デザイン思考の系譜

前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第4弾として、FabLabを選択し、その思想的特徴、中心となっているクラス”How To Make (Almost) Anything”、利用可能なツールについて説明を行いました。特にツールについては、MIT FabLabで利用可能なツールに加えて、100ドル程度のコストで構築可能なツールについても紹介いたしました。

第04回から第10回までの7回に渡って、企業、NPO、大学、研究機関のソーシャルイノベーションの事例について検討してきましたが、今回からは再びデザイン思考の話へトピックを戻します。まずは、デザイン思考の系譜について、4人の研究者の提唱する定義とデザインプロセスについて説明しましょう。イントロダクション(第01回)で説明した内容と一部、重複する箇所もありますが、今回はより詳細な説明をしています。

デザイン思考の起源

デザイン思考(Design Thinking)という言葉それ自体は、建築家ピーター・ロウ(Peter G. Rowe)の著書『Design thinking』(邦題『デザインの思考過程』)において、初めて著作物のタイトルとして登場しました。 ロウのデザイン思考は、建築家あるいは都市計画立案者によって利用されてきた問題解決プロセスをシステテム思考に基づいて説明を試みるものでした。それは、「ユーザの関心を理解」し、ユーザにとって「より優れたプロダクトをデザインする」ための方法論としてのデザイン思考ではありませんでした。

建築あるいは都市計画のタームとしてのデザイン思考は、ロルフ・ファステ(Rolf Faste)によって、創造的なデザインプロセスとしてのデザイン思考へと定義されました。スタンフォード大学の機械工学部には、「Visual Thinking」 という、ロバート・マッキム(Robert McKim)によって60年代に開始され、現在も続く名物クラスが存在します。このクラスは、視覚的に考えるための様々な訓練を通じて、創造性を刺激することを目的としたものです。ファステは、80~90年代のスタンフォード大学での教育において、マッキムのコンセプトを拡張し、デザイン思考の概念を定義し、普及させていきました[1]。

[1] Forget Design Thinking and Try Hybrid Thinking

IDEO | David Kelly

プロダクトデザインにおける方法論としてデザイン思考を一躍有名にした会社こそ、デザインコンサルティングファームIDEOです。IDEOの設立者ディビッド・ケリー(David Kelly)は、ファステのスタンフォード大学時代の同僚でした。ケリーは、彼の著書『The Art of Innovation(邦題:発想する会社)』において、IDEOにおけるデザインプロセスを以下のように説明しています。

プロセス

Understand

  • 市場、クライアント、技術、そして、問題に関する認識されている不満について理解する。
  • Observe

  • 何が人々を困惑させているか、何が好きで何が嫌いか、現在のプロダクトやサービスによって対処されていない潜在的な欲求などを、実世界の人々を観察することで発見する。
  • なお、UnderstandとObserveが1つに統合され、代わりにSynthesizeが入るバージョンもあります。Synthesizeは、UnderstandとObserveのプロセスで収集したデータを1つの部屋に集め、アイディアを記録するプロセスを意味します。ここで紹介しているバージョンでは、このプロセスは、実際にはObserveの中に含まれるプロセスと考えてよいでしょう。

    Visualize

  • 新しいコンセプトとそれを使う顧客を視覚化する。
  • Evaluate & Refine

  • プロトタイプを評価し、ブラッシュアップを行う。
  • このプロセスを短い期間で迅速に繰り返す。
  • Implement

  • 新しいコンセプトを実装し、商品化する。
  • IDEO | Tim Brown

    IDEOの現CEOであるティム・ブラウン(Tim Brown)は、Harverd Business Reviewの彼の記事(『Design Thinking』)[1]において、以下のようにデザイン思考を定義し、デザインプロセスについて説明しています。

    [1] Design Thinking

    定義

    デザイン思考は、技術的に実現可能なものやビジネス戦略を顧客価値や市場機会へと転換可能なものと、人々の要求とを一致させるために、デザイナの感覚と手法を利用する方法、である。

    プロセス

    Inspiration

  • あなたのプランに利用可能なリソースを配分しよう。
  • ビジネス上の問題は何か、機会はどこにあるのか、何が変わったか、あるいは、変わる可能性があるか?
  • 世界を見てみよう。人々がしていること、どうやって考え、何を必要としているかを観察しよう。
  • ビジネス上の問題点は何か?(時間、リソース不足、貧しい顧客基盤、縮小気味のマーケット)
  • 最初から多くの分野の人を巻き込もう(エンジニアリングとマーケティングなど
  • 子供や初老の人など、極端なユーザに注意を払おう。
  • 洞察や物語を語れるプロジェクトルームを持とう。
  • 新たな技術がどうやって助けるのか?
  • そのビジネスの中に、様々なアイディア、資産、専門知識が隠れているだろうか?
  • 情報を整理し、可能性を統合しよう。
  • Ideation

