モデル構築手法としてのM-GTA

前回は、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法である、構造構成的質的研究法(SCQRM)を紹介いたしました。SCQRMは、関心相関性を中核とし、11の関心相関的アプローチ[1]を備えていました。また、SCQRMでは、関心相関的存在論-言語論-構造論によって、構造構成的-構造主義科学論という科学論と、関心相関的構造構成法といった方法枠組みが基礎づけられています。このようなSCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、M-GTA(Modified Grounded Theory Approach/修正版グラウンデッドセオリーアプローチ) を分析ツールのひとつとして採用しています。

[1]関心の探索的明確化、関心相関的継承、関心相関的選択、関心相関的サンプリング、関心相関的調査(質問)項目設定、関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法、関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築、関心相関的報告書(論文)構成法、関心相関的プレゼンテーション、関心相関的評価、関心相関的アドバイス)

今回は、M-GTAを用いたデータ分析手法ついて紹介いたします。M-GTAは、第13回で説明したように、グレイザーとシュトラウスによって提唱されたGTA(Grounded Theory Approach/グラウンデッドセオリーアプローチ) を木下が修正を施した分析手法です。まず、研究者(観察者) の問いを明らかにした上で、インタビューや観察を行ない、その結果を書き起こしたテキストを分析し、最終的にデータに立脚した(データにグラウンデッドな)仮説や理論を構築します。テキスト分析のプロセスでは、研究者は、研究者の注意を引くキーワードやキーセンテンスをコード化し、データ化します。そしてデータを構造化し、概念やカテゴリなどの関係を捉え、暫定的なモデルを構築します。

以下では、グレイザーとシュトラウスによって提唱されたGTAの手法とその限界について再度説明したのち、M-GTAを用いた分析プロセスについて、引き続き『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編(以下、basic』『質的研究とは何か – SCQRMアドバンス編(以下advance)』をもとに、具体例を示しながら説明をいたします。

グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)

GTAは、フィールドに密着して得られたフィールドデータをつきあわせながら、帰納的に(個々の具体的事例から一般原理・法則を導きだす考え方で)まとめていき、現場の問題を解決するための有効な理論の発見を行う方法論です。実際のGTAの一般的なプロセスは、以下の5つのプロセスで構成されます。

1. インタビューや観察からフィールドノートを作る.

2. 主観を排除し,可能な限り客観的にデータを切片化する.

3. 切片化されたデータを付きあわせて,共通した意味のものをまとめ,簡潔なラベルをつける.また,似たラベル同士をまとめ,上位概念となるカテゴリを作り名前をつける(Open Coding / オープン・コーディング).

4. コードやカテゴリ同士の関連性を帰納的,演繹的に明らかにする(Axial Coding / 軸性コーディング).

5. 主となるカテゴリを選択し,他の複数のカテゴリとの関連性を明らかにする(Selective Coding / 選択的コーディング).この時,何が起きたかについて1つのストーリーラインを構築する.

このようなオリジナル版GTAの手法について、木下は「実際のデータ収集と分析、特にコーディング方法に関して明確に示されていない」という限界を指摘し、M-GTAを提案しました。木下はGTAに対する課題点の克服として以下の3つを挙げています。

1. コーディング方法の明確化.
実際に活用しやすく,かつ,分析プロセスが他の人にも理解しやすいという両方の条件を満たすものを提案する.

2. 意味の深い解釈.
データが有している文脈性を破壊せずに逆に重視し,切片化してラベル化から始めるのではなく,意味の深い解釈を試みる..

3. 60年代の限界と近年の質的研究動向に対する独自の認識論.
研究をデータ収集段階,データ分析段階,分析結果の応用段階の3段階に分け,それぞれの段階において,研究する人間を他者との社会関係に位置づけている.これは,社会的活動としての研究の視点を強調するものである.

修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)

GTAと同様にM-GTAも、テクストに基づいてデータにグラウンデッドに概念生成を行うという基本的な考え方を継承しています。

M-GTAの分析プロセス

具体的な分析プロセスは、まず、文字おこしを行い、データ化したテクストの中から、キーワードを見つけ、キーセンテスを引いていき、これらに名前を付けます。これを”概念化”と呼びます。概念は、M-TGAにおいて一番基礎となる単位です。例えば、内省レポートに関するグループディスカッションから、「自己理解の促進」「考えるきっかけ」「他者理解の促進」「内省ポイントの増加」といった概念が抽出されます。次に、概念のまとまりごとに対して、見出しをつけてテクストを構造化していきます。これを”カテゴリ化”と呼びます。例えば、先ほど挙げた4つの概念の上位項目として、「内省レポートの効用」といったカテゴリが抽出されます。さらに、抽出された概念やカテゴリの関係を捉えて暫定的な全体像やモデルを素描します。これを”理論化”と呼びます。

このようなM-GTAは、西條によれば、「”動的な構造化”を目指す分析手法である」と言えます。動的な構造化とは、図で言うところの矢印を書くというプロセスを指します。すなわち、特徴を列挙するといったことではなく、現象ごとの影響関係、行動推移のパターン、システムの変化など、何らかのプロセスを捉えて構造化していくことを意味しています。

図1. 内省レポートに関する暫定モデル (ver.1.0)

『SCQRMベーシック編』では、インタビューを実施する前に、学生同士でディスカッションを行った結果に基づいて、内省レポートに関する暫定モデル(ver1.0)を構築しています。そして、関心相関的サンプリングにもとづき、内省レポートに対して、「肯定的な人」「否定的な人」「中間にいそうな人」をインタビュイーとして設定すべく、過去のレポートなどを参照して話し合い、典型的な人を選択しています。インタビュイーが決定したのち、関心相関的質問項目設定法に基づき、質問項目を設定しています。ここでは、「実習生は内省レポートについてどのような体験をしているか」というリサーチクエスチョンに照らし合わせて、質問項目を考えています。以下に質問項目を引用したします(basic, p.117)。

内省レポートに関する質問項目案

1. 当時の内省レポート体験に関する質問(当時の体験を語ってもらう)
・内省レポートはどのような体験だったか。
・内省レポートを実際どのように書いていたか。
・それについてどのように感じていたか。
・それは最初と中期と最後に至るまで変化があったか。
・内省レポートに関して、特に印象部会ところを挙げるとしたら何か。

2. 今から振り返ったときの内省レポートの意味を明らかにする質問。
・今となって内省レポートはどのような意味をもつか。
・もし修士1年に戻って内省レポートをやるとしたらまたやりたいか。
・今になって思う内省レポートの長所や問題点はあるか。
・教員になったら内省レポートはどのようなかたちで実施したいと思うか。
・内省レポートに改善すべき点はあるとおもうか。

分析ワークシートの作成法

理論化までのプロセスはすでに説明いたしましたが、実際にM-GTAを用いて分析を行う場合、手続きとして”分析ワークシート”を作成します。M-GTAでは、テキスト(ローデータ)から概念やカテゴリを生成するまでの分析プロセスに、分析ワークシートを導入することによって、データに基づいて概念生成をしてきたということを担保しようと試みます。この分析ワークシートを作成する点が、他のGTAと比較して、M-GTA特有の手続きと言えます。

表1. 分析ワークシート

概念名
定義
ヴァリエーション(具体例)
理論的メモ

まず、概念名には、例えば「自己理解の促進」「見えない縛り」などといった概念を入れます。次に定義を行うわけですが、定義付けは後に回し、先にヴァリエーション、つまりその概念に当てはまりそうな具体例を入れていきます。該当しそうなヴァリエーションをテクストから分析ワークシートにコピーするなどして入力していきましょう。最後に理論的メモとは、他の概念との関係性や、気がついたこと、留意点、迷いなどをに関するメモを記載します。具体例を『SCQRMベーシック編』より引用いたしましょう(basic, p.165)。

