ソーシャルイノベーションの事例 - OLPC

前回はソーシャルエンタープライズの事例として、米国NPOのKopernikを紹介いたしました。Kopernikは、利益追求を目的としないNPO法人であり、一般市民(個人)、市民団体、会社/大学をオンラインで媒介する場、すなわち、オンラインマーケットプレイスとして機能し、マッチングのための場の提供するというビジネスモデルを選択していました。

今回取り合げるのはOLPC – One Laptop Per Child – [1]です。前回と同様に、NPOを取り上げるわけですが、Kopernikが元コンサルタントを中心に設立されたのに対して、OLPCはマサチューセッツ工科大学のNicholas Negroponte(ニコラス・ネグロポンテ)を中心に、大学発NPOとして、2005年1月に、AMD、eBay、Google、News Corporation、Red Hat、Marvellらの寄付により設立されました。

[1] OLPC

 

MITメディアラボの創設者として知られるネグロポンテは、1993から1998年に渡って『Wired Magazineにて、”Move bits, not atoms(アトムからビットへ)”と呼ばれるコラムを毎月連載していました。Tangible Media Groupの石井裕教授の有名な”Tangible Bits”の論文[2]が世に出てのが1997年。ネグロポンテが石井教授に、「過去の研究を捨て、新しい研究に挑戦しろ」と[3]と言ったのは有名な話ですが、ネグロポンテの思想は、少なからず影響を与えたと考えられます。実際に、2000年に発売された著書『タンジブル・ビット – 情報の感触・情報の気配』に、ネグロポンテ自身が「タンジブル・メディア -アトムを着るビット」という原稿を寄稿しています。

[2] Tangible Bits: Towards Seamless Interfaces between People, Bits, and Atoms
[3] 「君が取り組んできた研究の面白さはわかった。でも、MITでは同じ研究は絶対に続けるな。まったく新しいことを始めろ。人生は短い。新しいことへの挑戦は最高のぜいたくだ」

OLPCのミッションは、「ネットワークにつながったラップトップを全ての就学児に提供し、教育を通じて世界の貧しい子供たちに活力を与えること」と定められています。このミッションのために、OLPCは、耐久性のある、低価格・低電力の、ネットワークに接続されたラップトップの開発を行っています。この目的のために、協働的で、楽しく、自分ひとりで打ち込めるような学習のためのハードウェア、コンテンツ、そしてソフトウェアをデザインしています。このようなツールに子供がアクセス可能となることで、子供たちは教育に集中でき、他の子供らと、学習、共有、創造することができると彼らは考えています。また、彼らは、”It’s not a laptop project. It’s an education project.”と掲げるように、ラップトップ開発のプロジェクトではなく、教育プロジェクトであることを強調しています。

思想的背景

彼らの思想的背景は、1967年のSeymour Papert(シーモア・パパート)による”Logo”まで遡るとされています。LogoはLispを原型としたプログラミング言語で、子供の思考能力の訓練を目的としていました。Logoは、Turtle graphics(タートル・グラフィックス)と呼ばれる、デカルト座標系内の相対的なカーソル(タートル)を用いてべクターグラフィクスによる描画を実行可能なソフトウェアに採用されたことで有名です。Web上で再現されたTurtle graphics[4]のExmapleページから実際の動作を確認することができます。

[4] Web Turtle

少し話が脱線しますが、Papertは、発達心理学者Piaget(ピアジェ)の構成主義(Constructivism)の影響を強く受けています。Piagetの構成主義は,個人が「”同化”と”調整”のプロセスを経て、自らの経験から新たな知識を能動的に構成する」という理論です。”同化”とはすでに持っている認識的枠組み(シェマ)に合うように、入力された情報を変形させること、”調整”とは、認識的枠組みを新しい経験に適応させていくこと、を指します。なお、構成主義の限界については、子ども自らが間違いを訂正しながら学習する必要があるため、その子ども自身の知的な枠を越えることができないという指摘がなされています。このような構成主義に対して、「子供が大人を含む社会の手助けを借りて高次学習を獲得する」という考え方を示したのがをソヴィエトの発達心理学者Vygotsky(ヴィゴツキー)でした。

さて、Papertはこのような構成主義の考え方を踏まえ,構築主義(Constructionism)という考え方を展開しました。構築主義とは、「意味のあるものを構築することが最も高い学習効果を持つ」という理論です。このような理論に基づく学習支援システムは、構築主義システムと呼ばれ、(後のMindstormとなる)Logo言語を利用したProgrammable Bricks[5]やResnickらによるCricket[6][7]が当該システムに分類されます。

