Stanford d.school / Stanford Design Program 2/2

前回は、Stanford d.schoolとStandford Design Programの概要とクラスについて、また、結びとして、アメリカにおける高等教育と雇用システムの関係性について述べました。今回は、視察記の後半として、ワークプレース、創造性・問題発見・問題解決について書きたいと思います。

ワークスペース

まず、ワークスペースについて説明いたします。ここでは、d.school、Design Programに加えて、同じパロアルト市内にあるIDEO本社、さらに、オークランドに位置する(Jobsがデザインした)Pixar本社におけるワークスペースについて説明をしたいと思います。

d.school

d.schoolは、クラスのみですので、当然ながらコラボレーションスペースのみがワークスペースです。しかしながら、そのスペースにはIDEO仕込みの様々な工夫が施されています。

デスクやチェア、ソファーも原則移動式です。

移動式のホワイトボード。壁にかけて利用します。

アイディエーションのためのツールボックス。

デスクは、胸の高さのものが多く、皆立ちながらディスカッションをしています。

パーティションもホワイトボード。

美しく整理されたプロトタイピングツールスペース。

Design Program

Design Programの学生は、プロジェクトのスペースが存在するコラボレーションスペースだけではなく、個人スペースを所有しています。なお、個人スペースは今後廃止予定だそうです。

コラボレーションスペース。

各ブースが個人スペース。

IDEO

IDEOは、完全なコラボレーションスペースのみで構成されていると思いきや、原則個人スペースでの作業環境が構築されていました。とはいえ、ここでいう個人スペースとは、アメリカ企業によく見られるパーティションで閉ざされた個人スペースではなく、オープンな個人スペースです。フリースペースではない理由として、プロダクトのプロトタイピングを行うにあたっての、外部ディスプレイやツールなどの必要性が挙げられます。このようなスタイルは、閉鎖的な個人スペースではなく、完全なフリースペースでもなく、コラボレーションの促進と作業効率とのバランスを踏まえた上での設計であると考えられます。

IDEO本社ビル。

残念ながら撮影禁止であったため、写真をお見せすることができないのですが、ワークスペースの天井からは、自転車など様々なものが吊るされていたり、創造的な思考のための工夫は随所に見られました。また、壁面のストック棚には統一されたダンボールが設置され、フロント部には持ち主の名刺を差し込むためのカードケースが貼りつけてありました。

本社に隣接するビルには、工房スペースがあり、様々な機材が設置されていました。3Dプリンタ、レーザーカッター、ウォータージェット、NC、成形機械、大型工作機械など一通りの機材は揃っていました。ハードウェアのためのプロトタイピング環境はかなり充実している印象を受けましたが、ソフトウェアのためのプロトタイピング環境とその人材は不足しているとのことです。

Pixar

Pixarは、R&Dのスペースを見学することができませんでしたが、アニメータのスペースを見学することができました。撮影禁止のため写真を紹介できないのが非常に残念なのですが、原則個人のスタジオの集合体のような空間設計でした。6帖程度のスペースはパーティションで囲まれた小屋のようなスペースになっており、各クリエイターは思い思いの方法でそのスペースを装飾しています。ある人はフィギュアで埋め尽くし、ある人は、日本の居酒屋風にアレンジするなど、非常にクリエイティブな空間でした。

「このような個人用スタジオ形式でコラボレーションは促進されるのか?」という質問に対しては、(このような構造ではあるものの)非常にオープンな環境で、気軽に別の人のスペースを訪れてそこでチームが生まれ何かを進めていくことができる、とのことでした。

噂の本社ビル。壁面に見えるものが件のイタリア産のレンガ。

さて、ここまで4つのワークスペースを見てきました。広大な土地が存在するアメリカと、限られたスペースしか存在しない日本を直接比較することは困難であり、日本でワークスペースを設計する場合、多くの制約条件が存在します。場所の制約がない限り、個人スペースとオープンコラボレーションスペースを共存させることが最も理想的でしょう。一方、両者を共存させることが困難な場合であっても、上記の4つの事例から、コラボレーションスペースにおける創造的な空間作りのために採用すべき要素に関して、参考にできる多くのものを見いだせるのではないでしょうか。

創造的な問題発見と創造的な問題解決

最後に、今回の視察を終えてのまとめを述べたいと思います。

一般にプロダクトをデザインするプロセスには、問題発見、仮説構築、問題解決の3つのステップが存在します。

1. 問題発見/設定 -> 創造的な問題発見
2. 仮説(問題解決法)構築 -> 創造的な問題解決法
3. 問題解決=ゴール

1のステップでは、こんな問題があったんだ!、この問題には気づかなかった!というような創造的な問題発見/設定が求められます。一方で、2のステップでは、こんな解き方あったんだ!、こんな解決方法があるんだ!という創造的な問題解決法が求められます。

仮説を構築した段階では、依然問題を解決するプロセスの起点に位置するにすぎません。問題解決というゴールに対して、様々なアプローチが存在し、どのアプローチが目的に照らしあわせた場合に最適であるかを知るためには、思考実験では不十分です。プロトタイピングとユーザテストの繰返しによる探索過程(Iteration)が不可欠であり、最重要プロセスです。

1と2のステップのそれぞれにおいて、創造性を働かせることが非常に重要ですが、状況に応じてリソースを投入するバランスは変わります。例えば、BOPの場合、解決すべき問題は、緊急を要するものが多く、デザインにおける制約事項も多数存在します、したがって、いかに創造的な問題解決法を提示できるかが鍵となるという点において、2から3のプロセス(Iteration)を重視する傾向にあります。

また、d.schoolのようにエスノグラフィを徹底的に重視するデザインスタイルの場合、1から2までのプロセス(Ideation)に時間を投資する傾向にあります。これは、問題が陳腐である場合、そもそも相手にされない、話を聞いてすらもらえない、などどいった危険を排除する、という観点からすれば、正しい方策と言えるでしょう。しかしながら、問題発見から仮説構築に多数の時間を投資しても、それは動かない単なる概念にすぎず、思考実験の粋を出ません。プロトタイプとユーザテストのスピーディな繰返し、Iterationのプロセスこそが、アイディアを進化/深化させる唯一の方法なのです。多くのプロジェクトは締切あるいは最適のタイミングが存在し、有限の時間が設定されています。ワーキングプロトタイプを伴わない単なるアイディエーションのプロセスに時間を投資し、最終的に構築した唯一のプロトタイプがうまく動作せず、単なるモックアップに終わる、あるいは、ユーザから十分な満足を得られなかった場合、残された時間で一体何ができるのでしょうか?

また、多くのデザイナは、エスノグラフィに対する誤解を抱いています。問題や解決法を「直接」ユーザに求めることは最大の愚行です。このような愚行を繰り返した場合、卑近な問題設定と、陳腐な解決法を採用した、誰も見向きもしないプロダクトが産み出されることになるでしょう。このような結果は、本来のエスノグラフィの持つ価値を蔑ろにする行為と言えます。本来、エスノグラフィは、Ideationの段階では、デザイナが創造的な思考をするための「手がかり」を提供する1つの方法論にすぎません。より強力な意味を帯びるフェーズは、実際にユーザがプロトタイプを触り、そこで立ち現れる現象からどのような改良を施すべきかを探る過程にあります。ソリューションを構築する創造性はデザイナ自身、エンジニア自身の能力に担保されるのであり、それはユーザの出すアイディアが直接結実したものではあり得ないのです。

本ブログで提案した構造構成主義的プロダクトデザイン手法は、1と2のプロセス、すなわち、BOPというフィールドにおける、創造的な問題発見/設定、ならびに、創造的な仮説構築をカバーしたデザイン手法と言えます。具体的には「デザイナの関心モデルの構築」、「フィールにおける概念抽出および現象マッピング」、「ソリューションモデルの構築」という3つのデザインプロセスを経ることで、BOPにおける創造的な問題発見/設定だけではなく、創造的な問題解決方法までを同時に担保する非常に協力なデザインツールです。このようなツールを利用することで、問題発見・初期仮説構築までは、時間(コスト)を短縮することが可能です。しかしながら、仮説修正から問題解決までのプロセスは、時間の短縮・効率化を安易に求めるべきではなく、むしろ安易に実現できないプロセスであるといえるでしょう。というのも、このプロセスは、自分の(ないし、自分のチームの)創造性に基づき、ユーザに真摯に向き合うプロセスであるためです。第20-24回に渡って、実際のケーススタディとして、問題を設定した後の仮説の修正プロセス、プロトタイピングとユーザテストの繰返しを通じてプロダクトを改良していく様子を詳細に渡って説明した理由は、まさにこの考えを理解していただきたかったという私の意図に基づくものです。

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Stanford d.school / Stanford Design Program 1/2

ご無沙汰しております。前回の第25回にて本ブログの更新を一時中断しておりましたが、Bay Are周辺を視察する機会を得、思うところがありましたので、2回に渡って、Stanford d.schoolとStandford Design Programについてつらつらと書きたいと思います。

d.school と Design Program

まず、Stanford d.schoolは、第08回でも紹介したように、”デザイン思考”を通じて人々を結びつける場所として、スタンフォード大学内に設置された様々なクラス群を指します。d.schoolのクラスは、Stanford大学の大学院生でなければ受講できませんが、原則d.schoolとしての学位は学生に提供されません。

一方で、Standford Design Programは、Stanford大学における、Designを専門とするGraduateコースを差します。Stanfordには、Designを専門とするコースは、Undergraduateコースにも存在し、こちらはMechanical EngineeringのDesign Groupに存在します。

Stanford Design Programの教授は、IDEO創設者であるDavid Kellyと元AppleのBill Barnettの2人のみのため、Design Programの提供するクラスの数には限りがあります。したがって、学生は、修了要件を満たすために、d.schoolのクラスを受講したり、バックグラウンドに合わせて、Mechanicla Engineering(ME)学部もしくはArt学部のクラスを取る必要があります。

現在、Design Programに在籍するMasterコースの学生は30人程度です。MFA(The Master of Fine Arts)の学位を取る場合は、Art学部のUndergraduateのクラスの単位が必要となります。MSE(The Masters of Science in Engineering)の学位を取得する場合は、ME学部のUndergraduateのクラスの単位が必要となります。

Design Programの学生は、原則、社会人を経由して入学してきます。学部時代の専攻は、機械工学が主流のようです。機械工学のバックグラウンドを持つ学生は、インダストリアルデザイン、プロダクトデザインに関する知識が欠けているため、デザインの初歩から学び始めることなります。インタラクションデザイン/ユーザエクスペリエンスデザインは、コンピュータサイエンスをバックグランドとしない限り、決して強くありません。

また、Design Programの学生は、Stanford大学の持つ、すばらしく充実した施設を利用することができます。3Dプリンタ、レーザーカッターなどの基本的なデジタルファブリケーションツールはもちろんのこと、様々な基本的な工作機械、鋳造、溶接、成型のための様々な特殊大型機械を利用することができます。なお、これらの施設を利用するための講習が、MEのクラスとして提供されているようです。



クラス

 

次に、幾つかのDesigin Programのクラスについて簡単に説明したいと思います。

視察したクラスは、どれも座学での講義でしたが、学生に質問を投げかけながら、ディスカッションのような形式で進んでいきました。日本の講義形式は、一方的な講演スタイルが多数であるのに対して、視察した講義はいずれも、某白熱教室でも見られたようなスタイルでした。ご存知のように海外の多くのトップ大学は講義アーカイブをiTunesUや自前のシステムを通じて公開しています。アーカイブに対して、教室でのディスカッションへの参加や、直接の指導にこそ高い授業料を払う価値があると考えられているようです。

ME 312. Advanced Product Design: Formgiving

本クラスは、プロダクトデザインの基礎で、プロダクトデザインのデザイン言語として、ゲシュタルト、ジオメトリ、エッジと交差、サーフェイス、色、ロゴとグラフィクスについて様々なプロダクトを引き合いに出しながら、説明をしていました。わずか10枚のスライドを使って、120分の講義が終わりました。

ME 216A. Advanced Product Design: Needfinding

このクラスは、ニーズの探し方、問題発見に関するクラスです。今回は、インタビューの方法を詳細に渡って説明していました。インタビューには多数の形式が存在しますが、今回の講義では、ナラティブインタビューの方法について、カメラの位置や画角まで細かい実演形式にて講義が行われました。

ARTSTUDI 60. Design I: Fundamental Visual Language

このクラスは、Art学部のUndergraduateのクラスですが、MFAを取得する場合、Design Programの学生が取得しなければならないクラスです。プリズムを使った色の原理の説明から、彩度、明度といった概念の理解のためのカラーチャートを使ったワークショップなど、こちらもかなり細かい内容まで踏み込んだクラスでした。

ME 101. Visual Thinking

このクラスは、MEのUndergraduate向けのクラスです。立体造形の基本のクラスで、今回は、最初の課題発表を行なっていました。具体的には、複数の立体構造を組み合わせて1つの構造体を制作するという課題でした。

Design Garage

このクラスは、修士研究のクラスです。Design ProgramのGraduateコースの場合、修士論文は存在せず、作品が修了要件となります。これは他のアメリカの大学のDesign Degreeを取得する場合と同様の要件です。

Design Programでは1年間(実際には3クオーターの9ヶ月)をかけてプロジェクトのアイディアを練っていきます。他学部の学生を捕まえ、チームにリクルートすることも評価の1つです。また、年度の最後には企業へのプレゼンテーションの機会も含まれていますが、この段階で求めれれるものはワーキングプロトタイプではなく、あくまでアイディアまでとのことでした。

さて、今回は、Second Quoter(1-3月)の最初のプレゼンテーションの時間でした。(4-5名で構成される)チームごとに分けれて、各自が行なってきたインタビュー結果に基づくアイディアの共有を行います。ここでも講師陣とのディスカッションがベースで、抽象的な表現(魅力的な、etc)については、説明が求められ、アイディアをブラッシュアップしていきます。

以上、いくつかのクラスの説明をしました。Design Program、Art学部、ME学部のそれぞれのクラスは、特定のトピックに対して、非常に深く掘り下げた講義をディスカッションスタイルで行なっているとの印象を受けました。これは、そもそも教える側がジェネラリストではなく、高度な専門性を持つスペシャリストであるという点と、アメリカの社会システムの性質と関係した現象ではないかと推測しています。

