モデル構築手法としてのM-GTA

前回は、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法である、構造構成的質的研究法(SCQRM)を紹介いたしました。SCQRMは、関心相関性を中核とし、11の関心相関的アプローチ[1]を備えていました。また、SCQRMでは、関心相関的存在論-言語論-構造論によって、構造構成的-構造主義科学論という科学論と、関心相関的構造構成法といった方法枠組みが基礎づけられています。このようなSCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、M-GTA(Modified Grounded Theory Approach/修正版グラウンデッドセオリーアプローチ) を分析ツールのひとつとして採用しています。

[1]関心の探索的明確化、関心相関的継承、関心相関的選択、関心相関的サンプリング、関心相関的調査(質問)項目設定、関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法、関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築、関心相関的報告書(論文)構成法、関心相関的プレゼンテーション、関心相関的評価、関心相関的アドバイス)

今回は、M-GTAを用いたデータ分析手法ついて紹介いたします。M-GTAは、第13回で説明したように、グレイザーとシュトラウスによって提唱されたGTA(Grounded Theory Approach/グラウンデッドセオリーアプローチ) を木下が修正を施した分析手法です。まず、研究者(観察者) の問いを明らかにした上で、インタビューや観察を行ない、その結果を書き起こしたテキストを分析し、最終的にデータに立脚した(データにグラウンデッドな)仮説や理論を構築します。テキスト分析のプロセスでは、研究者は、研究者の注意を引くキーワードやキーセンテンスをコード化し、データ化します。そしてデータを構造化し、概念やカテゴリなどの関係を捉え、暫定的なモデルを構築します。

以下では、グレイザーとシュトラウスによって提唱されたGTAの手法とその限界について再度説明したのち、M-GTAを用いた分析プロセスについて、引き続き『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編(以下、basic』『質的研究とは何か – SCQRMアドバンス編(以下advance)』をもとに、具体例を示しながら説明をいたします。

グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)

GTAは、フィールドに密着して得られたフィールドデータをつきあわせながら、帰納的に(個々の具体的事例から一般原理・法則を導きだす考え方で)まとめていき、現場の問題を解決するための有効な理論の発見を行う方法論です。実際のGTAの一般的なプロセスは、以下の5つのプロセスで構成されます。

1. インタビューや観察からフィールドノートを作る.

2. 主観を排除し,可能な限り客観的にデータを切片化する.

3. 切片化されたデータを付きあわせて,共通した意味のものをまとめ,簡潔なラベルをつける.また,似たラベル同士をまとめ,上位概念となるカテゴリを作り名前をつける(Open Coding / オープン・コーディング).

4. コードやカテゴリ同士の関連性を帰納的,演繹的に明らかにする(Axial Coding / 軸性コーディング).

5. 主となるカテゴリを選択し,他の複数のカテゴリとの関連性を明らかにする(Selective Coding / 選択的コーディング).この時,何が起きたかについて1つのストーリーラインを構築する.

このようなオリジナル版GTAの手法について、木下は「実際のデータ収集と分析、特にコーディング方法に関して明確に示されていない」という限界を指摘し、M-GTAを提案しました。木下はGTAに対する課題点の克服として以下の3つを挙げています。

1. コーディング方法の明確化.
実際に活用しやすく,かつ,分析プロセスが他の人にも理解しやすいという両方の条件を満たすものを提案する.

2. 意味の深い解釈.
データが有している文脈性を破壊せずに逆に重視し,切片化してラベル化から始めるのではなく,意味の深い解釈を試みる..

3. 60年代の限界と近年の質的研究動向に対する独自の認識論.
研究をデータ収集段階,データ分析段階,分析結果の応用段階の3段階に分け,それぞれの段階において,研究する人間を他者との社会関係に位置づけている.これは,社会的活動としての研究の視点を強調するものである.

修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)

GTAと同様にM-GTAも、テクストに基づいてデータにグラウンデッドに概念生成を行うという基本的な考え方を継承しています。

M-GTAの分析プロセス

具体的な分析プロセスは、まず、文字おこしを行い、データ化したテクストの中から、キーワードを見つけ、キーセンテスを引いていき、これらに名前を付けます。これを”概念化”と呼びます。概念は、M-TGAにおいて一番基礎となる単位です。例えば、内省レポートに関するグループディスカッションから、「自己理解の促進」「考えるきっかけ」「他者理解の促進」「内省ポイントの増加」といった概念が抽出されます。次に、概念のまとまりごとに対して、見出しをつけてテクストを構造化していきます。これを”カテゴリ化”と呼びます。例えば、先ほど挙げた4つの概念の上位項目として、「内省レポートの効用」といったカテゴリが抽出されます。さらに、抽出された概念やカテゴリの関係を捉えて暫定的な全体像やモデルを素描します。これを”理論化”と呼びます。

このようなM-GTAは、西條によれば、「”動的な構造化”を目指す分析手法である」と言えます。動的な構造化とは、図で言うところの矢印を書くというプロセスを指します。すなわち、特徴を列挙するといったことではなく、現象ごとの影響関係、行動推移のパターン、システムの変化など、何らかのプロセスを捉えて構造化していくことを意味しています。