表2. 分析ワークシート 中田さん 「見えない縛り」

概念名 見えない縛り
定義 他者が自己の内省レポートを閲覧できることにより、書く内容が限定されること。
ヴァリエーション(具体例) ・「なんか自分の中の深い葛藤まで書けなかったり」
・「(それは人が見るかもしれないから?)うーん、やっぱりでも、大きいのは、やっぱり他人が見るっていうのは大きいと思う。まぁ自由に書いていたと思うんですけど、そういうのがなかったと言えば嘘になるみたいな」
・「でも書かない時もありますよね。書こうかなと思ったけど、や、いいや書かないで、書かないほうがいいかなと思って。」
・「なんかあと私が書いているのって実はすごいつまらないことなんじゃんとか」
・「えー、と。内省レポートだか、なんかそんな”緊張する”とか書いても意味ないんじゃないかなーとか思ったり…」
・「他の人が読むのに、”あー、緊張する!”とか書いてもしょうがないじゃないですか…」
・「(緊張する!とか書けないのは、かっこ悪いから?)かっこ悪いというか、やっぱ建設的じゃないな、っていう感じがしているので…」
・「なんか、ブログはもっとこう、家のものみたいな…お家でやるものみたいな感じで、やっぱり、内省レポートは学校のものって感じが…する」
理論的メモ ・他人に見られることによる心理的制約のこと。少なくとも建設的なことを書かなきゃいけないという縛りと深い葛藤を書けない縛りの2種類がありそうなので、概念からカテゴリーになると思われる。

分析ワークシートを作成した後は、リサーチクエスチョンを常に意識して、理論を実際に構築していきます。『SCQRMベーシック編』では、関心相関的サンプリングに基づき、内省レポートに対して、「肯定的な人」「否定的な人」「中間にいそうな人」を選出し、インタビューを行っています。理論化のプロセスでは、これらのインタビュイーごとに個々のモデル(ver2.0)を構築しています(basic, p.192)。そして、内省レポートシステムの中核である「書くこと」と「読むこと」という2つの特性を中心に3つの個別モデルを統合し(ver3.0)(basic, p.203)、さらにこのモデルに、3つの個別モデルから色々な概念を追加し、モデル(ver4.0, 4.5)を洗練させていきます(basic, p.209)。最終的には、再度分析ワークシートの各概念を精査して、概念をしぼりこみ、最終的な改訂(ver.5.1)を行っています(basic, p.210)。

図2. 実習生の内省レポート体験の改訂モデル(ver.3.0)

図3. 実習生の内省レポート体験の改訂モデル(ver.5.1)

M-GTAの理論的意義と限界

最後に、M-GTAの理論的意義と限界について触れておきましょう(advance, p.118)。M-GTAは、データをいわば不確実性の中で作られるものとして捉えたことに加えて、分析の中心に、「研究する人間」を置いています。これは、研究する側に「主体性」を取り戻すための試みです。しかしながら、「研究対象の現実」というものを無条件に前提としており、「現実とは何か」ということを問い直してはいません。つまり、「研究対象となる複雑な現象とは何か」、といったことを含めて”存在論的考察”がなされていません。また、”言語的洞察”が欠けているという問題もあります。具体的には、「データは言葉である」として、数量的研究と質的研究が本質的に同じであると示す一方で、データが言葉である以上、「データとは何か」と問い直すためには、「言葉とは何か」、さらには、「現実と言葉の関係」を論じる必要が生じます。

構造構成主義は、以上のようなM-GTAの持つ限界を理論的に補う超メタ理論として機能します。まず、構造構成主義は、「あらゆる認識論的立場の起点となる共通地平を設定する」という目的を達成するための方法概念として”現象”を置いています。次に、構造構成主義では、「存在」を、特定の身体構造、欲望、関心に応じて立ち現れる、「広義の構造」と位置づけています。そして、関心相関的に分節された「現象の分節」を、広義の構造と呼びます。これらから、「存在」は、「身体 – 欲望 – 関心相関的に分節された現象」(広義の構造)ということになります(関心相関的存在論)。また、構造構成主義は、ソシュールの一般言語学に基づき、コトバにおける恣意性に注目します。すなわち、コトバは、現象の分節に対して恣意的に付与された特定の「名」(シニフィアン)であり、「広義の構造」と同義であることを意味します(関心相関的言語論)。さらに、この言語論に基づき、構造構成主義では、理論(構造)は、関心相関的に構築されたもので、それがコトバでできている以上、恣意性は排除できないとの立場に依拠しています(関心相関的言語論)。

関心相関的構造構成法

前回の記事では、11の関心相関的アプローチ、および、関的存在論-言語論-構造論を中心にSCQRMを説明いたしました。しかしながら、現象から理論構築までのプロセスを担う”関心相関的構造構成法”は説明を意図的に省略していました。これは、M-GTAの説明をして初めてその全体像の理解が容易になると考えたためです。以下では、全体のプロセスについて図を用いながら説明をしていきましょう(advance, 181-185)。

1. 関心の探索的明確化
戦略的に「立ち現れた全ての経験」である「現象」から出発します。そして、まず現象の中から「特定の事象」に着目します。実際には、多かれ少なかれ探索しながら関心を明確化します。これを”関心の探索的明確化”と呼びます。

2. 関心相関的データ構築
M-GTAを用いてデータに基づいてボトムアップに理論を構築するためのデータを、特定の方法を媒介にして、身体-欲望-関心相関的に構成することを”関心相関的(録音)データ構築法”と呼びます。SCQRMでは、純粋に客観的なデータは存在せず、客観的な理論はありえないと考えます。例えば、録音してきたデータは、Aさんがインタビューした場合とBさんがインタビューした場合では、異なるものになるため、この時点で客観性は失われています。

3. 関心相関的テクスト構築
研究者の関心と特定の方法を媒介にしてテクストが作成されることを”関心相関的テクスト構築”と呼びます。テクストについても、構築されたデータを研究者の関心に照らして文字おこししたものであるため、客観的なものではありえません。

4. 関心相関的ワークシート作成
M-GTAでは、次の段階で分析ワークシートを作成します。このプロセスにて、研究者の関心と特定の方法、ここでは、M-GTAの分析ワークシート作成法を媒介として分析ワークシートを作成することを”関心相関的ワークシート作成”と呼びます。

5. 関心相関的理論構築
最後に、構築された分析ワークシートをベースとして、関心相関的に理論(構造)を構築することを”関心相関構造構築/関心相関的仮説生成/関心相関的モデル構築”と呼びます。

まとめ

今回は、モデル構築がその研究の目的である場合において、SCQRMに採用されている分析ツールとしてのM-GTAについて、前身となるGTAについて説明したのち、具体例を示しながらその分析プロセスを紹介をいたしました。具体的には、文字おこしを行い、データ化したテクストの中から、キーワードを見つけ、キーセンテスを引いていき、これらに名前を付け(概念化)、次に、概念のまとまりごとに対して、見出しをつけてテクストを構造化し(カテゴリ化)、さらに、抽出された概念やカテゴリの関係を捉えて暫定的な全体像やモデルを素描する(理論化)というプロセスでした。また、実際にM-GTAを用いて分析を行う場合、手続きとして作成する分析ワークシートの説明を行いました。最後に、M-GTAを実践例として組み込んだ関心相関的構造構成法について説明をいたしました。

次回は、いよいよソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の理論について説明をいたします。

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構造構成主義的質的研究法(SCQRM)

前回は、既存のデザイン手法をBOPというフィールドに適用する場合の限界について述べ、その限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、「現象学」と「構造主義科学論」の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論である、構造構成主義の全体像について説明しました。構造構成主義的アプローチを導入することで、BOPというフィールドの持つ”特殊性”を構造的に理解し、提供者(デザイナ)と被提供者(ユーザとしての現地人)の信念対立を解消することが可能となります。しかしながら、このような構造構成主義それ自体は概念であり、思想であるため、デザイン手法として直接応用することは困難です。

今回は、構造構成主義を背景として持つ研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている、”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を紹介いたします。SCQRMは構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理とし、メタ方法論として、以下の11の関心相関的アプローチを備えています。

1. 関心の探索的明確化
2. 関心相関的継承
3. 関心相関的選択
4. 関心相関的サンプリング
5. 関心相関的調査(質問)項目設定
6. 関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法
7. 関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築
8. 関心相関的報告書(論文)構成法
9. 関心相関的プレゼンテーション
10. 関心相関的評価
11. 関心相関的アドバイス

このうち1-7までは”構造探索過程”、8-11を”研究報告過程”と区分できます。前回関心相関性については説明いたしましたが、改めて前回の説明箇所を引用しておきましょう。

関心相関性とは、「あらゆる存在や意味や価値はそれ自体独立自存することは原理的にありえず、我々の身体や欲望や関心といったものと相関的に立ち現れてくるとする原理」と定義されています(『構造構成主義とはなにか』, p.189)。これは、「存在や意味、価値などは、絶対なものではなく、当事者の身体状況や欲望、目的、関心の度合いなどと相関的に規定される」という側面を捉えた原理です。例えば、我々は道路の水たまりに普段気づきませんが、死ぬ直前まで喉が乾いていた場合、この水たまりは貴重な飲料水としての価値を帯び、そのような価値を持つ存在として立ち現れます。