アメリカにおける雇用は、主としてポジション性で、スペシャリストが求められます。日本の多くの企業が、ジェネラリストを養成するためのシステム(例えばローテーション制など)を採用していますが、このようなシステムとは真逆のシステムです。例えば、エンジニアのポジションに対しては、デザインができるエンジニアよりも、より高度な専門性を持ったエンジニアが求められるでしょう。ECを主なプロダクトとする100人程度の規模の会社のマネージャーのポジションに対しては、まさにパーツとして適切な人材が存在し、このような人材は、会社が成長するとその会社を去り、再び100人程度の規模のEC関連会社のポジションを務めるようです。

アメリカにおける高等教育も、上記のような雇用システムと直結しており、教える側はスペシャリストであるため、狭い領域で濃い講義をします。学生たちもまた、そのように教育され、狭い領域での高度な専門性をもって卒業していきます。一旦社会に出た人間も、高度な専門性を得るため、伸ばすため、あるいは、別の専門性を身につけ、別のキャリアへ進むために、大学院へと戻ってくるのです。

後半に続きます。

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まとめと今後の展開

前回は、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の最終回として、Wanic ToolkitとWanicシリーズを用いたビジネスモデルについて説明しました。ビジネスモデルについて説明するにあたって、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、途上国・先進国を含む事業戦略を説明したのち、初期の事業展開先である東ティモールにおけるWanicシリーズのポジショニング、技術伝達を中心とした事業展開、ならびに、ビジネスモデルの考察について説明しました。

今回は、第25回目の記事、つまり、本ブログの最終回となりました。そこで、前半では、各章のまとめを行い、後半では、構造構成主義的プロダクトデザイン手法、Wanic/Wanic Toolkitの今後の展開について述べたいと思います。

各章のまとめ

イントロダクション – No Tinkering, No Innovation

イントロダクションでは、まず、本ブログの目的とターゲットについて説明をしました。本ブログは、ソーシャルイノベーションのためのデザイン理論を、背景となる理論や実例、ならびに、提案する理論の実践を通じてわかりやすく解説することを目的とし、デザイン思考やソーシャルビジネスに興味のある全てのひとをターゲットと設定しました。次に、タイトルにも含まれている”デザイン思考”と”ソーシャルイノベーション”について説明しました。デザイン思考について、その起源から定義まで追い、ソーシャルイノベーションについて、イノベーションとソーシャルイノベーションの違いについて重点的に説明しました。

1. ソーシャルイノベーションとソーシャルビジネス

第1章では、本ブログの2つのキーワードのうちの1つ、”ソーシャルイノベーション”について掘り下げ、フィールドとしてのBOPについて説明し、実際の事例として、企業、NPO、大学、研究機関を取り上げて具体的に説明しました。

第02回では、イノベーションとソーシャルイノベーションの定義、および派生型について説明しました。具体的には、シュンペーターの定義を説明したのち、イノベーションの派生系である、持続的イノベーションと破壊的イノベーション、オープンイノベーション、ソーシャルイノベーションを紹介しました。特に、ソーシャルイノベーションについては、Phillsらの定義に基づいて、イノベーションとの差違を説明しました。

第03回では、ソーシャルイノベーションのフィールドとしてのBOP(Bottom of the Pyramid)について、定義、特徴について説明しました。BOPが全世界の人口の90%を占めるという事実は、従来のプロダクトがわずか10%に向けてデザインされたものに過ぎず、その手法もまた10%の人々のための手法に過ぎないことを意味しています。そして、従来のデザイン手法がそのまま90%に対して適用不可能である理由を、フィールドごとの複雑性、デザイナと現地人の関心の対立構造というBOPが持つ特殊性から説明しました。

第04-10回では、ソーシャルイノベーションの事例として、企業・NPO、大学・教育機関の取り組みをシリーズにて説明しました。

まず、企業・NPOの事例として、第04回では、KickStartを紹介しました。KickStartは、地元の人々が起業家として利益を生み出すことが可能であり、持続可能な社会の形成、雇用の創出、経済の発展に貢献する製品を開発しています。ここでは、2つの製品(スーパーマネーメーカーポンプ、ヒップポンプ)を紹介したのち、KickStartの10のデザイン原則を説明しました。

第05回では、米国NPO Kopernikを紹介しました。Kopernikは、テクノロジーマーケットプレイスのコンセプトのもと、テクノロジーを所有する会社や大学、途上国の市民団体、一般市民の3者をつなげ、革新的な技術・製品を発展途上国に提供するための多数のプロジェクトを運営しています。ここでは、実際のプロダクト3点とそれらを用いた3つのプロジェクトを紹介しました。

第06回では、マサチューセッツ工科大学のNicholas Negroponteを中心に大学発NPOとして設立されたOLPCを紹介しました。OLPCは、ネットワークにつながったラップトップを全ての就学児に提供し、教育を通じて世界の貧しい子供たちに活力を与えることをミッションに低価格ラップトップの開発を行っています。ここでは、OLPCシリーズのXO-01とXO-03を紹介しました。

次に、大学・教育機関の事例として、第07回では、マサチューセッツ工科大学 D-Labを紹介しました。D-Labの”D”は、「Development though Dialog, Design, and Dissemination (対話を通じた開発、デザイン、普及」を意味しており、国際開発の枠組みの中で、適正技術と持続可能性のあるソリューションによる開発を育成するためのプログラムとして位置づけられています。ここでは、12のコースと、それぞれのコースの代表的なプロジェクトを紹介しました。

第08回では、d.schoolことHasso Plattner Institute of Design at Stanfordを紹介しました。d.schoolは、IDEO創業者であるDavid KellleyおよびIDEOの影響を強く受けており、”デザイン思考”がキーワードとなっています。ここでは、2011年Spring Semesterで開講中のクラスと、2つの長期プロジェクトを紹介しました。また、ベルリン郊外に存在する系列組織である、HPI School of Deign Thinkingを紹介しました。

第09回では、TU DelftことDelft University of Technologyを紹介しました。TU Delftでは、Industrial Design Engineering(IDE)プログラムが修士学生向けに開講した”Advanced Products”にて、ソーシャルイノベーションに関連したプロダクトの開発を行ってきました。また、IDEに存在する3つの学科のうちの1つ、Design Engineeringの1セクションに当たる、Design for Sustainability(DfS)も同様に、ソーシャルイノベーション関連の研究に取り組んでおり、そのコース内容について紹介しました。

第10回では、マサチューセッツ工科大学から始まり、世界に展開しているFabLabを紹介しました。FabLabは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークであり、必要なものをみんなで作る”DIWO(Do It With Others)”を基本理念に置いています。ここでは、FabLabの定義、歴史について説明したのち、利用可能なファブリケーションツールを紹介しました。

2. デザイン思考

第2章では、本ブログの2つのキーワードのうちの1つ、”デザイン思考”について掘り下げ、デザインプロセスごとのデザイン手法として、デザインリサーチ、モデリング、デザインパタンを紹介したのち、既存のデザイン手法の限界について説明しました。

第11回では、デザイン思考の系譜として、Herbert A Simon、David Kelly、Tim Brown、奥出直人、Hasso Plattnerの5人の研究者に注目し、定義とデザインプロセスを紹介しました。そして、これらに共通するプロセスとして、「1. フィールドへ赴き、データを取得する、2. 課題を発見し、仮説を構築する、3. プロトタイピングを行う、4. フィールドへ赴き、テストを行う、5. 製品を実装する」を抽出しました。

第12回では、プロセスの最初のステップである、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ためのメソッドとして、”質的調査法”を説明しました。具体的には、口頭データと質的データの様々な採取方法について、その概要と限界について説明をしました。さらに、目的に応じた複数の手法の組み合わせの事例として、エスノグラフィック・インタビューの一形態である、ベイヤーとホルツブラッドの提唱した”コンテクスチュアル・インクワイヤリ”を紹介しました。

第13回では、プロセスの2番目のステップである、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、”モデリング”を説明しました。具体的には、ユーザの属性に注目したユーザモデリングとして、ペルソナ、シナリオ、ゴールダイレクテッドデザインを紹介し、ユーザの行動に注目したワークモデル、ならびに、フィールドの構造を理解するためのGTAを紹介しました。

第14回では、プロセスの3番目のステップである、「3. プロトタイピングを行う」ためのメソッドとして、”デザインパタン”を説明しました。具体的には、デザインパタンの起源、および、建築からソフトウェアエンジニアリング、HCI(Human Computer Interaction)への流れを説明しました。そして、ユビキタスコンピューティング、ゲームの領域への拡張までを紹介し、その限界について指摘しました。

第15回では、第12-14回で述べた既存のデザイン手法を、BOPというフィールドに対して適用する場合の限界について説明しました。具体的には、BOPの特殊性として、フィールドごとの特殊性、デザイナとユーザとしての現地人との関心の対立構造を解説しました。既存のデザイン手法は、これらのBOPの持つ特殊性を考慮していないことから、適用において限界が生じることを説明しました。

3. 構造構成主義

第3章では、既存のデザイン手法の限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、”構造構成主義”を紹介しました。構造構成主義は、現象学と構造主義科学論の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論です。

第15回では、構造構成主義の特徴をモデル図を用いて説明しました。構造構成主義では、哲学的構造構成と科学的構造構成という2重の構造構成が存在します。これらを説明する前に、両者に通底する概念である、現象学的概念と構造主義科学論について解説しました。前者については、関心相関性と信憑性、後者については、構造と恣意性を中心に解説しました。

第16回では、構造構成主義を背景として持つ研究法の1つとして臨床心理学などの分野で用いられている、”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を紹介しました。これは、構造構成主義それ自体は概念であり思想であるため、デザイン手法として直接応用することが困難であるためです。SCQRMは、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理としています。ここでは、SCQRMの備える11の関心相関的アプローチを説明しました。

SCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、”M-GTA(Modified Grounded Theory Approach)”を分析ツールのひとつとして採用しています。第17回では、前進となるGTA(Grounded Theory Approach)について説明したのち、具体例を示しながら、概念化、カテゴリ化、理論化のプロセスで構成される、分析プロセスを紹介しました。また、手続きとして作成する分析ワークシートを紹介しました。

4. ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法

第4章では、筆者の構築した、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法について説明しました。本手法は、フィールドの複雑性の構造的な理解と、デザイナとユーザとしての現地人の信念対立の解消、というBOPをフィールドとするプロダクトデザインにおける目的に基づいて、構造構成主義をアプローチとして導入しています。

第18回では、実際のデザイン手法として、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の3つのステップで構成されるデザインプロセスを紹介しました。まず、デザイナの関心モデル構築は、デザイナの関心を構造化するステップです。次に、フィールドの概念抽出および現象マッピングは、フィールドを構造化し、現地人の関心を構造化するためのステップです。最後に、ソリューションモデルの構築は、デザイナの関心モデルと、第2のステップで抽出された「概念」をもとに問題発見、および、発見された問題に対する仮説を生成するステップです。

5. ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践

第5章では、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践として、実際にフィールドワークと現地テストを繰り返し開発したプロダクト – Wanic / Wanic Toolkit – をケーススタディとして引用しつつ、そのデザインプロセスの詳細を説明しました。

第19回では、筆者の参加した東ティモールへのフィールドワークを題材に、事前調査からデザイナの関心モデルの構築、そして、調査項目・インタビュー項目決定までの流れを説明しました。本フィールドワークは、米国NPOコペルニク主催の途上国の課題を解決するプロダクトを開発することを目的としたSee-D Contestのプログラムの一環として設計されたものです。

第20回では、筆者の参加した東ティモールへのフィールドワークのうち、ボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の具体的なプロセスについて説明しました。

第21回では、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」の具体的なプロセスについて説明しました。

第22回では、構築されたソリューションモデル(ver1.1)とデザイナの関心モデル(ver1.1)に基づいてデザインされた、ココナッツワイン”Wanic”と、Wanicを製造するためのツールキット”Wanic Toolkit”のコンセプトモデルについて説明をしました。具体的には、キットの概要、キットを用いたWanicの製造プロセス、ならびに、第1回現地テストとそこでのフィードバックを中心に説明しました。

第23回では、Wanic Toolkitの普及モデルについて説明をしました。コンセプトモデルから普及モデルを開発するまでの過程として、第1回現地テストの結果を受けてデザインした普及モデル(ver.1.0)、東ティモールにてWanic Toolkitを用いて、Wanicを作るヒト、および、飲むヒト向けに実施した第2回現地テスト、さらに、第2回現地テストをもとに改良した普及モデル(ver.1.1)を説明したのち、普及モデル(ver.1.1)を用いたWanicの製造プロセスについて説明しました。

第24回では、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明しました。ビジネスモデルについて説明するにあたり、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、途上国・先進国との関係を説明したのち、初期の事業展開先である東ティモールにおけるポジショニング、技術伝達を中心とした事業展開、ならびに、ビジネスモデルの考察について説明しました。

今後の発展

構造構成主義的プロダクトデザイン手法

まず、構造構成主義的プロダクトデザイン手法については、グラントの獲得を視野に入れつつ、精緻化と汎用化の2つの発展を考えています。精緻化とは、手法そのもののブラッシュアップを指します。具体的には、他のデザイナによるケーススタディを通じて、ブラッシュアップを行いたいと考えています。本ブログで紹介した東ティモールへのフィールドワークの際には、筆者自身がいわば最初の被験者となり、手法の妥当性の確認を試みました。今後は、バングラデシュやフィリピンなど東ティモール以外のアジア地域にて、別のデザイナによる本手法を用いたプロダクトデザインを依頼したいと考えています。

汎用化とは、ブラッシュアップした手法のツール化を指します。現在は、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」という3つのステップのみが明示化されている状態にすぎず、具体的なツールが存在するわけではありません。今後は、専用のシートや、iPhone/iPadなどのアプリケーションを作成し、ツールのかたちで本手法を普及させていきたいと考えています。その過程では当然ワークショップなどの開催も検討していきたいと考えています。

Wanic/Wanic Toolkit

次に、Wanic/Wanic Toolkitについては、酒のブラッシュアップと販路開拓を考えています。現時点では、フレッシュワニックのプロトタイプを製造した段階、すなわち、ツールキットとココヤシの実を使ってお酒が作れることを示したにすぎません。実際に商品として販売するまでには、酵母の選定・培養、糖度の測定に基づく補糖料の決定、味の安定化、中期保存方法の模索など多くの課題が残されています。今後は、国内酒造メーカー、現地酒造メーカーといったパートナーを模索し、協業による製品開発を検討していきたいと考えています。

