まとめと今後の展開

前回は、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の最終回として、Wanic ToolkitとWanicシリーズを用いたビジネスモデルについて説明しました。ビジネスモデルについて説明するにあたって、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、途上国・先進国を含む事業戦略を説明したのち、初期の事業展開先である東ティモールにおけるWanicシリーズのポジショニング、技術伝達を中心とした事業展開、ならびに、ビジネスモデルの考察について説明しました。

今回は、第25回目の記事、つまり、本ブログの最終回となりました。そこで、前半では、各章のまとめを行い、後半では、構造構成主義的プロダクトデザイン手法、Wanic/Wanic Toolkitの今後の展開について述べたいと思います。

各章のまとめ

イントロダクション – No Tinkering, No Innovation

イントロダクションでは、まず、本ブログの目的とターゲットについて説明をしました。本ブログは、ソーシャルイノベーションのためのデザイン理論を、背景となる理論や実例、ならびに、提案する理論の実践を通じてわかりやすく解説することを目的とし、デザイン思考やソーシャルビジネスに興味のある全てのひとをターゲットと設定しました。次に、タイトルにも含まれている”デザイン思考”と”ソーシャルイノベーション”について説明しました。デザイン思考について、その起源から定義まで追い、ソーシャルイノベーションについて、イノベーションとソーシャルイノベーションの違いについて重点的に説明しました。

1. ソーシャルイノベーションとソーシャルビジネス

第1章では、本ブログの2つのキーワードのうちの1つ、”ソーシャルイノベーション”について掘り下げ、フィールドとしてのBOPについて説明し、実際の事例として、企業、NPO、大学、研究機関を取り上げて具体的に説明しました。

第02回では、イノベーションとソーシャルイノベーションの定義、および派生型について説明しました。具体的には、シュンペーターの定義を説明したのち、イノベーションの派生系である、持続的イノベーションと破壊的イノベーション、オープンイノベーション、ソーシャルイノベーションを紹介しました。特に、ソーシャルイノベーションについては、Phillsらの定義に基づいて、イノベーションとの差違を説明しました。

第03回では、ソーシャルイノベーションのフィールドとしてのBOP(Bottom of the Pyramid)について、定義、特徴について説明しました。BOPが全世界の人口の90%を占めるという事実は、従来のプロダクトがわずか10%に向けてデザインされたものに過ぎず、その手法もまた10%の人々のための手法に過ぎないことを意味しています。そして、従来のデザイン手法がそのまま90%に対して適用不可能である理由を、フィールドごとの複雑性、デザイナと現地人の関心の対立構造というBOPが持つ特殊性から説明しました。

第04-10回では、ソーシャルイノベーションの事例として、企業・NPO、大学・教育機関の取り組みをシリーズにて説明しました。

まず、企業・NPOの事例として、第04回では、KickStartを紹介しました。KickStartは、地元の人々が起業家として利益を生み出すことが可能であり、持続可能な社会の形成、雇用の創出、経済の発展に貢献する製品を開発しています。ここでは、2つの製品(スーパーマネーメーカーポンプ、ヒップポンプ)を紹介したのち、KickStartの10のデザイン原則を説明しました。

第05回では、米国NPO Kopernikを紹介しました。Kopernikは、テクノロジーマーケットプレイスのコンセプトのもと、テクノロジーを所有する会社や大学、途上国の市民団体、一般市民の3者をつなげ、革新的な技術・製品を発展途上国に提供するための多数のプロジェクトを運営しています。ここでは、実際のプロダクト3点とそれらを用いた3つのプロジェクトを紹介しました。

第06回では、マサチューセッツ工科大学のNicholas Negroponteを中心に大学発NPOとして設立されたOLPCを紹介しました。OLPCは、ネットワークにつながったラップトップを全ての就学児に提供し、教育を通じて世界の貧しい子供たちに活力を与えることをミッションに低価格ラップトップの開発を行っています。ここでは、OLPCシリーズのXO-01とXO-03を紹介しました。

次に、大学・教育機関の事例として、第07回では、マサチューセッツ工科大学 D-Labを紹介しました。D-Labの”D”は、「Development though Dialog, Design, and Dissemination (対話を通じた開発、デザイン、普及」を意味しており、国際開発の枠組みの中で、適正技術と持続可能性のあるソリューションによる開発を育成するためのプログラムとして位置づけられています。ここでは、12のコースと、それぞれのコースの代表的なプロジェクトを紹介しました。

第08回では、d.schoolことHasso Plattner Institute of Design at Stanfordを紹介しました。d.schoolは、IDEO創業者であるDavid KellleyおよびIDEOの影響を強く受けており、”デザイン思考”がキーワードとなっています。ここでは、2011年Spring Semesterで開講中のクラスと、2つの長期プロジェクトを紹介しました。また、ベルリン郊外に存在する系列組織である、HPI School of Deign Thinkingを紹介しました。

第09回では、TU DelftことDelft University of Technologyを紹介しました。TU Delftでは、Industrial Design Engineering(IDE)プログラムが修士学生向けに開講した”Advanced Products”にて、ソーシャルイノベーションに関連したプロダクトの開発を行ってきました。また、IDEに存在する3つの学科のうちの1つ、Design Engineeringの1セクションに当たる、Design for Sustainability(DfS)も同様に、ソーシャルイノベーション関連の研究に取り組んでおり、そのコース内容について紹介しました。

第10回では、マサチューセッツ工科大学から始まり、世界に展開しているFabLabを紹介しました。FabLabは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークであり、必要なものをみんなで作る”DIWO(Do It With Others)”を基本理念に置いています。ここでは、FabLabの定義、歴史について説明したのち、利用可能なファブリケーションツールを紹介しました。

2. デザイン思考

第2章では、本ブログの2つのキーワードのうちの1つ、”デザイン思考”について掘り下げ、デザインプロセスごとのデザイン手法として、デザインリサーチ、モデリング、デザインパタンを紹介したのち、既存のデザイン手法の限界について説明しました。

第11回では、デザイン思考の系譜として、Herbert A Simon、David Kelly、Tim Brown、奥出直人、Hasso Plattnerの5人の研究者に注目し、定義とデザインプロセスを紹介しました。そして、これらに共通するプロセスとして、「1. フィールドへ赴き、データを取得する、2. 課題を発見し、仮説を構築する、3. プロトタイピングを行う、4. フィールドへ赴き、テストを行う、5. 製品を実装する」を抽出しました。

