ソーシャルイノベーションの事例 – FabLab

前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第3弾として、TU Delft Industrial Design Engineering(IDE)を選択し、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。IDEの場合、MIT D-Labや、Stanford d.schoolと異なり、明確なコンセプトは打ち出されていませんが、学位を取得可能な学部、修士課程、博士課程にてソーシャルイノベーションに関する研究を行うことができること、また、Philipsをはじめとする企業等の外部団体とのコラボレーションが盛んであることから、プロダクトとして社会に対する実質的な貢献が可能であることが特徴といえるでしょう。

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第4弾として、FabLab[1]を紹介したいと思います。これまで紹介してきた3つの組織は、研究者や企業がモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいていました。一方で、FabLabは、必要なものをみんなで作る”DIWO(Do It With Others)”を基本理念に置いています。FabLabはMITからスタートしましたが、すでに世界中に展開されており、ここ日本においても、2010年春にFablab Japan[2]が設立されて以来、注目を浴びつつあるだけではなく、2011年5月には鎌倉に日本初のFabLab[3]がオープンいたしました。

[1] FabLab Main
[2] FabLab Japan
[3] FabLab Kamakura

まず、FabLab Japanのウェブサイトよりファブラボとは何かについての具体的な説明を引用をしてみましょう。

ファブラボとは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークです。「Fab」には「Fabrication(ものづくり)」と「Fabulous(愉快な、素晴らしい)」という2つの意味が込められています。ファブラボは、次世代のものづくりの「インフラ」だといえます。インターネット(というインフラ)が普及することによって、誰もが自由に情報発信することができるようになったように、ファブラボ(というインフラ)が各地に普及することで、誰もが自由にものづくりを行えるようになることが期待されています。そして、いずれは3次元プリンタやカッティングマシンが一家に一台普及する時代がやってくると考えられています。

また、FabLabの定義についても同ウェブサイトに掲載されています[4]。

1. ファブラボ憲章(下記参照)の理念に従って運営され、ファブラボ憲章を印刷して掲示してあること
2. 少なくとも週1日は市民に一般公開されていること
3. 世界のファブラボ標準機材を最低限揃えていること(2011年現在、レーザーカッター、CNCミル、ペーパーカッター、ビデオ会議システム。ただしこのセットアップは過渡的なものであり、ファブラボ標準機材は毎年少しずつ進化していきます)
4. ウェブ環境を活用して、ものづくり知識やデザイン等の共有活動(オープンソース化)に取り組んでいること
5. 世界FabLab会議で登録され、世界中のfablabberに「ここにもあるよ」と認知されること

[4] FabLabの定義とFabLab憲章

歴史

次にFabLabの歴史について紹介しましょう。FabLabは、MITメディアラボにおいて、The Grassroots Invention Group)(GIG)とThe Center for Bits and Atoms (CBA)の協働プログラムとして生まれました。現在、GIGはすでに活動を停止していますが、CBAが中心となって活動を続けています。特に、MIT 教授であり、Center for Bits and Atoms センター長であるニール・ガーシェンフェルド(Neil Gershenfeld)が2003年より開講しているクラス”How To Make (Almost) Anything”(ほぼなんでも作る方法)[5]は、FabLabの活動において中心的な役割を果たしています。この授業を修了した学生が、各地のFabLabを設立するという世界展開に貢献しています。慶應義塾大学 環境情報学部・准教授でありFabLab Japan発起人の田中浩也 先生は、2010年度の本授業に一学生として参加し、非常に内容の濃い体験記[6]を残されています。

[5] How To Make (Almost) Anything
[6] How to Make (Almost) Anything (ほぼ何でもつくる方法) 2010年度 体験記

ニール・ガーシェンフェルドの著書である『Fab: The Coming Revolution on Your Desktop-from Personal Computers to Personal Fabrication (邦題『ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け」)』[7]の中では、この授業で作られたプロダクトや、ものづくりの過去と未来(ビジョン)について詳細に語られています。

[7] 残念ながら日本語版は絶版中です。(2011年6月現在)