一方で、販路については、現地パートナーとして、東ティモールにてホテルもしくはレストランを1店舗選定し、その周辺を使ってツールキットの製造、フレッシュワニック、ボトルドワニックの製造を行い、販売テストを行ってみたいと考えています。そして、この地をモデル店舗として設定し、Wanicツアーと称して、日本の酒造メーカーやその他販売代理店候補の企業の方々を東ティモールにお連れすることによって、Wanicへの理解だけではなく、東ティモールの観光収入の増大に少しでも貢献したいと考えています。

さいごに

本ブログは、当初の計画通り25回で予定していた内容を全て完了することができました。4月の正式オープンを前にいくつか記事をストックしていたのですが、通常業務を行いつつ、となるとすぐにストックもつきました。週一での定期更新は初めての試みではなかったのですが、文章のクオリティとボリュームを保ち続けることに慣れるまではしばらく時間を必要としました。とはいえ、後半はペースをつかみ、水曜で構成、木、金、月曜でドラフト、火曜に仕上げというサイクルが確立しました。

このブログを通じて、いくつか取材をいただきましたし、研究として発展しそうな案件もいただくことができました。今後は、上記に述べたような方針で研究を継続していくつもりですが、書籍化(!)という当初の目的を果たすために、本ブログの内容のメンテナンスを行っていきたいと思います。書籍の対象は、紙媒体が(個人的には)最も理想的なのですが、電子書籍の流通面におけるメリットを考慮して前向きに検討していきたいと思っています。

最後まで読んでくださった方、twitter等でコメントをくださった方、どうもありがとうございました。また、Appendixなど更新するかもしれませんが、ひとまずお礼を述べさせていただきたいと思います。

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実践 – ビジネスモデル

第19回よりソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践について紹介をしています。前回は、実践の第5回として、第1回現地テストの結果を受けてデザインした普及モデル(ver.1.0)、東ティモールにてWanic Toolkitを用いてWanicを作るヒト、および、飲むヒト向けに実施された第2回現地テスト、さらには第2回現地テストをもとに改良した普及モデル(ver.1.1)とその製造プロセスについて説明しました。

今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の最終回として、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明します。ビジネスモデルについて説明するにあたり、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、日本、途上国、先進国で構成される事業展開を説明したのち、初期の展開先として設定した東ティモールにおけるWanicのポジショニング、および、技術伝達を含む事業戦略を中心に説明します。

ビジネスモデル ver.1.0

製品ラインアップ

まず、ココナッツジュースワインをベースとするWanicシリーズとして現在展開が予定されている3つの製品(Fresh Wanic、Bottoled Wanic、Wanic Liquor)について、それぞれの特徴を説明します。

Fresh Wanicは、ココヤシの実の中でココナッツジュースを発酵させた新しいお酒です(図1)。味については、ココナッツジュースの持つ風味、新鮮さを残しつつ、見た目についても、ココヤシの実を器に使うことで、エキゾチックな魅力が引き出されます。一方で、ココヤシの実を利用することにより、長期間の保存が難しくなるため、原則生産場所と消費場所はほぼ同一と考えてよいでしょう。

図1. Fresh Wanic

Bottoled Wanicは、Fresh Wanicをココヤシの実から取り出し、瓶詰めにしたものです(図2)。Fresh Wanicの持つ風味を維持しつつ、Fresh Wanicよりも長期の保存を可能にした製品です。瓶詰めにすることで、生産地周辺の都市への運搬と消費が可能となります。

図2. Bottoled Wanic

Wanic Liquorは、Fresh Wanicをココヤシの実から取り出し、蒸留し、その後瓶詰めしたものです(図3)。Fresh Wanicの持つ風味を継承し、蒸留することで濃縮される味が特徴的です。アルコール度数も蒸留によって40度前後と上昇するため、カクテルのバリエーションも増加し、楽しみ方も変化するでしょう。

図3. Wanic Liquor

表1. Wanicシリーズの概要、強み、改良点

概要 強み 改良点
Fresh Wanic ヤシの実で発酵 新鮮さ、外観の魅力 保存期間が短い
(発酵完了から1週間)
Bottoled Wanic 発酵後瓶詰め 新鮮さ 保存期間がやや長い
(発酵完了から1年程度)
Wanic Liquor 蒸留後瓶詰め 保存期間が長い
(1年以上)
生産量が少ない
事業展開

我々は途上国、日本、日本以外の先進国という3つの地域にまたがって事業を展開していきたいと考えています。事業展開における3地域の関係性を図4に示します。これら3地域に対して2つのフェーズで事業を展開したいと考えています。

図4. Wanicビジネスを巡る日本、途上国、先進国の関係性

1st フェーズ

まず、最初の事業を途上国からスタートします。まずは、Wanic Toolkitの製造、Fresh Wanic、Bottoled Wanic、Wanic Liquorの製造および販売までの完結したサイクルを、ディリにて1つの店舗を中心に構築したいと考えています。店舗といっても単独で専門店を経営するわけではなく、ターゲットが集まりやすいホテルやレストランなどといったWanicシリーズの卸先としての店舗です。この1店舗はモデル店舗としての役割を担い、日本やその他の先進国からのゲストをWanic体験ツアーとして招待し、試飲会を開催する機能をも併せ持っています。

2nd フェーズ

途上国での小さなサイクルを構築したのち、日本や先進国へのBottoled Wanic、Wanic Liquourの輸出を行います。各国に対して1社のパートナー企業を設定し、パートナー企業にWanicシリーズの購入権を付与します。あるパートナー企業に製造権を付与する場合、我々の持つWanic製造に関するレシピやノウハウを当該企業に提供します。これに対する対価としてレベニューシェアが考えられます。この点について、レベニューシェアの比率を通常の事業会社の行う一般的なレベニュー契約と比較した場合、低めに設定する代わりに、製造プロセスにおける現地対応(現地の環境を破壊するような大規模生産等は行わないなど)に関するルールを契約に盛り込むことを考えています。
また、我々自身で先進国向けのWanic Toollkitの小規模生産をスタートする予定です。DIYによる酒製造が法律上問題のない国、かつ、ヤシの実を入手可能な国(アメリカ、オーストラリアなど)に対して、オンライン販売を行いたいと考えています。

我々は、最初に事業を展開する途上国として東ティモールを設定しました。この選択は、東ティモールへのフィールドワークからこのプロジェクトが始まったこと、東ティモールでお世話になった人々に対して何らかの恩返しをしたいという思いに基づいています。以下では、最初の事業展開先として選択した東ティモールについて、Wanicシリーズのポジショニング、事業戦略、ソリューションモデル(ver.1.1)上の間接的効果について説明します。

ポジショニング

さて、東ティモールにおいて存在する既存の主要な酒と比較した場合の、Wanicの市場におけるポジショニングを図5に示します。ここで扱うWanicは、ココヤシの実を用いたFresh Wanic、Fresh Wanicを蒸留したWanic Liquorの2種類とします。まず、既存の酒のターゲットを分析するために、横軸に所得(観光客-現地人)を設定し、縦軸にイベント性(特別-日常)を設定しました。この座標空間において、すでに流通しているヤシ酒のTuak(トゥアック)は、日常的なシチュエーションにおける低所得層を、ヤシ酒を蒸留したArack(アラック)は、日常的と特別なシチュエーションの中間における低所得者層を、ビールは、日常的なシチュエーションにおける富裕層をターゲットとして設定していると分析しました。そして、Wanic、Wanic Liquorは、既存の酒がターゲットとして設定していない、「特別なシチュエーション」における「富裕層」をターゲットとして設定しました。この特別なシチュエーションとして想定される場所は、ウエディングパーティ、ホテルのバー、あるいはレストラン、想定される顧客は、海外からの旅行者、現地富裕層が考えられます。

図5. Wanic、Wanic liquorのポジショニング

事業戦略

WanicおよびWanic Liquorを用いた事業戦略・技術伝達モデルを図6に示します。本事業には、我々が現地パートナーと共同で設立するWanic.Timor、現地のWanic Toolkit製造者、Wanic製造者、Wanic Liquor製造者の5つのステークホルダーが存在します。事業開始当初のWanic.Timorの主たる事業内容は、Wanic Toolkit製造、Wanicシリーズの製造・販売・輸出ですが、ステップごとに技術移転を行うため、事業内容はステップごとに変化していきます。

図6. Wanic、Wanic Liquor の事業戦略・技術伝達

まず、ステップ1では、Wanic.Timorは、Wanic Toolkit製造、Wanic Liquorの製造、Wanic Liquorの販売を行います。Fresh Wanic製造は、Wanic.TimorがWanic Toolkitを提供し、Wanic.Timorの指導によりWanic Makerとしての現地人が行います。Wanic Makerの対象は、ココヤシの実を入手可能で、保存スペースを確保でき、余剰時間がある現地人と設定しています。ステップ1では、Wanic.TimorがWanic Makerの制作したFresh Wanicを買い取り、蒸留してWanic Liquorを製造し、パッケージングまでを行い、ホテル、レストランに販売します。

次に、ステップ2では、Wanic.Timorは、Wanic Toolkit製造、Fresh Wanicの販売、Wanic Liquorの販売・輸出を行います。Wanic.Timorは、Wanic Makerの製造したFresh Wanicを買い取り、ホテル・レストランで販売します。また、Fresh Wanicの製造を行う現地人に対して蒸留方法の技術移転を行います。この結果製造されたWanic Liquorを買い取り、ホテル・レストランで販売する他、日本を含む先進国に対して輸出します。

最後に、ステップ3では、Wanic.Timorは、Fresh Wanicの販売、Wanic Liquorの販売・輸出を行います。ステップ3では、Wanic Toolkit製造に関する技術を現地人に移転します。これにより、技術移転が完了し、販売・輸出のみが事業内容となります。現地人は、Wanic Masterとして、Wanic Toolkitの生産、Wanic / Wanic Liquorの製造までを担います。

本事業戦略は、ソリューションモデル(ver.1.1)において示したデザイン上の制約(地形の複雑さ、非効率な運搬方法、原始的な運搬システム、ディリと地方の格差、保管・運搬用の容器)を念頭において設計されました。Wanic Toolkitを用いて製造されるWanicのみを商材とした場合、これらの制約条件が解消されません。ゆえに、長期間の保存が可能となる、蒸留を経たWanic Liquorを新たな製品として事業展開に組み込んでいます。地形が複雑であり、非効率な運搬方法、または、原始的な運搬システムしか存在しない東ティモールであっても、ボトリングや蒸留を行うことで、地方からホテルやレストランの存在する首都ディリまで製品を運搬することが可能となります。

ビジネスモデル考察

Wanic、およびWanic Toolkitを用いた事業の課題として、モラル・治安の悪化、および、特許の有効性が挙げられる。まず、簡単においしい酒が製造できるようになることで、治安の悪化、モラルの低下が起きるのではないかという指摘を受けました。これを解決するためには、現状、東ティモールには、酒に関する法律(製造、販売、飲酒制限)が存在しないため、政府に対して法整備を働きかけ、社会問題化を未然に防ぐことが望ましいと考えています。また、特許は、アジアのその他の国々と同様に、法整備が進んでおらず、悪質なコピーが横行しがちです。酒作りのためのツールキットの悪質なコピーは、酒造りのプロセスを通じた衛生概念の普及という狙いに悪影響を及ぼすでしょう。これを解決するためには、日本、EC、アメリカにて特許を取得するという方針も可能ですが、オープンソースハードウェアの思想のもと、ツールキットに関する情報を積極的に開示するという方向性も考えられます。

まとめ

今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の最終回として、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明しました。ビジネスモデルについて説明するにあたり、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、途上国、先進国の関係を説明したのち、初期の事業展開先である東ティモールにおけるポジショニング、技術伝達を中心とした事業展開、ならびにその考察について説明しました。

これらのモデルは、あくまで初期の想定したプランにすぎず、今後フィールドで実際に小規模なサイクルを構築していく中で変化していく可能性が高いでしょう。しかしながら、「貨幣経済というシステムの中で、変化を望む者が変化を実現するために現金獲得手段を提供する」というモチベーションと、「現地の人々の持つ価値観や文化と共存したものづくり」というデザインコンセプトを維持しながら、活動を継続していきたいと考えています。

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実践 – プロトタイピングと現地テスト – 普及モデル

前回は、ソリューションモデル構築以後の「プロトタイピングと現地テスト」の前編として、ココナッツワイン”Wanic”と、Wanicを製造するためのツールキット”Wanic Toolkit”のコンセプトモデルについて、キットの概要、キットを用いたWanicの製造プロセス、ならびに、第1回現地テストとそこでのフィードバックを中心に説明しました。

今回は、「プロトタイピングと現地テスト」の後編として、第1回現地テストの結果を受けてリデザインされた普及モデル(ver.1.0)、第2回現地テスト、さらには第2回現地テストからのフィードバックをもと改良した普及モデル(ver.1.1)を説明します。

Wanic Toolkit

普及モデル ver.1.0

第1回現地テストの結果をもとに、Wanic Toolkitの普及モデル(ver.1.0)を開発しました(図1)。コンセプトモデルから普及モデル(ver.1.0)への大きな変更点は、固定具の廃止と素材の変更です。まず、コンセプトモデルのメインパーツであったワニの形状をあしらった固定具を廃止しました。とはいえ、シンボルとしてのワニを完全に排除したわけではなく、発酵栓の上蓋にワニのイメージを焼き印としてを残しました。次に、ローカルテクノロジーとローカルマテリアルのみでのキット製造を念頭に置き、プロダクトの素材としてセラミックを主として採用しました。以下では、具体的なキットの構成とWanicの製造プロセスについて説明します。

図1:Wanic Toolkit 普及モデル(ver.1.0)

普及モデル(ver.1.0)は4つのパーツで構成されています。4つのパーツは、発酵栓、発酵栓の上蓋、(コルク付)サーブ栓、穴あけ具です。発酵栓の上蓋は逆さにし、内側の凹みを利用して、酵母の予備発酵を行うことができます。穴あけ具は、アルミ部分をハンドル内部で固定しただけではなく、先端部分についてはハンドドリルの刃を参考に波型を採用しました。

上記の4つのツールを用いたWanicの製造プロセスは、コンセプトモデルと同様の6ステップを採用しています。

図2. Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン(Wanic)作りのプロセス(ver1.0)

1. 穴あけ
穴あけ具を用いてココヤシの実(ココナッツ)に穴を開けます。

2. 酵母投入と補糖
酵母と砂糖を投入します。ヤシの実に含まれるジュースは糖度約5%であるため、目的のアルコール度数に応じて適切な量の砂糖を投入する必要があります。ココナッツジュースの内容量は約700-1000mlで、ココヤシの実の大きさに比例します。

3. 発酵
発酵栓を接続し、アルコール発酵を待ちます。ココナッツジュースの内容量次第ですが、発酵は5-6日程度で終了します。アルコール発酵に併せて生成されるガスが停止すると、発酵の完了を意味します。

4. 保存
保存栓を接続します。アルコール発酵後は酸化を防ぐために、空気の侵入を妨げる必要があります。

5. サーブ
サーブする前に保存栓を取り外します。

6. 美味しい!
ストローを用いて、もしくは、直接グラスにサーブして、生成されたお酒を飲むことができます。

第2回 現地テスト

普及モデル(ver.1.0)を開発したのち、再び東ティモールにて現地テストを行いました。第2回現地テストでは、普及モデル(ver.1.0)を用いたWanicの製造と試飲を協力者に依頼しました。テストを行うにあたり、6ステップの製造プロセスが記載されたマニュアル、ツールキット(ver.1.0)、作るヒト、および、飲むヒト向けの関心相関的アンケート(表1)を1つのパッケージとしてまとめ、東ティモールの協力者のもとへ配送しました(図3)。

図3. Wanic Tooklit パッケージ

表1. 作るヒト、および、飲むヒト向けの関心相関的アンケート

作るヒト

Q1. 何日間発酵をしましたか? (         )日間

Q2. Wanicを作るのは簡単でしたか?

a. とても簡単 b. やや簡単 c. やや難しい d. 難しい

Q3. Q2でcかdと答えたかたにお聞きます.どのステップが難しかったですか?
a. 穴あけ b. 補糖 c. 発酵 d. 保存/保管 e. その他

Q4. その他Wanicを作る際に困った点,気づいた点があればお答えください.