第12回では、プロセスの最初のステップである、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ためのメソッドとして、”質的調査法”を説明しました。具体的には、口頭データと質的データの様々な採取方法について、その概要と限界について説明をしました。さらに、目的に応じた複数の手法の組み合わせの事例として、エスノグラフィック・インタビューの一形態である、ベイヤーとホルツブラッドの提唱した”コンテクスチュアル・インクワイヤリ”を紹介しました。

第13回では、プロセスの2番目のステップである、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、”モデリング”を説明しました。具体的には、ユーザの属性に注目したユーザモデリングとして、ペルソナ、シナリオ、ゴールダイレクテッドデザインを紹介し、ユーザの行動に注目したワークモデル、ならびに、フィールドの構造を理解するためのGTAを紹介しました。

第14回では、プロセスの3番目のステップである、「3. プロトタイピングを行う」ためのメソッドとして、”デザインパタン”を説明しました。具体的には、デザインパタンの起源、および、建築からソフトウェアエンジニアリング、HCI(Human Computer Interaction)への流れを説明しました。そして、ユビキタスコンピューティング、ゲームの領域への拡張までを紹介し、その限界について指摘しました。

第15回では、第12-14回で述べた既存のデザイン手法を、BOPというフィールドに対して適用する場合の限界について説明しました。具体的には、BOPの特殊性として、フィールドごとの特殊性、デザイナとユーザとしての現地人との関心の対立構造を解説しました。既存のデザイン手法は、これらのBOPの持つ特殊性を考慮していないことから、適用において限界が生じることを説明しました。

3. 構造構成主義

第3章では、既存のデザイン手法の限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、”構造構成主義”を紹介しました。構造構成主義は、現象学と構造主義科学論の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論です。

第15回では、構造構成主義の特徴をモデル図を用いて説明しました。構造構成主義では、哲学的構造構成と科学的構造構成という2重の構造構成が存在します。これらを説明する前に、両者に通底する概念である、現象学的概念と構造主義科学論について解説しました。前者については、関心相関性と信憑性、後者については、構造と恣意性を中心に解説しました。

第16回では、構造構成主義を背景として持つ研究法の1つとして臨床心理学などの分野で用いられている、”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を紹介しました。これは、構造構成主義それ自体は概念であり思想であるため、デザイン手法として直接応用することが困難であるためです。SCQRMは、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理としています。ここでは、SCQRMの備える11の関心相関的アプローチを説明しました。

SCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、”M-GTA(Modified Grounded Theory Approach)”を分析ツールのひとつとして採用しています。第17回では、前進となるGTA(Grounded Theory Approach)について説明したのち、具体例を示しながら、概念化、カテゴリ化、理論化のプロセスで構成される、分析プロセスを紹介しました。また、手続きとして作成する分析ワークシートを紹介しました。

4. ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法

第4章では、筆者の構築した、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法について説明しました。本手法は、フィールドの複雑性の構造的な理解と、デザイナとユーザとしての現地人の信念対立の解消、というBOPをフィールドとするプロダクトデザインにおける目的に基づいて、構造構成主義をアプローチとして導入しています。

第18回では、実際のデザイン手法として、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の3つのステップで構成されるデザインプロセスを紹介しました。まず、デザイナの関心モデル構築は、デザイナの関心を構造化するステップです。次に、フィールドの概念抽出および現象マッピングは、フィールドを構造化し、現地人の関心を構造化するためのステップです。最後に、ソリューションモデルの構築は、デザイナの関心モデルと、第2のステップで抽出された「概念」をもとに問題発見、および、発見された問題に対する仮説を生成するステップです。

5. ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践

第5章では、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践として、実際にフィールドワークと現地テストを繰り返し開発したプロダクト – Wanic / Wanic Toolkit – をケーススタディとして引用しつつ、そのデザインプロセスの詳細を説明しました。

第19回では、筆者の参加した東ティモールへのフィールドワークを題材に、事前調査からデザイナの関心モデルの構築、そして、調査項目・インタビュー項目決定までの流れを説明しました。本フィールドワークは、米国NPOコペルニク主催の途上国の課題を解決するプロダクトを開発することを目的としたSee-D Contestのプログラムの一環として設計されたものです。

第20回では、筆者の参加した東ティモールへのフィールドワークのうち、ボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の具体的なプロセスについて説明しました。

第21回では、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」の具体的なプロセスについて説明しました。

第22回では、構築されたソリューションモデル(ver1.1)とデザイナの関心モデル(ver1.1)に基づいてデザインされた、ココナッツワイン”Wanic”と、Wanicを製造するためのツールキット”Wanic Toolkit”のコンセプトモデルについて説明をしました。具体的には、キットの概要、キットを用いたWanicの製造プロセス、ならびに、第1回現地テストとそこでのフィードバックを中心に説明しました。

第23回では、Wanic Toolkitの普及モデルについて説明をしました。コンセプトモデルから普及モデルを開発するまでの過程として、第1回現地テストの結果を受けてデザインした普及モデル(ver.1.0)、東ティモールにてWanic Toolkitを用いて、Wanicを作るヒト、および、飲むヒト向けに実施した第2回現地テスト、さらに、第2回現地テストをもとに改良した普及モデル(ver.1.1)を説明したのち、普及モデル(ver.1.1)を用いたWanicの製造プロセスについて説明しました。

第24回では、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明しました。ビジネスモデルについて説明するにあたり、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、途上国・先進国との関係を説明したのち、初期の事業展開先である東ティモールにおけるポジショニング、技術伝達を中心とした事業展開、ならびに、ビジネスモデルの考察について説明しました。

今後の発展

構造構成主義的プロダクトデザイン手法

まず、構造構成主義的プロダクトデザイン手法については、グラントの獲得を視野に入れつつ、精緻化と汎用化の2つの発展を考えています。精緻化とは、手法そのもののブラッシュアップを指します。具体的には、他のデザイナによるケーススタディを通じて、ブラッシュアップを行いたいと考えています。本ブログで紹介した東ティモールへのフィールドワークの際には、筆者自身がいわば最初の被験者となり、手法の妥当性の確認を試みました。今後は、バングラデシュやフィリピンなど東ティモール以外のアジア地域にて、別のデザイナによる本手法を用いたプロダクトデザインを依頼したいと考えています。