以下では、このような関心相関性を中核原理とした11のアプローチそれぞれについて、西條剛央 氏の著作『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編(以下、basic』『質的研究とは何か – SCQRMアドバンス編(以下advance)』をもとに、詳細を説明いたします。

関心相関的アプローチ

1. 関心の探索的明確化

まず、戦略的に「立ち現れた全ての経験」である「現象」から出発します。そして、現象の中から「特定の事象」に注目します。特定の事象に注目するまでのプロセスにおいて、探索しながら関心を明確化することを”関心の探索的明確化”と呼びます(advance, p.182)。

例えば、『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編/アドバンス編』では、教育実習という現象から出発し、実習中に考えたことや感じたことを文章化する「内省レポート」という特定の事象に注目した上で、リサーチクエスチョンを構築しています(basic, p.57-60)。

2. 関心相関的継承

これまで自然科学はもちろん、社会科学においても、知見の積み上げという点では、「検証」という枠組みが用いられてきました。この背後には、「主体の外部に客観的心理が実在していて、仮説を繰り返し検証することで、その客観的実在に到達できる」という客観主義的認識論があると言ってよいでしょう。この検証という手続きは、特に自然科学の文脈で有効性を発揮してきましたが、客観主義を前提としており、認識論が異なる質的研究には適さない、という問題があります。質的研究が対象とする内的世界や意味世界といった側面は、本来的に多様な解釈が並列しうるものであり、客観的事実の存在を前提とする「検証」と異なる場合、すなわち、そのような存在を前提としない場合、有効に機能しません。

そこで質的研究において先行研究を引き継ぐことを担保する方法として「継承」という考え方が提案されています。これは、「研究対象とする現象に応じて、仮説をより細分化・精緻化していく従来の”検証的方向性”と、記述や解釈の多様性を拡大する”発展的方向性”の、双方を柔軟に追求可能な枠組み」[1]です。継承は、発展と精緻化の双方を包含する概念であり、「発展的機能」と「検証的機能」は、研究者の関心と相関的に決まります。この点において、”関心相関的継承”と呼ばれます(basic, p.50-51)。

[1] 西條剛央. “生死の教会と自然・天気・季節の語り – 仮説継承型ライフストーリー研究のモデル提示.” 質的心理学研究. 2002: 1, 55-69.

3. 関心相関的選択

SCQRMでは、理論も方法も研究を構成するツールとして捉えます。ツールは必ず、特定の状況で、何らかの目的のもとで使われます。関心相関的観点によれば、方法の価値は目的と相関的に決定されます。それが方法である以上、Aという状況において、Xという目的を達成するために資するものであるかどうかによってその価値は判断されることになります。そして、この観点からそれぞののツールの価値が判定されることになります。したがって、認識論、理論、技法、フィールド、対象枠組みといった研究を構成する全てのツールは、現実的制約を勘案しつつ、リサーチクエスチョンや研究目的に照らして選んでいけばよいことになります。これを選択原理として定式化された”関心相関的選択”と呼びます(basic, p.60-61)。

例えば、さきほどの教育実習における内省レポートについては、昨年までの内省レポートを分析するか、昨年までに実習を受けた人を対象にインタビューするか、それらを組み合わせるしか方法が存在しません。このような現実的制約を踏まえて、リサーチクエスチョン(関心)にあった方法を選ぶことになります。

4. 関心相関的サンプリング

研究者の関心に照らし合わせて(相関的に)対象者をサンプリングすることを”関心相関的サンプリング”と呼びます。これは関心相関的選択のバリエーションの1つです。関心相関的選択によれば、研究を構成する全てのツールや材料は、現実的制約を勘案しつつ、リサーチクエスチョンや研究目的に照らして選んでいくことになります。これを対象者の選択に関して言えば、関心相関的サンプリングという考え方になります(basic, p.102)。

例えば、実習体験者の本音を知りたいのにも関わらず、実習を受けたことがない学生を捕まえても仕方がありません。あるいは、「実習生は内省レポートについて、肯定的、否定的側面を含めてどのような体験をしているか」というリサーチクエスチョンの場合、時間的な制約を踏まえて、内省レポートに対して、「肯定的な人」と「否定的な人」あとは、「中間的にいそうな人」を過去のレポートなどを参照して典型的な人をサンプリングすることになります。

5. 関心相関的調査(質問)項目設定

現実的制約を勘案しながら、リサーチクエスチョンに照らして、質問項目を設定することを”関心相関的質問項目設定法”と呼びます。より一般的に言えば”関心相関的超項目設定法”と呼びます(basic, p.113)。

この場合の現実的制約とは、1時間インタビューするとしても、一問あたり20分と考えて、最終的には、3つ程度に大きくテーマを絞ることが望ましい、などの制約を指します。
また、リサーチクエスチョンが「実習生は内省レポートについてどのような体験をしているか」というものである場合、直接リサーチクエスチョンに関して聞いてしまってもよいですし、間接的にそれを浮かび上がらせるような質問項目があってもよいでしょう。

6. 関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法

あらゆる方法概念は、Aという現実的状況において、Xという目的を達成するための手段に過ぎません。したがって、研究法を修正する際は、研究実施上の制約と、研究目的を踏まえつつ、どこをなぜ修正したのかという「理由」を明示する、ということになります。これは、既存の研究法を妥当に修正して使用するための方法原理であり、”関心相関的研究法修正法”と呼びます(advance, p.60)。

例えば、内省レポートに関して、より多くの人に共通するモデルを作ることを目的とした場合、1名から得られた概念を利用したり、3名(肯定的、否定的、中立)しか扱わない立場は不適切ということになります。しかしながら、研究の目的が、内省レポートを巡る体験の肯定的側面のみならず、これまで看過されてきた否定的側面までを含む多様な側面を捉え、モデル化することにあった場合、内省レポートに対して肯定的な人、否定的な人、それらの中間の人を一人ずつ理論的サンプリングすることにより、内省レポートの肯定的側面から否定的側面までをバランスよく捉えることとした、と主張することができます。

7. 関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築

SCQRMでは、テクスト分析の手法として、データに基づいてボトムアップに理論を構成する研究手法であるM-GTA(Modified Grounded Theory Approach)を採用しています(M-GTAについては次回で詳細を説明いたします)。M-GTAでは、研究対象となる特定の事象についてのインタビューデータを用いて、研究者の関心と特定の方法を媒介にしてテクストが作成されます。次に、テクストをベースとして「分析ワークシート」を作成します。さらに、作成された分析ワークシートをベースとして、関心相関的に理論(構造)を構築することを関心相関的構造構築と呼びます(advance, p.184)。

8. 関心相関的報告書(論文)構成法

研究者の関心にもとづき探索的に構成されてきた構造(仮説・理論・モデル)を踏まえ、そこから逆算的に目的を再設定し、関心相関的選択を方法論的な視点として、説得的な報告書(論文・抄録)を構成することを”関心相関的報告書(論文)構成法”と呼びます(advance, p.74)。

例えば、「本研究は仮説生成を目的としたため、研究方法としてモデル構築に適したM-GTAを選択した」というように、研究目的に照らしてその選択理由を書きます。そうすることによって、読者はその選択が目的を達成するために適しているかを吟味することができるようになり、恣意的な選択をしているとは思われない、説得的な報告書を作成することができます。

9. 関心相関的プレゼンテーション

プレゼンテーションの場によって求められるものは変わってくるため、関心相関的観点から、聴衆の関心の所在がどこにあり、関心の強度はどの程度なのかを推察しつつプレゼンテーションを行うという原則を”関心相関的プレゼンテーション”と呼びます(advance, p.11)。

10. 関心相関的評価

質的研究を評価する際の視点として、第1に、相手の認識論的前提を見定める必要があります。第2に、関心相関的観点を働かせて自他の関心を対象化した上で、研究を評価する必要があり、これを”関心相関的評価”と呼びます。関心相関的観点によって、「私が知見Aに価値を見いだしているのは、自分のZという関心に沿っているからであって、逆にBという知見に全く価値が無いように思えるのはその関心に沿ってないからなのであろう」と思い至る可能性が開けます。これによて、特定の研究に対する印象評価には、自分の関心が強く影響していることを十分認識した上で、相手の関心を踏まえて、より妥当な研究評価をすることができます(advance, p.47)。

