの関係性から解決すべき問題点を発見しようとしてきました。さらに、ここで得られた知見をもとに、架空のユーザとしてのペルソナを設定し、提案しようとする製品をペルソナがどう扱うかについてのシナリオを策定することで、より魅力的なユーザ体験を提供しようと試みてきました。

90%に向けたデザイン手法

しかしながら、BOPを対象とした場合、従来のようにモノとユーザだけでの関係性をデザインするだけでは不十分であり、”マクロ”と”ミクロ”の視点を利用したアプローチを採用する必要があると考えます。これは、BOPにおけるデザインプロセスは、グローバル経済の下で高い類似性を持つ環境、および、背景を持つユーザを対象とする、10%に向けた従来のデザインプロセスとは根本的に異なるためです。まず、各フィールドで起きている現象に着目した上で,マクロな視点からフィールドごとの特殊性を構造的に理解する必要があります。さらに、ミクロな視点として人々の関心を構造的に把握する必要があります。

Polakはその著書『Out of Poverty』において、BOPにおける問題解決のための12のステップを示していますが、最初の3点は、フィールドの特殊性を理解するためのステップであるだけではなく、人々の関心を構造的に把握するためのステップとも考えられます。BOPを対象としたデザインプロセスでは、これら2つののプロセスを経て、それぞれのフィールドに対する最適な技術を用いてプロダクト、サービス、システムを設計することが求められるのです。

Step 1: Go to where the action is.
現場へ行こう。

Step 2: Talk to the people that have the problem and listen to what they have to say.
問題のある人に話しかけ、彼らの言葉に耳を傾けよう。

Step 3: Learn everything you can about the problem’s specific context.
問題が起きている特殊な状況についてできる限り学ぼう。

Step 4: Think big and act big.
大胆に考え、大胆に行動しよう。

Step 5: Think like a child.
子供のように考えよう。

Step 6: See and do the obvious.
目に見える状態にしよう。

Step 7: If somebody has already invented it, you don’t need to do so again.
もし誰かがすでに開発済みなら、もはややる必要はない。

Step 8: Make sure your approach has positive measurable impacts that can be brought to scale. Make suire it can reach at least a million people and make their lives measurably better.
あなたのアプローチが、計測可能なポジティブなインパクトを持っていることを確認しよう。少なくとも100万人の生活をよりよくしよう。

Step 9: Design to specific cost and price targets.
目標となるコストと価格を設定し、デザインしよう。

Step 10: follow practical 3 year plans.
3年間の実践的な計画に従おう。

Step 11: Continue to learn from your customers.
顧客から学び続けよう。

Step 12: Stay positive: Don’t be distracted by what other people think.
ポジティブでいよう。他のひとの意見に惑わされないように。

[6] Polak, P. (2008) Out of Poverty: What Works When Traditional Approaches Fail.San Francisco, CA, Berrett-Koehler Pub.

なぜBOPか?

最後に、なぜBOPに注目するのか、その理由について3点ほど述べたいと思います。

まず第1に、マーケットの規模です。全人類の90%、58億人、という数字はすでに述べました。あるフィールド用に向けて開発されたプロダクトを別のフィールドでそのまま適用することはBOPの場合、難しいケースが多いと考えられますが、チャンスは単純に9倍あると考えられます。

第2に、イノベーションに対するコストの問題です。先進国におけるイノベーションの場合、最先端技術の開発に対するコストは莫大なものとなり、もはや低資本でのイノベーションは困難であると言えます。しかしながら、BOPの場合、現地での運用が前提とされ、現地のローカルマテリアルを利用するなど適正技術を用いたイノベーションが推奨されることから、先進国に比べて低資本にてイノベーションを実現する可能性が残されています。

最後に、解決すべき膨大な数の問題の存在です。水、電気、道路などのインフラから、保健衛生、教育、産業化など各フィールドごとに解決すべき問題は膨大な数に上ります。このような状況に対して、フィールドを適切に理解し、デザイン思考を活用することで、多くの問題を解決することが急務といえます。

