デザインメソッド – モデリング

前回よりデザインプロセスにおいて用いられてきた、既存のデザインメソッドについて紹介をしています。前回は「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ためのメソッドとして、まず、量的データではなく、質的データに注目し、質的調査法として、口頭データと視覚データの様々な採取方法について説明をしました。その上で、目的に応じた複数の手法の組み合わせの事例として、エスノグラフィック・インタビューの一形態である、コンテクスチュアル・インクワイアリについて説明をし、その限界について言及いたしました。

第2弾となる今回は、2番目のプロセスである「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドを紹介していきましょう。このプロセスでは、最初のプロセスである、「1. フィールドへ赴き、データを取得」するプロセスにて取得した”質的データ”を用いて、仮説を構築していきます。

このプロセスでは、フィールドにおける現象を理解するために、事象同士の関係形式としての「構造」を構成します。構造それ自体を表現したものを「モデル」と呼ぶことから、構造化の過程を「モデリング」と呼びます。モデルは、構造を視覚化することで、より深い理解をもたらし、議論の土台となるため、非常に有用なツールといえます。実際には、モデリングを通じて構築された複数のモデルをもとに仮説を構築することになります。以下では、様々なモデルを構築するメソッドを紹介していきましょう。

ユーザモデル

ユーザモデルの代表格がペルソナです。以下では,ペルソナについて紹介したのち,ペルソナと併せて用いるシナリオ、そしてこれらをツールとして用いたメソッドである、”ゴールダイレクテッドデザイン”について説明をいたします。

ペルソナ

ペルソナは、製品を使うこととなる架空の人物を表す属性をドキュメント一式にまとめる手法です。ここでいう人物を規定する属性とは、名前、性別、性格、趣味、動機などを指します。これらの属性を質的調査法で取得したデータを元に確定していきます。また、各ペルソナは、すること(行為、または予測される行為)と理由(ゴールと動機)の特徴に基づいて作られる必要があります。下の図はAdaptive Pathで作成したKivio(ダイアグラムツール)ユーザのペルソナの例です[1]。

[1] A persona chart developed for Kivio, a diagramming tool similar to Visio.

詳細なペルソナを形成し、チームでペルソナを共有することは、単なるアノニマスなユーザではなく、具体的な人物のために、プロダクト、サービス、システムをデザインする感覚を与える効果をもたらすだけではなく、この人物に対してどのような状況でどのようなデザインが有効であるかについて検討が可能となります。

シナリオ

シナリオは、ユーザがプロダクト、サービス、システムを使うストーリーを時系列に沿って表記する、言葉によって作られるプロトタイプです。状況が厳密に描写されたシナリオを作成し、チームでシナリオを共有することは、制作物にて用いられているデザインコンセプトの迅速な理解を促進するでしょう。また、このプロセスに先のペルソナを組み合わせることで、ある状況の中で想定するユーザがどのように振る舞うかという点についての理解を深めることが可能となります。このプロセスは、ペルソナそれ自体の妥当性の検証にも利用できます。当然、シナリオを作成する際も、フィールドで取得したデータに照らし合わせて作成する必要があります。

Adaptive Pathのダン・サファー(Dan Saffer)の著書『Designing for Interaction(邦題:インタラクションデザインの教科書)』より、以下に、オンラインのスーパーマーケットによる宅配サービスのシナリオの例を示します。

サラは、オンラインスーパーマーケットであるBigGroceryのアカウントにログインする。先週の注文品リストを見て、今週も同じものを注文することに決める。自分の「Groceryリスト」をからいくつかの品をドラッグして除外する。合計金額がそれにしたがって再計算される。欲しい物が全部リストにあるので、「配達」ボタンをクリックする。すでに登録してあるクレジットカードに請求され、約1時間後に配達が来ることが確認ページでわかる。

ゴールダイレクテッドデザイン

すでにペルソナの概要については上記にて説明をいたしました。アラン・クーパーは自身の主張する”ゴールダイレクテッドデザイン”において、ペルソナをユーザモデルの1つとして活用することを主張しています。まずは、ゴールに関する彼の説明を引用しましょう。

被験者から観察された行動にコンテキストを与えるのがペルソナだとすると、ゴールはその行動の原動力である。ゴールのないペルソナはコミュニケーションツールとしては役立つかもしれないが、デザインツールとしては使いものにならない。ユーザのゴールは、デザイナにとっては、製品の機能を考えるときにかならず通してみなければならないレンズのようなものだ。製品の機能と振る舞いは作業の助けを借りてゴールを達成しなければならない。一般に作業は絶対必要なものだけに抑える。作業は、執着駅までの手段にすぎない。ゴールこそが執着駅だ。

次に、クーパーは3つのゴールについて説明をしています。これら3つのゴールはドナルド・ノーマン(Donald Norman)の『Emotional Design(邦題:エモーショナル。デザイン)』の認知プロセスの3レベル理論(本能的レベル-行動的レベル-内省的レベル)に対応しています。本能的レベルとは、製品に深く関わる前に、五感が最初に知覚する部分のデザインです。次に、行動的レベルのデザインとは、ユーザの行動、暗黙の前提、脳内モデルをうまく補うような、製品の振る舞いのデザインです。最後に、内省的レベルのデザインは、長期的な製品との関係のデザインです。

エクスペリエンスゴール

エクスペリエンスゴールとは、製品を使っていた時にどのように感じていたか、ということであり、製品とのインタラクションの品質を意味します。

例:
– 自分が賢く感じられ、全体を掌握している感じを持てる。
– 楽しい。
– 落ち着いていて安心感がある。
– 仕事に集中していて鋭敏になっている感じがある。

エンドゴール

エンドゴールとは、特定の製品と直結した作業を実行することに対するユーザのモチベーションを指します。

例:
– 重大になる前に問題に気づく。
– 友人や家族との連絡を絶やさない。
– 毎日5時までにTO-DOリストを作る。
– 私が好きな音楽を見つける。
– 最良の取引を手に入れる。

ライフゴール

ライフゴールは、ユーザの深いところにある原動力、モチベーションであり、ユーザがエンドゴールを達成しようと努力している理由をある程度説明するものです。

例:
– よい人生を送る。
– ~という野望を成功させる。
– ~のプロになる。
– 同僚たちから人気、好意、敬意を集める。

ペルソナの構築プロセス

さて、クーパーは、Goodwin 2002らのペルソナ構築手法[2]をもとに、ペルソナの構築プロセスを7ステップで定めています。以下にそのプロセスについて説明しましょう。

[2] Goodwin, Kim 2002. Getting from Researech to Personas: Harnessing the Power of Data. User Interface 7 west Conference.

1. 行動変数を見極める。

調査を終え、データを大まかにまとめた後、観察された行動の様々な側面を行動変数にまとめていきます。一般に行動パタンの最も重要な差異は、次の変数に注目すると現れるとされています。

活動:ユーザが何をしているか、頻度と量。
態度:ユーザが製品のドメインやテクノロジについてどう思っているか。
適性:ユーザが受けた教育訓練は何か、学習能力はどれだけか。
モチベーション:ユーザが製品ドメインに関わっているのはなぜか。
技能:製品ドメインとテクノロジに関わるユーザの能力。

2. インタビューの被験者を行動変数に対応づける。

インタビューの被験者たちが顕著な行動変数を示したことが確認できたら、変数の範囲内に被験者を対応づけていきます。

例:
サービス重視 – 価格重視
必要なものだけ – 娯楽

3. 顕著な行動パタンを見出す。

被験者を行動変数の範囲に対応づけたら、複数の範囲を通じて被験者が同じように集中しているところを探します。6, 8個の異なる変数を通じて同じ被験者の集合ができていれば、それはペルソナの基礎となる顕著な行動パタンを表していると考えられます。

4. 特徴とそれに関係のあるゴールを総合する。

見つかった顕著なパタンごとに、データからディティールを集めて全体像を作らなければなりません。潜在的な利用環境、典型的な作業日、現在のソリューションとそれに対する不満。周囲の人々との関係などをまとめます。

5. 重複や完成度をチェックする。

人口統計学的変数以外に違いの見つからない2つのペルソナが見つかった場合には、重複するペルソナの片方を取り除くか、ペルソナの個性を調整して差を際立たせるようにします。

6. 態度や振る舞いの記述を拡張する。

ペルソナの態度、ニーズ、他のチームメンバとの間の問題点などを伝えるには、3人称の物語の方がはるかに強力です。物語は、デザイナ、作者とペルソナやそのモチベーションとの関係を深める効果もあります。

7. ペルソナの配役を決める。

どのペルソナを主要なデザインターゲットにするかを決めて優先順位をつけます。

主役:インタフェース設計の主要なターゲット。
脇役:主役のインタフェースで満足させられるが、特殊なニーズを余分にもっており、その部分は主役に奉仕するという製品の能力を損なわずに実現できる。
端役:主役でもなく脇役でもないペルソナ。
顧客:エンドユーザではなく顧客ニーズである。
サービス利用者:製品のユーザではないが、製品の利用によって直接的な影響を受けるもの。例えば、放射線療法の患者は装置のユーザではない。
黒衣:製品の奉仕対象にはならないタイプのユーザ

ワークモデル

次に、ベイヤーとホルツブラッド(Hugh Beyer & Hugh Beyer)の『Contextual Design』にて提唱されている、ユーザの「行動」を構造的に分析するための5つの”ワークモデル”を紹介します。こちらもユーザモデルと同様に、収集したデータをもとに、モデルを構築していきます。ここでは、実際のモデルの例として、「台湾における伝統的な社会活動としてのお茶を飲む習慣」を用いて説明をいたします[3]。

[3] Ko-Hsun Huang and Yi-Shin Deng, 2008. Social Interaction Design in Cultural Context: A Case Study of a Traditional Social Activity. International Journal of Design, Vol.2, No.2.