Q5. Wanicを作るプロセスは楽しかったですか?
a. とても楽しい b.やや c. あまり d. 全く

Q6. マニュアルについてお聞きします.マニュアルはわかりやすかったですか?

1. とてもわかりやすい 2. ややわかりやすい 3. ややわかりづらい 4. とてもわかりづらい

Q7. 6の理由を聞かせてください.

Q8. Wanicを作ることで収入が上がある場合,今後も作りたいと思いますか?
a. とても b. やや c. あまり d. 全く

Q9. キットに何かあると便利なものがあればお聞かせください。

飲むヒト

Q1. また飲みたいですか?

a. とても飲みたい b. やや飲みたい c. あまり飲みたくない d. 全く飲みたくない

Q2. Q1を選択した理由をお聞かせください.

Q3.味について.どういう味がしましたか?記述してください.

Q4. wanicをどのようにして飲みましたか?(複数回答可)
a. ストレート b. 冷やして c. カクテルで d. 蒸留して

Q5. Q4でcと回答した方にお聞きします.どんなカクテルが美味しかったですか?

Q6. Q4でcと回答した方にお聞きします.どんなジュースカクテルだと美味しいと思いますか?

Q7. 4の価格は1杯いくらが妥当だと思いますか?(複数回答可)
(        ) $

Q8. ホテルやレストランでwanicが売られていたら飲んでみたいとと思いますか?
a. とても b. やや c. あまり d. 全く

Q9. 外観について.外観は魅力的ですか?
a. とても魅力的 b. やや魅力的 c. あまり魅力的でない d. 全く魅力的でない

作るヒトについては、東ティモールの友人に協力を依頼しました(図4)。具体的な手続きとして、Wanic Toolkitを使ってWanicを製造後、インタビューシートに回答してもらいました。また、飲むヒトについては、東ティモールの友人を通じて、彼女の職場の韓国出身の同僚の方に依頼しました。具体的な手続きとして、友人が製造したWanicを試飲後、インタビューシートに回答してもらいました。以下にアンケート結果を示します(表2)。

図4. 普及モデルを用いたWanic製造の様子

表2. 作るヒト、および、飲むヒト向けの関心相関的アンケート結果

作ったヒト – Timorian, Female

Q1. 何日間発酵をしましたか?
6日間

Q2. wanicを作るのは簡単でしたか?

c. やや難しい

Q3. Q2でcかdと答えたかたにお聞きます.どのステップが難しかったですか?
b. 補糖

Q4. その他wanicを作る際に困った点,気づいた点があればお答えください.
全てのツールは日本から送られてきたけど、東ティモールのマーケットでどうやってこういったツールを手に入れるか考えたことある?東ティモールで手に入るかどうかはわからない。*1
まずはじめに、初めてWanicを作ったけど、ツールに慣れていないし、少し難しかった。なので、逐一マニュアルを見ながら作らなければならなかった。
また、インストラクションが曖昧だった。特に、酵母と砂糖を追加するところ。このプロセスは、ココナッツの外でやるべきだったのか、あるいは、直接ココナッツの中に入れるべきだったのかわからなかった。前者だとすると、例えばグラスに少しココナッツジュースを移して、酵母と砂糖をグラスのなかでまぜてココナッツに戻すということなのかな。
私の友達と2人で、2つの異なる方法でWanicを作ってみた。
1. ワイン酵母と砂糖をココナッツの中に入れてから混ぜる。
2. 大きめのグラスにココナッツジュースを移して、ワイン酵母と砂糖をまぜて、それからココナッツに戻す。
最初の方法だと甘いWanicができたけど、2番目の方法だと(悪くはないけど)少し苦くなった気がする。

Q5. wanicを作るプロセスは楽しかったですか?
a. とても楽しい

Q6. マニュアルについてお聞きします.マニュアルはわかりやすかったですか?
b. ややわかりやすい

Q7. 6の理由を聞かせてください.
インストラクションは少し不明確だった。それぞれのステップを採用する理由が記載されているとわかりやすいかも。例えば、なぜ酵母を追加する必要があるのか、あるいは、なぜ、砂糖を大量に入れる必要があるのか、あるいは、砂糖の前にワイン酵母を入れる必要があるのか?などなど。著作権問題が心配かもしれないけど、YoutubeでWanicをどうやって作るかという説明ビデオがあるともっといいかも。

Q8. wanicを作ることで収入が上がある場合,今後も作りたいと思いますか?

a. とても

Q9. キットに何かあると便利なものがあればお聞かせください。
最初に指摘したけど、東ティモールでどうやってWanicを作るためのツールキットを手に入れるかを考えなければならない*1。また、Wanicを作る前に、WanicのUS15$というコストも適切かどうか疑わしい。東ティモールにはたくさんココナッツがあるし、ブドウはこの国では手に入れられないからワインの価格とも違ってくるでしょう。8-10$の価格がリーズナブルだと思う。ボトルでの販売は考えている?

*1 送られてきたツールが既製品であったと彼女が思い込んでいたのではないかとと推測しています。

飲んだ人 – Korean, Female

1. また飲みたいですか?
a. とても飲みたい

Q2. Q1を選択した理由をお聞かせください.
味は好きだし、韓国人にとってはもちろんエキゾチックな味だね。私たちの国にはココナッツはないし、ビーチで午後に飲みたい。

Q3.味について.どういう味がしましたか?記述してください.
最初のものは少し甘くて、ココナッツジュースや甘いカクテルみたいな味がした。

Q4. wanicをどのようにして飲みましたか?(複数回答可)
b. 冷やして (on the rock! )

Q7. Q4の価格は1杯いくらが妥当だと思いますか?(複数回答可)
このワインを作る時のコスト(ココナッツの値段など)や他のアルコールの価格次第だけど、グラスで3$くらいかな。ホテルやレストランでって場合だけど。ココナッツ1つ分、つまりボトルワインと同じくらいってことだけど、10$くらいかな。

Q8. ホテルやレストランでwanicが売られていたら飲んでみたいと思いますか?
a. とても

Q9. 外観について.外観は魅力的ですか?
b. やや魅力的 (すてきなワインボトルでもココナッツの形のボトルでもいいかな。

第2回現地テストの結果、ツールキット、マニュアルに対する幾つかの改良点が導き出されました。第1に、カップの追加です。「作るヒト」の行った実験から、砂糖300gを直接ココナッツの中で溶解させるプロセスは確かに可能ではあるものの、非常に煩雑であるとの感想を抱いていたわかりました。この問題は、「作るヒト」からのフィードバックにて指摘されていたように、一旦ココナッツジュースを取り出し、砂糖を溶かすことが可能なサイズのカップを、ツールキットと同じ素材で制作し、キットへ導入することによって解決が可能と考えられます。第2に、フィルタの追加です。第2回現地テストで利用したフィルタは、暫定的に既存の茶こしを利用していました。この茶こしに変わるツールを新たにデザインする必要があります。第3に、マニュアルの改善です。「作るヒト」からマニュアルの不明瞭さについての指摘がありました。特に酵母と砂糖を追加するプロセスについて、ステップ数を増やし、曖昧さを排除する必要があります。

普及モデル ver.1.1

第2回現地テストの結果をもとに、Wanic Toolkitの普及モデル(ver.1.1)を開発しました(図5)。前回のバージョンから普及モデル(ver.1.1)への大きな変更点として、スタッキングおよび補糖用砂糖の事前溶解を目的としたカップを導入しました。以下では、具体的な構成とWanicの製造プロセスについて説明いたします。



図5:Wanic Toolkit 普及モデル ver.1.1

普及モデル(ver.1.0)は8つのパーツで構成されています。8つのパーツは、発酵栓、発酵栓の上蓋、サーブ栓x2、カップ、フィルター、穴あけ具、繊維除去スティックです。サーブ栓、カップ、フィルター、繊維除去スティックの4つのパーツが新たに追加されました。まず、サーブ栓は、1つをココヤシに取り付け、間にフィルタを挟み、その上から再度サーブ栓を取り付けます。これにより、Wanicをサーブする際にココヤシの実の底部に沈殿したオリのグラスへの流れ込みを防止できます。繊維除去スティックは、ハンドル天頂部にある穴より挿し込むことで、穴あけ時にパイプの内側に混入した繊維を取り除くことができます。さらに、先端部から差し込むことで刃による怪我を防止できます。

上記の8つのツールを用いたWanicの製造プロセスを、従来の6ステップから12ステップへと変更しました。ステップ数が増えることによる工程の複雑化と、味の安定性のトレードオフを考慮し、最終的にステップ数を増やす決定を下しました。

図5. Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン(Wanic)作りのプロセス(ver1.1)

1. 穴あけ
貫通するまで回しながら押しこみます。実に穴が開いたら注ぎ口を差し込みます。

2. ジュースの取り出し
ココナッツジュースを発酵栓の蓋とカップに注ぎます。

3. 予備発酵
カップに注いだジュースに酵母(1g)をふりかけ、15分待ちます。

4. 補糖
砂糖300gを2~3回に分けて入れます。1回ごとにステップ4,5を繰り返します。

5. 攪拌
注ぎ口にコルク栓をして、よく振って砂糖とジュースを混ぜます。

6. 酵母入りジュースの投入
コルク栓を抜き、ステップ3で作っておいた酵母入りジュースをココナッツに戻します。

7. 攪拌
もう一度コルク栓に差し替えて、よく振って混ぜます。

8. 空気の遮断
発酵栓をさし、ステップ2で蓋に注いだジュースを発酵栓内部に移します。

9. 発酵
蓋をして発酵開始です。温度を20度くらいに保ち、5日間程度待ちます。

10. 保存
発酵が終わったらコルク栓に差し替えて、Wanicの完成です。

11. フィルタの取り付け
サーブする時は注ぎ口を2個使います。2つの注ぎ口の間にWanicで湿らせたフィルタをギュッと挟んで実に差し込みます。

12. さあ、どうぞ!

以上、第2回現地テストの結果を元に改良を施したWanic Toolkitの普及モデル(ver.1.1)とツールキットを用いたWanicの製造プロセスについて説明をしてきました。しかしながら、現行バージョンにおいてもブラッシュアップの可能性は多分に残されています。以下では、次に取り組むべき主な課題について触れておきます。

まず、科学的手法を用いて成分分析を行う必要があります。成分分析は2種類、すなわち、原料となるココナッツジュースと発酵後のWanicの両者について行う必要があります。ココナッツジュースについては、栄養素、糖度を分析する必要があります。これは、アルコール発酵を正確に行うにあたって、適切な補糖量を確定するだけではなく、アルコール発酵によって失われる栄養分を同定することを目的としています。また、Wanicについては、アルコール濃度、糖分、エキス分、酸含量を分析する必要があります。これはアルコール発酵プロセスの精緻化を目的としているだけではなく、味のブラッシュアップ、ならびに、ブランディングを考えるにあたり欠かせないプロセスと考えられます。

次に、酵母の選定を行う必要があります。現在の日本の法律では、酒造免許がない場合、国内で清酒酵母を取得することはできません。したがって、我々の場合、国内酒造メーカー、もしくは、展開先の現地酒造メーカーと協業することによって、適切な酵母を選定することが不可欠となります。展開先の国の気候・風土、さらには、現地人の味覚などの環境に合わせた酵母を選定・培養した上で、Wanicに利用していくという観点からすれば、前述の成分分析の結果から得られるデータを基礎的土台として、現地でアプリケーションとしての味の最終的なカスタマイズを行うことは必然と考えられ、現地での酒造りのパートナーの確定は急務であると考えています。

まとめ

今回は、第1回現地テストの結果を受けてデザインした普及モデル(ver.1.0)、東ティモールにてWanic Toolkitを用いてWanicを作るヒト、および、飲むヒト向けに実施された第2回現地テスト、さらには第2回現地テストをもとに改良した普及モデル(ver.1.1)とその製造プロセスについて説明しました。

次回は、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明します。

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実践 – プロトタイピングと現地テスト – コンセプトモデル

前回より、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践について紹介をしています。前回は、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」のプロセスについて説明しました。

今回は、ソリューションモデル構築以後の「プロトタイピングと現地テスト」の前編として、コンセプトモデル、第1回ユーザテストについて説明します。

Wanic Toolkit

コンセプトモデル

実践の第3回にて構築したソリューションモデル(ver.1.1)は、解決すべき問題として「少ない現金収入」を以前のソリューションモデル(ver.1.0)から継承し、この問題に対する解決手段として、「現地に豊富に存在する作物であるココナッツを用いたお酒作りのためのツールキット」を仮説として設定していました。我々のチームはこの仮説をもとづき、Wanic Toolkit(図1)を開発しました。