まとめ

今回は、ソーシャルイノベーションの場としてのBOPに注目し、語義的な起源、定義、その特徴について述べてきました。これまでの説明の中で、BOPという言葉、特に、Bottomという単語に違和感を感じる方もいるのではないでしょうか。この点に関して、あくまで、収入という一軸で捉えたときの視点に過ぎないことを頭にいれておく必要があります。確かに、経済面ではBottom(底)とみなされる収入しか得られていない点は事実です。しかしながら、そのグループに属する人々が彼らの生活において必ずしも不満を抱いているというわけではないことも事実です。彼らは彼ら独自の価値観、文化に基づき満足して生活をしています。

さて、経済的には満たされなくても生活に満足している彼らに対して、わたしたちは何ができるのでしょうか?彼らの自由を尊重するならば、彼らの価値観を揺るがす権利はなく、我々の考え方を押し付けることも許されません。その点でいえば、彼らに対するプロダクト、サービス、システムの提供は必要ないのではないか?という意見すらあります。とはいえ、教育を受けたい、きれいで安全な水を飲みたい、現金が欲しい、という欲求が現地に存在することも事実です。このような欲求を抱く人々に対して、現地の価値観に沿った選択肢を提供することが重要であると私は考えています。そのような選択肢を提供した上で、最終的に現地の人々が自身の関心に基づいて判断することで、持続的な関係が構築されると考えています。

次回からは、ソーシャルイノベーションを実現してきた企業、NPO、大学、研究期間をシリーズで取り上げていきたいと思います。

続きを読む

Innovation and Social Innovation

前回は、本blogのタイトルにも使用している2つのキーワード – デザイン思考とソーシャルイノベーション – に関して、それぞれの定義を中心に論じました。今回は、キーワードのうちの1つであるイノベーションについてもう少し掘り下げてみたいと思います。

イノベーションという単語は、企業広告、大学教育、研究、様々な場所で用いられ、それを目にする人も若干食傷気味かもしれません。何も考えずに単語だけ使用するとたまに恥ずかしい目に会うこともあるので、まずは整理しておく必要があります。今回は、イノベーションの起源から始まり、派生したいくつかのイノベーションの類型について述べていきたいと思います。具体的には、シュンペーターによるイノベーション、破壊的イノベーションと持続的イノベーション、オープンイノベーション、ソーシャルイノベーションです。これらのそれぞれについて、起源と定義をまとめてみましょう。

イノベーション

前回ソーシャルイノベーションの定義の部分で少し述べましたが、そもそもの英語におけるイノベーションの意味とは、”Something newly introduced, such as a new method or device”、すなわち、新しい手法や道具などどいった新しく生み出される何か、とされています。これに対して、経済学上におけるイノベーションという語句は、1912年に発行された経済学者のシュンペーターの著書『経済発展の理論』の中で5つのパタンとして彼によって定義されました。以下に原文と拙訳を掲載いたします。

1. The introduction of a new good – that is one with which consumers are not yet familiar – or of a new quality of a good.

2. The introduction of a improved or better method of production, which need by no means be founded upon a discovery scientifically new, and can also exist in a better way of handling a commodity commercially.

3. The opening of a new market, that is a market into which the particular branch of manufacture of the country in question has not previously entered, whether or not this market has existed before.

4. The conquest of a new source of supply of raw materials or half-manufactured goods, again irrespective of whether this source already exists or whether it has first to be created.

5. The carrying out of the better organization of any industry, like the creation of a monopoly position (for example through trustification) or the breaking up of a monopoly position.