ツール紹介

さて、ここからはFabLabで利用可能なファブリケーションツールについて説明をしていきたいと思います。MIT FabLabのメインサイトであるFabCentralには、デザインツール(ソフトウェア)の一覧や機材の簡単なマニュアル等も掲載されています[8]。なお、ツール一覧には型番まで明記されていることは少ないため、以下では、同シリーズの製品へのリンク、あるいは、同シリーズの製品紹介デモビデオを掲載することとします。

[8] Tools
※2011年6月にサイトの改修があったため古いリストを利用しています。

Basic Machines

Universal社製レーザーカッター
パスに沿ってレーザーによりアクリルや木材を切断する装置

Roland社製カッティングプロッタ
防水性のポスターやステッカー等を制作するために利用する装置

Modela社製小型ミリングマシン(CNCフライス)
マテリアルに平面や溝などを切削するための装置

Advanced Machines

Omax社製ウォータージェットカッター
加圧された水を用いて加工を行う装置

ShopBot社製CNCルータ
フライス盤と類似であるが、主に木材を切削加工する装置

Resonetics社製エキシマレーザーカッター

Epilog社製レーザーカッター

Alpha社製CNC旋盤
円柱状の材料を回して刃を当てて罪障を削る装置

APS社製表面実装システム
基板の表面に部品を配置する装置

Torchmate社製CNCプラズマカッティングシステム

Zeiss社製共焦点顕微鏡
高解像度のイメージと三次元情報の再構築が可能な顕微鏡

3D Printing and Scanning Machines

Stratasys社製3Dプリンタ
ABS樹脂を積層し3次元のオブジェクトを製造する装置

3Dプリンタ(ZCorp社製)

Minolta社製3Dスキャナー

Machines that make

さて、ここで挙げたマシンはいずれも非常に高価であり、MITのような予算が潤沢な研究機関は例外として、一般的には購入が困難です。ましてやソーシャルイノベーションの舞台となる途上国で導入することはさらに困難を伴うでしょう。そこで、MIT Center for Bits and AtomsのMachines that make[9]グループでは、ツールそのものを安価に製造するための研究を行っています。いくつか例を挙げてみましょう。

[9] Machines that make

Mantis 9.1 CNC Mill

Mantis 9.1 CNC Mill [10]は、100ドル以下の費用で作られた3軸 CNCミリングマシンです。

[10] Mantis 9.1 CNC Mill

Fluxamacutte

Fluxamacutte[11]は、50-100ドル程度のパーツで構築可能な安価なヴィニールカッターです。全てのパーツはレーザーカッターでカットされており、Arduinoで制御されています。

[11] ヴィニールカッター

Fab-In-A-Box

Fab-In-A-Box[10]は、スーツケースの中に入れて持ち運ぶことが可能なポータブルなFabLabです。マルチハブと呼ばれるパーソナルファブリケータは、ミリング、ヴィニールカッティング、3Dプリンティング、3Dプロッティング機能にてオブジェクトを構築することができます。

[10] Fab-In-A-Box

ロードマップ

最後にFablabのロードマップを引用いたします[10]。先に紹介したMachines that makeグループの研究は、fablab2.0の途中段階にある研究といえるでしょう。

マシン/ツール革命
fablab1.0 computers make machines – 3次元プリンタやカッティングマシンで材料を切り出して組み立てて機械をつくる(現状)
fablab2.0 machines make machines – 機械自体が機械を生み出す(自己産出系)。自己複製する3次元プリンタ(RepRap, CupCake)。

マテリアル革命
fablab3.0 code makes materials – 物質に「コード」が埋め込まれるようになる。(形状としてのコード、情報としてのコード)
fablab4.0 program makes materials – 物質に「プログラム」が埋め込まれるようになる。(Programmable Matter)