汎用化とは、ブラッシュアップした手法のツール化を指します。現在は、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」という3つのステップのみが明示化されている状態にすぎず、具体的なツールが存在するわけではありません。今後は、専用のシートや、iPhone/iPadなどのアプリケーションを作成し、ツールのかたちで本手法を普及させていきたいと考えています。その過程では当然ワークショップなどの開催も検討していきたいと考えています。

Wanic/Wanic Toolkit

次に、Wanic/Wanic Toolkitについては、酒のブラッシュアップと販路開拓を考えています。現時点では、フレッシュワニックのプロトタイプを製造した段階、すなわち、ツールキットとココヤシの実を使ってお酒が作れることを示したにすぎません。実際に商品として販売するまでには、酵母の選定・培養、糖度の測定に基づく補糖料の決定、味の安定化、中期保存方法の模索など多くの課題が残されています。今後は、国内酒造メーカー、現地酒造メーカーといったパートナーを模索し、協業による製品開発を検討していきたいと考えています。

一方で、販路については、現地パートナーとして、東ティモールにてホテルもしくはレストランを1店舗選定し、その周辺を使ってツールキットの製造、フレッシュワニック、ボトルドワニックの製造を行い、販売テストを行ってみたいと考えています。そして、この地をモデル店舗として設定し、Wanicツアーと称して、日本の酒造メーカーやその他販売代理店候補の企業の方々を東ティモールにお連れすることによって、Wanicへの理解だけではなく、東ティモールの観光収入の増大に少しでも貢献したいと考えています。

さいごに

本ブログは、当初の計画通り25回で予定していた内容を全て完了することができました。4月の正式オープンを前にいくつか記事をストックしていたのですが、通常業務を行いつつ、となるとすぐにストックもつきました。週一での定期更新は初めての試みではなかったのですが、文章のクオリティとボリュームを保ち続けることに慣れるまではしばらく時間を必要としました。とはいえ、後半はペースをつかみ、水曜で構成、木、金、月曜でドラフト、火曜に仕上げというサイクルが確立しました。

このブログを通じて、いくつか取材をいただきましたし、研究として発展しそうな案件もいただくことができました。今後は、上記に述べたような方針で研究を継続していくつもりですが、書籍化(!)という当初の目的を果たすために、本ブログの内容のメンテナンスを行っていきたいと思います。書籍の対象は、紙媒体が(個人的には)最も理想的なのですが、電子書籍の流通面におけるメリットを考慮して前向きに検討していきたいと思っています。

最後まで読んでくださった方、twitter等でコメントをくださった方、どうもありがとうございました。また、Appendixなど更新するかもしれませんが、ひとまずお礼を述べさせていただきたいと思います。

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構造構成主義的質的研究法(SCQRM)

前回は、既存のデザイン手法をBOPというフィールドに適用する場合の限界について述べ、その限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、「現象学」と「構造主義科学論」の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論である、構造構成主義の全体像について説明しました。構造構成主義的アプローチを導入することで、BOPというフィールドの持つ”特殊性”を構造的に理解し、提供者(デザイナ)と被提供者(ユーザとしての現地人)の信念対立を解消することが可能となります。しかしながら、このような構造構成主義それ自体は概念であり、思想であるため、デザイン手法として直接応用することは困難です。

今回は、構造構成主義を背景として持つ研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている、”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を紹介いたします。SCQRMは構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理とし、メタ方法論として、以下の11の関心相関的アプローチを備えています。

1. 関心の探索的明確化
2. 関心相関的継承
3. 関心相関的選択
4. 関心相関的サンプリング
5. 関心相関的調査(質問)項目設定
6. 関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法
7. 関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築
8. 関心相関的報告書(論文)構成法
9. 関心相関的プレゼンテーション
10. 関心相関的評価
11. 関心相関的アドバイス

このうち1-7までは”構造探索過程”、8-11を”研究報告過程”と区分できます。前回関心相関性については説明いたしましたが、改めて前回の説明箇所を引用しておきましょう。

関心相関性とは、「あらゆる存在や意味や価値はそれ自体独立自存することは原理的にありえず、我々の身体や欲望や関心といったものと相関的に立ち現れてくるとする原理」と定義されています(『構造構成主義とはなにか』, p.189)。これは、「存在や意味、価値などは、絶対なものではなく、当事者の身体状況や欲望、目的、関心の度合いなどと相関的に規定される」という側面を捉えた原理です。例えば、我々は道路の水たまりに普段気づきませんが、死ぬ直前まで喉が乾いていた場合、この水たまりは貴重な飲料水としての価値を帯び、そのような価値を持つ存在として立ち現れます。

以下では、このような関心相関性を中核原理とした11のアプローチそれぞれについて、西條剛央 氏の著作『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編(以下、basic』『質的研究とは何か – SCQRMアドバンス編(以下advance)』をもとに、詳細を説明いたします。

関心相関的アプローチ

1. 関心の探索的明確化

まず、戦略的に「立ち現れた全ての経験」である「現象」から出発します。そして、現象の中から「特定の事象」に注目します。特定の事象に注目するまでのプロセスにおいて、探索しながら関心を明確化することを”関心の探索的明確化”と呼びます(advance, p.182)。

例えば、『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編/アドバンス編』では、教育実習という現象から出発し、実習中に考えたことや感じたことを文章化する「内省レポート」という特定の事象に注目した上で、リサーチクエスチョンを構築しています(basic, p.57-60)。

2. 関心相関的継承

これまで自然科学はもちろん、社会科学においても、知見の積み上げという点では、「検証」という枠組みが用いられてきました。この背後には、「主体の外部に客観的心理が実在していて、仮説を繰り返し検証することで、その客観的実在に到達できる」という客観主義的認識論があると言ってよいでしょう。この検証という手続きは、特に自然科学の文脈で有効性を発揮してきましたが、客観主義を前提としており、認識論が異なる質的研究には適さない、という問題があります。質的研究が対象とする内的世界や意味世界といった側面は、本来的に多様な解釈が並列しうるものであり、客観的事実の存在を前提とする「検証」と異なる場合、すなわち、そのような存在を前提としない場合、有効に機能しません。

そこで質的研究において先行研究を引き継ぐことを担保する方法として「継承」という考え方が提案されています。これは、「研究対象とする現象に応じて、仮説をより細分化・精緻化していく従来の”検証的方向性”と、記述や解釈の多様性を拡大する”発展的方向性”の、双方を柔軟に追求可能な枠組み」[1]です。継承は、発展と精緻化の双方を包含する概念であり、「発展的機能」と「検証的機能」は、研究者の関心と相関的に決まります。この点において、”関心相関的継承”と呼ばれます(basic, p.50-51)。

[1] 西條剛央. “生死の教会と自然・天気・季節の語り – 仮説継承型ライフストーリー研究のモデル提示.” 質的心理学研究. 2002: 1, 55-69.