11. 関心相関的アドバイス

アドバイスをする場合、相手が何をしようとしているのか、その関心を踏まえることで、建設的なアドバイスをすることができます。この、相手の目的を踏まえた上で、その目的を達成するためにどうすればよいかを具体的かつ現実的に可能なアドバイスをすることを”関心相関的アドバイス”と呼びます(advance, p.47)。

関的存在論-言語論-構造論

SCQRMは、共通了解が成立する可能性、すなわち、共通了解可能性を理論的に担保します。まず、探求の方法概念として、「立ち現れ」である「現象」を置きます。そして、言語をはじめとする認識枠組みを媒介としながら、身体、欲望、関心相関的に現象は分節化されていきます。その現象の分節が「広義の構造」です。それに対して関心相関的に名が付けられて、「コトバ(概念)」が作られます。そのコトバを材料に、やはり関心相関的に何らかの方法的枠組み(研究法)をツールにして、コトバとコトバの関係形式である「狭義の構造(理論・モデル・仮説)」が作られます。このように、方法概念としての現象を出発点としつつも、広義の構造やコトバ、狭義の構造を通じて、構造の共通了解可能性を拓くことが可能となります。これは、存在論、言語論、構造論的に一貫性のある説明が可能となったということを意味します。これらの理路を総称して”関的存在論-言語論-構造論”と呼びます(advance, p.143-144)。

メタ研究法としてのSCQRM

最後にまとめとしてメタ研究法としてのSCQRMについて説明いたします。SCQRMは、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理とし、メタ方法論としての11の関心相関的アプローチを備えています。また、関心相関的存在論-言語論-構造論によって、構造構成的-構造主義科学論という科学論と、関心相関的構造構成法といった方法枠組みが基礎づけられています。このメタ研究法は、通常のの個別研究法と異なり、多種多様な個別研究法に妥当する枠組となります。例えば、質的研究と称されるものは、第12回で説明した調査法に加えて、これまで説明したGTAやM-GTAの他、KJ法[2]、エスノメソドロジー[3]、社会構築主義的アプローチ[4]、シンボリック相互作用論[5]、アクションリサーチ[6]、ライフコース分析[7]、フェミニストアプローチ[8]、解釈学的現象学[9]、自己観察法[10]、エピソード分析[11]、ディスコース分析[12]、フーコー派言説分析[13]、メモリーワーク[14]等、認識論から分析的枠組みまで多様な次元の枠組みが含まれています。これら全てのアプローチをこのメタ研究法において使用することができます(advance, p.47)。

[2] 川喜田二郎. 続・発想法, 中央公論新社, 1970.
[3] 前田泰樹, 水川喜文, 岡田光弘. エスノメソドロジー – 人々の実践から学ぶ, 新曜社, 2007.
[4] K.J.ガーゲン. 社会構築主義の理論と実践 – 関係性が現実を作る, ナカニシヤ出版, 2004
[5] ハーバート・ブルーマー. シンボリック相互作用論 – パースペクティヴと方法, 勁草書房, 1991.
[6] 佐野正之. はじめてのアクションリサーチ – 英語の授業を改善するために, 大修館書店, 2005.
[7] グレン H.エルダー, ジャネット Z. ジール. ライフコースの研究の方法, 明石書店, 2003.
[8] ホロウェイ, ウィーラー. “フェミニストアプローチと質的研究”, ナースのための質的研究入門―研究方法から論文作成まで, 医学書院, 2006: 137-150.
[9] Marlene Zichi Cohen, Richard H. Steeves, David L. Kahn. 解釈学的現象学による看護研究―インタビュー事例を用いた実践ガイド (看護における質的研究), 日本看護協会出版会, 2005.
[10] Noelie Rodriguez, Alan L. Ryave. 自己観察の技法―質的研究法としてのアプローチ. 誠信書房, 2006.
[11] 鯨岡峻. エピソード記述入門―実践と質的研究のために, 東京大学出版会, 2005.
[12] 鈴木聡志. 会話分析・ディスコース分析―ことばの織りなす世界を読み解く, 新曜社, 2007.
[13] Carla Willig. “フーコー派言説分析”, 心理学のための質的研究法入門―創造的な探求に向けて, 培風館, 2003: 146-169.

まとめ

今回は、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法である、構造構成的質的研究法(SCQRM)を紹介いたしました。SCQRMは関心相関性を中核とし、11の関心相関的アプローチを備えていました。SCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、M-GTA(Modified Grounded Theory Approach) を分析ツールのひとつとして採用しています。M-GTA は、研究者(観察者) の問いを明らかにした上で、インタビューや観察を行ない、その結果を書き起こしたテキストを分析し、データに立脚した仮説や理論を構築します。テキスト分析では、研究者は、研究者の注意を引くキーワードやキーセンテンスをコード化し、データ化します。そしてデータを構造化し、概念やカテゴリなどの関係を捉え、暫定的なモデルを構築します。

次回は、M-GTAを用いたデータ分析手法を紹介いたします。

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既存のデザイン手法の限界と構造構成主義

前回は、デザインプロセスにおいて用いられてきた既存のデザインメソッドの紹介の第3弾として、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なデザインメソッドであるデザインパタンを取り上げ、その起源、および、建築からソフトウェアエンジニアリング、HCIまでの変遷を追ってきました。特にHCIのデザインパタンについては、年代別に導入・発展・拡散の3つのフェーズに区分し、それぞれの特徴について説明をいたしました。また、現状のパタンの問題点として、決定論的パタンとしての限界、パタン同士を組み合わせて全体性を構築する際のデザイナ関与部分に関する問題について指摘いたしました。

今回は、既存のデザイン手法の限界、特にBOPというフィールドに既存のデザイン手法を適用する際の限界について、”構造”をキーワードとして論じたいと思います。その上で、打開策としての構造構成主義について説明をいたします。

既存のデザイン手法の限界

ここまで3回に渡って様々なデザインメソッドの紹介をしてきました。第1回は「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ためのメソッドとして、量的データではなく、質的データに注目し、質的調査法として、口頭データと視覚データの様々な採取方法について説明をいたしました。第2回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、質的データを用いたモデリング手法を紹介いたしました。第3回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なデザインメソッドとして、デザインパタンを取り上げました。これらは、問題を発見し、仮説を構築し、問題を解決するための手法と言えます。

現時点で分かっていることは、これらの手法は、先進国において流通するプロダクトをデザインするプロセスにおいてのみ有用性が確認された手法である、ということです。これらの手法は、BOPを対象とする場合においてもて有用と言えるのでしょうか?例えば、iPodは、グローバル市場にて流通させることを目的に設計され、今日世界の先進国にそのユーザが存在しています。iPodのような製品のデザインプロセスでは、先進国というグローバル市場において存在しうる、一般化された(音楽好きの)ユーザが、ペルソナとして設定されます。そして、似たような架空の背景と環境を持つペルソナの振る舞いが、シナリオを通じて記述されます。一方、BOPをフィールドとして設定する場合、類似した環境は稀であり、環境の”特殊性”を第一に考慮する必要があります。つまり、民族性、土着文化、宗教を背景として培われた人々の価値観や現場の状況に応じて、受け入れられるプロダクトがそのフィールドごとに異なります。したがって、現場ごとの”特殊性”を構造的に理解するためのデザインプロセスを新たに組み込むことによって初めて、BOPを対象とするソーシャルイノベーションを目的としたプロダクトデザインが可能となるのです。以下ではBOPの特殊性について2つの観点から掘り下げて考えてみましょう。

フィールドのごとの複雑性

第1の特殊性は、”フィールドのごとの複雑性”です。先進国向けのプロダクトの場合、具体的かつ詳細に渡るペルソナおよびシナリオを策定したしても、先進国に存在しそうな一般化されたユーザに結果として陥らざるを得えません。これは、至極当然で、どこの国にでもいそうな音楽好きのユーザに対するデザインが求められるためです。しかしながら、BOPをフィールドとして設定した場合、フィールドごとに言語、文化、宗教の違い、近代化の度合いの違い、さらには、伝統的な価値観と近代的な価値観から生まれる矛盾など、あるプロダクトが受け入れられるためにデザイナが考慮すべきパラメータが、画一化されたグローバル市場向けのプロダクトにおいて考慮すべきパラメータと比較した場合、飛躍的に増加します。このようなフィールドの複雑性を踏まえた上で、そのフィールドを構造的に理解するアプローチがソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法において求められます。