[10] MIT FabLab RoadMap

まとめ

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、FabLabを選択し、その思想的特徴、中心となっているクラス、利用可能なツールについて説明を行いました。モノを作り場合、アイディアから設計まで、すなわち、IdeationからDesignまでの過程を経たのち、Developmentの過程において、プロトタイピングを繰り返す必要があります。ここでは、実際にモノを作るための様々なスキルを習得する必要があります。アイディアは誰でも思いつくことができますが、実際に動作するもの、形あるものを作り上げ、ユーザに手にとってもらい、あるいは、使用してもらい、最終的に市場にリリースしてこそのイノベーションであると筆者は考えています。その視点からすればHow To Make (Almost) Anythingのクラスや、世界各地域におけるFabLabは、非常に作り手にとって大きな存在であると考えています。

さて、ここまで紹介した4つの大学・研究機関では、モノを作るクラス,ビジネス化するクラス,あるいは、フィールドワークに関するクラスなど数多くのクラスが存在しています。しかしながら、
– 獲得したデータからどうモデルを構築するか?(部分から全体をいかに構築するか?)
– 獲得データから創造のジャンプをいかに発生させるか?
というクラスは存在していません。IDEOやAdaptive Pathもエスノグラフィの視点からフィールドの重要性について説いても、データからモデル化する手法については(意図的であれ無意識的であれ)明らかにしていません。優秀なクリエイタはもちろん無意識的にそれらを実現している可能性もありますが、我々凡人はある程度メソッドを通じて訓練をしていく必要があると考えています。

次回からいよいよソーシャルイノベーションのためのデザイン思考について説明をしていきます。

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ソーシャルイノベーションの事例 - D-Lab

前回はソーシャルエンタープライズの事例として、大学発NPOのOLPCを紹介いたしました。OLPCは、寄付によって運営され、プロダクトであるXOシリーズを開発し、途上国の子供たちにラップトップを提供し、教育の機会を提供することで、途上国に活力を与えることをミッションとしていました。

今回からソーシャルイノベーションの担い手をソーシャルエンタープライズから移し、4回に渡って様々な大学や研究機関を紹介していきたいと思います。今回紹介するのはマサチューセッツ工科大学のD-Lab[1]です。

[1] D-Lab

D-Labは、D-Labの”D”は”Development though Dialog, Design, and Dissemination (対話を通じた開発、デザイン、普及”を意味しており、国際開発の枠組みの中で、適正技術と持続可能性のあるソリューションによる開発を育成するためのプログラムです。D-Labは、低コストの技術を用いた創造と実装を通じて、低所得の家庭の生活の質を向上させることをミッションとしています。

D-Labは、2002年にMIT教授であり、適正技術に関する発明家であるAmy Smithによって設立されました。受講資格については、MITの学生、もしくは、ハーバード大学、ないし、Cross-registrationに関する合意書を持つその他の機関に属する学生である必要があります。現在は、12の異なるコースが存在しています。以下では、12のコースの概要と代表的なプロジェクトを紹介していきたいと思います。

まずは、これまでに多くのプロジェクトとプロダクトを輩出した8つのコースについて説明しましょう。

D-Lab: Health

D-Lab Health[2]は、ゲスト講義とフィールドワークに基づくプロジェクトを通じて、
世界規模の健康技術のデザインに関する複合的なアプローチを提供するコースです。そのために、世界の健康に関する現在の課題を調査し、問題に対して対処するための医療技術をいかにデザインするかについて学習していきます。学生は、デバイス開発のためのフィールドでの経験を積むために、医療技術デザインキットを利用しながら、春休暇にニカラグラに行き、医療問題のスペシャリストともに仕事をしています。

[2] Course sie

Ambuzap

ニカラグアにて導入された、救急車から電源を供給し、持ち運び可能な低価格な除細動器。

D-Lab: Design

D-Lab: Design [3] は、途上国においてデザインをする際に直面する、デザイン上の制約に格別な注意を向けながら、デザイン、実験、プロトタイピングのプロセスを通じて、恵まれない地域が直面している問題に対処するためのコースです。コース内では、分野横断的なチームを組織します。このチームは、学期を通じて、地域パートーナー、現場での実践者、当該分野のエキスパートなどとのコミュニケーションを通じて進められます。トピックは、入手可能性、製造に対するデザイン、持続可能性、地域パートナーや消費者に対する効果的な戦略も含みます。