3. 関心相関的選択

SCQRMでは、理論も方法も研究を構成するツールとして捉えます。ツールは必ず、特定の状況で、何らかの目的のもとで使われます。関心相関的観点によれば、方法の価値は目的と相関的に決定されます。それが方法である以上、Aという状況において、Xという目的を達成するために資するものであるかどうかによってその価値は判断されることになります。そして、この観点からそれぞののツールの価値が判定されることになります。したがって、認識論、理論、技法、フィールド、対象枠組みといった研究を構成する全てのツールは、現実的制約を勘案しつつ、リサーチクエスチョンや研究目的に照らして選んでいけばよいことになります。これを選択原理として定式化された”関心相関的選択”と呼びます(basic, p.60-61)。

例えば、さきほどの教育実習における内省レポートについては、昨年までの内省レポートを分析するか、昨年までに実習を受けた人を対象にインタビューするか、それらを組み合わせるしか方法が存在しません。このような現実的制約を踏まえて、リサーチクエスチョン(関心)にあった方法を選ぶことになります。

4. 関心相関的サンプリング

研究者の関心に照らし合わせて(相関的に)対象者をサンプリングすることを”関心相関的サンプリング”と呼びます。これは関心相関的選択のバリエーションの1つです。関心相関的選択によれば、研究を構成する全てのツールや材料は、現実的制約を勘案しつつ、リサーチクエスチョンや研究目的に照らして選んでいくことになります。これを対象者の選択に関して言えば、関心相関的サンプリングという考え方になります(basic, p.102)。

例えば、実習体験者の本音を知りたいのにも関わらず、実習を受けたことがない学生を捕まえても仕方がありません。あるいは、「実習生は内省レポートについて、肯定的、否定的側面を含めてどのような体験をしているか」というリサーチクエスチョンの場合、時間的な制約を踏まえて、内省レポートに対して、「肯定的な人」と「否定的な人」あとは、「中間的にいそうな人」を過去のレポートなどを参照して典型的な人をサンプリングすることになります。

5. 関心相関的調査(質問)項目設定

現実的制約を勘案しながら、リサーチクエスチョンに照らして、質問項目を設定することを”関心相関的質問項目設定法”と呼びます。より一般的に言えば”関心相関的超項目設定法”と呼びます(basic, p.113)。

この場合の現実的制約とは、1時間インタビューするとしても、一問あたり20分と考えて、最終的には、3つ程度に大きくテーマを絞ることが望ましい、などの制約を指します。
また、リサーチクエスチョンが「実習生は内省レポートについてどのような体験をしているか」というものである場合、直接リサーチクエスチョンに関して聞いてしまってもよいですし、間接的にそれを浮かび上がらせるような質問項目があってもよいでしょう。

6. 関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法

あらゆる方法概念は、Aという現実的状況において、Xという目的を達成するための手段に過ぎません。したがって、研究法を修正する際は、研究実施上の制約と、研究目的を踏まえつつ、どこをなぜ修正したのかという「理由」を明示する、ということになります。これは、既存の研究法を妥当に修正して使用するための方法原理であり、”関心相関的研究法修正法”と呼びます(advance, p.60)。

例えば、内省レポートに関して、より多くの人に共通するモデルを作ることを目的とした場合、1名から得られた概念を利用したり、3名(肯定的、否定的、中立)しか扱わない立場は不適切ということになります。しかしながら、研究の目的が、内省レポートを巡る体験の肯定的側面のみならず、これまで看過されてきた否定的側面までを含む多様な側面を捉え、モデル化することにあった場合、内省レポートに対して肯定的な人、否定的な人、それらの中間の人を一人ずつ理論的サンプリングすることにより、内省レポートの肯定的側面から否定的側面までをバランスよく捉えることとした、と主張することができます。

7. 関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築

SCQRMでは、テクスト分析の手法として、データに基づいてボトムアップに理論を構成する研究手法であるM-GTA(Modified Grounded Theory Approach)を採用しています(M-GTAについては次回で詳細を説明いたします)。M-GTAでは、研究対象となる特定の事象についてのインタビューデータを用いて、研究者の関心と特定の方法を媒介にしてテクストが作成されます。次に、テクストをベースとして「分析ワークシート」を作成します。さらに、作成された分析ワークシートをベースとして、関心相関的に理論(構造)を構築することを関心相関的構造構築と呼びます(advance, p.184)。

8. 関心相関的報告書(論文)構成法

研究者の関心にもとづき探索的に構成されてきた構造(仮説・理論・モデル)を踏まえ、そこから逆算的に目的を再設定し、関心相関的選択を方法論的な視点として、説得的な報告書(論文・抄録)を構成することを”関心相関的報告書(論文)構成法”と呼びます(advance, p.74)。

例えば、「本研究は仮説生成を目的としたため、研究方法としてモデル構築に適したM-GTAを選択した」というように、研究目的に照らしてその選択理由を書きます。そうすることによって、読者はその選択が目的を達成するために適しているかを吟味することができるようになり、恣意的な選択をしているとは思われない、説得的な報告書を作成することができます。

9. 関心相関的プレゼンテーション

プレゼンテーションの場によって求められるものは変わってくるため、関心相関的観点から、聴衆の関心の所在がどこにあり、関心の強度はどの程度なのかを推察しつつプレゼンテーションを行うという原則を”関心相関的プレゼンテーション”と呼びます(advance, p.11)。