  • 多くのスケッチと具体的なシナリオをつくろう。
  • 創造的なフレームワークを構築しよう。
  • 統合的な思考を適用しよう。
  • 顧客を実際に配置し、彼らの旅(体験)を記述しよう。
  • プロトタイプとテストを繰り返そう。
  • より多く語ろう。
  • 内部でコミュニケーションを密に取ろう。
  • プロトタイプを制作し、ユーザにテストをしてもらおう。
  • Implementation

  • 経験を設計しよう。
  • マーケティングを手助けし、コミュニケーション戦略をデザインしよう。
  • ビジネス化し、世界へ広げよう。
  • 次のプロジェクトへ。
  • 奥出直人

    次に紹介するのは、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 奥出直人が執筆した『デザイン思考の道具箱』(p.86-110)において説明されているデザインプロセスです。奥出は、創造のプロセスとして、7つのステップを設定しています。プロセスの上流には、哲学とビジョンの構築、技術の棚卸しとフィールドワーク、コンセプト/モデルの構築、デザインの4ステップが、プロセスの下流には、実証、ビジネスモデル構築、ビジネスオペレーションの3ステップが設定されています。以下では、それぞれのステップの詳細について説明された該当箇所を引用します。

    プロセス

    1. 哲学とビジョンの構築
    哲学とは、人間として、社会のために実現したいこと、信念である。これを受けてビジョンを作る。
    ビジョンとは、信念を実現するための欲求、具体的に「こういうモノが欲しい」という欲望である。

    2. 技術の棚卸しとフィールドワーク
    技術の棚卸しとはアイディアや技術をたくさん並べて、それをビジョンに割り振ってみるというやり方である。こうすることで、自分たちの技術で実現可能なものを見つける。
    哲学とビジョンができた段階で、技術の棚卸と前後して自分のビジョンを実現してくれるであろう「師匠」を探して街に出る。

    3. コンセプト/モデルの構築
    フィールドワークでの経験をもとに、コンセプト作りのアイディアを出す。アイディアをいくつか組み合わせて、具体的にどのような技術でそれが可能になるのかを検討したものを「コンセプト」と呼ぶ。
    また、コンセプトを実現するための基本構造やしくみを選んだり、作り出したりする作業を「モデル」を作る、あるいは探すと呼ぶ。このときのモデルとはビジョンを実現する具体的は方法、構造に加えて、形のデザインを含んだものである。

    4. デザイン – デモンストレーション用プロトタイプ
    コンセプト、あるいは、コンセプトモデルをしっかり考えたあと、それを実際に使えるものにしていくという過程が、ここでいうデザインなのである。デザインとは、実際に作ることができるモノを考えることである。機能を考えながら必要な要素を集め、構造や仕組みをつくっていく作業である。

    5. 実証
    デザインしたものを実際に製作して、人々に使ってもらって、問題点を明らかにする。

    6. ビジネスモデル構築
    新しいソリューションをデザインする。

    7. ビジネスオペレーション
    ソリューションを運営する事業主体を決める。

    Hasso Plattner

    最後に紹介するのは、Hasso-Plattner-Institut: HPI School of Design Thinking in Potsdam、通称Potsdam d.schoolの教授陣(Hasso Plattner, Christoph Meinel & Ulrich Weinberg )で編集された『Deisgn Thinking』において説明されているデザインプロセスです。Hasso Plattnerらは、デザインプロセスは6段階のステップで構成されるが、ノンリニア、かつ、反復のプロセスに他ならないと述べています。以下では、それぞれのステップの詳細について説明します。

    プロセス

    Understand

  • 最初のステップは、問題を理解することである。問題を正しく理解して、正しいリサーチクエスチョンを考案する。
  • これにより、チームは次のステップに向かって適切な手法を選択することができるようになる。
  • Observe

  • 考案された問いに対して、より深い理解を構築するためには、伝統的なマーケットリサーチの手法の限界を克服する手法を用いる必要がある。ここでいう手法とは、コンテクスチュアルインクワイアリーや、エスノグラフィなどが該当する。
  • このステップの典型的な成果として、写真、ビデオ、スケッチ、日記などが挙げられる。
  • Point of View