フローモデル

複数のユーザーがタスクを終えるまでにどのように調整を行っているか、そして、ユーザ同士のコミュニケーションの流れを記述するモデル。

シーケンスモデル

ユーザーがタスクを終えるまでの詳細なステップを記述するモデル。
シーケンスモデルの特徴は、シーケンスの目的(シークエンスが達成しようとするもの)とトリガー(シークエンスをスタートさせるもの)を示す点にあります。

文化モデル

行動が行われる環境における文化を、影響者と影響という形で記述するモデル。
影響者は組織内の個人、グループ、あるいは、概念上の集団、外部など行動に影響を与えたり、制約したりする人を指します。影響は、影響を与える方向とどれだけ影響度があるかを矢印や円の大きさで示します。

アーティファクトモデル

ユーザーがタスクを終えるまでの過程で利用、あるいは、構築するアーティファクト(人工物)を記述するモデル。

物理モデル

行動が行われる物理的環境や道具を記述するモデル。

グラウンデッド・セオリー・アプローチ

ここまでユーザの属性に関するモデル、ユーザの行動に関するモデルを構築してきました。次に、フィールドの構造化に関するメソッドを紹介しておきましょう。ここでは、社会学者のBarney Glaser と Anselm Strauss(グレイザー & シュトラウス)によって提唱された、(オリジナル版)グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach / GTA)を紹介いたします。

多摩大学教授の紺野登 氏は『ビジネスのためのデザイン思考』において、質的データのデザイン手法として3つのメソッドを取り上げ、そのうちの1つとしてGTAを紹介しております。ここでは、紺野氏の解説をもとに説明させていただきます。

GTAは、フィールドに密着して得られたフィールドデータをつきあわせながら、帰納的に(個々の具体的事例から一般原理・法則を導きだす考え方で)まとめていき、現場の問題を解決するための有効な理論の発見を行う方法論です。

GTAは、典型的な帰納法であり、データを収集したのち、いくつかの段階でコーディング(符号付)を行います。以下にコーディングの3つのステップを引用いたします。

1. オープンコーディング(データからラベルづけへ)
観察やインタビュー記録をもとに、最小単位のデータに切り分けて、それらを眺め、比較しながら、意味のまとまりを発見してラベル(キーワード)を付ける過程。

2. 軸足コーディング(ラベルからコンセプトへ)
全体をいくつものラベル(変数)で表し、それらの関係性を明らかにし、次に代表的なラベルをもとにしながらさらに大きな意味のまとまり=カテゴリ(コンセプト)を見いだす過程。

3. 選択的コーディング(コンセプトから理論へ)
中核となるカテゴリを決め、その他のカテゴリを関連づけて、実践のための道筋を明らかにする。

実際のGTAの一般的なプロセスは、以下の5つのプロセスで構成されます。

1. インタビューや観察からフィールドノートを作り、最小単位のデータに切片化する作業

2. 切片化されたデータを付きあわせて、共通した意味のものをまとめラベル化する。これらを関連づけながらコンセプトやモデルを形づくっていく(オープン・コーディング過程)。

3. データを切片し、まとめ、ラベルづけをし、それらをいくつかのまとまり(変数、あるいは、カテゴリ)として、相互の因果関係を見出すクラスター化を行う。(軸足コーディング過程)

4. カテゴリ群からコンセプトを生み出す。

5. 理論化・モデル化する(選択的コーディング過程)。

このようなオリジナル版GTAの手法について、「実際のデータ収集と分析、特にコーディング方法に関して明確に示されていない」という限界が指摘されており、木下らによりM-GTA(Modified Grounded Theory Approach/修正版グラウンデッドセオリーアプローチ)が提案されています。木下らはGTAに対する課題点の克服として以下の3つを挙げています。

1. コーディング方法の明確化(分析プロセスの明示)
実際に活用しやすく、かつ、分析プロセスが他の人にも理解しやすいという両方の条件を満たすものを提案している。

2. 意味の深い解釈
分析プロセスを明示化するだけではなく、深い解釈を組み込んでいる。

3. 60年代の限界(素朴な客観主義)と近年の質的研究動向に対して、独自の認識論(インタラクティブ性)
研究をデータ収集段階(協力者-研究者)、データ分析段階(分析焦点者-研究者)、分析結果の応用段階(研究者-応用者)に分け、各段階において、研究する人間を他者との社会関係に位置づける。

サービスブループリント

最後に、適切なサービス構造を構築するために、1984年にリン・ショスタック(Lynn Shostack)によって提案された、サービスブループリントを紹介しましょう.サービスブループリントは、5つのコンポーネントで構成されます。

具体的な現象
顧客がある会社と接点を持つ間に受けるすべての具体的な現象.

顧客の行動
顧客がサービスを受けるプロセスにおいて,顧客が取りうる全てのステップ.

オンステージ/目に見える従業員の接点行動
顧客とのフェイストゥーフェイスでの接点の中で起こる従業員の行動.

バックステージ/目に見えない従業員の接点行動
顧客にサービスを提供するために従業員が取るその他すべての行為に加えて,顧客との目に見えないインタラクション.

サポートプロセス
顧客との接点を持たないが,社内の個人あるいはチームによって実行されるすべての行動.サービスを実行するために必要不可欠な機能.

実際にブループリントを構築するプロセスは、以下の1-6のステップを含んでいます[4]。

1. サービスプロセスを同定する。
2. サービスを経験する顧客のセグメントを同定する。
3. 顧客視点でサービスを記述する。
4. オンステージとバックステージの従業員の接点行動を記述する。
5. 接点行動と必要とされるサポート機能とをリンクさせる。
6. 顧客のとる全ての行動のための証拠を追加する。

[4] Wilson, A., Zeithaml, V., Bitner, M. J., & Gremler, D. (2008). Services Marketing: Integrating Customer Focus across the Firm. Glasgow, UK: McGraw-Hill.

まとめ

今回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、質的データを用いたモデリング手法について紹介いたしました。具体的には、ユーザの属性に注目したユーザモデリングとして、ペルソナ、シナリオ、ゴールダイレクテッドデザイン、ユーザの行動に注目したワークモデル、フィールドの構造を理解するためのGTA、そして、サービスの構造を構築するためのサービスブループリントを紹介してきました。モデルリングのプロセスを通じて現象が構造化されることこそが最も重要なポイントといえるでしょう。確かにモデルを構築するプロセスは単に現象を分析するだけにすぎません。しかしながら、創造のジャンプを実現するためにも、適切なモデルを構築し、チームで共有可能な状態としておくことは大前提であると考えます。

次回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なメソッドとして、デザインパタンを紹介いたします。

続きを読む

デザインメソッド – デザインリサーチ

前回は、デザイン思考の系譜として、David Kelly、Tim Brown、奥出直人、Hasso Plattnerという4人の研究者の提唱する定義とデザインプロセスについて説明いたしました。また、これらのデザインプロセスの共通点として、以下の5つを挙げました。

1. フィールドへ赴き、データを取得する。
2. 課題を発見し、仮説を構築する。
3. プロトタイピングを行う。
4. フィールドへ赴き、テストを行う。
5. 製品を実装する。

さて、今回から4回に渡って、既存のデザインメソッドについて紹介をしていきます。上記のデザインプロセスは、デザイン思考の単なるプロセスに過ぎず、実際にデザインするためには、デザインメソッドを用いて質を担保する、さらには、効率化を実現することがもとめられます。第1回目は、最初のプロセスである、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」のためのメソッドを紹介していきましょう。

データには量的データと質的データが存在します。量的データは、市場調査などで使われる、数値で表現可能なデータを意味します。一方で、質的データは、ユーザインタビュー等で取得される、テキストで表現可能なデータを意味します。デザイン思考において重要視されるデータは、後者の質的データです。これは、量的データでは、人間の複雑な活動、複雑な振る舞いについての説明が不可能であり、ユーザについて細部まで深くデータを取得するためには、質的データを利用する必要があります。

Alan Cooper(アラン・クーパー)はその著書『About Face3』にて、質的データを用いることで特に理解しやすいものとして以下を挙げています。

– 製品の潜在ユーザの振る舞い、態度、適正など
– デザインをする製品を取り巻く技術的、ビジネス的なコンテキスト(ドメイン)
– ドメインに関する語彙やその他の社会的側面
– 既存の製品がどのように使われているか

質的調査の対象

具体的な調査法の説明を行う前に、質的調査を行う対象について説明します。ここではクーパーにならい、4つのグループを取り上げたいます(p.73-76)。

ステークホルダー
一般にステークホルダーとは,デザインしようとする製品についての権限や,責任を持っているひとのことである.より具体的に言えばデザインの仕事を発注してきた企業の主要なメンバーのことであり,一般的には経営者,マネージャ,開発チームの主力メンバ,営業,製品管理,マーケティング,カスタマーサポート,デザイン,ユーザビリティの担当者が含まれる.