10. 関心相関的評価

質的研究を評価する際の視点として、第1に、相手の認識論的前提を見定める必要があります。第2に、関心相関的観点を働かせて自他の関心を対象化した上で、研究を評価する必要があり、これを”関心相関的評価”と呼びます。関心相関的観点によって、「私が知見Aに価値を見いだしているのは、自分のZという関心に沿っているからであって、逆にBという知見に全く価値が無いように思えるのはその関心に沿ってないからなのであろう」と思い至る可能性が開けます。これによて、特定の研究に対する印象評価には、自分の関心が強く影響していることを十分認識した上で、相手の関心を踏まえて、より妥当な研究評価をすることができます(advance, p.47)。

11. 関心相関的アドバイス

アドバイスをする場合、相手が何をしようとしているのか、その関心を踏まえることで、建設的なアドバイスをすることができます。この、相手の目的を踏まえた上で、その目的を達成するためにどうすればよいかを具体的かつ現実的に可能なアドバイスをすることを”関心相関的アドバイス”と呼びます(advance, p.47)。

関的存在論-言語論-構造論

SCQRMは、共通了解が成立する可能性、すなわち、共通了解可能性を理論的に担保します。まず、探求の方法概念として、「立ち現れ」である「現象」を置きます。そして、言語をはじめとする認識枠組みを媒介としながら、身体、欲望、関心相関的に現象は分節化されていきます。その現象の分節が「広義の構造」です。それに対して関心相関的に名が付けられて、「コトバ(概念)」が作られます。そのコトバを材料に、やはり関心相関的に何らかの方法的枠組み(研究法)をツールにして、コトバとコトバの関係形式である「狭義の構造(理論・モデル・仮説)」が作られます。このように、方法概念としての現象を出発点としつつも、広義の構造やコトバ、狭義の構造を通じて、構造の共通了解可能性を拓くことが可能となります。これは、存在論、言語論、構造論的に一貫性のある説明が可能となったということを意味します。これらの理路を総称して”関的存在論-言語論-構造論”と呼びます(advance, p.143-144)。

メタ研究法としてのSCQRM

最後にまとめとしてメタ研究法としてのSCQRMについて説明いたします。SCQRMは、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理とし、メタ方法論としての11の関心相関的アプローチを備えています。また、関心相関的存在論-言語論-構造論によって、構造構成的-構造主義科学論という科学論と、関心相関的構造構成法といった方法枠組みが基礎づけられています。このメタ研究法は、通常のの個別研究法と異なり、多種多様な個別研究法に妥当する枠組となります。例えば、質的研究と称されるものは、第12回で説明した調査法に加えて、これまで説明したGTAやM-GTAの他、KJ法[2]、エスノメソドロジー[3]、社会構築主義的アプローチ[4]、シンボリック相互作用論[5]、アクションリサーチ[6]、ライフコース分析[7]、フェミニストアプローチ[8]、解釈学的現象学[9]、自己観察法[10]、エピソード分析[11]、ディスコース分析[12]、フーコー派言説分析[13]、メモリーワーク[14]等、認識論から分析的枠組みまで多様な次元の枠組みが含まれています。これら全てのアプローチをこのメタ研究法において使用することができます(advance, p.47)。

[2] 川喜田二郎. 続・発想法, 中央公論新社, 1970.
[3] 前田泰樹, 水川喜文, 岡田光弘. エスノメソドロジー – 人々の実践から学ぶ, 新曜社, 2007.
[4] K.J.ガーゲン. 社会構築主義の理論と実践 – 関係性が現実を作る, ナカニシヤ出版, 2004
[5] ハーバート・ブルーマー. シンボリック相互作用論 – パースペクティヴと方法, 勁草書房, 1991.
[6] 佐野正之. はじめてのアクションリサーチ – 英語の授業を改善するために, 大修館書店, 2005.
[7] グレン H.エルダー, ジャネット Z. ジール. ライフコースの研究の方法, 明石書店, 2003.
[8] ホロウェイ, ウィーラー. “フェミニストアプローチと質的研究”, ナースのための質的研究入門―研究方法から論文作成まで, 医学書院, 2006: 137-150.
[9] Marlene Zichi Cohen, Richard H. Steeves, David L. Kahn. 解釈学的現象学による看護研究―インタビュー事例を用いた実践ガイド (看護における質的研究), 日本看護協会出版会, 2005.
[10] Noelie Rodriguez, Alan L. Ryave. 自己観察の技法―質的研究法としてのアプローチ. 誠信書房, 2006.
[11] 鯨岡峻. エピソード記述入門―実践と質的研究のために, 東京大学出版会, 2005.
[12] 鈴木聡志. 会話分析・ディスコース分析―ことばの織りなす世界を読み解く, 新曜社, 2007.
[13] Carla Willig. “フーコー派言説分析”, 心理学のための質的研究法入門―創造的な探求に向けて, 培風館, 2003: 146-169.

まとめ

今回は、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法である、構造構成的質的研究法(SCQRM)を紹介いたしました。SCQRMは関心相関性を中核とし、11の関心相関的アプローチを備えていました。SCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、M-GTA(Modified Grounded Theory Approach) を分析ツールのひとつとして採用しています。M-GTA は、研究者(観察者) の問いを明らかにした上で、インタビューや観察を行ない、その結果を書き起こしたテキストを分析し、データに立脚した仮説や理論を構築します。テキスト分析では、研究者は、研究者の注意を引くキーワードやキーセンテンスをコード化し、データ化します。そしてデータを構造化し、概念やカテゴリなどの関係を捉え、暫定的なモデルを構築します。

次回は、M-GTAを用いたデータ分析手法を紹介いたします。

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既存のデザイン手法の限界と構造構成主義

前回は、デザインプロセスにおいて用いられてきた既存のデザインメソッドの紹介の第3弾として、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なデザインメソッドであるデザインパタンを取り上げ、その起源、および、建築からソフトウェアエンジニアリング、HCIまでの変遷を追ってきました。特にHCIのデザインパタンについては、年代別に導入・発展・拡散の3つのフェーズに区分し、それぞれの特徴について説明をいたしました。また、現状のパタンの問題点として、決定論的パタンとしての限界、パタン同士を組み合わせて全体性を構築する際のデザイナ関与部分に関する問題について指摘いたしました。