  • イノベーションを目的とするチームは、全ての知識を収集し、共通のポジションを構築する必要がある。
  • このステップの典型的な成果として、ペルソナの詳細記述、顧客体験分析などが挙げられる。

    Ideate

  • アイディエーションは、ユーザ、顧客の目線で問題を見れるようになった段階からスタートする。
  • アイディエーションのステップでは、質より量を選択し、多くのアイディアを生み出すところからはじめ、後半に絞り込む。続いて、low-resプロトタイピングと呼ばれるプロセスに移行する。このプロセスは、顧客がプロセスに入り込むという点において、従来のマーケティング部門のブレインストーミングやR&Dのプロトタイピングと異なる。
  • このステップの典型的な成果として、多くののアイディアと加工品などが挙げられる。
  • Prototype

  • このステップでは、不完全であることが求められる。最も重要なプロトタイプの機能は、そのソリューションの強みと弱みを把握できる状態にすることにある。
  • このステップの典型的な成果として、ビデオによる顧客体験、製品プロトタイプ、ビジネスモデルプロトタイプなどが挙げられる。
  • Test

  • 最後のステップは、顧客を再度巻き込む。ここでは、プロトタイプの反復的な改良が行われる。必要であれば、全てのプロセスを再度繰り返すこととなる。ソリューションが成功し、ユーザに受け入れられることが保証された場合、そのソリューションや戦略はマーケットへ出される準備が整ったと見なされる。
  • まとめ

    ここまで4つのデザインプロセスを紹介してきました。各プロセスの区分的な違いはあれ、全てに共通していることは、以下のステップと言えます。

    1. フィールドへ赴き、データを取得する
    2. 課題を発見し、仮説を構築する
    3. プロトタイピングを行う
    4. フィールドへ赴き、テストを行う
    5. 製品を実装する

    1では、フィールドにてデータを収集することが不可欠です。1で得られたデータを、目的に併せて、質的、もしくは量的手法にて分析を行い、2のステップにおいて仮説(理論、モデル)を構築します。3と4のステップは、特に何度も繰り返す必要があります。様々な技術を試し、課題をもっともエレガントに解決できるプロトタイプを構築するプロセスと言えます。なお、必要な場合どのステップからも1のステップに戻る可能性があるため、全体的として、反復的なプロセスと言えます。

    1では、フィールドにてデータを収集することが不可欠です。1で得られたデータを、目的に併せて、質的、もしくは量的手法にて分析を行い、2のステップにおいて仮説(理論、モデル)を構築します。3と4のステップは、特に何度も繰り返す必要があります。様々な技術を試し、課題をもっともエレガントに解決できるプロトタイプを構築するプロセスと言えます。なお、必要な場合どのステップからも1のステップに戻る可能性があるため、全体的として、反復的なプロセスと言えます。

    このように共通するステップを抽出してみると、デザイン思考とは”エスノグラフィを起点とした、プロトタイピング、およびその一連のプロセスのイテレーション(Iteration/繰り返し)”とまとめることができます。「エスノグラフィ」とは、フィールドワークに基づいて人間社会の現象の質的説明を表現する記述を指します。1のステップのフィールド調査、ならびに、4のステップのユーザテストは、まさにエスノグラフィ的記述を目的として実行されます。このプロセスで記述されたテクストを用いて構造化された現象に基づいて仮説が構築され(ステップ2)、プロトタイプの構築と修正が繰り返され(3、4のステップ)、プロトタイプは、より優れたユーザ体験を提供可能なプロダクトへと洗練されていくのです(ステップ5)。

    さて、ここでいくつかの疑問が生じます。例えば、
    – フィールドワークをする際のメソッドとは?
    – ユーザを理解するためのメソッドとは?
    – 獲得したデータから仮説(モデル、理論)を構築するメソッドとは?
    – 獲得したデータを用いてどこでいかにして創造のジャンプを発生させるか?
    さらに、
    – BOPという特殊なフィールドにおいて利用可能なデザインメソッドとは?
    といった点も考慮される必要があります。

    次回からは4回に渡って、これらの問いに対する回答として、既存のデザインメソッドの概要ならび限界について説明いたします。そして、既存の手法の限界を克服するオリジナルのデザインメソッドである構造構成主義的プロダクトデザイン手法について説明をしていきます。

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