SME(Subject Matter Experts)
SMEとは,製品が使われるドメインにおける専門家のことである.多くのSMEは,製品,または,その前身の製品のユーザだったひとたちで,現在は例えば,トレーナ,マネージャ,コンサルタントになっている.

顧客
製品の顧客とは,製品を買うことを決める人のことである.コンシューマ製品の場合は,コンシューマ自身が製品のユーザであることが多いが,10代の少年少女や子供を対象とする製品の場合は,親を始めとする大人の監督者が顧客になる.企業向けの製品や,医療などの専門分野を対象とする製品では,顧客とユーザは大きく異なる.この場合,顧客は経営者やIT部長で,ユーザとは大きく異なるゴールやニーズを持っている.

ユーザ
製品のユーザは,自分のゴールを達成するために自ら製品を使う人たちである.既存の製品のデザイン変更や改良の作業をしている場合には,現在のユーザと潜在のユーザの両方と話をすることが大切である.

では、具体的な質的調査法についてウヴェ・フリックの『質的研究入門』をもとに説明していきましょう。まず、質的データとして口頭データと視覚データの取得方法を紹介いたします。様々な方法があるので、調査者は目的に併せて複数の方法を組み合わせることが求められます。

口頭データ

半構造化インタビュー

半構造化インタビューは、質問をあらかじめ固定しない柔軟なインタビュー法で、インタビューが発言した内容に基づいて、インタビュアーがインタビュー中に新たに質問を提示していく方法です。

焦点インタビュー

マートンとケンダルが、メディア研究のために開した手法[1]。
ある映画やラジオ番組などの同一の刺激が与えられた後、その刺激がインタビュイーに与えた影響を、インタビューガイドを用いて調べます。指示される刺激は前もって内容分析されるため、「状況の客観的事実」とインタビュイーによる「主観的な定義」とを区別し、互いに比較することができます。

例:
この映画の中で最も印象に残ったのは何ですか?
あなたがこれまで知らなかったことで、このパンフレットから学んだことは何ですか?

限界:
内容分析によって「状況の主観的定義」とは異なる「事例の客観的特徴」が得られるという仮定が怪しい。
純粋で完全な形ではほとんど用いられない。

[1] Merton R.K. & Kendall, P.L. (1946), The Focused Interview. American Journal of Sociology, 51: 541-557.

半標準化インタビュー

シューレとグレーベンが「主観的理論」を再構成するために開発したインタビュー形式[2]。
主観的理論とは、インタビューが調査のトピックに関して、複雑な知識の蓄えを有しているということを前提とした概念です。半構造化インタビューでは、初回のインタビューが終了した後、「構造敷設テクニック(SLT)」と呼ばれる方法が用いられます。この目的はインタビューの発言内容の構造を図式化することにあります。

例:
カウンセリングとの仕事の関連で、あなたは「信頼」という言葉が何を指しているとお考えですか?簡単におっしゃってください。
クライアントとカウンセラーの間の信頼に関して、その重要な特徴は何だと思いますか?

限界:
手法の厳密な部分(オープン質問と直面型質問、SLTの規則)を柔軟に適用する必要がある。

[2] Groeben, N. (1990), Subjective theories and the explanation of human action. In G. R. Semin & K. J. Gergen (eds), Everyday understanding. Social and scientific implications. London: Sage, pp.19-44.

問題中心インタビュー

ヴィッツェルが提唱[3]。
質問とナラティブ刺激を組み合わせたインタビューガイドを使用することで、特定の問題に対するライフヒストリー的なデータの収集が可能となります。この手法を特徴づけるのは、以下の3つの主要基準です。

1. 問題を中心におくこと
研究者が重要な社会問題に関心を向けることを指す。

2. 対象志向
調査方法はある調査対象の関連で開発され、修正されなければならない。

3. プロセスへの指向性
調査のプロセスとともに、調査対象の側のプロセスの側面に焦点を当てる。

例:
「健康に対するリスク」という言葉からあなたは何を思い浮かべますか?
自分の健康に対するリスクは何だとお考えですか?

限界:
インタビューガイドをどう用いて、ナラティブと質問をどう切り替えるかについて過度に実用主義的な面がある。

[3] Witzel, A. (1985), Das problemzentrierte Interview. in G. Ju”ttemann, (ed.),Qualitative Forschung in der Psychologie. Weinheim: Beltz, pp.227-256.

専門家インタビュー

半構造化インタビューの特殊な応用形態[4]。
インタビュイーは、丸ごとの人物というよりは特定の実践の場における専門家として扱われます。つまり、インタビューは単独の事例としてではなく、特殊な専門家グループの代表者として調査されます。

限界:
インタビュイーへの関心は、特定の資格におかれるため、インタビューを指示的に行う必要性が強く出てくる。

[4] Meuser, M. and Nagel, U. (1991), Experteninterviews – vielfach erprobt, wenig bedacht. Ein Beitrag zur qualitativen Methodendiskussion. in D. Garz and K. Kraimer, (eds), Qualitativ-empirische Sozialforschung, Opladen: Westdeutscher Verlag. pp. 441- 468.

エスノグラフィックインタビュー

フィールド調査で行われるインタビュー法[5]。
フィールドで出会う他社との自然の会話の中で、その人によって特殊な経験が語られるときに、それと研究トピックをいかに系統的に結びつけてインタビューの形式にもっていくかが問題となります。一連の打ち解けた会話であって、そこにインフォーマントが「インフォーマント」として反応できるようになる新しい要素を、調査者が徐々に導入するのだと考えるのがよいでしょう。

限界:
インタビュー状況そのものをいかに作り出し維持するかという問題。
主としてフィールド調査や観察の方略と組み合わせて用いられる。

[5] Spradley, J.P. (1980), Participant Observation. New York: Holt, Rinehart and Winston.

ナラティブ法

被調査者のナラティブ(物語・語り)をデータとして用いる方法です。ナラティブは次のような特徴を持ちます。まず、はじめの状況が語られます。次に、経験全体の中から、そのナラティブに関連する出来事が選ばれ、ある一貫した展開の中でそれらの出来事が語られていきます。最後に、その展開の集結状況で締めくくられます。

ナラティブ・インタビュー

ライフヒストリー研究の枠内で使われる方法[6]。
ナラティブ生成質問をインフォーマントに向けることで始まります。この生成質問で、インフォーマントが何を語るべきかの焦点が絞られ、語り始めるよう促されます。この主要なナラティブの中で十分に語られなかった事柄は後ほど追加質問されます。

例:
あなたの人生の物語がどのように進んでいったか、お話ししくてださい。生まれた時、そして、小さい子供だった時から始められたらいいと思います。それから今日まで起こったことを順にお話しください。あなたにとって大事なことならなんでも、私には関心があるのです。細かいことを思い出すためにゆっくり時間を取ってくださって結構です。

限界:
得られたナラティブを事実と仮定することには問題がある。
ナラティブの中で表現されるものは、特殊な形で構築されたものであり、以前の出来事に関する記憶は、それが語られる状況によって影響を受けうる。
構造化されていない大量のテクストをどう解釈するかが難問。

[6] Bertaux, D. (ed.) (1981), Biography and Society: The Life History Approach in the Social Sciences. Beverly Hills, CA: Sage.

エピソード・インタビュー

あるひとつの対象領域に関する、ナラティブエピソード的および意味論的な形式の知識を把握するために考え出された方法[7]。
ナラティブ・エピソード的知識は、ナラティブを通して収集・分析され、また意味論的知識は、具体的に照準を定めた質問によって得られます。このインタビュー形式で中心となる技法は、状況を語るよう周期的に促すことです。また、状況の連鎖にも問が向けられます。

例:
思い返してみてください。あなたのテレビとの最初の出会いはどんなものでしたか?その状況をお話願えませんか?
昨日どういうふうにあなたの一日が過ぎていったのか、そしてその中のいつどこであなたはテクノロジーとかかわりをもったのか、お話ください。

限界:
ある対象やテーマに関する日常知とインタビュイーがそれらと関わった経過に限られる。

[7] Flick, U. (2000), Episodic interviewing. in M. Bauer and G. Gaskell (eds), Qualitative researching with text, image and sound. London, Thousand Oasks, New Delhi: Sage. pp.75-92.

フォーカス・グループ・インタビューとディスカッション

グループの特性を活かすことで、集められるデータをその文脈により関連づけ、また、インタビュー状況をナラティブインタビューにおけるインタビューとインタビュイーとの出会いよりも日常生活に近いものにする試みです。

グループ・インタビュー

ある特定のテーマに関して、少人数のグループを対象に行うインタビュー[8]。
典型的には6-8人の人々がグループを構成し、1時間半から2時間のインタビューに参加します。

[8] Patton, M.Q. (1990), Qualitative evaluation and research methods (2nd ed.), London, Thousand Oasks, New Delhi: Sage.