今回は、既存のデザイン手法の限界、特にBOPというフィールドに既存のデザイン手法を適用する際の限界について、”構造”をキーワードとして論じたいと思います。その上で、打開策としての構造構成主義について説明をいたします。

既存のデザイン手法の限界

ここまで3回に渡って様々なデザインメソッドの紹介をしてきました。第1回は「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ためのメソッドとして、量的データではなく、質的データに注目し、質的調査法として、口頭データと視覚データの様々な採取方法について説明をいたしました。第2回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、質的データを用いたモデリング手法を紹介いたしました。第3回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なデザインメソッドとして、デザインパタンを取り上げました。これらは、問題を発見し、仮説を構築し、問題を解決するための手法と言えます。

現時点で分かっていることは、これらの手法は、先進国において流通するプロダクトをデザインするプロセスにおいてのみ有用性が確認された手法である、ということです。これらの手法は、BOPを対象とする場合においてもて有用と言えるのでしょうか?例えば、iPodは、グローバル市場にて流通させることを目的に設計され、今日世界の先進国にそのユーザが存在しています。iPodのような製品のデザインプロセスでは、先進国というグローバル市場において存在しうる、一般化された(音楽好きの)ユーザが、ペルソナとして設定されます。そして、似たような架空の背景と環境を持つペルソナの振る舞いが、シナリオを通じて記述されます。一方、BOPをフィールドとして設定する場合、類似した環境は稀であり、環境の”特殊性”を第一に考慮する必要があります。つまり、民族性、土着文化、宗教を背景として培われた人々の価値観や現場の状況に応じて、受け入れられるプロダクトがそのフィールドごとに異なります。したがって、現場ごとの”特殊性”を構造的に理解するためのデザインプロセスを新たに組み込むことによって初めて、BOPを対象とするソーシャルイノベーションを目的としたプロダクトデザインが可能となるのです。以下ではBOPの特殊性について2つの観点から掘り下げて考えてみましょう。

フィールドのごとの複雑性

第1の特殊性は、”フィールドのごとの複雑性”です。先進国向けのプロダクトの場合、具体的かつ詳細に渡るペルソナおよびシナリオを策定したしても、先進国に存在しそうな一般化されたユーザに結果として陥らざるを得えません。これは、至極当然で、どこの国にでもいそうな音楽好きのユーザに対するデザインが求められるためです。しかしながら、BOPをフィールドとして設定した場合、フィールドごとに言語、文化、宗教の違い、近代化の度合いの違い、さらには、伝統的な価値観と近代的な価値観から生まれる矛盾など、あるプロダクトが受け入れられるためにデザイナが考慮すべきパラメータが、画一化されたグローバル市場向けのプロダクトにおいて考慮すべきパラメータと比較した場合、飛躍的に増加します。このようなフィールドの複雑性を踏まえた上で、そのフィールドを構造的に理解するアプローチがソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法において求められます。

関心の対立構造

第2の特殊性は、”現地人の関心とデザイナの関心の対立”です。先進国向けのプロダクトの場合、デザイナの関心とユーザの関心の乖離を少なくさせることが、ペルソナやシナリオなどの手法を用いる副次的効果といえます。しかしながら、この構造は、先進国間同士の関係性にすぎず、原理的に互いの関心の極端な乖離は生じにくいと言えます。一方、BOPをフィールドとして設定した場合、先進国のデザイナと現地人のユーザという異なるバックグラウンドを持つ2者の関係が問題となり、デザイナは、現地人の関心を的確に把握し、両者の信念対立を回避することが求められます。これは、デザイナの意図のみを現地人に押し付けた場合、現地人の不幸を招くためです。一方で、現地人のニーズだけに注目し、彼らの水準に合わせたプロダクトを作るだけでは、デザイナのモチベーションの低下につながります。このような両者の対立を踏まえた上で、デザイナと現地人が互いに満足することのできるプロダクトを構築可能であることに加え、持続的な関係性を構築可能なアプローチがソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法において求められます。

以上述べたように、BOPをフィールドとして設定した場合、フィールドの特殊性というマクロな要素を構造的に理解することに加えて、そのフィールドに存在する人々、具体的にはデザイナとユーザとしての現地人の関心というミクロな要素をいかに同定するか、という課題が存在します。先進国を対象として構築された様々なデザインメソッド用いたアプローチは、これらの要素を考慮していないため、BOPというフォールドへの適用において限界が生じます。BOPを対象としたソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法を構築するという目的に対して、これらの課題を解決するために採用する理論こそ、西條剛央 氏によって体系化された超メタ理論としての”構造構成主義”です。以下では西條の著書『構造構成主義とは何か』に準拠しつつその説明を試みたいと思います。

構造構成主義

構造構成主義は、「現象学」と「構造主義科学論」の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論です。以下に構造構成主義のモデル図を示します。

構造構成主義において「構造構成」というとき2つの構造構成が存在します。1つは「哲学的構造構成」、もう1つは、「科学的構造構成」です。哲学的構造構成は、「所与の確信を”構成された構造”として捉えることにより、その確信がどのように構成されてきたものなのかを問うタイプの反省的試み」を指します。言い換えれば、「”確かにそうである”という信憑構造がどのように構成されたものなのか、その確信成立の条件を解き明かしていく哲学的営み」ということができます(p.191)。一方、科学的構造構成は、「広義の科学性を担保しつつ、現象を構造化するという意味での構造構成を行う領域」を指します(p.195)。これら2つの構造構成について具体的に説明する前に、両者に通底する2つの概念である「現象学的概念」と「構造主義科学論」について説明をいたしましょう。

現象学的概念

現象学的概念の中で、「関心相関性」と「信憑性」は、哲学的構造構成と科学的構造構成に通底する概念となります。

まず、関心相関性とは、「あらゆる存在や意味や価値はそれ自体独立自存することは原理的にありえず、我々の身体や欲望や関心といったものと相関的に立ち現れてくるとする原理」と定義されています(p.189)。これは、「存在や意味、価値などは、絶対なものではなく、当事者の身体状況や欲望、目的、関心の度合いなどと相関的に規定される」という側面を捉えた原理です。例えば、我々は道路の水たまりに普段気づきませんが、死ぬ直前まで喉が乾いていた場合、この水たまりは貴重な飲料水としての価値を帯び、そのような価値を持つ存在として立ち現れます。