[3] Course site

Bamboo Pencil Maker

インドのニューデリーにて導入。
使いやすく、安くて、収入を生むツールを開発するという目的のもと、竹から鉛筆を製造するデバイスを開発。

D-Lab: Development

D-Lab: Development[4] は、途上国のためのささいなレベルでの技術的改善の問題に対処するためのコースです。特に、低価格、持続可能な技術を適用することで、低所得家庭における生活の質を改善することを目的としています。学生は、チームを組織し、途上国の地域団体と一緒にプロジェクトを実施します。これまでにガーナ、ブラジル、ホンジュラス、インドにて現地調査を行っています。プロジェクトチームでの打ち合わせは、特定のプロジェクトにおける開発に焦点をあて、地域言語の導入に加えて、訪問先の各国について、コミュニティの文化、社会、政治、環境、経済に関する概観を含んでいます。

[4] Course site

Bicilavadora

ペルーにて導入。
自転車ペダル式の洗濯機

D-Lab: Mobility

D-Lab: Mobility[5] は、適切なデバイスを構築するために、サウンドエンジニアリングを適用し、車椅子技術の改良に焦点を当てたコースです。講義は、車椅子の利用法、社会的なステイグマ、製造上の制限に焦点を当てながら、第3世界のパートナー、車椅子の組織、MIT教員によって行われます。複合的な学生チームは、ハードウェアデザイン、製造上の最適化、生体モデリング、ビジネスプラン開発に関連した、車椅子プロジェクトを半期に渡って行います。

[5] Course site

Leveraged Freedom Chair

LFCは、途上国向けに開発されたレバー式の車椅子。
歩きよりも早く、どんな地形での登ることができます。

Development Ventures

Development Ventures[6] は、途上国、振興成長市場、十分なサービスを受けていない消費者をターゲットとして、ベンチャー企業の設立、資金調達に関する実験的なアクションラボです。世界中を対象として、ポジティブな社会的変革を可能とする、あるいは、加速するための、改革的なイノベーションや実験的でスケーラブルなビジネスが特に強調されています。

[6] Course site

Volta Ventures

Volta Ventures(VV)は、サハラ以南のアフリカにおいてミドルクラス向けの住宅を提供する不動産開発会社です。VVは、従来型の住宅市場で利益を得ることで、低所得家族が購入可能な住宅へ再投資しています。

D-Lab: Prosthetics for the Developing World

Developing World Prosthetics [7] は、人間生体力学、身体障害、リハビリに関する適正技術についての問題に対処するためのコースです。トピックは、これらの障害を乗り越えるための途上国と先進国の技術と、四肢用装具に焦点に当てています。プロジェクトは、途上国向けの矯正器具と人口装具について、特にインド、ガテマラのパートナーとともに実施されています。

[7] Course site

Exo-knee Prosthesis

インドにて実施。

大腿義足技術は最も研究の進んだ人工装具ですが、実際の足のように見え、動作する人工膝関節は存在しません。Exo-kneeは、実際の足のように、たったまま固定でき、自由回転でき、外骨格式の安価な大腿義足です。

D-Lab: Energy

D-Lab: Energy[8]は、電気を生成するためにコンパクトで頑丈かつ低価格なシステムが要求される途上国において、代替エネルギー技術の理解と適用に学生を従事させるプロジェクトベースのアプローチを提供するコースです。プロジェクトでは、水力、太陽、風力発電装置に関する理論的な分析を含むほか、デザイン、プロトタイピング、評価、実装を行います。

[8] Course site

Orange Juice Bag Sealer

低電力消費で安全にプラスチックを密閉するメカニズムを採用し、女性がオレンジジュースを素早く密閉し、販売することができます。このビジネスを通じて、月に25ドルの収入を獲得できます。

D-Lab: Dissemination

D-Lab: Dissemination [9]は、途上国における、水の普及、公衆衛生、衛生状態(WASH)に関するイノベーションに注目したコースです。コースは、フィールドベースでの学習、ケーススタディ、講義、ビデオで構成されています。特に、WASHにおける原理原則、文化に即したソリューション、適正かつ持続性のある技術、行為の変化、ソーシャルマーケティング、パートナーシップの構築などが強調されています。