図1. 内省レポートに関する暫定モデル (ver.1.0)

『SCQRMベーシック編』では、インタビューを実施する前に、学生同士でディスカッションを行った結果に基づいて、内省レポートに関する暫定モデル(ver1.0)を構築しています。そして、関心相関的サンプリングにもとづき、内省レポートに対して、「肯定的な人」「否定的な人」「中間にいそうな人」をインタビュイーとして設定すべく、過去のレポートなどを参照して話し合い、典型的な人を選択しています。インタビュイーが決定したのち、関心相関的質問項目設定法に基づき、質問項目を設定しています。ここでは、「実習生は内省レポートについてどのような体験をしているか」というリサーチクエスチョンに照らし合わせて、質問項目を考えています。以下に質問項目を引用したします(basic, p.117)。

内省レポートに関する質問項目案

1. 当時の内省レポート体験に関する質問(当時の体験を語ってもらう)
・内省レポートはどのような体験だったか。
・内省レポートを実際どのように書いていたか。
・それについてどのように感じていたか。
・それは最初と中期と最後に至るまで変化があったか。
・内省レポートに関して、特に印象部会ところを挙げるとしたら何か。

2. 今から振り返ったときの内省レポートの意味を明らかにする質問。
・今となって内省レポートはどのような意味をもつか。
・もし修士1年に戻って内省レポートをやるとしたらまたやりたいか。
・今になって思う内省レポートの長所や問題点はあるか。
・教員になったら内省レポートはどのようなかたちで実施したいと思うか。
・内省レポートに改善すべき点はあるとおもうか。

分析ワークシートの作成法

理論化までのプロセスはすでに説明いたしましたが、実際にM-GTAを用いて分析を行う場合、手続きとして”分析ワークシート”を作成します。M-GTAでは、テキスト(ローデータ)から概念やカテゴリを生成するまでの分析プロセスに、分析ワークシートを導入することによって、データに基づいて概念生成をしてきたということを担保しようと試みます。この分析ワークシートを作成する点が、他のGTAと比較して、M-GTA特有の手続きと言えます。

表1. 分析ワークシート

概念名
定義
ヴァリエーション(具体例)
理論的メモ

まず、概念名には、例えば「自己理解の促進」「見えない縛り」などといった概念を入れます。次に定義を行うわけですが、定義付けは後に回し、先にヴァリエーション、つまりその概念に当てはまりそうな具体例を入れていきます。該当しそうなヴァリエーションをテクストから分析ワークシートにコピーするなどして入力していきましょう。最後に理論的メモとは、他の概念との関係性や、気がついたこと、留意点、迷いなどをに関するメモを記載します。具体例を『SCQRMベーシック編』より引用いたしましょう(basic, p.165)。

表2. 分析ワークシート 中田さん 「見えない縛り」

概念名 見えない縛り
定義 他者が自己の内省レポートを閲覧できることにより、書く内容が限定されること。
ヴァリエーション(具体例) ・「なんか自分の中の深い葛藤まで書けなかったり」
・「(それは人が見るかもしれないから?)うーん、やっぱりでも、大きいのは、やっぱり他人が見るっていうのは大きいと思う。まぁ自由に書いていたと思うんですけど、そういうのがなかったと言えば嘘になるみたいな」
・「でも書かない時もありますよね。書こうかなと思ったけど、や、いいや書かないで、書かないほうがいいかなと思って。」
・「なんかあと私が書いているのって実はすごいつまらないことなんじゃんとか」
・「えー、と。内省レポートだか、なんかそんな”緊張する”とか書いても意味ないんじゃないかなーとか思ったり…」
・「他の人が読むのに、”あー、緊張する!”とか書いてもしょうがないじゃないですか…」
・「(緊張する!とか書けないのは、かっこ悪いから?)かっこ悪いというか、やっぱ建設的じゃないな、っていう感じがしているので…」
・「なんか、ブログはもっとこう、家のものみたいな…お家でやるものみたいな感じで、やっぱり、内省レポートは学校のものって感じが…する」
理論的メモ ・他人に見られることによる心理的制約のこと。少なくとも建設的なことを書かなきゃいけないという縛りと深い葛藤を書けない縛りの2種類がありそうなので、概念からカテゴリーになると思われる。

分析ワークシートを作成した後は、リサーチクエスチョンを常に意識して、理論を実際に構築していきます。『SCQRMベーシック編』では、関心相関的サンプリングに基づき、内省レポートに対して、「肯定的な人」「否定的な人」「中間にいそうな人」を選出し、インタビューを行っています。理論化のプロセスでは、これらのインタビュイーごとに個々のモデル(ver2.0)を構築しています(basic, p.192)。そして、内省レポートシステムの中核である「書くこと」と「読むこと」という2つの特性を中心に3つの個別モデルを統合し(ver3.0)(basic, p.203)、さらにこのモデルに、3つの個別モデルから色々な概念を追加し、モデル(ver4.0, 4.5)を洗練させていきます(basic, p.209)。最終的には、再度分析ワークシートの各概念を精査して、概念をしぼりこみ、最終的な改訂(ver.5.1)を行っています(basic, p.210)。