このような関心相関性は次の7つ機能を持っています。以下ではそれぞれについての説明を印象しましょう(p.54-62)。

1. 自他の関心を対象化する機能
2. 研究をより妥当に評価する機能
3. 信念対立解消機能
4. 目的の相互了解・関心の相互構成機能
5. 世界観の相互承認機能
6. 方法の自己目的化回避機能
7. バカの壁解消機能

1. 自他の関心を対象化する機能

通常、価値の主観的な価値は隠蔽されています。何かを食べておいしいと感じたときには、自分が感じたおいしさに主観的な好みが関わっていること(身体-欲望-関心と相関的であること)は忘れ去られています。しかしながら、ここで判断停止(判断保留/エポケー)をすると、その時はお腹が空いており(身体)、食欲が旺盛で(欲望)、食べ物に強い関心のある時であったからとてもおいしく感じたのかもしれないし、逆にお腹が一杯であれば、おいしいという価値がそのひとに立ち現れにくいことは容易に想像できます。関心相関的観点によって、関心相関的に立ち現れている価値の側面を対象化することができ、より妥当な価値判断をすることが可能になります。

2. 研究をより妥当に評価する機能

関心相関性によって、自らが感じる価値は「対象に実在するもの」ではなく、「欲望や関心に応じて、時々刻々たち現れること」として受け取ることが可能となり、それによって異なる関心や領域の仕事に対してより妥当な評価をすることが可能になります。

3. 信念対立解消機能

関心相関的観点によれば、それぞれの確信(信念)がどのように構成されていくのかを可視化し、信念対立を回避することが可能となります。

4. 目的の相互了解・関心の相互構成機能

各人が関心相関的観点を持つことにより、相互の関心を可視化した上で、議論全体の目的を明確なかたちで共有し、常にそれを基準として妥当な方法などを選択しつつ、推し進めていくことができます。
また、相互の関心を可視化できるということは、例えば「人間のため」といったメタレベルの目的を共有した上で、その目的に照らし合わせて関心それ自体の妥当性を検討し、摺りあわせてゆくことも可能になります。そうして、相互構成された関心を他者と共有することにより、新たな目的を共有した学問領域や特定課題プロジェクトを進めることもできるでしょう。

5. 世界観の相互承認機能

関心相関性は、「共通了解の動的関係規定性」を前提としており、世界がある時は多様な、ある時は一様な姿を現すという矛盾を含み、動的に変容する有様を言い当てる原理であり、関心相関性的観点によって、多様な世界観を相互承認することが可能となります。

6. 方法の自己目的化回避機能

方法は、文字通り目的を実現するための方法(手段)であるため、その妥当性は目的と相関的に判断されねばなりません。単独で全ての目的を達成し、問題を解決できる「絶対的な方法」などというものは原理的にありえないということを改めて認識可能となるのが関心相関性なのです。

7. バカの壁解消機能

養老[1]によればバカの壁とは、「自分の知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている」状態を指します。バカの壁は問題の解決方法ではなく、全体や常識のズレを知覚することなく自分の実感を盲信するという問題を定式化(概念化)したものといえます。
関心相関性は、問題を認識するツールとなると同時に、問題の解決法となります。関心相関性とは、自らの「常識や当たり前のことに対するスタンス」を可視化するための原理であることから、関心相関性を認識装置として身につけることは、自らが暗黙裡に依拠している常識や前提を自覚するための有効な視点となりえます。

[1] 養老孟司. バカの壁, 新潮社, 2003.

次に、「信憑性」は、「確かにそうである」という確信を指します。哲学的営為としては、確信成立条件の解明が中心となり、確信がどのように取り憑くのか、その「信憑性」の構成過程を思考実験的に明らかにします。また、科学的営為においては、より上手に現象をコードすべく、「確かにそうである」という「信憑性」を喚起する構造を追求する立場を取ることとなります(p.190)。

構造主義科学論

池田[2]により体系化された構造主義科学論は、「現象学的思考法」と「構造」を基軸とすることにより、科学論における主格の難問を解決した科学論であり、人間科学の科学的基盤となるものです。現象学的概念と同様に、構造主義科学論において哲学的構造構成と科学的構造構成に通底する概念である、「構造」と「恣意性」についての説明を引用いたしましょう(p.190-1)。

[2] 池田清彦. 構造主義科学論の冒険. 毎日新聞社, 1990.

まず、構造構成主義における「構造」とは、狭義には、つまり、科学的営為に用いる場合には、『構造主義科学論』にならい、「”同一性と同一性の関係性とそれらの総体”といえる存在論的な概念」ということになります。また、広義の意味では、ロムバッハ[3]にならい、「関心相関的にたち現れる根源的な何か」といったものになります。
また、構造は、実在としての構造や客観世界の反映としての構造(システム)ではありません。言い換えれば存在物としての構造ではなく、存在論的な意味における構造といえます。つまり、構造構成主義における構造とは、我々と無関係に存在する自然物ではなく、いかなる構造も人間が構成したものであり、その意味において、人間の恣意性が混入せざるを得ないということになります。

次に「恣意性」について説明する前に、言葉の恣意性について説明をいたします。言葉は実在の反映である存在的な写像と思われますが、そうではありません。言葉は原理的には恣意的(社会的)なコトです。これを言葉の恣意性と言います。言葉が恣意的であるならば「言葉(同一性)と言葉(同一性)の関係形式である構造も恣意的ということになります。その意味では恣意性は科学的構造構成の基礎となるものと言えるでしょう。「恣意性」とは、言葉や構造が人間によって構成された物である以上、原理的には、恣意的(社会的)な側面を含まざるを得ないことを明示化する概念であり、それゆえに構造構成主義の根底をなす考え方の1つとなります。

[3] Rombach,H. 存在論の根本問題: 構造存在論. 晃洋書房, 1971.