[9] Course site

Rubble Rousers

ハイチのパートナーと共同で進行中のプロジェクト。
ココナッツの皮で作られたローコストな蛇籠。
カゴは瓦礫に掃除に使われたり、建築物の構造や修理に使われています。

続いて、4つの新規コースについて説明いたします。

-Lab: Cycle Ventures

D-Lab: Cycle Venturesは、サービスが不十分な地域において、経済の機会を提供するという目的のもと、水汲み、製粉、運搬など多数の目的に人間の力を役立てるために、自転車の技術を利用するコースです。コースは、自転車技術の革新性に関する歴史的視座を提供し、技術的なメカニズムをレビューし、社会経済発展を育てるための革新的な道具としての自転車の普遍性に迫ります。

D-Lab: Discovery

世界の90%のエンジニアリングやデザインは世界の人口の裕福な10%の欲求に向けられています。残りの90%の人々は、大部分が未解決の基本的な問題の中で生活しています。これらの恵まれない地域の要求に対して創造性と創造力によって対応するために、このコースは潜在的な創造性を模索し、高めることを狙いとしています。

D-Lab:ICT

D-Lab ICTは、実務に関する知識と、途上国の技術改良に関する問題に対する広範な理解を提供しながら、恵まれない地域の新世代の実践者をトレーニングするコースです。電子部品は低価格であり、多くのフリーの開発環境があるため、デジタル技術は、プロトタイピングやイノベーションに対する導入点として障壁が低いとされています。また、デジタル技術は、地域に活力を与える手段となる高い可能性を秘めています。このゴールを達成するためには、開発に関する広い理解と横断的なアプローチが要求されます。

D-Lab: Schools

D-Lab: Schools は、より安くより良い学校をデザインし、途上国の教育不足によって起きる問題に対処するためのコースです。基本となる学校設立技術は、レクチャー、ラボ実験によってカバーされます。学生はチームを組織し、途上国のNPOとともに学校をデザインする術を身につけることができます。

まとめ

今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関からMIT D-Labを選択し、12のコースの内容とそれぞれのコースの代表的なプロジェクト例について紹介いたしました。2002年の設立以降、数多くのプロジェクトが生まれ、MIT 150周年記念の際には、”D-Lab150プロジェクト”という企画も実施されました[10]。途上国というフィールドに対して適正技術と持続可能なソリューションに焦点を当て、現地の様々な問題をテクノロジーとデザインによって解決していく様は、まさにMITの真骨頂と言えるでしょう。

[10] 150 D-Lab Projects to celebrate MIT’s 150th Anniversary

しかしながら、ソーシャルビジネスとして考えた場合、その圧倒的なテクノロジー、あるいは、デザインエンジニアリングに対して、ビジネス面でのイノベーションの影が薄いとの印象を受けます。確かにDevelopment Venturesのクラスは存在し、いくつかのプロジェクトをもとにソーシャルエンタープライズの起業に至っています。しかしながら、テクノロジーが主体となったビジネスであり、ビジネスとしてのスケーラビリティが考慮された事例が少ないとの印象を受けます。次回は、この点について意識しながらStanford d.schoolを紹介したいと思います。

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ソーシャルイノベーションの事例 - OLPC

前回はソーシャルエンタープライズの事例として、米国NPOのKopernikを紹介いたしました。Kopernikは、利益追求を目的としないNPO法人であり、一般市民(個人)、市民団体、会社/大学をオンラインで媒介する場、すなわち、オンラインマーケットプレイスとして機能し、マッチングのための場の提供するというビジネスモデルを選択していました。

今回取り合げるのはOLPC – One Laptop Per Child – [1]です。前回と同様に、NPOを取り上げるわけですが、Kopernikが元コンサルタントを中心に設立されたのに対して、OLPCはマサチューセッツ工科大学のNicholas Negroponte(ニコラス・ネグロポンテ)を中心に、大学発NPOとして、2005年1月に、AMD、eBay、Google、News Corporation、Red Hat、Marvellらの寄付により設立されました。