関心の対立構造

第2の特殊性は、”現地人の関心とデザイナの関心の対立”です。先進国向けのプロダクトの場合、デザイナの関心とユーザの関心の乖離を少なくさせることが、ペルソナやシナリオなどの手法を用いる副次的効果といえます。しかしながら、この構造は、先進国間同士の関係性にすぎず、原理的に互いの関心の極端な乖離は生じにくいと言えます。一方、BOPをフィールドとして設定した場合、先進国のデザイナと現地人のユーザという異なるバックグラウンドを持つ2者の関係が問題となり、デザイナは、現地人の関心を的確に把握し、両者の信念対立を回避することが求められます。これは、デザイナの意図のみを現地人に押し付けた場合、現地人の不幸を招くためです。一方で、現地人のニーズだけに注目し、彼らの水準に合わせたプロダクトを作るだけでは、デザイナのモチベーションの低下につながります。このような両者の対立を踏まえた上で、デザイナと現地人が互いに満足することのできるプロダクトを構築可能であることに加え、持続的な関係性を構築可能なアプローチがソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法において求められます。

以上述べたように、BOPをフィールドとして設定した場合、フィールドの特殊性というマクロな要素を構造的に理解することに加えて、そのフィールドに存在する人々、具体的にはデザイナとユーザとしての現地人の関心というミクロな要素をいかに同定するか、という課題が存在します。先進国を対象として構築された様々なデザインメソッド用いたアプローチは、これらの要素を考慮していないため、BOPというフォールドへの適用において限界が生じます。BOPを対象としたソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法を構築するという目的に対して、これらの課題を解決するために採用する理論こそ、西條剛央 氏によって体系化された超メタ理論としての”構造構成主義”です。以下では西條の著書『構造構成主義とは何か』に準拠しつつその説明を試みたいと思います。

構造構成主義

構造構成主義は、「現象学」と「構造主義科学論」の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論です。以下に構造構成主義のモデル図を示します。

構造構成主義において「構造構成」というとき2つの構造構成が存在します。1つは「哲学的構造構成」、もう1つは、「科学的構造構成」です。哲学的構造構成は、「所与の確信を”構成された構造”として捉えることにより、その確信がどのように構成されてきたものなのかを問うタイプの反省的試み」を指します。言い換えれば、「”確かにそうである”という信憑構造がどのように構成されたものなのか、その確信成立の条件を解き明かしていく哲学的営み」ということができます(p.191)。一方、科学的構造構成は、「広義の科学性を担保しつつ、現象を構造化するという意味での構造構成を行う領域」を指します(p.195)。これら2つの構造構成について具体的に説明する前に、両者に通底する2つの概念である「現象学的概念」と「構造主義科学論」について説明をいたしましょう。

現象学的概念

現象学的概念の中で、「関心相関性」と「信憑性」は、哲学的構造構成と科学的構造構成に通底する概念となります。

まず、関心相関性とは、「あらゆる存在や意味や価値はそれ自体独立自存することは原理的にありえず、我々の身体や欲望や関心といったものと相関的に立ち現れてくるとする原理」と定義されています(p.189)。これは、「存在や意味、価値などは、絶対なものではなく、当事者の身体状況や欲望、目的、関心の度合いなどと相関的に規定される」という側面を捉えた原理です。例えば、我々は道路の水たまりに普段気づきませんが、死ぬ直前まで喉が乾いていた場合、この水たまりは貴重な飲料水としての価値を帯び、そのような価値を持つ存在として立ち現れます。

このような関心相関性は次の7つ機能を持っています。以下ではそれぞれについての説明を印象しましょう(p.54-62)。

1. 自他の関心を対象化する機能
2. 研究をより妥当に評価する機能
3. 信念対立解消機能
4. 目的の相互了解・関心の相互構成機能
5. 世界観の相互承認機能
6. 方法の自己目的化回避機能
7. バカの壁解消機能

1. 自他の関心を対象化する機能

通常、価値の主観的な価値は隠蔽されています。何かを食べておいしいと感じたときには、自分が感じたおいしさに主観的な好みが関わっていること(身体-欲望-関心と相関的であること)は忘れ去られています。しかしながら、ここで判断停止(判断保留/エポケー)をすると、その時はお腹が空いており(身体)、食欲が旺盛で(欲望)、食べ物に強い関心のある時であったからとてもおいしく感じたのかもしれないし、逆にお腹が一杯であれば、おいしいという価値がそのひとに立ち現れにくいことは容易に想像できます。関心相関的観点によって、関心相関的に立ち現れている価値の側面を対象化することができ、より妥当な価値判断をすることが可能になります。

2. 研究をより妥当に評価する機能

関心相関性によって、自らが感じる価値は「対象に実在するもの」ではなく、「欲望や関心に応じて、時々刻々たち現れること」として受け取ることが可能となり、それによって異なる関心や領域の仕事に対してより妥当な評価をすることが可能になります。

3. 信念対立解消機能

関心相関的観点によれば、それぞれの確信(信念)がどのように構成されていくのかを可視化し、信念対立を回避することが可能となります。

4. 目的の相互了解・関心の相互構成機能

各人が関心相関的観点を持つことにより、相互の関心を可視化した上で、議論全体の目的を明確なかたちで共有し、常にそれを基準として妥当な方法などを選択しつつ、推し進めていくことができます。
また、相互の関心を可視化できるということは、例えば「人間のため」といったメタレベルの目的を共有した上で、その目的に照らし合わせて関心それ自体の妥当性を検討し、摺りあわせてゆくことも可能になります。そうして、相互構成された関心を他者と共有することにより、新たな目的を共有した学問領域や特定課題プロジェクトを進めることもできるでしょう。

5. 世界観の相互承認機能

関心相関性は、「共通了解の動的関係規定性」を前提としており、世界がある時は多様な、ある時は一様な姿を現すという矛盾を含み、動的に変容する有様を言い当てる原理であり、関心相関性的観点によって、多様な世界観を相互承認することが可能となります。

6. 方法の自己目的化回避機能

方法は、文字通り目的を実現するための方法(手段)であるため、その妥当性は目的と相関的に判断されねばなりません。単独で全ての目的を達成し、問題を解決できる「絶対的な方法」などというものは原理的にありえないということを改めて認識可能となるのが関心相関性なのです。

7. バカの壁解消機能

養老[1]によればバカの壁とは、「自分の知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている」状態を指します。バカの壁は問題の解決方法ではなく、全体や常識のズレを知覚することなく自分の実感を盲信するという問題を定式化(概念化)したものといえます。
関心相関性は、問題を認識するツールとなると同時に、問題の解決法となります。関心相関性とは、自らの「常識や当たり前のことに対するスタンス」を可視化するための原理であることから、関心相関性を認識装置として身につけることは、自らが暗黙裡に依拠している常識や前提を自覚するための有効な視点となりえます。

[1] 養老孟司. バカの壁, 新潮社, 2003.

次に、「信憑性」は、「確かにそうである」という確信を指します。哲学的営為としては、確信成立条件の解明が中心となり、確信がどのように取り憑くのか、その「信憑性」の構成過程を思考実験的に明らかにします。また、科学的営為においては、より上手に現象をコードすべく、「確かにそうである」という「信憑性」を喚起する構造を追求する立場を取ることとなります(p.190)。

構造主義科学論

池田[2]により体系化された構造主義科学論は、「現象学的思考法」と「構造」を基軸とすることにより、科学論における主格の難問を解決した科学論であり、人間科学の科学的基盤となるものです。現象学的概念と同様に、構造主義科学論において哲学的構造構成と科学的構造構成に通底する概念である、「構造」と「恣意性」についての説明を引用いたしましょう(p.190-1)。

[2] 池田清彦. 構造主義科学論の冒険. 毎日新聞社, 1990.