1. 消費者にとって馴染みのない新しい製品、あるいは、より良質な製品の導入

2. 改良された、あるいは、より良い生産方法の導入。
これは科学的に新しい発見に基づくものではなく、ある商品の商業的扱いに関するより良い方法を含むものである。

3. 新しいマーケット(市場/販路)の開拓。
当該国の産業部門が従来は参加していなかったマーケットの開拓。このマーケットが以前存在したかどうかは問わない。

4. 原材料や半製品の新しい供給源の開拓。
この場合も、供給源が既存のものであるか、あるいは初めて創り出される必要があるかどうかは問わない。

5. 生産のためのよりよい組織の実現。
すなわち、例えばトラスト化などによる独占的地位の形成、あるいは、その打破など。

さて、シュンペーターは、イノベーションの種類は5種類存在し、すべてのイノベーションはそのいずれかに当てはまる、と主張します。従来、日本語におけるイノベーションは”技術革新”と訳され、上の5つのタイプのうち1のみがイノベーションと見做されてきました。これは、「もはや戦後ではない」のフレーズが記載された、1956年の『経済白書』の中で、イノベーションが初めて登場した際、イノベーション=技術革新と翻訳されたためであると言われています。この経済白書については経済白書データベース[1]で原文を確認することができます。

[1] 経済企画庁, 1956

本blogは、このような”イノベーション=技術革新”ではなく、”イノベーション=5つのパタンのいずれか”という視座を継承し、この5つのパタンを踏まえたソーシャルイノベーションを実現するための理論と実践について論じることを目的としています。

さて、ここからはイノベーションの派生系として、先に挙げた以下の3つについて述べていきたいと思います。

  • 持続的イノベーションと破壊的イノベーション
  • オープンイノベーション
  • ソーシャルイノベーション
  • 持続的イノベーションと破壊的イノベーション

    まず、持続的イノベーションとは、従来製品の改良を進めるイノベーションを指します。一方で、破壊的イノベーションとは、 短期的には従来製品の価値を破壊するかもしれませんが、全く新しい価値を生み出すイノベーションを指します。

    これら2つのイノベーションは、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)が、1997年の著書『The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail』(邦題『イノベーションのジレンマ – 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』)のなかで初めて提唱した概念です。彼は、持続的イノベーションに集中する巨大企業は、改良することだけに注力し、顧客の需要に目が届かず、機能的には劣るものの別の新たな特色を持つ製品を作り出す新興企業に敗れる現象を”イノベーションのジレンマ”として理論化しました。

    例えば、CDやDVDは、より音質において劣るダウンロード形式のデジタルメディアによって破壊されたテクノロジーです。この現象の背後にある原因として、1990年代に、シングルCDの出荷が徐々に停止されたことにより、消費者が個別の楽曲を購入する手段を失ったことが指摘されています。この市場は、当初はNapstarなどのピアツーピアのファイル共有テクノロジーに、やがてiTunes Music Store、Amazon.comなどのオンライン販売業者によって席巻されていきました。

    オープンイノベーション

    次に、オープンイノベーションは、ハーバード・ビジネス・スクール助教授のヘンリー・チェスブロウ(Henry W. Chesbrough)が2003年に出版した『Open Innovation: The new imperative for creating and profiting from technology』(邦題『OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて』)において提唱した概念であり、企業が、ある技術を発展させようとする時、内部のアイディアだけではなく、外部のアイディアを使うことができる、もしくは、使うべきであるという考え方です。オープンイノベーションの背後にある考え方は、企業は完全に自社の研究に頼る余裕はなく、代わりに他の会社からモノや特許を購入したり、ライセンスを受けたりすべきであるという思想です。さらに、内部の発明はその会社のビジネスで使われるべきではなく、その会社の外に出されるべきである、という思想をも含みます。

    例えば、P&Gは、技術や知的財産について社外と広く交流し、より大きな価値を生み出すオープン・イノベーションモデルとして”Connect + Develop”[2]を推進しています。具体的な成功事例として、2005年より同社が販売している「プリングルズ・プリンツ」があります。これは、1枚1枚のポテトチップスに、スポーツや音楽に関するクイズや豆知識を印刷したものです。社内には、1枚1枚に画や文章を印刷する技術はなかったものの、イタリアの大学教授が経営する小さなパン屋がその技術を持っていることを突き止め、これを改良することで、2年かかるとされた市場への投入期間を1年に短縮し、開発コストも大幅に削減できたと『Connect and Develop: Inside Procter & Gamble’s New Model for Innovation』[3]において報告されています。