図2. 実習生の内省レポート体験の改訂モデル(ver.3.0)

図3. 実習生の内省レポート体験の改訂モデル(ver.5.1)

M-GTAの理論的意義と限界

最後に、M-GTAの理論的意義と限界について触れておきましょう(advance, p.118)。M-GTAは、データをいわば不確実性の中で作られるものとして捉えたことに加えて、分析の中心に、「研究する人間」を置いています。これは、研究する側に「主体性」を取り戻すための試みです。しかしながら、「研究対象の現実」というものを無条件に前提としており、「現実とは何か」ということを問い直してはいません。つまり、「研究対象となる複雑な現象とは何か」、といったことを含めて”存在論的考察”がなされていません。また、”言語的洞察”が欠けているという問題もあります。具体的には、「データは言葉である」として、数量的研究と質的研究が本質的に同じであると示す一方で、データが言葉である以上、「データとは何か」と問い直すためには、「言葉とは何か」、さらには、「現実と言葉の関係」を論じる必要が生じます。

構造構成主義は、以上のようなM-GTAの持つ限界を理論的に補う超メタ理論として機能します。まず、構造構成主義は、「あらゆる認識論的立場の起点となる共通地平を設定する」という目的を達成するための方法概念として”現象”を置いています。次に、構造構成主義では、「存在」を、特定の身体構造、欲望、関心に応じて立ち現れる、「広義の構造」と位置づけています。そして、関心相関的に分節された「現象の分節」を、広義の構造と呼びます。これらから、「存在」は、「身体 – 欲望 – 関心相関的に分節された現象」(広義の構造)ということになります(関心相関的存在論)。また、構造構成主義は、ソシュールの一般言語学に基づき、コトバにおける恣意性に注目します。すなわち、コトバは、現象の分節に対して恣意的に付与された特定の「名」(シニフィアン)であり、「広義の構造」と同義であることを意味します(関心相関的言語論)。さらに、この言語論に基づき、構造構成主義では、理論(構造)は、関心相関的に構築されたもので、それがコトバでできている以上、恣意性は排除できないとの立場に依拠しています(関心相関的言語論)。

関心相関的構造構成法

前回の記事では、11の関心相関的アプローチ、および、関的存在論-言語論-構造論を中心にSCQRMを説明いたしました。しかしながら、現象から理論構築までのプロセスを担う”関心相関的構造構成法”は説明を意図的に省略していました。これは、M-GTAの説明をして初めてその全体像の理解が容易になると考えたためです。以下では、全体のプロセスについて図を用いながら説明をしていきましょう(advance, 181-185)。

1. 関心の探索的明確化
戦略的に「立ち現れた全ての経験」である「現象」から出発します。そして、まず現象の中から「特定の事象」に着目します。実際には、多かれ少なかれ探索しながら関心を明確化します。これを”関心の探索的明確化”と呼びます。

2. 関心相関的データ構築
M-GTAを用いてデータに基づいてボトムアップに理論を構築するためのデータを、特定の方法を媒介にして、身体-欲望-関心相関的に構成することを”関心相関的(録音)データ構築法”と呼びます。SCQRMでは、純粋に客観的なデータは存在せず、客観的な理論はありえないと考えます。例えば、録音してきたデータは、Aさんがインタビューした場合とBさんがインタビューした場合では、異なるものになるため、この時点で客観性は失われています。

3. 関心相関的テクスト構築
研究者の関心と特定の方法を媒介にしてテクストが作成されることを”関心相関的テクスト構築”と呼びます。テクストについても、構築されたデータを研究者の関心に照らして文字おこししたものであるため、客観的なものではありえません。

4. 関心相関的ワークシート作成
M-GTAでは、次の段階で分析ワークシートを作成します。このプロセスにて、研究者の関心と特定の方法、ここでは、M-GTAの分析ワークシート作成法を媒介として分析ワークシートを作成することを”関心相関的ワークシート作成”と呼びます。

5. 関心相関的理論構築
最後に、構築された分析ワークシートをベースとして、関心相関的に理論(構造)を構築することを”関心相関構造構築/関心相関的仮説生成/関心相関的モデル構築”と呼びます。

まとめ

今回は、モデル構築がその研究の目的である場合において、SCQRMに採用されている分析ツールとしてのM-GTAについて、前身となるGTAについて説明したのち、具体例を示しながらその分析プロセスを紹介をいたしました。具体的には、文字おこしを行い、データ化したテクストの中から、キーワードを見つけ、キーセンテスを引いていき、これらに名前を付け(概念化)、次に、概念のまとまりごとに対して、見出しをつけてテクストを構造化し(カテゴリ化)、さらに、抽出された概念やカテゴリの関係を捉えて暫定的な全体像やモデルを素描する(理論化)というプロセスでした。また、実際にM-GTAを用いて分析を行う場合、手続きとして作成する分析ワークシートの説明を行いました。最後に、M-GTAを実践例として組み込んだ関心相関的構造構成法について説明をいたしました。

次回は、いよいよソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の理論について説明をいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です