[1] OLPC
 

MITメディアラボの創設者として知られるネグロポンテは、1993から1998年に渡って『Wired Magazineにて、”Move bits, not atoms(アトムからビットへ)”と呼ばれるコラムを毎月連載していました。Tangible Media Groupの石井裕教授の有名な”Tangible Bits”の論文[2]が世に出てのが1997年。ネグロポンテが石井教授に、「過去の研究を捨て、新しい研究に挑戦しろ」と[3]と言ったのは有名な話ですが、ネグロポンテの思想は、少なからず影響を与えたと考えられます。実際に、2000年に発売された著書『タンジブル・ビット – 情報の感触・情報の気配』に、ネグロポンテ自身が「タンジブル・メディア -アトムを着るビット」という原稿を寄稿しています。

[2] Tangible Bits: Towards Seamless Interfaces between People, Bits, and Atoms
[3] 「君が取り組んできた研究の面白さはわかった。でも、MITでは同じ研究は絶対に続けるな。まったく新しいことを始めろ。人生は短い。新しいことへの挑戦は最高のぜいたくだ」

OLPCのミッションは、「ネットワークにつながったラップトップを全ての就学児に提供し、教育を通じて世界の貧しい子供たちに活力を与えること」と定められています。このミッションのために、OLPCは、耐久性のある、低価格・低電力の、ネットワークに接続されたラップトップの開発を行っています。この目的のために、協働的で、楽しく、自分ひとりで打ち込めるような学習のためのハードウェア、コンテンツ、そしてソフトウェアをデザインしています。このようなツールに子供がアクセス可能となることで、子供たちは教育に集中でき、他の子供らと、学習、共有、創造することができると彼らは考えています。また、彼らは、”It’s not a laptop project. It’s an education project.”と掲げるように、ラップトップ開発のプロジェクトではなく、教育プロジェクトであることを強調しています。

思想的背景

彼らの思想的背景は、1967年のSeymour Papert(シーモア・パパート)による”Logo”まで遡るとされています。LogoはLispを原型としたプログラミング言語で、子供の思考能力の訓練を目的としていました。Logoは、Turtle graphics(タートル・グラフィックス)と呼ばれる、デカルト座標系内の相対的なカーソル(タートル)を用いてべクターグラフィクスによる描画を実行可能なソフトウェアに採用されたことで有名です。Web上で再現されたTurtle graphics[4]のExmapleページから実際の動作を確認することができます。

[4] Web Turtle

少し話が脱線しますが、Papertは、発達心理学者Piaget(ピアジェ)の構成主義(Constructivism)の影響を強く受けています。Piagetの構成主義は,個人が「”同化”と”調整”のプロセスを経て、自らの経験から新たな知識を能動的に構成する」という理論です。”同化”とはすでに持っている認識的枠組み(シェマ)に合うように、入力された情報を変形させること、”調整”とは、認識的枠組みを新しい経験に適応させていくこと、を指します。なお、構成主義の限界については、子ども自らが間違いを訂正しながら学習する必要があるため、その子ども自身の知的な枠を越えることができないという指摘がなされています。このような構成主義に対して、「子供が大人を含む社会の手助けを借りて高次学習を獲得する」という考え方を示したのがをソヴィエトの発達心理学者Vygotsky(ヴィゴツキー)でした。

さて、Papertはこのような構成主義の考え方を踏まえ,構築主義(Constructionism)という考え方を展開しました。構築主義とは、「意味のあるものを構築することが最も高い学習効果を持つ」という理論です。このような理論に基づく学習支援システムは、構築主義システムと呼ばれ、(後のMindstormとなる)Logo言語を利用したProgrammable Bricks[5]やResnickらによるCricket[6][7]が当該システムに分類されます。