図1. Wanic Toolkit コンセプトモデル

Wanic Toolkitは5つのパーツで構成されるココナッツワイン作りのためツールキットです。メインパーツは、東ティモールで神聖視されるワニの形をあしらった「固定具」(図2)で、本パーツに4つのアタッチメントを接続して利用します。第1に、メインパーツのワニの歯型に対応した「穴あけ具」(図3)、第2に、発酵弁を内部に組込んだ「発酵栓」(図4)、第3に発酵後に空気をヤシの実に触れさせないための高い密閉度を保持するための「保存栓」、第4に、直接もしくはストローを用いて飲む際の「サーブ栓」です。なお、コンセプトモデルは、3Dプリンタを利用し、ABS樹脂とアルミを用いて制作しました。

図2. 固定具

図3. 穴あけ具

図4. 発酵栓

Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン作りのプロセスは、6つのステップで構成されます(図5)。これら6つのステップで醸造されたココナッツワインを”Wanic(ワニック)”と呼びます。また、Wanicを蒸留したものをWanic liquor(ワニックリキュール)と呼びます。以下にて、6つのステップの解説をします。

図5. Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン(Wanic)作りのプロセス(ver1.0)

1. 穴あけ
穴あけ具を用いてココヤシの実(ココナッツ)に穴を開けます。

2. 酵母投入と補糖
酵母と砂糖を投入します。ヤシの実に含まれるジュースは糖度約5%であるため、目的のアルコール度数に応じて適切な量の砂糖を投入する必要があります。ココナッツジュースの内容量は約700-1000mlで、ココヤシの実の大きさに比例します。

3. 発酵
発酵栓を接続し、アルコール発酵を待ちます。ココナッツジュースの内容量次第ですが、発酵は5-6日程度で終了します。アルコール発酵に併せて生成されるガスが停止すると、発酵の完了を意味します。

4. 保存
保存栓を接続します。アルコール発酵後は酸化を防ぐために、空気の侵入を妨げる必要があります。

5. サーブ
サーブする前に保存栓を取り外します。

6. 美味しい!
ストローを用いて、もしくは、直接グラスにサーブして、生成されたお酒を飲むことができます。

Wanic Toolkitを利用することで、従来のココヤシを用いた酒(Tuak)作りの複数の問題を解決するころができます。まず、従来のヤシの樹液を用いたTuakは自然発酵に任せていたため、味をコントロールすることが困難でした。また、樹液採取が行われたヤシは、その後、開花・結実することなく枯死してしまいます。これに対し、Wanicは、酵母と補糖を行うことで一定の味を容易に保つことが可能となるだけでなく、ヤシの実が採取できる限り継続的に生産可能です。次に、従来のTuakは、保管の段階で、雑菌や空気が混入することにより、また、気温の変化により、味が劣化し、長期間の保存に耐えないという問題を生じます。これに対して、Wanicは、容器としての耐久性が高く、内部の滅菌状態が確保されたココヤシの実を容器として利用すること、また、密閉性の高い保存栓を利用することで酸化を防止することが可能です。

さらに、ココナッツワイン作りのプロセスだけではなく、公衆衛生観念について現地の人に楽しく学習してもらうために、Wanic Songを制作しました。Wanic Songは、Wanic作りのマニュアルとして、各ステップにおいて守るべき公衆衛生上のポイントをグラフィックで表現するだけではなく、歌というフォーマットを通じて配布することで、現地の人に容易かつ楽しくこれらを記憶してもらうことを狙いとしています。

図6:Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン(Wanic)製造マニュアルの記憶への定着は歌を通じて行う。

第1回 ユーザテスト

コンセプトモデルを開発したのち、第1回ユーザテストを行いました。まず、今回のテストの目的は、現地の協力者とともに、Wanic Toolkitのコンセプトモデルを用いて実際にお酒を製造できるか否かの確認を行うことでした。その結果、Wanicの製造プロセス、および、Wanic Toolkit コンセプトモデルのそれぞれについて多くの課題が発見されました。以下では、それぞれについて説明をしたいと思います。

Wanicについては、まず、オリの除去が課題として指摘されました。アルコール発酵が終了した段階で、酵母の死骸であるオリが、ココヤシの実の底部に沈殿します。酒の味の劣化を防ぐためにはオリを取り除く必要があります。製造プロセス(ver.1.0)のステップとしてオリの除去が含まれていないため、このステップを新たに組み込む必要があります。

実際にオリを取り除く場合、新たな課題としての酸化が立ち現れます。発酵終了後、発酵段階で発生したガスが、ココヤシの実に充満しています。この時、ココヤシの実の内部は真空状態となり、酸化は進みません。しかし、保存栓を取り外し、空気がココヤシの実に混入した場合、酸化が進み、味が劣化する可能性が高まります。この現象を防ぐためには、酸化防止剤を利用して酸化そのものを無効にする、混入した空気を吸引する器具を新たにツールに追加する、あるいは、Wanicをもろみワインのような形式で飲む酒であると再定義する、のいずれかが考えられます。

Wanic Toolkitについては、まず、穴あけ具の改善が課題として指摘されました。コンセプトモデルでは、固定具と密着することを想定して、穴あけ具に直径28mmのアルミパイプを利用しています。アルミパイプは45度で切断されていますが、ココヤシの内皮は非常に堅く、内皮に対して穴を開けることは容易ではありません。これを解決するためには、パイプの直径を小さくする、切断角度をより鋭利にする、刃の形状自体を変更するのいずれかが考えられます。

また、普及モデルのデザインにあたって、製造コストが問題となります。製造コストを下げるためのアプローチとして、現地で調達・運用可能なローカルテクノロジー・ローカルマテリアルを選択する必要があります。現地調査の結果、コスト面でプラスチックを大幅に下回るセラミックの鋳造技術がすでに普及していることから、コンセプトモデルにてABSで制作されている部分の代替としてセラミックを利用できます。しかしながら、酸化防止のための空気吸引具についてはゴムなどを用いた弁が必要となり、コストが高くなる可能性が依然として残ります。

第1回現地テストでは、Wanic Toolkitのコンセプトモデルを用いたWanic製造可能性について検証し、すでに述べたように、いくつかの改良点に関するフィードバックを得ることができました。これらのフィードバックにもとづいて、Wanic Toolkitの普及モデルの開発に着手しました。

まとめ

今回は、ソリューションモデル構築以後の「プロトタイピングと現地テスト」の前編として、ココナッツワイン”Wanic”と、Wanicを製造するためのツールキット”Wanic Toolkit”のコンセプトモデルについて、キットの概要、キットを用いたWanicの製造プロセス、ならびに、第1回現地テストとそこでのフィードバックを中心に説明しました。

次回は、第1回現地テスト結果を受けてデザインされた普及モデル、第2回現地テスト、さらには第2回現地テストをもとにした普及モデルの改良までを説明します。

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実践 – 東ティモールへの第2回フィールドワーク

前回より、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践について紹介をしています。前回は、実践の第2回として、私の参加した米国NPOコペルニク主催のSee-D Contestのプログラムである東ティモールへのフィールドワークのうち、ボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」のプロセスについて説明をいたしました。

今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の第3回として、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」のプロセスについて説明をいたします。

第2回フィールドワーク

第2回フィールドワークは、2010年8月26日-9/4日の期間にて行われました。第2回フィールドワークのエリアは、海岸エリアのロスパロス地区[1]にて行われました。ロスパロス地区は、ラウテム県[2]の一地区で、首都ディリから東に248kmに位置し、地区の人口は2万5417人(2004年)です。以下では、まず第2回フィールドワークのスケジュールについて説明したいと思います。

[1] ロスパロス地区

[2] ラウテム県

図1. ロスパロス地区

図2. ラウテム県

8月26日-28日
第2回フィールドワークの前半は、See-D代表の方により、ディリを中心に様々な団体に対してインタビューが行われました。26日にIFC(国際金融公社)、WB(世界銀行)、UNDP(国連開発計画)、具体的には、27日に、APHEDA(Australian People for Health, Education and Development Abroad。オーストラリアの労働組合が母体の国際NGO)、CCITL(Chamber of Commerce and Industry Timor-Leste)、Moris Rasik(東ティモール最大のマイクロファイナンス機関)、HARBIRAS(東ティモールの環境NGO)、PDT(Peace Dividend Trust。東ティモール産の製品を買うことを推進しているNGO団体)、UNICEF、28日にAFMET(東ティモール医療友の会)に対してインタビューが行われました。

8月30日-9月4日
第2回フィールドワークの後半は、ワークショップ参加者により、ロスパロス地方にてフィールドワークが行われました。第1回に私たちが訪問した東ティモール大学工学部のProf.Marfimが案内者となって、Pitileti村を訪問し、観察やインタビューを行いました。

第2回フィールドワークについても、第1回フィールドワークと同様に2つの制約 – 調査場所の制約と言語の制約 – が存在しました。さらに、第2回フィールドワークでは、第3の制約が存在しました。この第3の制約とは、参加者の制約です。第1回フィールドワークでは、私自身が参加したため、自分で観察を行い、インタビューを実施することができました。しかしながら、第2回フィールドワークでは、筆者の所属したチームの別のデザイナによって、調査が行われました。当該デザイナは、チームの各メンバが関心相関的に設定した調査項目およびインタビュー項目に基づいてフィールドワークを行うよう依頼されていました。

以下に、第2回フィールドワークのために私が用意した関心相関的調査項目およびインタビュー項目(表1)と、フィールドノートの抜粋(表2)を示します。表2は、実際には、元コンサルタントの方が作成したインタビューレポートです。要点がわかりやすくまとまっており、現象マップを構築する際にも非常に役立ちました。

表1. 関心相関的調査・インタビュー項目

調査テーマ:現金収入のための手工芸
調査の視点:現金収入を獲得するための家庭内手工芸は成立するか?

1. 調査項目:容器・かご

1.1 調査方法
インタビュー,観察

1.2情報源
住民,バザールの出店者

1.3 撮影してきていただきたいもの
かご,容器,その他馬にモノを運ばせるときに使う道具

1.4 インタビュー内容

– 容器一般
Q1. 農作物,商品を何に入れて運んでいるのか?
Q2. (Q1の答えを聞いて)なぜそれを使っているのか?

– 制作経験
Q3. 竹やバナナの葉などを使ってかごを編んだ経験はあるか?
Q4. (Q3でYesの場合) それらを売ったことはあるか? またいくらで売れたか?
Q5. (Q4でYesの場合) 家庭内でモノを作る時間はあるか?また誰の手が空いているか?

2. 調査項目:家

2.1 調査方法
インタビュー,観察

2.2 情報源
住民

2.3 撮影してきていただきたいもの
家の建材,屋根

2.4 インタビュー内容

– 家を立てる人
Q1. 誰が家を建てるのか(大工or自分たち)?
Q2. (Q1で自分たちの場合)なぜ自分たちで作るのか?
Q3. (Q1で自分たちの場合)家を作る方法は誰から習うのか?
Q4. (家を作る)大工という職業は存在するのか?
Q5. (Q4でYesの場合)大工に依頼することと自分たちで家を作ることはどちらが好まれるか?

– 建材
Q6. 家の建材は主に何を使っているのか?
Q7. (Q1で自分たちの場合)家の建材はどこで手にいれているのか?
Q8. (屋根にトタンを使っている場合)なぜ屋根にトタンを使うのか?

表2. フィールドノーツ(抜粋)

Title: PDTミーティング
Interviewee: Ilidio Ximenes da Costa (Vice Director matchmaking & public relation) Eduardo da Costa(TDS Associate)
Interviewer: xxxx, xxxx
Date: 8/27/2010

Summary:
PDT(Peace Dividend Trust)は東ティモール産の製品を買うことを推進しているNGO団体。外資企業に地元企業を紹介し、パートナーシップを組んだり、地元企業からの購買を促進することで、産業育成を図ることをミッションとしている。地元企業を紹介するのが仕事なので、パートナー探しの時にはぜひ利用してほしい。ウェブサイトに企業の一覧も載せている[3]。
地方での問題は「マーケット情報の不足」「道路インフラの不足」「スキル不足」の三点。政府の地元作物の買い上げ政策もかえって市場をゆがめて問題を起こしている。

Detail:
PDT(Peace Dividend Trust)は東ティモール産の製品を買うことを推進しているNGO団体。外資企業に地元企業を紹介し、パートナーシップを組んだり、地元企業からの購買を促進することで、産業育成を図ることをミッションとしている。地元企業を紹介するのが仕事なので、パートナー探しの時にはぜひ利用してほしい。ウェブサイトに企業の一覧も載せている[3]。
– 現在、PDTは6つの県に支部を設けている。Lautem県のロスパロスにもある。
– PDTはCCITLや政府とも協力しながら、海外企業へ地元企業の仲介を行っている。すべて無料なのでぜひ利用してほしい。

地方での問題は「マーケット情報の不足」「道路インフラの不足」「スキル不足」の3点。政府の地元作物の買い上げ政策もかえって市場をゆがめて問題を起こしている。
– 地元で作物が採れたり製品を作っても、どこに行って誰に売れば良いのかわからない。情報の不足が大きな問題。PDTはこのMissing linkをつなげることでこれまで$9MM以上のビジネスを実現させた。
– 道路インフラの不足も大きな問題。モノが地方で手に入らないため、メンテナンスはすべてディリに行かないとできないのだ。水・衛生関連の製品にしても、土木事業の道具にしても、ディリまで行かないと手に入らない。地元ではメンテナンスできない。
– 人々のスキル不足も大きな課題。せっかく地元の会社が機械を持ってもどうやって使うのか、どうメンテするのか、どこから部品を調達するのかがわからないので、使われないことも多い。一般的なビジネススキル(帳簿のつけ方など)がないことも問題だ。NGOなどは数ヶ月のプロジェクトのみで帰ってしまう。そのような短期間ではCapacity building(能力開発)はできない。
– 人々のメンタリティーも問題。多くの援助が続き、人々が援助・政府などの公共機関に頼る癖がついてしまった。
– 政府の「People plan, government buy」政策はかえって市場をゆがめている。政府が突然、高い価格で農作物を買い始めたために、地元の買い付け業者が軒並み倒産した。それによって失業率が上がっている。
– 一方で、政府は高く買い付けた作物をそのまま高い価格で売っているため、売れずに多くが倉庫に残っている。保存方法が悪く、作物の質が悪くなってしまうのもその原因。政府はものの売り方を知らない。