    [2] P&G, Connect + Develop

    [3] Huston and Sakkab, 2006

    ユーザイノベーション

    ユーザーイノベーションは、マサチューセッツ工科大学のエリック・フォン・ヒッペル(Eric von Hippel)教授が提唱するイノベーションの発生原理であり、供給者としての製造業者、提供者よりも個別のエンドユーザやユーザコミュニティによって多くのプロダクトやサービスのイノベーションが起きるとするものです。彼は、この原因を、多くの消費者が避けている問題に対して、一部のユーザが取り組み、既存の製品を修正したり、完全に新しい製品をつくりだすなどして、その問題を解決するため、と説明しています。彼のオープンイノベーションに関する2冊の著作(『Democratizing Innovation』『The Sources of Innovation』)はオンラインにて公開されており、誰もが自由にダウンロードすることができます[4]

    [4] Hippel, 1988, 2005

    ソーシャルイノベーション

    最後に、ソーシャルイノベーションです。すでに第01回にて述べたように、ソーシャルイノベーションは、Phillsら[5]により、以下のように定義されています。

    A novel solution to a social problem that is more effective, efficient, sustainable, or just than existing solutions and for which the value created accrues primarily to society as a whole rather than private individuals.

    すなわち、ある社会的な問題に対して、「従来の方法よりも、より効果的、より効率的、より持続性がある”新しい”解決法、そして、個人よりも全体としての社会に対する価値を生み出す、”新しい”解決法」と定義されています。

    特に、単なるイノベーションとソーシャルイノベーションとの違いとして「起業家、投資家、あるいは消費者などの個人に対する価値よりも、全体としての公共や社会に対する価値を生み出すかどうか、このバランスがどちらに触れるかで区分する」とPhillsは主張しています。本blogのスタンスも、このPhillsの定義を継承したいと思います。

    [5] Phills Jr., Deiglmeier and Miller, 2008

    ソーシャルイノベーションとソーシャルアントレプレナーシップ、ソーシャルエンタープライズ(社会的企業)は併せて語られることが多いですが、Phillsらは、これらとの違いをも、同論文の中で明確に述べています。ソーシャルアントレプレナーシップ、ソーシャルエンタープライズはともに、その目的を社会的な価値の創造においています。前者は、新たな組織を立ち上げようとする人々の個人的な資質に焦点を当てており、後者は、組織に焦点を当てています。しかしながら、両者とも、そもそもの起源が非営利セクターであり、結果として、彼らの活動を非営利に制限しているという点で限界を孕んでいます。一方で、ソーシャルイノベーションは、社会全体に対して、財政的かつ社会的な価値を提示するメカニズムとして、これら2者とは根本的に異なるものであるとPhillsは主張します。

    なお、実際のソーシャルイノベーションの事例は、第4-10回に渡って、企業、NPO、大学、研究機関別に紹介していく予定です。

    まとめ

    今回はイノベーションについて、その定義、および、派生系について述べてきました。本blogは、キーワードの1つにソーシャルイノベーションを掲げています。ソーシャルイノベーションに注目する理由は、すでに述べたように、単なるイノベーションが、経済的な価値な価値のみを提供することを目的とするのに対し、ソーシャルイノベーションが、社会全体に対して、社会的な価値、および、経済的な価値、という2つの価値を提供するためです。このようなソーシャルイノベーションを実現するためのデザイン思考、およびデザイン思考を活用したデザイン手法を本blogでは実践例を交えて、紹介いきたいと考えています。

    さて、次回はソーシャルイノベーションの場(フィールド)としてのBOP(Bottom of the Pyramid)と呼ばれる社会経済学上のグループについて考えていきたいと思います。

    続きを読む