[5] Programmable Bricks
[6] Crickets(MIT)
[7] PicoCricet

話をOLPCの思想的背景に戻しましょう。Papert以外の影響として、Alan Kay(アラン・ケイ)による、持ち運び可能なパーソナルコンピュータとしてのダイナブック構想があります。また、パーソナルコンピューティングの未来像を描いたNegroponte自身による著書『Being Digital(邦題: ビーイング・デジタル – ビットの時代)』も、OPLCの設立にあたっての土台となっています。

プロダクト

さて、ネグロポンテが、2005年のダボス会議にて100ドルラップトップ構想を発表したのち、2006年には、XO-1が発表されました。XO-1の開発にあたり設定されたOLPC CTOのMary Lou Jepsenによるデザイン要件[8]を以下に示します。

[8] A Conversation with Mary Lou Jepsen

– 最小限の消費電力。総消費電力目標が2-3ワット。
– 最小限の製造コスト。100万台で製造する場合、1台あたり100ドルを目標とする。
– クールな外見、物理的な外見についても確信的なスタイリングであること
– 非常に省電力なeブックリーダ
– オープンソースとフリーソフト

実際のスペックはOLPCの該当ページ9]を参照していただくとして、いくつか特徴的な機能について説明していきましょう。

[9] XO-1.5 Technical Specs

サイズ

XO-1は、テキストブックサイズで、ランチボックスよりも軽い重量です。変形可能なヒンジのおかげで、通常のラップトップ、eブックリーダ、ゲームマシン、などの設定に変更して利用することができます。

外装

外装のエッジは丸みを帯びていて、内蔵ハンドルは、子供サイズです。キーボードは、ゴム性カバーで覆われています。デュアル対応のタッチパッドは、ドローイング、ライティング、ポインティングをサポートしています。

耐久性

ラップトップで最も壊れやすいのは、ハードディスクであり、XOはハードディスクを使っていません。また、頑丈さのために、2mm厚のプラスチックを外装に用いています。ワイヤレスアンテナは、典型的なラップトップよりも優れており、USBポートのカバーにもなります。ディスプレイも同様に、内部バンパによって保護されています。

寿命

耐久寿命は、5年を想定しています。この持続性を担保するために、子供によるフィールドテストだけではなく、工場で破壊テストを行っています。

世界への広がり

さて、XO-1は現在、31ヶ国、200万人以上の子供たちによって、利用されています。地図に詳細データがマッピングされたページ[10]で、プロジェクトの一覧を確認することができます。

[10] OLPC Deployments as of March 2011

Give One Get One

 

ビジネスモデルとして興味深いだけではなく、このXO-1の拡大に貢献したと考えられるキャンペーンが、2007年、2008年に実施された”Give One Get One (G1G1) “です。このキャンペーンは、先進国のユーザが1人2台400ドルで購入することで、1台を購入者が利用し、1台を途上国に送ることができるというものでした。2008年11月から12月まで、カナダ、アメリカを対象として実施され、2008年11月から12月には、EU、スイス、ロシア、トルコまで拡大されて実施されました。

XO-3

XO-1の次期モデルとされるXO-3は、2012年に発売予定とされています。主なデザインの特徴を以下に列挙します。

– 半フレキシブルでありながら極めて頑丈で、透明モードと反射モードとして利用できるプラスチック式のタブレットスクリーン
– e-bookリーダから写真ビューワまで対応
– 複数の子供が、同時に遊んだり、学習することを実現するマルチタッチ
– フルタッチキーボード
– 背面カメラ

まとめ

今回は、途上国の子供たちに学習のためのラップトップを提供することにより、教育の機会を提供するOLPCを取り上げました。OLPCはNPO団体であり、寄付により活動が運営されています。2008年の経済危機の影響により、年間予算は1200万ドルから500万ドルへ減額となり、2009年1月には人員削減が行われました[11]。寄付金をベースとしてプロダクトを製造・販売するプロダクトアウト型のビジネスモデルは、寄付金を捻出する企業の景気動向に左右される側面も多く、不景気期には厳しい状況に陥る可能性が高いと考えられます。

[11] January 2009 restructuring

次回からは、大学、ならびに、研究機関のソーシャルイノベーションに関連するプロジェクトにスポットを当てていきたいと思います。

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