[3] Peace Dividend Trust

フィールドの概念抽出および現象マッピング

さて、第2回フィールドワークからの帰国後、共有されたフィールドノーツをもとに、東ティモールにおける現象マップを作成しました(図3)。各現象をもとに概念化を行った結果、「健康上の問題」「低い公衆衛生観念」「原始的な家の構造」「家族中心の文化」「保守的な姿勢」「人々のスキル不足」「国民の依存体質」「政府の関心」「少ない産業」「新たな特産品」「保管・運搬用の容器」「ディリと地方の格差」「道路インフラ不足」「水質問題」「雨季と乾季の差」「少ない娯楽」の16概念が抽出されました。さらにこれらの概念をもとにカテゴリ化を行ったところ、「衛生」「価値観」「産業」「保管・運搬」「気候/風土」の5カテゴリが抽出されました。。これらの概念を用いてソリューションモデル(ver1.1)を構築します。

図3: 第2回フィールドワークに基づく東ティモールの現象マップ(ver1.1)

なお、第2回フィールドワークの結果、ロスパロス地区では、ココヤシを用いて容器やカゴを作る技術が一般的に普及していることがわかりました。さらに、すでに技術が普及しているにも関わらず、現金収入向上に貢献できていないことがわかりました。したがって、ソリューションモデル(ver.1.0)において構築した仮説はデザイナの設定した目的としての現金収入向上に照らし合わせた結果、妥当性に欠けることがわかりました。この点を踏まえ、第2回フィールドワークの結果得られた概念を用いてソリューションモデル(ver.1.1)を構築するにあたって、別の仮説を構築する必要があります。

ソリューションモデルの再構築

第2回フィールドワーク終了後、チームで情報共有およびブレインストーミングを行い、解決すべき課題を設定し、課題に対するソリューションを決定しました。この課題とソリューションは、第2回フィールドワークを通じて制作・共有されたフィールドノーツに基づく現象マップをもとに構築されたソリューションモデル(ver.1.1)を用いて説明可能です。

図4:第2回フィールドワークに基づくソリューションモデル(ver.1.1)

まず、解決すべき問題として、「少ない現金収入」、そして、問題の原因をモデル(ver.1.0)から継承しました。この問題に対する解決手段として、ココヤシを用いた酒作りのためのツールキットを仮説として新たに設定しました。

すでにココヤシを原料とする酒として、樹液を自然発酵させて作るトゥアック(Tuak)はPalm wine[4]として、東南アジアにおいて広く普及しています 。また、Tuakを蒸留させたアラック(Arrack)も同様に普及しています 。さらに、ココヤシは酵母の原料や砂糖の原料として現地で利用されています。これらの2つの現象を踏まえた場合、本仮説は、保守的な姿勢をもつ現地人の関心と矛盾しません。また、家族中心の文化のもとで様々な催事が行われており、このような場ではすでにお酒を飲む習慣は確立しています。より美味しい酒を提供する本仮説は、現地人の関心と矛盾しません。

[4] Palm wine

このような仮説を通じて直接的に解決可能な現象について説明します。まず、簡単に楽しくお酒を作れるキットを構築することで、強い依存体質の国民性であっても酒作りという楽しさを含む仕事であれば従事する可能性が高いと考えました。また、段階的なスキル伝達プログラムを同時に提供することで、スキル不足の現地人にとってもお酒作りに必要なノウハウを獲得できます。さらに、酒作りには発酵や蒸留のプロセスで衛生に関する知識が求められます。お酒作りを通じてこれらのノウハウを伝達することで、低い公衆衛生観念を払拭させ、健康上の問題も解決可能となると考えられます。また、作られたお酒は産業の少ない東ティモールの新たな特産品となる可能性も高いでしょう。しかしながら、地形の複雑さ、非効率な運搬方法、原始的な運搬システム、ディリと地方の格差、保管・運搬用の容器といった現象はデザイン上の制約として存在します。これらはツールキットのデザインだけではなく、ビジネスモデルのデザインを行う過程で何らかの解決策を提示する必要があります。

ココヤシに注目した契機については、 チームのメンバがブレインストーミングの場にココヤシを持ち込んだことが大きいと言えます。フィールドノーツの情報を整理した結果、ココヤシは、以下の3つのメリットを持つことがわかりました。

第1のメリットは、豊富な資源です。ココヤシは、現地では道端で1ドル程度にて観光客に販売されているだけではなく、ほとんど売れ残っているほど豊富に存在します。したがって、安価で大量に仕入れ可能です。

第2にのメリットは、良質な水分です。一般的に酒を製造する場合、良質な水が必要となります。良質な水が確保できるならば、ボボナロ県ではキャッサバが多く生産されていたことを踏まえると、キャッサバを使った焼酎の生産も可能でしょう。しかしながら、ロスパロス地区のある村で採取した水の硬度は200を越えており、石灰質を多く含むことがわかりました。この硬度は、人体に影響を及ぼほど高いため、採取された水をそのまま利用することができません。一方で、ココヤシの実の内部には、滅菌され、かつ、糖分を含んだ水分(ココナッツジュース)を含んでいることから、これを酒作りに利用可能できます。

第3のメリットは、耐久性の高い容器です。従来のTuakは、雑菌や空気の混入、あるいは、気温の変化により味が劣化し、長期間の保存に耐えないという問題を孕んでいます。これに対してココヤシの実は、耐久性・密閉性が高く、保存容器として利用可能です。

デザイナの関心モデルからチームの関心モデルへ

第2回フィールドワーク後のチームとしてのデザイナの関心モデル(ver1.1)は図5のように修正されました。各デザイナの関心として「現金収入獲得」「人材育成」「公衆衛生」「資源の最大活用」が立ち現れました。これらの関心を満たすソリューションとして、ココヤシを用いたお酒作りキットという仮説が立ち現れました。現金収入獲得という関心はデザイナ(筆者)の関心(ver.1.0)から継承した関心ですが、それ以外の関心は、ブレインストーミングを通じて、チームの各メンバに立ち現れたものです。

図5:第2回フィールドワーク後のチームの関心モデル(ver1.1)

まとめ

今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の第3回として、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」のプロセスについて説明しました。

構造構成主義的プロダクトデザイン手法は、フィールドの複雑性の構造的な理解、ならびに、デザイナとユーザとしての現地人の信念対立の解消を実現することを目的とし、「デザイナの関心モデルの構築」、「フィールにおける概念抽出および現象マッピング」、「ソリューションモデルの構築」という3つのステップを通じて、BOPにおける創造的な問題発見/設定だけではなく、創造的な問題解決方法までを同時に担保する非常に強力なデザインツールです。本手法の強みは、Ideationプロセスに存在し、すでに第18回において、本手法の限界として触れたように、仮説構築から問題解決まで、本手法は、特長的なツールを提供していません。

次回より、ソリューションモデル構築以後の「プロトタイピングと現地テスト」として、コンセプトモデル、第1回ユーザテストついて述べます。なお、「プロトタイピングと現地テスト」のステップでは、構造構成主義的インタビュー設計法以外、本デザイン手法を用いていません。しかしながら、仮説構築から問題解決までのプロセスにおいて、プロトタイピングと現地テストの重要性を強調するために、掲載することとしました。

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実践 – 東ティモールへの第1回フィールドワーク

前回より、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践について紹介をしています。前回は、実践の第1回として、私の参加した米国NPOコペルニク主催の、途上国の課題を解決するプロダクトを開発することを目的としたSee-D Contestのプログラムである東ティモールへのフィールドワークを題材に、事前調査からデザイナの関心モデルの構築、そして、インタビュー項目決定までの流れを説明したしました。

今回は、私自身が参加したボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」のプロセスについて説明をいたします。

第1回フィールドワーク

第1回フィールドワークは、2010年8月12-15日の期間にて行われました。第1回フィールドワークのエリアは山岳地帯のボボナロ県[1]でした。ボボナロ県は、東ティモールにある13県のうちの一つで、人口は9万3787人(2008年)、6つの地区(アタバエ、バリボー、ボボナロ、カイラコ、ロロトイ、マリアナ)が存在します。第1回のフィールドワークでは、ボボナロ地区(図1)とマリアナ地区(図2)を訪問しました。以下では、まず第1回フィールドワークのスケジュールについて説明したいと思います。

[1] ボボナロ県

 

図1. ボボナロ地区

図2. マリアナ地区

8月12日

早朝にインドネシア・バリのホテルに集合後、デンパサール空港へ移動し、東ティモール行きのフライトに搭乗いたしました。デンパサール空港からディリ国際空港までは約2時間。現地には13時頃到着いたしました。到着時の気温は28℃、湿度75%とかなり蒸し暑かったのですが、マラリア対策のため長袖は欠かせません。世界銀行勤務の現地コーディネーターとおちあい、レンタカーと携帯電話を借りた後、スーパーへ立ち寄り、水や蚊帳等を買い出しました。ディリ市内の食堂で昼食後、山中を移動し、17時ごろ東ティモール大学工学部へ到着。日本にも留学経験のあるProf. Marphinに構内を案内していただきました。ここには日本のNGOなどから寄付された多くの工作機械(写真01)がありました。日没後、ボボナロ地区へ向けて出発したのですが、途中の山中で豪雨に遭遇し、予定よりもかなり遅れて22時半頃ようやくマリアナ地区へ到着し、急遽コーディネータの親戚の家に宿泊しました。この家庭は父親(コーディネータの叔父)がNGOに勤務していることから比較的裕福で、電気も引いてあり、子供らはPS2で遊んでいました。とはいえ、家そのものの構造は非常にシンプルで、屋根はトタンで壁はブロックでした。

写真01. 東ティモール大学工学部

8月13日

庭で放し飼いされている闘鶏用の雄鶏が夜中叫びっぱなしで夜明けに目が覚めました。朝食を頂いたのち、コーディネータの叔父にインタビューを行いました。その後、別のNGO職員の方が来訪され、インタビューを行いました。昼前に親戚の家を離れ、途中でガソリンを入れた後、ボボナロ地区へ向かいました。ボボナロに到着後、食堂で昼食を採り、14時頃から、医療センターにて現地の医師にインタビューを行いました。東ティモールに居る医者の多くはキューバより派遣されてきた医者が多いそうです。15時過ぎから、ボボナロ地区の行政区オフィスにて、行政長官(写真02)にインタビューを行いました。インタビュー終了後、17時頃から中心街を散策し、18時頃にはコーディネータのボボナロの親戚の家に到着し、夕食を頂きました。マリアナ地区と比べてボボナロ地区/ボボナロは、無電化の状態に近く、ソーラーランタンの明るさ以外はほぼ闇でした。無電化の状態では、180度近くまで星で敷き詰められた夜空を見渡すことができました。

写真02.行政長官

8月14日

寝泊まりしていた家はトタン屋根のため放射冷却がひどく、早朝あまりの寒さに目が冷めました。気温も確認したところ室温が19℃程度まで下がっていました。この日は、月に1度のバザールの日ということで、6時頃から10時頃まで道の左右に延々と簡易的な店がオープンしていました。周辺の村から来た店は80店舗、お客さんは1000人以上はいたようです(写真03)。バザールの後、市内の外れにある最低所得エリアと呼ばれている場所に移動し、そこに住む家族にインタビューを行いました。旧日本軍はこのエリアまで来ていたらしく、彼らが使っていた貯水漕を見せてくれました。その後、コーディネータの親戚の家で昼食を頂き、隣のグマ村へ移動しました。グマ村は70家庭程度の小さな村落で、村長はコーディネータの親戚でした。村長へのインタビューを行ったのち、いくつかの民家へ移動し、村の人々へインタビューを行ったり、畑や家畜を見せてもらったりしました。村の集会場をベースに活動していたのですが、村のこどもたちが物珍しさか全員集まってきました。お土産代わりに持参したポラロイドで撮影したり、折り紙で遊んだりしました。

写真03.バザールに集まった人

8月15日

4時頃起床し、片付けを行った後、車にてディリへ向かいました。往路は深夜かつ豪雨でしたが、復路は快晴で、綺麗な景色を眺めながらの快適なドライブでした。ディリにて少し時間の余裕があったためホテルに立ち寄り3日ぶりにビールを飲みました。フライトは14時の予定でしたが、デンパサールからの到着が遅れており、いつ出発できるかわからないと言われました。ちなみに遅延に関する構内アナウンスなどはなく、ブラウン管のディスプレイに一応delayと表示されているのみでした。空港には野良無線があったので、ちゃっかりtweetしておきました。仕方がないので、海岸近くでランチを取り、ビーチでしばらくのんびりして、最終的に現地時間で21時頃ようやく出国することができました。

写真04.東ティモール国際空港

第1回フィールドワークには、2つの制約が存在しました。第1に、調査場所の制約が挙げられます。調査場所は、東ティモールのマリアナ地区、ボボナロ地区、グマ村の3つの山岳エリアであり)、この3エリアにおいて、村人、NGO職員、行政地区長などに対してインタビューを行いました。これらは私が関心相関的にサンプリングした場所と人ではなく、ワークショップ主催者や現地コーディネータが関心相関的にサンプリングした対象です。第2に、言語の制約が挙げられます。これらの3エリアに住む人々は、日常生活では、テトゥン語、もしくは、ボボナロ語を用いています。したがって、インタビュイーはテトゥン語、もしくは、ボボナロ語での回答を行います。インタビュアー兼通訳は、私らが英語にて伝えたインタビュー項目を現地語に翻訳し、質問を行いました。また、質問内容に関するインタビュイーからの回答についても、通訳を介して現地語から英語に翻訳してもらった上で、私たちに伝えられる必要がありました。

このような制約条件は、コンテストのプログラムの性質上避けては通れない制約といえます。しかしながら、前者については、一人で自由に行うフィールドワーク以外には避けて通れない制約です。また、後者については、途上国の多くの地域では、英語が通じる場合は少なく、インタビューにおいて、通訳の意図が少なからず介入することはインタビュアーである我々が考慮に入れておかなければなりません。その上で、質問内容を工夫する必要があります。同時に、インタビューに依存しない注意深い観察も生活習慣や価値観を理解する上では欠かせないプロセスと言えるでしょう。

以下に、第1回フィールドワークのために用意した関心相関的インタビュー項目(表1)と、フィールドノートの抜粋(表2)を示します。フィールドノートについては、なるべくインタビューの直後、遅くとも同日中に、記憶が鮮明な状態でまとめることが重要です。ここでは気づき(分析)は必要なく、あくまで収集したデータを綿密にまとめることを心がけましょう。また、フィールドで得た統計データ、インタビューイーの意見、インタビュアーの意見、観察項目を区別して記述することが望ましいです。ボイスレコーダも、インタビュー用と、自分の意見用に2つ用意するとテクスト化の際に区分しやすいでしょう。また、フィールドノーツには適宜、関連する写真を追加することで、記憶のオフロードに役立てることができるでしょう[2]。なお、今回のフィールドワークでは、私は、フィールドノーツの作成にiPadを利用しました。これは、軽量かつ長時間の駆動が可能であるためです。