グループ・ディスカッション

本手法の特徴は、複数の人々に一度にインタビューすることによる時間と経費の節約だけではなく、それを実施している時に出てくるグループダイナミクスと参加者間の議論という要素にあります。

限界:
グループ間での比較の難しさ、ある意見がだれのものかを特定することの難しさ。
実施、記録、文字変換、解釈にはかなりの時間がかかる。

フォーカス・グループ

特にマーケティングとメディアの調査に用いられる手法[9]。
フォーカス・グループの特徴は、データ算出のためにグループの相互行為を利用する点と、グループ内での相互行為なしには得ることの難しい知見にあります。

モーガンによれば本手法の使用が有益とされるのは次の目的の場合です。

– 新たなフィールドでの方向付けを得る。
– インフォーマントの洞察に根ざした仮説を生成する。
– 色々な調査時や母集団を評価する。
– インタビューのスケジュールや質問紙を作成する。
– 以前行われた研究の結果に関する参加者の解釈を得る。

限界:
個々の発言の特定や、複数人が同時に発言する場合の区別が可能となるようなデータ記録ができるかという問題。

[9] Morgan, D.L. (1988), Focus Group as Qualitative Research, Newbury Park, CA:Sage.

共同ナラティブ

ヒルデンブラントとヤーンによって確立された、ナラティブアプローチを拡大発展させた手法[10]。
個人によるモノローグ的なナラティブの状況が、集団にまで拡大されます。

限界:
併用前提で開発された手法であり、単独の使用は今後検証されるべき。
一つの事例から膨大なテクストデータが出てくるため、事例の解釈が大掛かりになる。

[10] Bruner, J. & Feldman, C. (1996). Group narrative as a cultural context of autobiography. In D. Rubin (ed.), Remembering our past: Studies in autobiographical memory. Cambridge: Cambridge University Press. pp. 291-317.

視覚データ

視覚データ法

視覚データ法では、行為というものは観察によってアクセス可能であること、インタビューやナラティブによって得られるのは行為それ自体ではなく、行為に関する説明であることが強調されます。

観察

フリードリスヒによれば観察の手続きは次の5つの次元に沿って分類されます[11]。

– 秘密裏の観察 対 公然の観察
観察されていることがどの程度まで被観察者に明かされているか?

– 非参与観察 対 参与観察
観察者はどの程度までフィールドに積極的に関わるのか?

– 系統的観察 対 非系統的観察
ある程度標準化された観察の図式が適用されるのか、それともフィールドで観察されるのか、それともよりよく捉えるために特別な場所(例えば実験室)に移して観察されるのか?

– 自己の観察 対 他者の観察
観察という場合、大抵は他者が観察されるが、その被観察者に関する解釈をより根拠のあるものとするために、調査者は自己の反省的観察にどれほど注意を払うか?

限界:
観察者がフィールドに影響を与えないように秘密裏に観察を行うことは研究倫理上非常に問題がある。

[11] Friedrichs, J. (1973), Methoden der empirischen Sozialforschung. Reinbek: Rowohlt.

参与観察

調査者がフィールドへ入り込み、メンバーの視点から観察し、しかしまた自分の参与によって観察対象に影響をも与えることを特徴とします。

ゴールドが作成した”観察者役割の類型論”[12]を手がかりに単なる観察と参与観察の違いを把握できます。

ゴールドによる4つの類型
– 完全な参与者
– 観察者としての参与者
– 参与者としての観察者
– 完全な観察者(観察する出来事から距離をとってフィールドへの影響を防ぐ)

また、ヨルゲンセンによる”参与観察の7つの特徴”を参照することで、非参与観察との違いが明白となります[13]。

1. 特殊な状況の内部者やメンバーの視点にたって、人間的な意味や相互行為に特別な関心を向けること。
2. 日常の生活状況や環境の今ここを調査と方法の基盤に据えること。
3. 人間存在の解釈と理解に重きをおいた理論と理論化のありかた。
4. 調査のロジックとプロセスは開放的、柔軟かつ便宜主義的であり、具体的な人間生活の場で集められた事実に基づいて問題を常に定義しなおす。
5. 深く、質的に事前にアプローチし、それに見合った調査をデザインする。
6. フィールドのメンバーとの関係を確立し、維持することもめざしながらひとつないし複数の参与観察者役割を演じること。
7. 他の情報収集とともに、直接の観察を行うこと。

観察状況の限定と選択をいかに行うかという点について、スプラッドレーは観察目的のために社会状況を9つの次元を用いて記述しています[5]。

1. 空間:物理的な場所
2. 行為者: 関係している人々
3. 活動: 人々が行う関連し合った一組の行為
4. 対象: 現存する物理的なモノ
5. 行為: 人々が行うここの行動
6. 出来事: 人々が実行する関連しあった一組の活動
7. 時間:時間を通じて生じる一連の経過
8. 目標:人々が達成を試みる事柄
9. 感情感じられ、表出される情動

限界:
状況の中で全ての現象を観察するのは無理。
ライフヒストリー的プロセスを観察することは難しい。
知識の包括的システムも観察では接近不可能である。

[12] Gold, R.L. (1958), Roles in Sociological Field Observation, Social Forces, 36: 217-23.
[13] Jorgensen, D.L. (1989). Participant observation: A Methodology for human studies, London, Thousand Oaks, New Delhi: Sage.

エスノグラフィ
 

エスノグラフィを巡る方法論的議論の焦点は、データ収集や解釈の方法よりもフィールドでの調査結果をいかに書くか、という問いに向けられます。フィールドで実際に用いられる方法的戦略は、フィールドへの参与を通した観察をなお大きな基盤としています。インタビューと文書の分析は、さらなる知見が得られる見込みがある場合に、参与的調査デザインに組み込まれて用いられます。

アトキンソンとハマーズレーは、エスノグラフィ的調査の実質的な特徴を指摘しています[14]。

・ある社会現象に関する仮説を検証することよりも、その性質を探ることに力点がおかれる。
・主として構造化されていないデータを扱う傾向。
・少数の事例の詳しい調査。
・人間の行為の意味と昨日に関する明示的な解釈を含んだデータ分析。その成果はもっぱら言葉による記述と説明の形式を取り、数量化や統計分析は行われたとしても副次的な役割をするに留まる。

限界:
データの収集方法は2次的なものとして扱われ、方法論的な恣意性に陥る危険性を持ちあわせている。
エスノグラフィーは一般的な調査姿勢と位置づけられ、多様な方法論的アプローチを組み合わせる戦略が取られる。

[14] Atkinson, P. and Hammersley, M. (1998), Ethnography and Participant Observation, in N.Denzin andY.S.Lincoln (eds.), Strategies of Qualitative Inquiry. London: Thousand Oaks, New Delhi: SAGE, pp.110-136.

写真

カメラによって、事実の詳細な記録とともに、生活の様式や条件のより包括的な提示が可能となります。また、人工物を写真として運んだり、提示したりすることだけではなく、時空と空間の境を越えることも可能となります。人間の目には早すぎたり複雑すぎたりする事実や経過でもカメラなら捉えることができます。写真は第三者による再分析に供せられます[15]。

限界:
口頭データの分析に馴染み深いデータ解釈の方法が、視覚データにまで適用されている。

[15] Becker, H.S.(1986) Doing Things Together. Selected Papers. Evanston, IL: Northwestern University Press.

コンテクスチュアル・インクワイアリ

さて、ここまで様々な質的調査法を説明してきました。また、目的に応じて様々な手法を組み合わせるべきであることもすでに説明いたしました。この点について、アラン・クーパーは、「観察と1対1のインタビューの組み合わせが最も効果的に質的データを収集できる方法である」と述べた上で、特に、「作業者の中に入りこんで得られる観察と直接的なインタビューを組み合わせた、エスノグラフィの手法を取り入れたインタビュー(エスノグラフィック・インタビュー)」が有効であると主張しています。

ベイヤーとホルツブラット

ベイヤーとホルツブラットは、エスノグラフィック・インタビューのテクニックとして、コンテクスチュアル・インクワイアリ(Contextual inquiary / 文脈的質問)を開発しました。この手法は、徒弟制度の学習モデルを基礎としています。詳細は彼らの著書である『Contextual Design』の4章を参照いただきたいのですが、ユーザは親方、インタビュアーは弟子であり、インタビュアーは親方の仕事を観察し、親方に質問をぶつけます。以下に、コンテクスチュアル・インクワイアリの4つの基本原則についてクーパーの説明を引用いたします。

1. コンテクスト
クリーンなホワイトルームではなく、通常の作業環境で、つまり、製品を使う上で適切な物理的コンテクストを揃えた状態でユーザを観察し、言葉を交わすことが重要である。ユーザが毎日使う様々なものが置かれてるいつもの環境でユーザが作業をするところを観察し、質問をぶつけると、彼らの振る舞いの重要な細部が明るみに出る。

2. 協力関係
インタビューと観察は、ユーザと共同でさぐっていくというトーンで進めていく。作業の観察と作業の構造や細部についてのディスカッションを交互に進めていく。