哲学的構造構成

先に、哲学的構造構成とは、「所与の確信を”構成された構造”として捉えることにより、その確信がどのように構成されてきたものなのかを問うタイプの反省的試み」と説明いたしました。この哲学的構造構成という営為領域には、判断中止、現象学的還元、科学論的還元、記号論的還元などの思考法が含まれます。判断中止、現象学的還元については、フッサール現象学[4]-竹田青嗣現象学[5]の系譜に由来します。また、科学論的還元と記号論的還元はソシュール[6]と丸山圭三郎[7]の「記号学」の議論に由来します。以下ではそれぞれについて、説明していきましょう。

[4] Husserl, E. ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学. 中央公論新社, 1954.
[5] 竹田青嗣. 現象学は思考の原理である. 筑摩書房, 2004.
[6] Saussure, Fe. 一般言語学第三回講義: コンスタンタンによる講義記録. エディット・パルク, 1910-1911.
[7] 丸山圭三郎. ソシュールを読む. 岩波書店, 1981.

判断中止:
判断中止とは、確信に対して、戦略的にストップを掛け、いったん括弧に入れる思考法です。これはそれが意識されるか否かは別として、次の「現象学的還元」を行うための前段階の思考法です。

現象学的還元:
現象学的還元とは、哲学的構造構成の中心概念であり、「確信の成立条件を問う」という思考法です。例えば自然的態度では「リンゴがあるからリンゴが見える」とまっすぐに考えますが、そうではなく、「この現象(リンゴ)が我々にとってどのように成立してくるのか」といった確信成立の条件と構造を問うのが還元という方法の内実です。

記号論的還元:
記号論的還元とは、「記号」が実在を指し示すものであるという確信がどのように構成されるものであるか、その成立条件を明らかにすることにより、記号(コトバ)が原理的に(本来的に)「恣意的(社会的)であること」を明示的にするものです。

科学論的還元:
科学論的還元は、記号論的還元の科学論バージョンです。つまり、「科学」というコトバ(記号)がどのような過程を経て絶対的なモノとして実体化するのか、その過程を明らかにすることにより、「科学」というコトバを相対化する思考法です。

科学的構造構成

科学的構造構成についても同様に、「広義の科学性を担保しつつ、現象を構造化するという意味での構造構成を行う領域」と説明いたしました。ここでは、科学的構造構成という営為領域に含まれる、関心相関的選択、構造化に至る軌跡、関心相関的継承、アナロジー法といったツールについて説明していきましょう(p149-168)。

関心相関的選択:
構造構成主義では、関心相関性を基軸とすることにより、従来事象を認識する根底に位置づけられていた認識論を研究(者)の関心・目的に応じて柔軟に選択することが可能となり、これを関心相関的選択と呼びます。
例えば、「人間的事象の意味的側面を捉えるために、戦略的に社会的構築主義を採用し、人間的事象の確実な側面を捉えるために、戦略的に客観主義的なメタ理論的枠組みを採用する」といったように、各認識論は研究目的や現象に応じて選択可能となります。

構造化に至る軌跡:
構造構成主義では、「条件統制」ではなく、「条件開示」を基礎に据えます。条件開示さえされていれば、現場で提起された構造も、特定の条件下で得られた構造であることを踏まえた上で、読み手がその構造の有効性やその射程を判断することが可能となります。この条件開示のことを構造構成主義では、「構造化に至る軌跡」と呼びます。つまり「構造化に影響すると考えられる諸条件」を開示します。

関心相関的継承:
研究対象とする現象に応じて、仮説をより細分化・精緻化していく従来の「検証的方向性」と、記述や解釈の多様性を拡大する「発展的方向性」の、双方を柔軟に追求可能な枠組を、「継承」と呼びます。この枠組は、研究対象や目的と相関的に「確認的継承」と「発展的継承」を選択可能な枠組みであることから、関心相関性を基軸とすることを強調する場合には、「関心相関的継承」を呼びます。

アナロジー法:
「類似性の制約」と「構造の制約」と「関心相関性」を組み合わせることによって、存在的には一見異質に見える現象(テーマ、対象)を扱う研究間で仮説を継承可能にする枠組みです。
ホリオークとサガード[8]は、アナロジー的思考に作用する3つの基本的な制約を挙げています。第1の「類似性の制約」とは、アナロジーはある程度までは含まれている要素の”直接的な類似性”に導かれて生じるという原則です。第2の「構造の制約」とは、アナロジーはベース領域(なじみ深い領域)とターゲット領域(新たに理解しようとする領域)の役割の間に、一貫した”構造上の相似関係”を見出すように働きかける圧力によって導かれる、というものです。第3にアナロジーの探索は、アナロジー利用の”目的”によって導かれるというものです。
このアナロジーの原則を新たな一般化の枠組みとの理論化に組み込み、定式化すると”類似性、構造、目的の3つのアナロジー原則を活用した一般化”と言えます。例えば、「Aとαは存在的には異なる事象だが、Xという関心に基づけば、~といったように、「類似性の制約」と「構造の制約」を満たすことができることから、それらを存在論的に同じものとしてみなすことができる」といういった趣旨を論文の「問題・目的」部に記載することにより、異なるテーマや対象の研究からも継承が可能となります。

[8] Hoyyaok, K.J., & Thangard, P. アナロジーの力: 認知科学の新しい探求. 新曜社, 1998.

2重の構造構成の意味

以上述べてきたように、構造構成主義は、哲学的構造構成と科学的構造構成という2種類の構造構成によって構成されています。この2重の構造構成の持つ意味について西條は、次のようにまとめています。

科学的構造構成だけでは、異領域間の信念対立や相互不干渉に陥り、人間科学のるつぼとしての特徴を活かしたコラボレーションを実践することはできない。他方、哲学的構造構成だけでは、現象を構造化することができず、人間科学の科学的営みを基礎づけることができない(p.197)。

構造構成主義は、哲学と科学という2つの営為領域を整備することにより、哲学的構造構成によって、異領域間の信念対立を解消し、科学的構造構成により、科学的生産力を上昇させることが可能になっている(p.199)。

まとめ

今回は、既存のデザイン手法をBOPというフィールドに適用する場合の限界について述べ、その限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、構造構成主義の全体像について説明をしてきました。構造構成主義的アプローチを導入することで、BOPというフィールドの持つ”特殊性”を構造的に理解し、提供者(デザイナ)と被提供者(ユーザとしての現地人)の信念対立を解消することが可能となります。しかしながら、このような構造構成主義それ自体は概念であり、思想であるため、デザイン手法として直接応用することは困難です。そこで、構造構成主義を背景として持つ、研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を修正し、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法に導入したいと思います。

次回は、構造構成主義的質的研究法(SCQRM)について詳細を説明をいたします。

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