[2] 東ティモールでの写真

表1. 関心相関的インタビュー項目

生活について

  • お金を稼ぐ手段は何ですか?
  • 農業の場合、何をつくっていますか?
  • 農業の場合、なぜそれを作っていますか?
  • (それ以外) なぜそれを選択しましたか?
  • 教育は何年間受けましたか,それはどういう内容でしたか?
  • 何が豊富にありますか?
  • 現在使っているテクノロジーについて教えて下さい。
  • システムについて

  • 家族制度について何か特徴的なことがあれば教えて下さい。
  • 村の制度について何か特徴的なことがあれば教えて下さい。
  • 身分制度について何か特徴的なことがあれば教えて下さい。
  • 運搬システムはどのようなものがありますか?
  • 移動システムはどのようなものがありますか?
  • 価値感について

  • あなたにとって大切なものは?
  • あなたが楽しいと思うことは何ですか?
  • あなたがつらいと思うことは何ですか?
  • 将来何をしたいですか?
  • 今の生活に満足していますか?
  • 表2. フィールドノーツ(抜粋)

    日時:8月12日マリアナ地区
    インタビュイー:コーディネータの叔父

    — 現金収入について(抜粋)

    Q. どうやって穀物を売っているのか?
    商品は、ボボナロだと、ナッツ、ポテトがメインで、マリワナだと米、コーンがメイン。
    NGOが買い手で、コンタクトをとると回収にきてくれる。
    NGOはそれをさらにイナカの農村に配布する。
    会社が買ってくれる場合もある。

    Q. その他の現金獲得手段は?
    NGOで働く。
    動物を売る。

    Q. 現金を何に使うか?
    1. 家族
    結婚や葬式。
    家族はextended familyで非常に大きく、家族内で現金の移動がある。
    動物を買う。

    2. 教育
    高校まで学校は無料、ただし公立のみ。
    公立のレベルは高くなく、私立が高い。
    買うのは、ユニフォーム、靴、教科書、ノート、鉛筆。
    ただし図書館はない。
    教科書は学校が一括して購入し、学校がこどもらに販売する。
    教科書自体はすごく薄い。
    小学校1-2年性、3-5月で20ページくらい。
    言語はポルトガル語とテトゥン語。

    言語は結構大きな問題になっている。
    先進国のNGOは英語。
    公的機関はポルトガル語。
    家庭はテトゥン語。
    # identity問題が生じる
    英語は中学校から。英語を学ぶとNGO関係の仕事につける。

    フィールドの概念抽出および現象マッピング

    さて、第1回フィールドワークからの帰国後、フィールドノーツをもとに、東ティモールにおける現象マップを作成しました(図3)。各現象をもとに概念化を行った結果、「健康上の問題」「低い公衆衛生観念」「原始的な燃料」「原始的な家の構造」「保守的な農業への姿勢」「豊富な作物」「家族中心の文化」「少ない産業」「少ない現金収入」「非効率な運搬方法」「原始的な運搬システム」「雨季と乾季の差」「地形の複雑さ」「教育の格差」「低い教育水準」「少ない娯楽」の16概念が抽出されました。さらに、これらの概念をもとにカテゴリ化を行った結果、「衛生」「住居」「農業」「価値観」「産業/仕事」「運搬」「気候/風土」「教育」の8カテゴリが抽出されました。これらの概念を用いてソリューションモデル(ver1.0)を構築します。

    図3. 第1回フィールドワークに基づく東ティモールの現象マップ
    各現象から抽出された概念と、概念同士をまとめるカテゴリを用いて、現象マップを作成します。なお、各概念に連なる現象のうち、四角で囲んだものはインタビューに対する回答を指し、囲まれていないものは観察に基づくコメントを指します。

    ソリューションモデルの構築

    第1回フィールドワークを通じて制作されたフィールドノーツから、概念抽出および現象マップを構築するプロセスで得られた概念をもとに、ソリューションモデル(ver.1.0)を構築しました(図4)。まず、解決すべき問題として、デザイナの関心モデルとフィールドにおける現象を踏まえ、関心相関的に「少ない現金収入」に着目しました。そのための解決手段として、「現地に豊富に存在する作物を用いた現金収入獲得のための手工芸」を仮説として設定しました。具体的には、家内制手工業として、現地に豊富に存在する竹やバナナを用いて、容器・カゴ、家の建材を制作します。本仮説は、家内制手工業を前提とし、家族で取り組むことができるため、家族中心の文化という彼らの関心と矛盾しません。また、本仮説は、農作業の方法それ自体を根本的に変化させるプロダクトではないため、保守的な農業への姿勢をもつ彼らの関心と矛盾しません。

    図4. 第1回フィールドワークに基づくソリューションモデル
    ソリューションモデル(ver.1.0)は、私が単独で構築したモデルにすぎず、あくまでフィールドワーク後に私の所属するチームにおける1つの仮説に過ぎません。

    このような仮説は、立ち現れた概念に含まれる課題としての現象を、直接的ないし間接的に解決可能であることが望ましいといえます。例えば、容器・カゴを作ることで、「非効率な運搬方法」を解決でき、「原始的な運搬システム」の改善にもつながります。また、家の建材を製造することで、「原始的な家の構造」を解決でき、健康上の問題解決にもつながります。一方、間接的に解決が可能な現象として、現金収入向上により、教育への再投資が可能となることから、「教育の格差」、「低い教育水準」が解決できます。また、TVや本などに対する投資が可能となることから、「少ない娯楽」を解消できます。さらに、「雨季と乾季の差」に注目した場合、雨季には通常の農作業ができないという課題を踏まえた上で、手工芸を行う期間を雨季の期間で重点的に分布させることで、多角的な収入獲得手段の確保が可能となるでしょう。

    なお、ソリューションそれ自体をフィールドワークで得た現象だけを用いて構築しようとすると、得てして卑近なコンセプトを構築してしまいがちです。それは、何をデザインするか(対象)までは特定できても、どのようにデザインするか、といったレベルのアイディアをフィールドワークに求めてしまった場合に必ず起きる現象です。このような現象を避けるためには、アプローチについて創造のジャンプを施す必要があります。創造プロセスにおけるジャンプについては、ジェームス・W・ヤングの『アイディアの作り方』に代表されるアイディアの組み合わせ、多様性を確保したチームによってなされるブレインストーミング、さらには、天才のひらめきに依存するジーニアスデザインなど様々ですが、デザイナの関心モデルを構築する過程で構造化された自身の技術的、思想的な関心とフィールドワークで得られた概念を活用してコンセプトを構築することが重要であると考えられます。

    まとめ

    今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の第2回として、私自身が参加したボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」のプロセスについて説明をいたしました。

    次回は、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」のプロセスについて説明をいたします。第2回フィールドワークでは、第1回フィールドワークをもとに構築した仮説をもとに関心相関的に構築したインタビュー項目を用いてインタビューを行うことになります。この段階では、何をデザインするかというデザイン対象の検証を行うことを目的としています。

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    実践 – 事前調査とデザイナの関心モデル構築

    前回は、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法を紹介するにあたって、BOPのフィールドに既存のデザイン手法を適用する際の問題点を改めて説明したのち、実際のデザイン手法として、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の3つのデザインプロセスについて、構造構成主義、および、SCQRMとの関連性を踏まえつつ、説明をいたしました。

    今回より6回に渡って、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践として、東ティモールで実施したフィールドワークをケーススタディとして,デザインプロセスの詳細を説明します。

    具体的な流れとして、まず、フィールドワーク前に事前調査を行い、この調査結果に基づいてデザイナの関心モデルを構築いたしました(第19回)。そして、デザイナの関心モデルに基づいて関心相関的に調査項目を決定し、第1回フィールドワークに参加し、データを持ち帰り、現象マップおよびソリューションモデルを構築いたしました(第20回)。ソリューションモデルの構築プロセスを通じて導きだされた仮説に基づき、関心相関的に再度調査事項を決定し、第2回のフィールドワークに参加し、データを持ちかえり、現象マップおよびソリューションモデルを再構築いたしました(第21回)。このプロセスを通じて導きだされた修正仮説に基づきプロトタイプ(コンセプトモデル)を構築し(第22回)、このプロトタイプに基づいたビジネスモデル(第23回)を構築いたしました。

    今回は、フィールドワーク前の事前調査から「デザイナの関心モデル構築」までの流れを説明したいと思います。

    東ティモール

    さて、今回参加したフィールドワークは、私の参加した、米国NPOコペルニク[1](*1)主催のBOP向けプロダクトデザインコンテスト(See-D)[2]のプログラムの一環として設計されたものです。本コンテストは、東ティモール[3]の無電化地域へフィールドワークを行い、フィールドワークによって得られたデータに基づいて、プロダクトをデザインすることを目的としていました。

    様々な偶然が重なって私はこのコンテストに参加することになったのですが、コンテストのチーム編成は、チームでの参加を除いて原則主催者に一任されており、全参加者のバックグラウンドをもとに主催者によって行なわれました。私の所属するチームは、私(大学講師)を含めた全7名で構成されていました。各メンバの参加当時(2010年8月)のバッググランドについて以下に説明をしておきます。

    1. 医療向け製品の開発経験を持つプロダクトデザイナ(デザイン事務所オーナー)
    2. 国内メーカーにてコンセプトデザイン/コミュニケーションデザインに関わるデザインリサーチャ
    3. 医者免許保有、バイオベンチャーに勤務経験のある政策秘書
    4. 国内メーカーにて生産管理に携わるエンジニア
    5. 都市計画デザインを専門とする大学生
    6. ソーシャルイノベーションを専門とする大学院生
    (7. エクスペリエンスデザインを専門とする大学講師)

    *1) コペルニクについては第05回のソーシャルイノベーションの事例でも取り上げさせていただきました。

    [1] Kopernik
    [2] See-D
    [3] 東ティモール マップ

    このようなメンバで構成されるチームから、第1回フィールドワーク(ボボナロ地方/山岳エリア)に私が参加し、第2回フィールドワーク(ロスパロス地方/海岸地帯)にプロダクトデザイナの方が参加されました。第1回フィールドワークに参加するにあたり、主催者よりいくつかの調査資料を受取り、基本情報を得ました。以下に、東ティモールに関する説明の一部を引用させていただきます。より詳しい情報は外務省の国別ページ[4]やデータブック[5]等でご確認ください。

    図1:東ティモール全域

    図2:ボボナロ地方

    東ティモール概要
    東ティモールは東南アジアに浮かぶ島国です。1999年に国民投票によりインドネシアからの独立を選び、2002年より正式に独立共和国となっています。人口約110万人、面積15,000km2(岩手県とほぼ同じ大きさ)、2008年のGDP総額が約5億ドルの小さな国です。熱帯地域に位置する東ティモールは国土の約6割が山岳地帯となっており、北側の海岸沿いにはさんご礁が発達しています。またティモール島の南、インドネシア・オーストラリアとの国境には石油・天然ガスが埋蔵されており、その開発が期待されています。
    そんな豊かな資源に恵まれた東ティモールですが、ポルトガル領時代の工業化の失敗、独立を巡る紛争による首都の破壊と続き、産業基盤が育たず、経済はいまだ脆弱です。主要な産業は農業。米・とうもろこし・コーヒーなどを栽培し、コーヒーは輸出もしています。現地の物価を反映した一人当たりGDP(PPP換算)は2001年の世界最低($500)から2008年には$2,400まで回復しましたが、未だに特に村落地域は貧しく、国民の半数以上が一日1ドル以下、7割以上が2ドル以下の収入で暮らしています。

    東ティモールの人々の暮らし
    アジア最大のイスラム教人口を抱えるインドネシアとは対照的に東ティモールの99%以上の人はキリスト教(大半がカトリック)です。この強い信仰はインドネシアの東ティモール侵略以降、東ティモールの独立をカトリック教が支えたことで、急速に強まったといわれています。一方、東ティモールの人々の大半はメラネシア人で、多くの人がキリスト教と同時にメラネシアの伝統宗教(死者の魂が石、動物、水などに宿り幸運や災いをもたらす)への信仰も文化の一部として浸透しています。
    9割以上の人々は自給自足の農業を営んでおり、生活は農作業を中心に構成されます。灌漑設備がなく雨季にしか農作物が育てられなかったり、取れた穀物をねずみなどから守れず、大半を食べられてしまったり、農業をめぐる生活の苦労話はよく聞かれます。
    2001年に25%だった電化率は都市部では8割まで上がりましたが、村落地域ではいまだに2割前後です。

    [4] 外務省 東ティモール民主共和国
    [5] 外務省 東ティモール民主共和国 データブック(pdf)

    デザイナの関心モデルの構築

    さて、デザイナの関心モデルを構築するために、東ティモールに関する事前調査を、静的データを中心として行いました。ここでいう静的データとは、webや書籍で公開されている統計資料や歴史資料が該当します。今回のようにフィールドワークの主催者が存在する場合は、主催者側が提供してくれた資料を読み込むことで程度の理解が期待できますが、wikipedia(英語版)や外務省のページなど複数の情報ソースを付きあわせておくことで多角的な視点にて理解可能でしょう。

    事前調査の結果、大まかな東ティモールの状況に対する認識が深まりました。例えば、東ティモールは、ポルトガルおよびインドネシアという2度の独立戦争の影響で国内システムは疲弊し、NGO、UN(国際連合)の存在なしには国家としての機能をなさない状況にあります。また、政治経済的には、東部の西部の対立、GDPの20%を占める石油依存による産業の未発達をはじめ数多くの問題を抱えています。これらの問題と関連して、インフラ面では、国内の80%は無電化地域であり、国土の大半が丘陵地のため運輸システムが未発達であるほか、医療システムの不備から健康に問題を抱える国民が数多く存在しています。このような事前調査を通じて得られた認識は、デザイナの関心の形成に大きく影響するでしょう。

    事前調査ののち、研究背景、思想背景に基づきデザイナの関心モデルを構築しました(図3)。以下では関心モデル構築までの流れを説明したいと思います。

    図3:デザイナの関心モデル

    第1に、研究背景として、筆者はこれまで子供の創造行為支援システムのためのデザインメソッドの構築に携わってきました[6]。また、エンタテイメントシステムの構築を通じて、インタラクションを通じて楽しさを生成するためのデザインメソッドの構築[7]に携わってきました。これらに基づくデザイナの関心として、「モノそのものではなく方法論の提示」という関心が立ち現れました。

    [6] The World is Canvas.
    [7] Adjustive Media:フィードバックを伴うメディア作品の制作手法.