3. 解釈
デザイナの仕事は主として、ユーザの振る舞い、環境、発言から収集した様々な事実の行間を読むことである。これらの事実を1つの全体として扱うことが大切だ。しかし、インタビュアーは、ユーザに確かめることなく自分だけの解釈で何らかの事実を想定してしまわないように注意する必要がある。

4. ポイント
あらかめ質問事項を用意して、目的のはっきしりないインタビューをだらだらと続けることなく、デザイナは微妙な舵取りをしてインタビューの方向を変え、デザイン上の問題に関係のあるデータを集めてこなくてはならない。

アラン・クーパー

ベイヤーらのコンテクスチュアル・インクワイアリが限界や効率の悪さを抱えていることから、クーパー自身はこれに改良を施しています。

– インタビューの短縮化
コンテクスチュアルインクワイアリはユーザに丸一日かけてインタビューすることを想定している。しかし、我々の経験では、十分な数のインタビューを予定しておけば(仮説的なものだが、それぞれ異なる役割やタイプを持った6人くらいのユーザを厳選する)、インタビュー自体は1時間程度のものでも十分必要なデータは集められる。丸一日を調査につぶしてもよいといってくれるユーザを探すよりも、デザイナと1時間を過ごすことに同意してくれるタイプの異なるユーザを探すほうがずっと効率的であるし、効果的でもある。

– 小さなデザインチームを使う
コンテクスチュアル・インクワイアリは大規模なデザインチームが並行して複数のインタビューを進め、あとでチームのメンバが是認参加して報告会議を開くことを想定している。しかし、私たちの経験では、同じデザイナが個々のインタビューを順次進めていくほうが効果的だ。この方法ならデザインチームは小規模(2,3人のデザイナ)で済むが、それ以上に重要なことは、チームの全員がインタビューを受けた全てのユーザと直接やりとりしているので、ユーザデータを効果的に分析、総合できることだ。

– まずゴールを突き止める
ベイヤーとホルツブラッドによると、コンテクスチュアルインクワイアリは、基本的に作業を中心とするデザインプロセスのためのものだ。しかし、私たちが提案したいのは、まずユーザのゴールを突き止め、それを優先するエスノグラフィックインタビューである。ゴールを達成するために必要な作業を考えるのはそのあとだ。

– ビジネスコンテクストに留まらない射程
コンクストインクワイアリの語彙は、ビジネス向け製品と企業環境を前提としている。しかし、コンシューマドメインでもエスノグラフィックインタビューは可能である。

また、クーパーはエスノグラフィックインタビューのガイドラインも示しています。

– インタラクションが発生する場でインタビューする。
ユーザが実際に製品を使う場所でインタビューをすることが決定的に重要だ。

– 固定的な質問項目リストを使わない。
聞かなければならない質問をあらかじめ用意することができないほど、インタビュアーにはドメインについての知識がないことを前提としている。相手から重要なことを学ばなければならないのである。

– ゴールを中心として話をし、作業の話はあと回しにする。
最優先事項は、実行している作業が何であるかを知ることではなく、ゴールをどのようにして達成したいと思っているかを理解することである。

– ユーザをデザイナにしない。
インタビューの相手を解決方法の提案ではなく、問題の解析の方向に導くようにする。

– 技術的な話をしない。
デザイナとして扱わないのと同様に、エンジニアやプログラマとして扱うのも避けたい。

– できごとを話すように誘導する。
その製品をどのように使っていたか、どう思ったか、他の誰とやりとりしたか、使ってどうなったかなどの物語を話してもらう。

– 「これなあに」をしてもらう。
デザイン問題に関する総まくりをしてみる。どのように説明するかにも注意を払う。

– 誘導尋問を避ける
振る舞いについての解決方法や意見をほのめかして被験者の意見を曲げてしまうことを避ける。

まとめ

今回は、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ための手法として、まず、量的データではなく、質的データに注目しました。そして、質的調査法として、口頭データと視覚データの様々な採取方法について説明をしてきました。その上で、目的に応じた複数の手法の組み合わせの事例として、エスノグラフィック・インタビューの一形態である、コンテクスチュアル・インクワイアリについて説明をいたしました。

クーパーが指摘するように、コンテクスチュアル・インクワイアリは、ユーザについての質的データを最も効率的に収集できるメソッドといえるでしょう。しかしながら、限界は存在します。プロダクトの改良以外の場合、あるいは、仮説生成の初期段階にて”師匠が存在しない”ものを作りたい場合がこれにあたります。例えば、BOPなどのフィールドで全く新しいプロダクトを開発し、それを用いてビジネスを考案するケースを考えてみましょう。非電化地域で電気を使わない、有毒ガスの出ない新しい灯を開発する場合の師匠とは誰でしょうか?おそらく照明デザイナではないでしょう。非電化で灯を作るデザイナが師匠でしょうか?その時点でイノベーションは師匠がすでに達成してしまっており、あなたが弟子入りする必要はあるのでしょうか?コピーを作ることはイノベーションと言えるのでしょうか?このように、あらゆるケースに適用可能な完全なメソッドなどありません。目的に応じて適切に手法を使い分けることことこそが最も重要なメソッドといえるでしょう。

次回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドを紹介します。

続きを読む

デザイン思考の系譜

前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第4弾として、FabLabを選択し、その思想的特徴、中心となっているクラス”How To Make (Almost) Anything”、利用可能なツールについて説明を行いました。特にツールについては、MIT FabLabで利用可能なツールに加えて、100ドル程度のコストで構築可能なツールについても紹介いたしました。

第04回から第10回までの7回に渡って、企業、NPO、大学、研究機関のソーシャルイノベーションの事例について検討してきましたが、今回からは再びデザイン思考の話へトピックを戻します。まずは、デザイン思考の系譜について、4人の研究者の提唱する定義とデザインプロセスについて説明しましょう。イントロダクション(第01回)で説明した内容と一部、重複する箇所もありますが、今回はより詳細な説明をしています。

デザイン思考の起源

デザイン思考(Design Thinking)という言葉それ自体は、建築家ピーター・ロウ(Peter G. Rowe)の著書『Design thinking』(邦題『デザインの思考過程』)において、初めて著作物のタイトルとして登場しました。 ロウのデザイン思考は、建築家あるいは都市計画立案者によって利用されてきた問題解決プロセスをシステテム思考に基づいて説明を試みるものでした。それは、「ユーザの関心を理解」し、ユーザにとって「より優れたプロダクトをデザインする」ための方法論としてのデザイン思考ではありませんでした。

建築あるいは都市計画のタームとしてのデザイン思考は、ロルフ・ファステ(Rolf Faste)によって、創造的なデザインプロセスとしてのデザイン思考へと定義されました。スタンフォード大学の機械工学部には、「Visual Thinking」 という、ロバート・マッキム(Robert McKim)によって60年代に開始され、現在も続く名物クラスが存在します。このクラスは、視覚的に考えるための様々な訓練を通じて、創造性を刺激することを目的としたものです。ファステは、80~90年代のスタンフォード大学での教育において、マッキムのコンセプトを拡張し、デザイン思考の概念を定義し、普及させていきました[1]。

[1] Forget Design Thinking and Try Hybrid Thinking

IDEO | David Kelly

プロダクトデザインにおける方法論としてデザイン思考を一躍有名にした会社こそ、デザインコンサルティングファームIDEOです。IDEOの設立者ディビッド・ケリー(David Kelly)は、ファステのスタンフォード大学時代の同僚でした。ケリーは、彼の著書『The Art of Innovation(邦題:発想する会社)』において、IDEOにおけるデザインプロセスを以下のように説明しています。

プロセス

Understand

  • 市場、クライアント、技術、そして、問題に関する認識されている不満について理解する。
  • Observe

  • 何が人々を困惑させているか、何が好きで何が嫌いか、現在のプロダクトやサービスによって対処されていない潜在的な欲求などを、実世界の人々を観察することで発見する。
  • なお、UnderstandとObserveが1つに統合され、代わりにSynthesizeが入るバージョンもあります。Synthesizeは、UnderstandとObserveのプロセスで収集したデータを1つの部屋に集め、アイディアを記録するプロセスを意味します。ここで紹介しているバージョンでは、このプロセスは、実際にはObserveの中に含まれるプロセスと考えてよいでしょう。

    Visualize

  • 新しいコンセプトとそれを使う顧客を視覚化する。
  • Evaluate & Refine

  • プロトタイプを評価し、ブラッシュアップを行う。
  • このプロセスを短い期間で迅速に繰り返す。
  • Implement

  • 新しいコンセプトを実装し、商品化する。
  • IDEO | Tim Brown

    IDEOの現CEOであるティム・ブラウン(Tim Brown)は、Harverd Business Reviewの彼の記事(『Design Thinking』)[1]において、以下のようにデザイン思考を定義し、デザインプロセスについて説明しています。

    [1] Design Thinking

    定義

    デザイン思考は、技術的に実現可能なものやビジネス戦略を顧客価値や市場機会へと転換可能なものと、人々の要求とを一致させるために、デザイナの感覚と手法を利用する方法、である。