まず、構造構成主義における「構造」とは、狭義には、つまり、科学的営為に用いる場合には、『構造主義科学論』にならい、「”同一性と同一性の関係性とそれらの総体”といえる存在論的な概念」ということになります。また、広義の意味では、ロムバッハ[3]にならい、「関心相関的にたち現れる根源的な何か」といったものになります。
また、構造は、実在としての構造や客観世界の反映としての構造(システム)ではありません。言い換えれば存在物としての構造ではなく、存在論的な意味における構造といえます。つまり、構造構成主義における構造とは、我々と無関係に存在する自然物ではなく、いかなる構造も人間が構成したものであり、その意味において、人間の恣意性が混入せざるを得ないということになります。

次に「恣意性」について説明する前に、言葉の恣意性について説明をいたします。言葉は実在の反映である存在的な写像と思われますが、そうではありません。言葉は原理的には恣意的(社会的)なコトです。これを言葉の恣意性と言います。言葉が恣意的であるならば「言葉(同一性)と言葉(同一性)の関係形式である構造も恣意的ということになります。その意味では恣意性は科学的構造構成の基礎となるものと言えるでしょう。「恣意性」とは、言葉や構造が人間によって構成された物である以上、原理的には、恣意的(社会的)な側面を含まざるを得ないことを明示化する概念であり、それゆえに構造構成主義の根底をなす考え方の1つとなります。

[3] Rombach,H. 存在論の根本問題: 構造存在論. 晃洋書房, 1971.

哲学的構造構成

先に、哲学的構造構成とは、「所与の確信を”構成された構造”として捉えることにより、その確信がどのように構成されてきたものなのかを問うタイプの反省的試み」と説明いたしました。この哲学的構造構成という営為領域には、判断中止、現象学的還元、科学論的還元、記号論的還元などの思考法が含まれます。判断中止、現象学的還元については、フッサール現象学[4]-竹田青嗣現象学[5]の系譜に由来します。また、科学論的還元と記号論的還元はソシュール[6]と丸山圭三郎[7]の「記号学」の議論に由来します。以下ではそれぞれについて、説明していきましょう。

[4] Husserl, E. ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学. 中央公論新社, 1954.
[5] 竹田青嗣. 現象学は思考の原理である. 筑摩書房, 2004.
[6] Saussure, Fe. 一般言語学第三回講義: コンスタンタンによる講義記録. エディット・パルク, 1910-1911.
[7] 丸山圭三郎. ソシュールを読む. 岩波書店, 1981.

判断中止:
判断中止とは、確信に対して、戦略的にストップを掛け、いったん括弧に入れる思考法です。これはそれが意識されるか否かは別として、次の「現象学的還元」を行うための前段階の思考法です。

現象学的還元:
現象学的還元とは、哲学的構造構成の中心概念であり、「確信の成立条件を問う」という思考法です。例えば自然的態度では「リンゴがあるからリンゴが見える」とまっすぐに考えますが、そうではなく、「この現象(リンゴ)が我々にとってどのように成立してくるのか」といった確信成立の条件と構造を問うのが還元という方法の内実です。

記号論的還元:
記号論的還元とは、「記号」が実在を指し示すものであるという確信がどのように構成されるものであるか、その成立条件を明らかにすることにより、記号(コトバ)が原理的に(本来的に)「恣意的(社会的)であること」を明示的にするものです。

科学論的還元:
科学論的還元は、記号論的還元の科学論バージョンです。つまり、「科学」というコトバ(記号)がどのような過程を経て絶対的なモノとして実体化するのか、その過程を明らかにすることにより、「科学」というコトバを相対化する思考法です。

科学的構造構成

科学的構造構成についても同様に、「広義の科学性を担保しつつ、現象を構造化するという意味での構造構成を行う領域」と説明いたしました。ここでは、科学的構造構成という営為領域に含まれる、関心相関的選択、構造化に至る軌跡、関心相関的継承、アナロジー法といったツールについて説明していきましょう(p149-168)。

関心相関的選択:
構造構成主義では、関心相関性を基軸とすることにより、従来事象を認識する根底に位置づけられていた認識論を研究(者)の関心・目的に応じて柔軟に選択することが可能となり、これを関心相関的選択と呼びます。
例えば、「人間的事象の意味的側面を捉えるために、戦略的に社会的構築主義を採用し、人間的事象の確実な側面を捉えるために、戦略的に客観主義的なメタ理論的枠組みを採用する」といったように、各認識論は研究目的や現象に応じて選択可能となります。

構造化に至る軌跡:
構造構成主義では、「条件統制」ではなく、「条件開示」を基礎に据えます。条件開示さえされていれば、現場で提起された構造も、特定の条件下で得られた構造であることを踏まえた上で、読み手がその構造の有効性やその射程を判断することが可能となります。この条件開示のことを構造構成主義では、「構造化に至る軌跡」と呼びます。つまり「構造化に影響すると考えられる諸条件」を開示します。

関心相関的継承:
研究対象とする現象に応じて、仮説をより細分化・精緻化していく従来の「検証的方向性」と、記述や解釈の多様性を拡大する「発展的方向性」の、双方を柔軟に追求可能な枠組を、「継承」と呼びます。この枠組は、研究対象や目的と相関的に「確認的継承」と「発展的継承」を選択可能な枠組みであることから、関心相関性を基軸とすることを強調する場合には、「関心相関的継承」を呼びます。

アナロジー法:
「類似性の制約」と「構造の制約」と「関心相関性」を組み合わせることによって、存在的には一見異質に見える現象(テーマ、対象)を扱う研究間で仮説を継承可能にする枠組みです。
ホリオークとサガード[8]は、アナロジー的思考に作用する3つの基本的な制約を挙げています。第1の「類似性の制約」とは、アナロジーはある程度までは含まれている要素の”直接的な類似性”に導かれて生じるという原則です。第2の「構造の制約」とは、アナロジーはベース領域(なじみ深い領域)とターゲット領域(新たに理解しようとする領域)の役割の間に、一貫した”構造上の相似関係”を見出すように働きかける圧力によって導かれる、というものです。第3にアナロジーの探索は、アナロジー利用の”目的”によって導かれるというものです。
このアナロジーの原則を新たな一般化の枠組みとの理論化に組み込み、定式化すると”類似性、構造、目的の3つのアナロジー原則を活用した一般化”と言えます。例えば、「Aとαは存在的には異なる事象だが、Xという関心に基づけば、~といったように、「類似性の制約」と「構造の制約」を満たすことができることから、それらを存在論的に同じものとしてみなすことができる」といういった趣旨を論文の「問題・目的」部に記載することにより、異なるテーマや対象の研究からも継承が可能となります。

[8] Hoyyaok, K.J., & Thangard, P. アナロジーの力: 認知科学の新しい探求. 新曜社, 1998.

2重の構造構成の意味

以上述べてきたように、構造構成主義は、哲学的構造構成と科学的構造構成という2種類の構造構成によって構成されています。この2重の構造構成の持つ意味について西條は、次のようにまとめています。

科学的構造構成だけでは、異領域間の信念対立や相互不干渉に陥り、人間科学のるつぼとしての特徴を活かしたコラボレーションを実践することはできない。他方、哲学的構造構成だけでは、現象を構造化することができず、人間科学の科学的営みを基礎づけることができない(p.197)。

構造構成主義は、哲学と科学という2つの営為領域を整備することにより、哲学的構造構成によって、異領域間の信念対立を解消し、科学的構造構成により、科学的生産力を上昇させることが可能になっている(p.199)。

まとめ

今回は、既存のデザイン手法をBOPというフィールドに適用する場合の限界について述べ、その限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、構造構成主義の全体像について説明をしてきました。構造構成主義的アプローチを導入することで、BOPというフィールドの持つ”特殊性”を構造的に理解し、提供者(デザイナ)と被提供者(ユーザとしての現地人)の信念対立を解消することが可能となります。しかしながら、このような構造構成主義それ自体は概念であり、思想であるため、デザイン手法として直接応用することは困難です。そこで、構造構成主義を背景として持つ、研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を修正し、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法に導入したいと思います。

次回は、構造構成主義的質的研究法(SCQRM)について詳細を説明をいたします。

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デザインメソッド – デザインパタン

前々回より、デザインプロセスにおいて用いられてきた既存のデザインメソッドについて紹介をしています。前回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、質的データを用いたモデリング手法を紹介いたしました。具体的には、ユーザの属性に注目したユーザモデリングとして、ペルソナ、シナリオ、ゴールダイレクテッドデザイン、ユーザの行動に注目したワークモデル、そしてフィールドの構造を理解するためのGTA(グラウンデッドセオリーアプローチ)を紹介しました。