[5] Programmable Bricks
[6] Crickets(MIT)
[7] PicoCricet

話をOLPCの思想的背景に戻しましょう。Papert以外の影響として、Alan Kay(アラン・ケイ)による、持ち運び可能なパーソナルコンピュータとしてのダイナブック構想があります。また、パーソナルコンピューティングの未来像を描いたNegroponte自身による著書『Being Digital(邦題: ビーイング・デジタル – ビットの時代)』も、OPLCの設立にあたっての土台となっています。

プロダクト

さて、ネグロポンテが、2005年のダボス会議にて100ドルラップトップ構想を発表したのち、2006年には、XO-1が発表されました。XO-1の開発にあたり設定されたOLPC CTOのMary Lou Jepsenによるデザイン要件[8]を以下に示します。

[8] A Conversation with Mary Lou Jepsen

– 最小限の消費電力。総消費電力目標が2-3ワット。
– 最小限の製造コスト。100万台で製造する場合、1台あたり100ドルを目標とする。
– クールな外見、物理的な外見についても確信的なスタイリングであること
– 非常に省電力なeブックリーダ
– オープンソースとフリーソフト

実際のスペックはOLPCの該当ページ9]を参照していただくとして、いくつか特徴的な機能について説明していきましょう。

[9] XO-1.5 Technical Specs

サイズ

XO-1は、テキストブックサイズで、ランチボックスよりも軽い重量です。変形可能なヒンジのおかげで、通常のラップトップ、eブックリーダ、ゲームマシン、などの設定に変更して利用することができます。

外装

外装のエッジは丸みを帯びていて、内蔵ハンドルは、子供サイズです。キーボードは、ゴム性カバーで覆われています。デュアル対応のタッチパッドは、ドローイング、ライティング、ポインティングをサポートしています。

耐久性

ラップトップで最も壊れやすいのは、ハードディスクであり、XOはハードディスクを使っていません。また、頑丈さのために、2mm厚のプラスチックを外装に用いています。ワイヤレスアンテナは、典型的なラップトップよりも優れており、USBポートのカバーにもなります。ディスプレイも同様に、内部バンパによって保護されています。

寿命

耐久寿命は、5年を想定しています。この持続性を担保するために、子供によるフィールドテストだけではなく、工場で破壊テストを行っています。

世界への広がり

さて、XO-1は現在、31ヶ国、200万人以上の子供たちによって、利用されています。地図に詳細データがマッピングされたページ[10]で、プロジェクトの一覧を確認することができます。

[10] OLPC Deployments as of March 2011

Give One Get One

 

ビジネスモデルとして興味深いだけではなく、このXO-1の拡大に貢献したと考えられるキャンペーンが、2007年、2008年に実施された”Give One Get One (G1G1) “です。このキャンペーンは、先進国のユーザが1人2台400ドルで購入することで、1台を購入者が利用し、1台を途上国に送ることができるというものでした。2008年11月から12月まで、カナダ、アメリカを対象として実施され、2008年11月から12月には、EU、スイス、ロシア、トルコまで拡大されて実施されました。

XO-3

XO-1の次期モデルとされるXO-3は、2012年に発売予定とされています。主なデザインの特徴を以下に列挙します。

– 半フレキシブルでありながら極めて頑丈で、透明モードと反射モードとして利用できるプラスチック式のタブレットスクリーン
– e-bookリーダから写真ビューワまで対応
– 複数の子供が、同時に遊んだり、学習することを実現するマルチタッチ
– フルタッチキーボード
– 背面カメラ

まとめ

今回は、途上国の子供たちに学習のためのラップトップを提供することにより、教育の機会を提供するOLPCを取り上げました。OLPCはNPO団体であり、寄付により活動が運営されています。2008年の経済危機の影響により、年間予算は1200万ドルから500万ドルへ減額となり、2009年1月には人員削減が行われました[11]。寄付金をベースとしてプロダクトを製造・販売するプロダクトアウト型のビジネスモデルは、寄付金を捻出する企業の景気動向に左右される側面も多く、不景気期には厳しい状況に陥る可能性が高いと考えられます。

[11] January 2009 restructuring

次回からは、大学、ならびに、研究機関のソーシャルイノベーションに関連するプロジェクトにスポットを当てていきたいと思います。

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