    プロセス

    Inspiration

  • あなたのプランに利用可能なリソースを配分しよう。
  • ビジネス上の問題は何か、機会はどこにあるのか、何が変わったか、あるいは、変わる可能性があるか?
  • 世界を見てみよう。人々がしていること、どうやって考え、何を必要としているかを観察しよう。
  • ビジネス上の問題点は何か?(時間、リソース不足、貧しい顧客基盤、縮小気味のマーケット)
  • 最初から多くの分野の人を巻き込もう(エンジニアリングとマーケティングなど
  • 子供や初老の人など、極端なユーザに注意を払おう。
  • 洞察や物語を語れるプロジェクトルームを持とう。
  • 新たな技術がどうやって助けるのか?
  • そのビジネスの中に、様々なアイディア、資産、専門知識が隠れているだろうか?
  • 情報を整理し、可能性を統合しよう。
  • Ideation

  • 多くのスケッチと具体的なシナリオをつくろう。
  • 創造的なフレームワークを構築しよう。
  • 統合的な思考を適用しよう。
  • 顧客を実際に配置し、彼らの旅(体験)を記述しよう。
  • プロトタイプとテストを繰り返そう。
  • より多く語ろう。
  • 内部でコミュニケーションを密に取ろう。
  • プロトタイプを制作し、ユーザにテストをしてもらおう。
  • Implementation

  • 経験を設計しよう。
  • マーケティングを手助けし、コミュニケーション戦略をデザインしよう。
  • ビジネス化し、世界へ広げよう。
  • 次のプロジェクトへ。
  • 奥出直人

    次に紹介するのは、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 奥出直人が執筆した『デザイン思考の道具箱』(p.86-110)において説明されているデザインプロセスです。奥出は、創造のプロセスとして、7つのステップを設定しています。プロセスの上流には、哲学とビジョンの構築、技術の棚卸しとフィールドワーク、コンセプト/モデルの構築、デザインの4ステップが、プロセスの下流には、実証、ビジネスモデル構築、ビジネスオペレーションの3ステップが設定されています。以下では、それぞれのステップの詳細について説明された該当箇所を引用します。

    プロセス

    1. 哲学とビジョンの構築
    哲学とは、人間として、社会のために実現したいこと、信念である。これを受けてビジョンを作る。
    ビジョンとは、信念を実現するための欲求、具体的に「こういうモノが欲しい」という欲望である。

    2. 技術の棚卸しとフィールドワーク
    技術の棚卸しとはアイディアや技術をたくさん並べて、それをビジョンに割り振ってみるというやり方である。こうすることで、自分たちの技術で実現可能なものを見つける。
    哲学とビジョンができた段階で、技術の棚卸と前後して自分のビジョンを実現してくれるであろう「師匠」を探して街に出る。

    3. コンセプト/モデルの構築
    フィールドワークでの経験をもとに、コンセプト作りのアイディアを出す。アイディアをいくつか組み合わせて、具体的にどのような技術でそれが可能になるのかを検討したものを「コンセプト」と呼ぶ。
    また、コンセプトを実現するための基本構造やしくみを選んだり、作り出したりする作業を「モデル」を作る、あるいは探すと呼ぶ。このときのモデルとはビジョンを実現する具体的は方法、構造に加えて、形のデザインを含んだものである。

    4. デザイン – デモンストレーション用プロトタイプ
    コンセプト、あるいは、コンセプトモデルをしっかり考えたあと、それを実際に使えるものにしていくという過程が、ここでいうデザインなのである。デザインとは、実際に作ることができるモノを考えることである。機能を考えながら必要な要素を集め、構造や仕組みをつくっていく作業である。

    5. 実証
    デザインしたものを実際に製作して、人々に使ってもらって、問題点を明らかにする。

    6. ビジネスモデル構築
    新しいソリューションをデザインする。

    7. ビジネスオペレーション
    ソリューションを運営する事業主体を決める。

    Hasso Plattner

    最後に紹介するのは、Hasso-Plattner-Institut: HPI School of Design Thinking in Potsdam、通称Potsdam d.schoolの教授陣(Hasso Plattner, Christoph Meinel & Ulrich Weinberg )で編集された『Deisgn Thinking』において説明されているデザインプロセスです。Hasso Plattnerらは、デザインプロセスは6段階のステップで構成されるが、ノンリニア、かつ、反復のプロセスに他ならないと述べています。以下では、それぞれのステップの詳細について説明します。

    プロセス

    Understand

  • 最初のステップは、問題を理解することである。問題を正しく理解して、正しいリサーチクエスチョンを考案する。
  • これにより、チームは次のステップに向かって適切な手法を選択することができるようになる。
  • Observe

  • 考案された問いに対して、より深い理解を構築するためには、伝統的なマーケットリサーチの手法の限界を克服する手法を用いる必要がある。ここでいう手法とは、コンテクスチュアルインクワイアリーや、エスノグラフィなどが該当する。
  • このステップの典型的な成果として、写真、ビデオ、スケッチ、日記などが挙げられる。
  • Point of View

  • イノベーションを目的とするチームは、全ての知識を収集し、共通のポジションを構築する必要がある。
  • このステップの典型的な成果として、ペルソナの詳細記述、顧客体験分析などが挙げられる。

    Ideate

  • アイディエーションは、ユーザ、顧客の目線で問題を見れるようになった段階からスタートする。
  • アイディエーションのステップでは、質より量を選択し、多くのアイディアを生み出すところからはじめ、後半に絞り込む。続いて、low-resプロトタイピングと呼ばれるプロセスに移行する。このプロセスは、顧客がプロセスに入り込むという点において、従来のマーケティング部門のブレインストーミングやR&Dのプロトタイピングと異なる。
  • このステップの典型的な成果として、多くののアイディアと加工品などが挙げられる。
  • Prototype

  • このステップでは、不完全であることが求められる。最も重要なプロトタイプの機能は、そのソリューションの強みと弱みを把握できる状態にすることにある。
  • このステップの典型的な成果として、ビデオによる顧客体験、製品プロトタイプ、ビジネスモデルプロトタイプなどが挙げられる。
  • Test

  • 最後のステップは、顧客を再度巻き込む。ここでは、プロトタイプの反復的な改良が行われる。必要であれば、全てのプロセスを再度繰り返すこととなる。ソリューションが成功し、ユーザに受け入れられることが保証された場合、そのソリューションや戦略はマーケットへ出される準備が整ったと見なされる。
  • まとめ

    ここまで4つのデザインプロセスを紹介してきました。各プロセスの区分的な違いはあれ、全てに共通していることは、以下のステップと言えます。

    1. フィールドへ赴き、データを取得する
    2. 課題を発見し、仮説を構築する
    3. プロトタイピングを行う
    4. フィールドへ赴き、テストを行う
    5. 製品を実装する

    1では、フィールドにてデータを収集することが不可欠です。1で得られたデータを、目的に併せて、質的、もしくは量的手法にて分析を行い、2のステップにおいて仮説(理論、モデル)を構築します。3と4のステップは、特に何度も繰り返す必要があります。様々な技術を試し、課題をもっともエレガントに解決できるプロトタイプを構築するプロセスと言えます。なお、必要な場合どのステップからも1のステップに戻る可能性があるため、全体的として、反復的なプロセスと言えます。

    1では、フィールドにてデータを収集することが不可欠です。1で得られたデータを、目的に併せて、質的、もしくは量的手法にて分析を行い、2のステップにおいて仮説(理論、モデル)を構築します。3と4のステップは、特に何度も繰り返す必要があります。様々な技術を試し、課題をもっともエレガントに解決できるプロトタイプを構築するプロセスと言えます。なお、必要な場合どのステップからも1のステップに戻る可能性があるため、全体的として、反復的なプロセスと言えます。

    このように共通するステップを抽出してみると、デザイン思考とは”エスノグラフィを起点とした、プロトタイピング、およびその一連のプロセスのイテレーション(Iteration/繰り返し)”とまとめることができます。「エスノグラフィ」とは、フィールドワークに基づいて人間社会の現象の質的説明を表現する記述を指します。1のステップのフィールド調査、ならびに、4のステップのユーザテストは、まさにエスノグラフィ的記述を目的として実行されます。このプロセスで記述されたテクストを用いて構造化された現象に基づいて仮説が構築され(ステップ2)、プロトタイプの構築と修正が繰り返され(3、4のステップ)、プロトタイプは、より優れたユーザ体験を提供可能なプロダクトへと洗練されていくのです(ステップ5)。

    さて、ここでいくつかの疑問が生じます。例えば、
    – フィールドワークをする際のメソッドとは?
    – ユーザを理解するためのメソッドとは?
    – 獲得したデータから仮説(モデル、理論)を構築するメソッドとは?
    – 獲得したデータを用いてどこでいかにして創造のジャンプを発生させるか?
    さらに、
    – BOPという特殊なフィールドにおいて利用可能なデザインメソッドとは?
    といった点も考慮される必要があります。

    次回からは4回に渡って、これらの問いに対する回答として、既存のデザインメソッドの概要ならび限界について説明いたします。そして、既存の手法の限界を克服するオリジナルのデザインメソッドである構造構成主義的プロダクトデザイン手法について説明をしていきます。