第3弾となる今回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なメソッドを紹介いたします。フィールドワークで得られた質的データをもとにモデリングを行い、仮説を構築した後、実際にプロトタイピングを行っていく過程で、様々な部品(パーツ)を組み合わせて全体のプロダクトを構築していきます。このとき、部品(パーツ)を構築する際にパタンと呼ばれる、「あるコンテキストにおけるデザイン上の特定の問題に対するソリューションを提供することを目的としたデザインメソッド」を利用することができます。パタンは、デザインパタンとも呼ばれ、パタンの集合はパタンランゲージと呼ばれます。デザインパタンの概念は建築で生まれ、ソフトウェア、HCI(Human Computer Interaction)へと移行してきました。以下では、その流れに沿ってパタンの詳細を説明していきたいと思います。

建築におけるパタン

現在のデザインパタンは、建築家アレグザンダーの『パタン・ランゲージ』[1]を起源としています。アレグザンダーのパタンランゲージは、”フォーマット”と”ヒエラルキー”という2つの特徴を持っています。まず、フォーマットは、プロブレム、コンテキスト、ソリューションなどの基本要素からなる記述形式を指します。これは、デザイン上の問題に対する証明された解決法を、建築家だけでなく「エンドユーザに対して」理解しやすい形式で表現することを目的としています。次に、ヒエラルキーは、パタン同士の関係性を示します。このパタン同士の関係性は、抽象的で大きなスケールから、具体的で小さなスケールへと分解可能であること、そして、それぞれのパタン同士が密接に連結すること、を特徴としています。以下に1つの例を示しましょう。

[1] Alexander, Christopher. A Pattern Language: Towns, Buildings, Construction. New York, USA: Oxford University Press, 1977.

パタン名: 251 まちまちの椅子

上位概念との関連性:
部屋に家具を備え付ける用意ができたら、建物を作るのと同じくらい慎重に、変化に富んだ家具を選ぶこと。置き家具であれ、造り付け家具であれ、部屋やアルコーブの場合と同様に、1つ1つの家具が独特で有機的な個性 – 置き場所によってそれぞれ異なる – を発揮するようにすること – くつろぎの空間の連続(142)、くるま座(185)、造り付けの椅子(202)。

問題:
人によって、体格も座り方もまちまちである。ところが現代では、どれもこれも同じような椅子をつくろうとする傾向がある。

解決法:
どんな場所であっても、同一の椅子で揃えないこと。大きな椅子や小さな椅子、柔らかな椅子は堅い椅子、揺り椅子、古びた椅子や新しい椅子、肘掛け付きやそうでないもの、枝編み、木製、布製などといった具合に、変化に富んだまちまちの椅子を選ぶこと。

下位概念との関連性:
1つであれ、たくさんであれ、椅子を置く場所は、明かりだまり(252)にし、その場所特有の性格を強調すること。

このような特徴を持つアレグザンダーのパタンを正しく用いた建物や町の創り方は、アレグザンダー3部作第1作目『時を超えた建設の道』に記されています[2]。続いて、アレグザンダーによる建築からコンピューティングへの適用への流れについて述べていきましょう。

[2] Alexander, Christopher. The Timeless Way of Building. New York, USA: Oxford University Press, 1977.

ソフトウェアエンジニアリングにおけるパタン

アレグザンダーのパタンランゲージは、80年代後半よりソフトウェアエンジニアリングの領域へ導入されていきます。「ユーザのためのデザイン」という観点からすればソフトウェアエンジニアリング以前にHCIに導入されることが当然でしたが、HCI以前にソフトウェアエンジニアリングへの導入が先行しました。この理由は諸説存在しますが、定説は現時点では存在しません。以下では、ソフトウェアエンジニアリングにおけるパタンに関する代表的な書籍として、Gammaらによる『Design Patterns(邦題:オブジェクト指向における再利用のためのデザインパターン)』を紹介いたします。

[3] Gamma, Erich, et al. Design Patterns: Elements of Reusable Object- Oriented Software. MA: Addison-Wesley, Reading, 1995.

Gammaらによる『Design Patterns』は、オブジェクト指向ソフトウェア設計の際に繰り返し現れる重要な部品を、デザインパタンとして記録した上で、カタログ化したものです[3]。本書は、ソフトウェアエンジニアリングにおけるパタンランゲージを始めて書籍化したものであり、HCIへの導入よりも先行していました。しかしながら、本書はHCIパタン研究者からいくつかの欠点を指摘されています。例えば、開発者用のパタンであって、エンドユーザを意識していない[4]、構造的アプローチの欠如[5]、一般的なランゲージとしてのフォーマットを持たない[6]、などが挙げられます。また、アレグザンダー自身もOOPSLA 1996のキーノートスピーチにおいて、ソフトウェアエンジニアリングへのパタンの導入が失敗であったことについて言及しています。

[4] Borchers, J. O. “Interaction Design Patterns: Twelve Theses.” Talk at CHI 2000 workshop “Pattern Languages for Interaction Design: Building Momentum. Den Haag, 2000.
[5] Borchers, J. O. “Chi Meets Plop: An Interaction Patterns Workshop.” ACM SIGCHI Bulletin 32.1 (2000).
[6] Dearden, Andy, et al. “Using Pattern Languages in Participatory Design.” Participatory Design Conference. New York City, USA, 2002. 104 – 13.

HCIにおけるパタン

HCI領域へのパタンおよびパタンランゲージの導入は、3つのフェーズに区分できます。まず、導入フェーズは、1997年に開催されたCHI(ACM Conference on Human Factors in Computing Systems)ワークショップを契機してい始まります。続いて、拡張フェーズは、2001年から2003年ごろまで続き、Jan O. BorchersやMartijn van Welieらにより、定義や目的に関する整理が進みます。最後に分散フェーズは、2003年以降を指し、ユビキタスコンピューティングやゲームへの応用が展開します。以下では、それぞれのフェーズについて詳細を説明いたします。

導入フェーズは、1997年に開催されたCHIワークショップ[7]から2000年ごろまで続きます。本ワークショップにおいて初めて、HCI領域へのパタンの導入が提案されたことから、導入フェーズの開始とみなします。パタン研究のHCIへの導入が提唱された背景には、インタラクションデザインの複雑化、多様化する流れが存在します。本ワークショップでは、インタラクションパタンランゲージの構築に向けて、インタラクションパタンにおけるTime、Sequenceの扱い方、実際の適用手法、構築のためのメソッドや具体的な事例などについて議論を行なうべきという、今後の研究における方向性が示されました。

[7] Eriekson, Thomas, John Thomas, and Conference on Human. “Putting It All Together: Pattern Languages for Interaction Design.” Conference on Human Factors in Computing Systems. Atlanta, Georgia, 1997. 226 – 26.

拡張フェーズは、2001年のJan O. Borchersの『A Pattern Approach to Interaction Design』の発刊から、2003年頃までの期間を指します。この時期が最もパタンに関する論文が盛んに投稿された時期であることから、拡張フェーズと呼びます。本フェーズの代表的な研究者は、先に挙げたJan O. Borchers[9]やMartijn van Welie[10]です。その主要な研究テーマは、パタンの定義、目的やフォーマットといったパタンの概念や形式についての研究や、個別のパタンの構築についての研究が多数を占めていました。以下に、代表的なインタラクションデザインパタンの例として、Welieのパタン集から”Slideshow”を引用したのち、HCIにおけるパタンに関する代表的な書籍を4点取り上げましょう。

パタン: Slideshow

問題:
ユーザは一連の画像や写真を見たい。

解決法:
それぞれの写真を数秒間見せつつ、手動で前後へ移動、一時停止、再開、停止、実行するためのコントローラを提供する。

コンテキスト:
スライドショーは、FlickrやPicasaなどの写真共有サービスで典型的に利用される。

[9] Jan O. Borchers
[10] Martijn van Welie

Borchersは、『A Pattern Approach to Interaction Design』にて、パタン研究の歴史を紹介した上で、22のHCIパタンを紹介しています[11]。Borchersのフォーマットは、Name、Ranking、Illustration、Problem and Forces、Examples、Solution、Diagram、Context and Referencesで構成されています。またBorchersは、パタンランゲージの定義としてコネクティビティを強調しています。

[11] Borchers, J. O. A Pattern Approach to Interaction Design. Hoboken, NJ: John Wiley \& Sons, 2001.