    第2に、思想的背景として、Paul PolakやMartin Fisherの影響があります。Paul Polakは、問題解決における12のステップにおいて、フィールドの特殊性を理解するだけではなく、人々の関心を構造的に把握することの重要性を説いています(第03回)。Martin Fisherは、BOPに属する人々のためにモノをつくり提供しようとしても、実際には現金がなければ彼らがモノを購入できないことに着目します。そして、Fisher自身の経営するKickstart社の9つのDesign Criteria(第04回)において、現金収入獲得手段の提供(Income Generating) を第1の項目として掲げてプロダクトを開発しています。これらの思想的背景から、課題の「根本的解決」や「社会システムの構築」といった関心が立ち現れました。このような関心に基づくキーワードとして、教育や現金収入手段といったデザイン領域に対する関心が立ち現れました。これらのキーワードにもとづいて関心相関的に調査項目およびインタビュー項目を設計し、フィールドワークへ出発することとなりました。

    まとめ

    今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の第1回として、私の参加した東ティモールへのフィールドワークを題材に、事前調査からデザイナの関心モデルの構築、そして、調査項目、インタビュー項目決定までの流れを説明したしました。次回は、第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」のプロセスの説明をいたします。

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    構造構成主義的プロダクトデザイン手法

    前回は、モデル構築がその研究の目的である場合においてSCQRMに採用されている分析ツールである、M-GTAについて、前身となるGTAについて説明したのち、具体例を示しながらその分析プロセスを紹介をいたしました。M-GTAの分析プロセスは、まず、文字おこしを行い、データ化したテクストの中から、キーワードを見つけ、キーセンテスを引いていき、これらに名前を付け(概念化)、次に、概念のまとまりごとに対して、見出しをつけてテクストを構造化し(カテゴリ化)、さらに、抽出された概念やカテゴリの関係を捉えて暫定的な全体像やモデルを素描する(理論化)というものでした。また、実際にM-GTAを用いて分析を行う場合に手続きとして作成する、分析ワークシートについて説明を行いました。

    今回は、構造構成主義を理論的背景として、そして、構造構成主義に基づく研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている構造構成主義的質的研究法(SCQRM)をもとにして構築された、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法について説明をいたします。

    まず、構造構成主義を採用した元来の目的との関連から、BOPというフィールドへの従来のデザイン手法の適用とその限界について再度確認しておきましょう。従来のデザイン手法は、グローバル市場におけるプロダクトデザインに特化したものであることはすでに説明いたしました。したがって、BOPという特殊性を持った特定のフィールドに対して最適化されたプロダクトを作るという目的に対して、従来の手法が最適ではないため、新たな手法を構築する必要があると説明いたしました。さて、ここで検討しなければならないBOPの特殊性とはどのようなものであったでしょうか?

    フィールドのごとの複雑性

    第1の特殊性は、”フィールドのごとの複雑性”でした。先進国向けのプロダクトの場合、具体的かつ詳細に渡るペルソナおよびシナリオを策定したしても、先進国に存在しそうな一般化されたユーザに関連したものに陥らざるを得えません。iPodを例に出した場合、結局どこの国にでもいそうな音楽好きのユーザをもとにしたペルソナとシナリオが策定されます。このような現象は、グローバル市場で展開することを目的とした製品というデザイン上の制約条件に基づき、最大公約的な解に対する強い関心が存在するために立ち現れます。しかしながら、BOPの場合、プロダクトを導入しようとするフィールドごとに言語、文化、宗教が細分化されているだけではなく、近代化の度合いの違い、さらには、伝統的な価値観と近代的な価値観から生まれる矛盾など、あるプロダクトが受け入れられるためにデザイナが考慮すべきパラメータに限りがありません。このパラメータの数は、画一化されたグローバル市場向けのプロダクトにおいて考慮すべきパラメータと比較した場合、飛躍的に増加するでしょう。このようなフィールドの複雑性を踏まえた上で、そのフィールドを構造的に理解するアプローチが必要とされています。

    関心の対立構造

    第2の特殊性は、”現地人の関心とデザイナの関心の対立”でした。先進国向けのプロダクトの場合、ペルソナやシナリオなどのユーザモデルに関する手法を用いる理由の一つとして、デザイナの関心とユーザの関心の乖離を少なくさせるという効果が挙げられます。しかしながら、これは、先進国内での関係性であるため、原理的に両者の間で関心の極端な乖離は生じにくいと考えられます。一方で、BOPの場合、先進国のデザイナと現地のユーザとの関係性において、それぞれの関心を的確に把握し、両者の信念対立を回避することが求められます。これは、デザイナの欲望や関心のみを現地人に押し付けた場合、現地人の関心にあったプロダクトが開発されることなく、結果、誰もそれらを使わず、ゴミと化してしまうなどといった不幸を招きがちであるためです。一方で、デザイナが現地人のニーズだけに注目し、彼らの水準にあわせたプロダクトを作るだけでは、デザイナのモチベーションの低下につながります。このような両者の関係性を踏まえた上で、デザイナと現地人が互いの関心を満たすことのできるプロダクトを構築可能、かつ、両者の持続的な関係を構築可能なアプローチが必要とされています。

    ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法

    筆者の構築した、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法は、
    – フィールドの複雑性の構造的な理解
    – デザイナとユーザとしての現地人の信念対立の解消
    というBOPをフィールドとするプロダクトデザインにおける「目的」に照らし合わせ、構造構成主義をアプローチとして導入しています。具体的には、構造構成主義における関心相関性、哲学的構造構成、科学的構造構成(以上第15回)を理論的背景に、SCQRMにおける関心相関的構造構成法(第17回)をデザインプロセスに導入し、これらの解決を目指しています。

    一般にデザインプロセスは、調査を通じて問題発見・問題定義を行う問題発見プロセス、設計、プロトタイピング、評価を繰り返し行う問題解決プロセスに区分されます。構造構成主義的プロダクトデザイン手法は、これら2つのプロセスをカバーするものですが、主たる特徴は問題発見プロセスにあります。具体的な特徴として「デザイナの関心モデルの構築」、「フィールにおける概念抽出および現象マッピング」、「ソリューションモデルの構築」という3つのステップがデザインプロセスに組み込まれています。以下では、それぞれについて説明を行い、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の全体像を示します。

    デザイナの関心モデル構築

    第1のステップは、「デザイナの関心モデルの構築」です。このプロセスでは、M-GTAの手法を用いて、デザイナの関心を構造化します。そして、デザイナがなぜその関心を持つに至ったか、あるいは、プロジェクトがそのような関心を持つに至ったかを還元的に考察します。具体的には、各国、国連等の調査に基づく統計データ、写真の静的データを用いて、あるいは、書籍、論文等から得たデザイナ自身の思想的背景を踏まえ、デザイナがどのような関心に基づいて、どのような問題意識を抱いているかについて、その構造を明らかにします。このプロセスは、フィールドワークの前段階に行う必要があり、構築された関心モデルを用いて、関心相関的にフィールドワーク時の観察の対象、ならびに、インタビューの質問項目等を決定していきます。

    図1. デザイナの関心モデルのサンプル

    また、複数のデザイナが存在する場合、複数の関心が存在します。たとえば、金銭的成功、自らのスキルの自己顕示、先進国の持つ技術力による問題解決、人間としての慈善活動など、それぞれのデザイナによって様々な関心が想定されます。この場合、それぞれの関心を明らかにした上で、各デザイナの合意を形成しつつ、最大公約的な解をもたらす関心モデルを構築することが望ましいでしょう。

    フィールドにおける概念抽出および現象マッピング

    第2のステップは、「フィールドにおける概念抽出および現象マッピング」です。第1のステップにて、”デザイナの関心”に基づくモデルが構築されました。これに対して、第2のステップは、フィールドを構造化し、”現地人の関心”を構造化するためのステップです。したがって、本ステップは、第3のステップにおいてデザイナの関心と現地人の関心との信念対立を回避するためのソリューションモデルを構築するために、重要なステップとして位置づけられます。

    構造構成主義的プロダクトデザイン手法においても、ボトムアップに問題発見、仮説構築を行うことを目的としているため、関心相関的構造構成法と同様に、M-GTAを分析の枠組みとして採用しています。まず、フィールドワークにでかけ、第1のステップで構築された関心モデルに基づき、関心相関的に作成されたインタビュー項目や観察項目を用いて、データを採取します(関心相関的データ構築)。次に、インタビューを通じて得られた音声データのテープおこしを行い、テクスト化します(関心相関的テクスト構築)。このとき、観察データとしての写真データを利用する場合、事実に基づくキャプションと意見に対するキャプションを区別して付加しておく必要があります。続いて、類似部分を具体例(バリエーション)として収集し、これらについて概念名をつけ(概念抽出)、いくつかの概念を包括するカテゴリを作成していきます(関心相関的ワークシート作成)。さらに、構造構成主義的プロダクトデザイン手法では、フィールド全体を把握するために、カテゴリ、概念、バリエーションをマップ上に可視化します(現象マッピング)。この段階では概念ごとの関係性を構造化する必要はなく、シチュエーションが全体性をもって把握できる状態になっていることが最も重視されます(シチュエーションマッピング)。

    図2. 現象マップサンプル

    なお、第1のステップで構築したデザイナの関心モデルのもととなるデザイナの関心は、フィールドワークから現象マップ作成までのプロセスの中で変化する可能性あります。この場合、必要に応じて関心モデルを修正しましょう。

    ソリューションモデルの構築

    第3のステップは、「ソリューションモデルの構築」です。第1のステップで構築された「デザイナの関心モデル」と、第2のステップで抽出された「概念」をもとに問題発見、および、発見された問題に対する仮説生成までを含めた「ソリューションモデル」を構築します(関心相関的理論構築)。このステップは、デザイナの関心と現地人の関心をモデルの中に明示的に組み込むことで、仮説段階で信念対立を回避することを目的としています。

    まず、デザイナの関心と現地人の関心を踏まえたうえで、第2のステップにおいて抽出された概念同士の関係性を用いて、解くべき問題を同定します。そして、同定した問題に対する仮説としてのソリューションを構築します。また、抽出された概念同士の関係性を明示的にモデルに組み込み、フィールドの全体構造を示します。このプロセスを通じて、提案する解決法を導入することによって生み出される効果ならびに影響の認知が、プロジェクトメンバを含む閲覧者にとって容易になります。なお、ここで一度構築されたモデルは、あくまで暫定的なモデルにすぎず、フィールドワークや現地テストを繰り返すことによって、その都度変化するものと考えてください。

    図3. ソリューションモデルサンプル

    プロトタイピングと現地テスト

    以上の3つのステップを繰り返し、ある時点での最終的な(暫定的な)、ソリューションモデルを構築(更新)したのち、考案した仮説にもとづいてプロダクトの設計を行い、プロトタイプの開発を行います。このときデザイナだけではなく現地人の関心に基づいた適切な技術を選択する必要があります。なお、本プロダクトデザイン手法は、問題発見、および、仮説生成を目的としているため、実際のプロダクトのクオリティそのものを担保しません。したがって、プロダクトのクオリティそれ自体は、デザイナの創造性に強く依存することとなります。

    プロトタイプ開発後、プロトタイプを現地に持ち込み、現地テストを行います。現地人に実際に使用してもらうことで、現地人からのフィードバックを得ることが目的です。このとき、ソリューションモデルの更新を行うための新たな現象が立ち現れます。これら一連のプロセスを数度繰り返すことによって、現地のニーズに適したプロダクト、サービス、システムを構築することができます。

    議論

    最後に、構造構成主義的BOPプロダクトデザイン手法の制約条件について議論しましょう。第1のポイントは、通訳の恣意性です。具体的には、通訳の意図が介入するため、データとしての信頼性が損なわれるという批判があります。BOPの場合、フィールドワーク先の母国語が英語である可能性は低く、英語および現地語を話す通訳を雇い、現地語から英語へ翻訳する必要があることに依拠する批判と言えます。しかしながら、これは原理的に中立なインタビュアーが存在するという客観主義に基づいた批判にすぎません。本来、インタビュアーならびに通訳が中立であるということは原理的に不可能です。この点について、構造構成主義は、構造化にいたる諸条件を積極的に開示することで、科学性を担保するという立場に依拠しています。本ブログにおいても、インタビュアー、インタビュイーの諸条件を明示的に記述することで、科学性の担保を試みています。

    第2のポイントは、本手法の有効範囲です。具体的には、構造構成主義的BOPプロダクトデザイン手法は、仮説生成のためのヒントを与えるにとどまり、問題解決方法における跳躍までを網羅しないという批判です。本研究の目的は、BOPを対象としたプロダクトデザイン手法の構築であり、本手法は、対象となるフィールドの構造を明らかにした上で、問題を同定し、仮説生成を行うまでのプロセスを中心とする手法です。仮説生成のためのモデル構築が中心となるため、関心相関的にM-GTAを分析ツールとして採用しています。これに対して、問題解決方法における跳躍を主目的とするならば、この目的を実現するためのツールを関心相関的に選択し、本デザイン手法を関心相関的に修正すればよいでしょう。

    まとめ

    今回は、まず、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法を紹介するために、再度、BOPのフィールドに既存のデザイン手法を適用する際の問題点を説明をいたしました。そして、実際のデザイン手法として、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の3つのデザインプロセスについて、構造構成主義、および、SCQRMとの関連性を踏まえつつ、説明をいたしました。

    BOP向けのプロダクトを構築する際、単にデザイナと現地人の関心を満たしつつ現地の問題を解決するプロダクトを開発するだけではなく、プロダクトを通じてデザイナと現地人が新たなカルチャーを共創するようなプロダクトを開発することで、現地の持続可能な発展に対する貢献が可能となると考えられます。実際には、プロダクト、サービス、社会システムを普及させるために必要な人材に対する教育を実施するための仕組みづくりや、プロダクトを生産するための現地協力者の捜索なども、プロダクトを普及させるにあたって重要な要素となります。しかしながら、本デザイン手法は、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトをデザインすることを目的としているため、これらの課題は、本手法の適用範囲を超えるものと考えられます。強いて言えば、関心相関的にこれらの課題に対して有効なその他の手法を組み合わせることによって、解決することが望ましいでしょう。

    次回より、今回説明した構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践として、実際に参加した東ティモールへのフィールドワークをケーススタディとして引用しつつ、そのデザインプロセスの具体的な説明をいたします。

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