    続きを読む

    ソーシャルイノベーションの事例 – FabLab

    前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第3弾として、TU Delft Industrial Design Engineering(IDE)を選択し、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。IDEの場合、MIT D-Labや、Stanford d.schoolと異なり、明確なコンセプトは打ち出されていませんが、学位を取得可能な学部、修士課程、博士課程にてソーシャルイノベーションに関する研究を行うことができること、また、Philipsをはじめとする企業等の外部団体とのコラボレーションが盛んであることから、プロダクトとして社会に対する実質的な貢献が可能であることが特徴といえるでしょう。

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第4弾として、FabLab[1]を紹介したいと思います。これまで紹介してきた3つの組織は、研究者や企業がモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいていました。一方で、FabLabは、必要なものをみんなで作る”DIWO(Do It With Others)”を基本理念に置いています。FabLabはMITからスタートしましたが、すでに世界中に展開されており、ここ日本においても、2010年春にFablab Japan[2]が設立されて以来、注目を浴びつつあるだけではなく、2011年5月には鎌倉に日本初のFabLab[3]がオープンいたしました。

    [1] FabLab Main
    [2] FabLab Japan
    [3] FabLab Kamakura

    まず、FabLab Japanのウェブサイトよりファブラボとは何かについての具体的な説明を引用をしてみましょう。

    ファブラボとは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークです。「Fab」には「Fabrication(ものづくり)」と「Fabulous(愉快な、素晴らしい)」という2つの意味が込められています。ファブラボは、次世代のものづくりの「インフラ」だといえます。インターネット(というインフラ)が普及することによって、誰もが自由に情報発信することができるようになったように、ファブラボ(というインフラ)が各地に普及することで、誰もが自由にものづくりを行えるようになることが期待されています。そして、いずれは3次元プリンタやカッティングマシンが一家に一台普及する時代がやってくると考えられています。

    また、FabLabの定義についても同ウェブサイトに掲載されています[4]。

    1. ファブラボ憲章(下記参照)の理念に従って運営され、ファブラボ憲章を印刷して掲示してあること
    2. 少なくとも週1日は市民に一般公開されていること
    3. 世界のファブラボ標準機材を最低限揃えていること(2011年現在、レーザーカッター、CNCミル、ペーパーカッター、ビデオ会議システム。ただしこのセットアップは過渡的なものであり、ファブラボ標準機材は毎年少しずつ進化していきます)
    4. ウェブ環境を活用して、ものづくり知識やデザイン等の共有活動(オープンソース化)に取り組んでいること
    5. 世界FabLab会議で登録され、世界中のfablabberに「ここにもあるよ」と認知されること

    [4] FabLabの定義とFabLab憲章

    歴史

    次にFabLabの歴史について紹介しましょう。FabLabは、MITメディアラボにおいて、The Grassroots Invention Group)(GIG)とThe Center for Bits and Atoms (CBA)の協働プログラムとして生まれました。現在、GIGはすでに活動を停止していますが、CBAが中心となって活動を続けています。特に、MIT 教授であり、Center for Bits and Atoms センター長であるニール・ガーシェンフェルド(Neil Gershenfeld)が2003年より開講しているクラス”How To Make (Almost) Anything”(ほぼなんでも作る方法)[5]は、FabLabの活動において中心的な役割を果たしています。この授業を修了した学生が、各地のFabLabを設立するという世界展開に貢献しています。慶應義塾大学 環境情報学部・准教授でありFabLab Japan発起人の田中浩也 先生は、2010年度の本授業に一学生として参加し、非常に内容の濃い体験記[6]を残されています。

    [5] How To Make (Almost) Anything
    [6] How to Make (Almost) Anything (ほぼ何でもつくる方法) 2010年度 体験記

    ニール・ガーシェンフェルドの著書である『Fab: The Coming Revolution on Your Desktop-from Personal Computers to Personal Fabrication (邦題『ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け」)』[7]の中では、この授業で作られたプロダクトや、ものづくりの過去と未来(ビジョン)について詳細に語られています。

    [7] 残念ながら日本語版は絶版中です。(2011年6月現在)

    ツール紹介

    さて、ここからはFabLabで利用可能なファブリケーションツールについて説明をしていきたいと思います。MIT FabLabのメインサイトであるFabCentralには、デザインツール(ソフトウェア)の一覧や機材の簡単なマニュアル等も掲載されています[8]。なお、ツール一覧には型番まで明記されていることは少ないため、以下では、同シリーズの製品へのリンク、あるいは、同シリーズの製品紹介デモビデオを掲載することとします。

    [8] Tools
    ※2011年6月にサイトの改修があったため古いリストを利用しています。

    Basic Machines

    Universal社製レーザーカッター
    パスに沿ってレーザーによりアクリルや木材を切断する装置

    Roland社製カッティングプロッタ
    防水性のポスターやステッカー等を制作するために利用する装置

    Modela社製小型ミリングマシン(CNCフライス)
    マテリアルに平面や溝などを切削するための装置

    Advanced Machines

    Omax社製ウォータージェットカッター
    加圧された水を用いて加工を行う装置

    ShopBot社製CNCルータ
    フライス盤と類似であるが、主に木材を切削加工する装置

    Resonetics社製エキシマレーザーカッター

    Epilog社製レーザーカッター

    Alpha社製CNC旋盤
    円柱状の材料を回して刃を当てて罪障を削る装置

    APS社製表面実装システム
    基板の表面に部品を配置する装置

    Torchmate社製CNCプラズマカッティングシステム

    Zeiss社製共焦点顕微鏡
    高解像度のイメージと三次元情報の再構築が可能な顕微鏡

    3D Printing and Scanning Machines

    Stratasys社製3Dプリンタ
    ABS樹脂を積層し3次元のオブジェクトを製造する装置

    3Dプリンタ(ZCorp社製)

    Minolta社製3Dスキャナー

    Machines that make

    さて、ここで挙げたマシンはいずれも非常に高価であり、MITのような予算が潤沢な研究機関は例外として、一般的には購入が困難です。ましてやソーシャルイノベーションの舞台となる途上国で導入することはさらに困難を伴うでしょう。そこで、MIT Center for Bits and AtomsのMachines that make[9]グループでは、ツールそのものを安価に製造するための研究を行っています。いくつか例を挙げてみましょう。

    [9] Machines that make

    Mantis 9.1 CNC Mill

    Mantis 9.1 CNC Mill [10]は、100ドル以下の費用で作られた3軸 CNCミリングマシンです。

    [10] Mantis 9.1 CNC Mill

    Fluxamacutte

    Fluxamacutte[11]は、50-100ドル程度のパーツで構築可能な安価なヴィニールカッターです。全てのパーツはレーザーカッターでカットされており、Arduinoで制御されています。

    [11] ヴィニールカッター

    Fab-In-A-Box

    Fab-In-A-Box[10]は、スーツケースの中に入れて持ち運ぶことが可能なポータブルなFabLabです。マルチハブと呼ばれるパーソナルファブリケータは、ミリング、ヴィニールカッティング、3Dプリンティング、3Dプロッティング機能にてオブジェクトを構築することができます。

    [10] Fab-In-A-Box

    ロードマップ

    最後にFablabのロードマップを引用いたします[10]。先に紹介したMachines that makeグループの研究は、fablab2.0の途中段階にある研究といえるでしょう。

    マシン/ツール革命
    fablab1.0 computers make machines – 3次元プリンタやカッティングマシンで材料を切り出して組み立てて機械をつくる(現状)
    fablab2.0 machines make machines – 機械自体が機械を生み出す(自己産出系)。自己複製する3次元プリンタ(RepRap, CupCake)。

    マテリアル革命
    fablab3.0 code makes materials – 物質に「コード」が埋め込まれるようになる。(形状としてのコード、情報としてのコード)
    fablab4.0 program makes materials – 物質に「プログラム」が埋め込まれるようになる。(Programmable Matter)

    [10] MIT FabLab RoadMap

    まとめ

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、FabLabを選択し、その思想的特徴、中心となっているクラス、利用可能なツールについて説明を行いました。モノを作り場合、アイディアから設計まで、すなわち、IdeationからDesignまでの過程を経たのち、Developmentの過程において、プロトタイピングを繰り返す必要があります。ここでは、実際にモノを作るための様々なスキルを習得する必要があります。アイディアは誰でも思いつくことができますが、実際に動作するもの、形あるものを作り上げ、ユーザに手にとってもらい、あるいは、使用してもらい、最終的に市場にリリースしてこそのイノベーションであると筆者は考えています。その視点からすればHow To Make (Almost) Anythingのクラスや、世界各地域におけるFabLabは、非常に作り手にとって大きな存在であると考えています。

    さて、ここまで紹介した4つの大学・研究機関では、モノを作るクラス,ビジネス化するクラス,あるいは、フィールドワークに関するクラスなど数多くのクラスが存在しています。しかしながら、
    – 獲得したデータからどうモデルを構築するか?(部分から全体をいかに構築するか?)
    – 獲得データから創造のジャンプをいかに発生させるか?
    というクラスは存在していません。IDEOやAdaptive Pathもエスノグラフィの視点からフィールドの重要性について説いても、データからモデル化する手法については(意図的であれ無意識的であれ)明らかにしていません。優秀なクリエイタはもちろん無意識的にそれらを実現している可能性もありますが、我々凡人はある程度メソッドを通じて訓練をしていく必要があると考えています。