Duyneは、『The Design of Sites』にて、12のカテゴリ別に90のインタラクションデザインパタンを紹介しています[12]。Duyneのフォーマットは、Name、Background、Solution、Consider These Other Patterns、Illustrationで構成されています。特に、Consider These Other Pattern(その他のパタンについて考える)とは、アレグザンダーのパタンランゲージにおける”Relation”に当たる項目であり、個別のパタン同士の関係性について詳細に述べられています。

[12] Duyne, Douglas K. van, James A. Landay, and Jason I. Hong. The Design of Sites: Patterns, Principles, and Processes for Crafting a Customer-Centered Web Experience. Boston, US.: Addison-Wesley Professional, 2002.

Grahamは、『A Pattern Language for Web Usability』にて、79のインタラクションデザインパタンを提案しています[13]。本書は、ソフトウェアエンジニアリングにおけるGammaらのデザインパタンとニールセンのウェブ・ユーザビリティを統合させることを狙いとしています。しかしながら、本書はパタンランゲージのタイトルを持つものの、フローチャートの形式を採用していることから、アレグザンダーのパタンランゲージそのものに対する理解が浅く、ランゲージとしての機能に乏しいといえます。

[13] Graham, Ian. A Pattern Language for Web Usability. Boston, US: Addison-Wesley, 2003.

Tidwellは、『Designing Interfaces: Patterns for Effective Interaction Design(邦題:デザイニング・インターフェース ―パターンによる実践的インタラクションデザイン)』にて、4のカテゴリ別に45のインタラクションデザインパタンを紹介しています[14]。Tidwellが論じているカテゴリとは、Desktop Applications、Web Sites、Web Applications、Mobile Devicesの4カテゴリです。各パタンのフォーマットは、what、use when、how、exampleで構成されています。しかしながら、説明文中にはパタン同士の関連性について触れられているのみであり、アレグザンダーのヒエラルキー形式での記述は踏襲されていません。

[14] Tidwell, J. (2005). Tidwell, Jenifer. Designing Interfaces: Patterns for Effective Interaction Design. Sebastopol, CA: O’Reilly Media, 2005.

最後に、分散フェーズは、2003年以降から現在までを指します。2003年のU.C.バークレーのLandayによる、デザインパタンのユビキタスコンピューティングへの応用の提唱[15]を契機として、パタンの領域が、UI、WEBやといったHCIの基本領域から、分散傾向にあることから、分散フェーズと呼びます。この時期では、拡散フェーズにおいて中心的な役割を果たしていたJan O. BorchersやMartijn van Welieに変わって、様々な研究者[16][17]がパタンに関する論文を発表し始めます。

[15] Landay, James A., and Gaetano Borriello. “Design Patterns for Ubiquitous Computing.” IEEE Computer 2003: 93 – 95.
[16] Tom Erickson, The Interaction Design Patterns Page
[17] Design Pattern Resources

基本領域であるUIについては、35のパタンについてコード付きのギャラリー形式で掲載している「UI Pattern Factory」[18]、5つのカテゴリ別に56のパタンについてExample、Usage、Solution、Ratinalenoのフォーマットにて掲載している「UI Patterns」[19]、59のパタンについて、What Problem Does This Solve?(問題)、When to Use This Pattern(使用する状況)、What’s the Solution?(解決法)、Why Use This Pattern?(理由)のフォーマットにて掲載している「Yahoo! Design Pattern Library」[20]が登場します。

[18] UI Pattern Factory
[19] UI Patterns
[20] Yahoo! Design Pattern Library

University of California, BerkeleyのLandayは、Ubicompのためのパタンコレクションを公開しています[21]。本パタンでは、4つのテーマに対して全45のパタンを掲載しています。各テーマのパタンは低い数字の番号ほど抽象度が高く、様々なケースにおいて適用できるように設定されています。各パタンのフォーマットは、Background、Problem、Solution、Examples、Research Issues、Related Patterns Referencesで構成されています。なお、2007年頃には、”Patterns in Ubiquitous and Context Computing”というウェブサイト上にユビキタスコンピューティングデザインパタンが掲載されていたのですが、現在はサイトが閉鎖されており、代替として論文を掲載しています。

[21] Chung, E.S., J.I. Hong, J. Lin, M.K. Prabaker, J.A. Landay, and A. Liu. “Development and Evaluation of Emerging Design Patterns for Ubiquitous Computing.” In Proceedings of Designing Interactive Systems (DIS2004) 2004: 233-242.

University of GroningenのFolmerはゲームユーザビリティのためのパタンコレクションを公開しています[22]。本パタン集では、5つのカテゴリ別に26のパタンが紹介されています。パタンのフォーマットは、Aliases、Problem、Use when、Forces、Solution、Principle、Why、Exampleで構成されています。しかしながら、パタン同士の関係性については考慮されていません。

[22] Folmer, Eelke. “Interaction Design Pattern Library for Games”. 2006.

その他のパタン

パタンの概念は、HCI以外の領域においても応用されつつあります。以下では、IDEOによるデザイン上の洞察を生み出し、収束させるためのパタンと、グループワークにおける会話のためのパタンを紹介します。

PATERNS[23]は、IDEO が長年に渡って、世界中の様々な企業のために、多くのデザイン上の課題に取り組んできた結果、彼らの中に出現した共通の洞察に触れ、そして、共有するための方法です。これらのパタンは、直感の土台となるだけではなく、単なる洞察を文化的なインパクトをもたらすものへと変化させる方法であり、顧客に対して、より迅速により優れた仕事をするためのIDEOの集合知に触れる方法と言えます。

[23] PATERNS

PATERNSのフォーマットは、IssueとEvidenceのみで構成されています。例えば、「Social Media Bolsters Big Brands」では、企業がtwitterやfacebookなどのソーシャルメディアを如何に活用すべきか、というIssueが取り上げられています。それに対するEvidence – ここでは、世界中に存在する解決のためのストーリー – として、Ford、CBS、Pepsi, そしてP&Gの事例を紹介しています。PATERNSでは、パタンとしてのフォーマットやランゲージとしての関係性を考慮していないという点において、アレグザンダーのパタン、および、パタン・ランゲージの影響は少ないと考えられます。

Pattern Language for Group Process[24]は、グループにおける会話をより充実させ、より活気づけ、より効果的にすることを目的としたパタンであり、91のパタンで構成されます。これらのパタンは、Context、Creativity、Faith、Flow、Inquiry & Synthesis、Intention、Modeling、Perspective、Relationshipの9つのカテゴリに区分されています。例えば、CreativityのPlayfulnessパタンは、グループの会話におけるPlay(遊び)について、Heart、Description、Examples、Related patternsというフォーマットを用いて説明されています。

[24] Pattern Language for Group Process

まとめ

今回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なデザインメソッドとして、デザインパタンをとりあげ、その起源、および、建築からソフトウェアエンジニアリング、HCIへの拡張の流れを追ってきました。ユビキタスコンピューティングやゲームまで拡張されたデザインパタンですが、残念ながら、プロダクトデザイン、サービスデザインまで拡張されていません。ソーシャルイノベーションを目的としたBOPという特殊なフィールドにおけるプロダクトデザインとなると、さらにケースは限定されてしまいます。しかしながら、今後フォーマットと関係性を考慮しつつデザインパタンとして成功したデザインをコレクションしていくことは、デザイナにとってだけではなく、社会にとっても大きな貢献となると考えられます。

一方、現在のデザインパタンは、本質的な限界を孕んでいます。現在のパタンの概念は決定論的パタンと言えます。すなわち、原因と結果の関係が一意的に確定している決定論的システムと同様に、問題とソリューションに対する関係が一意的に確定しているパタンを指します。この決定論的パタンの問題点は、パタン同士の残余を考慮しない点にあります。残余とは、パタンで補うことのできない部分、パタン同士を結合して全体のシステムを構築する際のデザイナの関与部分に他なりません。一意的に優れたパタンを組み合わせただけでは優れた構築物をデザインすることはできず、必ずパタンという切片を切り出すプロセスとしての微分の段階で削ぎ落とされた部分を補うデザインが必要となります。このようなアレグザンダー以来のパタンに関する問題は、建築分野においては指摘されつつあるものの、HCIの領域では現状、問題提起されるに至っていません。このようなパタンの持つ本質的な課題を改良するような新たなコンセプトのパタン、あるいは、新たなメソッドを構築する必要があるといえるでしょう。

次回は、既存のデザインメソッドの限界とソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法の鍵となる構造構成主義を紹介いたします。

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