    次回からいよいよソーシャルイノベーションのためのデザイン思考について説明をしていきます。

    続きを読む

    ソーシャルイノベーションの事例 - TU Delft IDE

    前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から第2弾として、d.schoolことHasso Plattner Institute of Design at Stanfordを選択し、その特徴、クラス、プロジェクトについて説明を行いました。d.schoolの最大の特徴は、デザイン思考であり、さらに、コンピュータ技術、ビジネスに関連した要素がクラスに散りばめられていました。

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第3弾として、舞台をヨーロッパへと移し、TU DelftことDelft University of Technology[1]を紹介いたします。

    [1] TU Delft

    Stanford d.schoolや、MIT D-Labと同様に、TU Delftもまた、全ての学部でソーシャルイノベーションに取り組んでいるわけではありません。Industrial Design Engineering (IDE)プログラム[2]が中心となってこの領域に対する研究を行っています。IDEは、1965年に設立された、学部および修士・博士向けのプログラムで、”人々が使いたくなものを作る”をモットーに、病院のベッドからドライヤーまで、携帯電話からウェブサイト、企業CIまでをデザインしています。

    Studens Projects

    IDEにて、修士学生向けに”Advanced Products”が開講された2002年以降、学生プロジェクト[3]として、BOPプロダクトが数多く開発されてきました。学生プロジェクトとはいえ、多くの場合、メーカーや現地協力団体とのコラボレーションを行っており、すでに商品化されたものを改良したプロジェクトや、実際に新規商品としてリリースされたプロジェクトが数多く存在します。例えば、第05回 Kopernikの記事中にてすでに紹介した”Lifestraw”もAdvanced Productsの学生プロジェクトから生まれたプロダクトです。以下では学生プロジェクトとそこで生まれたプロダクトをいくつか紹介してみましょう。

    [2] Industrial Design Engineering
    [3] Students Projects

    調理エリアの環境改善

    Marieke Bijtelaarは、USのNPOであるHelps Internationalが開発したオイルストーブの改良を行いました。従来、グアテマラの貧しい人々は、薪を使って料理をしていましたが、目や呼吸器に問題を引き起こしていました。このような問題に対して、Helps International社は、オイルストーブを開発しましたが、グアテマラの人々は依然として薪と竈を使い続い続けていました。この状況を改善するためにMarieke Bijtelaarは、2つの対策を行いました。まず第1に、煙突型のヒータの導入です。煙突からの余熱を利用して、調理スペースを温めることができます。第2に、ストーブの周辺に設置するテーブルを導入しました[4]。

    [4] Improving the climate of cooking areas

    天然繊維のドア・窓への利用

    NPSP Composites社は、天然繊維の合成物を製造するための手法を開発し、この技術をインドなどの低所得の人々に対して、彼らの利益とすることができるような使用方法を模索していました。Joan Boekhovenは、住宅環境にこの技術を応用し、ドアや窓を天然繊維で製造しました[5]。これらは軽量であることから、設置コストが安く、またメンテナンスも容易です。また、腐食に強く、防虫効果もあります。さらに、木のように膨らむことがないというメリットもあります。

    [5] Natural fibres in doors and windows

    初期がん検出のためのスクリーニングデバイス

    インドの地方では口腔がんは主要な医療問題の一つと化しています。PhilipsとManipal Academyは、共同で口腔がんを検出するポータブルデバイスを開発するプロジェクト[6]を立ち上げ、フィールドワークを通じて、プロダクトのデザイン要件を決定することから始めました。例えば、噛みタバコは口腔がんの一つの主要な原因であり、いまだ人気のある嗜好品であることがわかりました。また、現地の人々の口腔衛生状態は極めて低く、医療施設やスタッフも限られていることがわかりました。プロダクトの開発後、フィールドテストを通じて、携帯性、測定法、インタフェース、多機能性などが改善されました。現在では、NGOの協力とともに、患者数を減らすことに成功しています。

    [6] Screening device for early cancer detection

    カンボジアのソーラーライト

    Kamworks社は、カンボジアにおける社会問題と、各地方において太陽光を利用したライトを生産する機会として太陽エネルギーを考えるスタートアップ企業である。Stephen Boomは、カンボジアの現地調査に赴いたところ、ソーラーエネルギーは高価で雨季に十分なエネルギーを確保できないと現地人が思っていると結論づけました。その上で、現地での製造可能性を調査し、最終的に地元の小売業者にとって、クオリティとメンテナンスが重要課題であることがわかりました。これらの調査に基づいて、型はローカルマテリアルから製造し、射出成形(Injection Molding)より安価なバキューム成形を用いたAngkor Lightを開発しました[7]。

    [7] Solar Lighting in Cambodja

    デザインナレッジフレームワーク: Design4Billionsk

    BOPマーケットのためのプロダクトデザインに対する関心は非常に高まっているものの、実際にプロダクトを作るための広範な知識は依然として失われたままです。Design4Billions[8]は、この知識のギャップを埋め、デザイナのプロダクト開発をサポートするためのフレームワークを構築することを目的としてスタートしました。

    このフレームワークは以下の4つの観点に注目し、構成されています。
    – グローバルコンテキストにおけるDesign4Billionsの占める”ポジション”
    – BOPプロダクト開発における”ステークホルダー”
    – BOPのためのデザインを行う”デザイナ”
    – Design4Billionsにおける”コラボレーションスペース”

    特に、BOP Library[9]を中心に、webリソースや書籍に関する情報をアーカイブしており、有用性も高いと考えられます。

    [8] Design4Billions Knowledge Framework
    [9] Design4Billions

    Design for Sustainability

    Students Projectsだけではなく、IDEに存在する3つの学科のうちの1つ、Design Engineeringの、さらに1セクションに当たる、Design for Sustainability(DfS)[10]もまた、ソーシャルイノベーション関連の研究に取り組んでいます。Design for Sustainabilityは、”持続可能性”に注目したプロダクトやサービスをデザインする企業や研究機関を助けるための、メソッドやツールの開発、テスト、普及をミッションとしいます。以下では、いくつかのコースとともに、UNEP(国連開発計画)との共同プロジェクトであるD4Sを紹介いたします。

    [10] Design for Sustainability

    コース

    – Basic Environmental Sciences
    プロダクトデザインに関連した環境問題を紹介するコース

    – Life Cycle Engineering & Design
    プロダクトデザインにおける持続可能なマテリアル、テクノロジーの適用に関するコース

    – Product Service Systems
    持続可能性のあるプロダクトやサービスシステムの開発に関するコース

    – Applied Environmental Design
    産業における漸進的な環境改善に関するコース

    – Environment and Business
    エコデザインマネジメントにおけるバリューチェーンの内部および外部における問題に関するコース

    – Technical Environmental Analysis
    プロダクトやサービスの環境に与えるインパクトの分析に関するコース

    -Internationalisation
    文化的多様性の文脈において働く学生のための準備に関するコース

    D4S – Design for Sustanability

    DfSに所属するJan Carel Diehl教授が、UNEPとの共同研究を通じて、途上国において、スモールビジネス、ミディアムビジネスを始める起業家をターゲットとして、4ヶ国語(英語、フランス語、スペイン語、ヴェトナム語)のwebおよびpdfマニュアルをまとめています[11][12]。

    具体的には、企業が利益率、プロダクトのクオリティ、市場機会、環境に対するパフォーマンス、あるいは社会に対する利益を改善するというD4Sのメソッドやコンセプトを、これらのターゲットに対して適用した実践的なアプローチを中心としており、具体的なケーススタディとして、コスタリカやモロッコにおけるプロジェクトを掲載しています。

    [11] Design for Sustainability(web)
    [12] Design for Sustainability(pdf)

    まとめ

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、TU Delftを選択し、中心となっているIDEについて、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。これまでに紹介した2つの大学・研究機関の事例の場合、D-Labは、適正技術、d.schoolは、デザイン思考というように、コースのコンセプトが明確に規定されていました。これらに対して、IDEの場合、特徴となるコンセプトは色濃く打ち出されていません。とはいえ、IDEは、学位を取得可能な学部および修士・博士課程のプログラムであるという点において、自主的なコースであり学位と関係する単位を取得することができないd.schoolやD-Labと大きく異なります。また、学生プロジェクトの例を見てもわかるように、企業との連携、特に、地元のグローバル企業であるPhilipsとの密接な繋がりから、共同プロジェクトが数多く存在します。これらのプロジェクトでは、すでにあるプロダクトの改良や、プロダクトの新規開発を通じて、成果が社会に還元される可能性が高い点もまた、魅力的であるといえるでしょう。

    さて、これまではモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいて、大学・研究機関を紹介してきました。次回は、これらとは異なる視点として、必要なモノは(現地の人が)みんなで作るDIWO(Do It With Others)の視点から、Fablabを紹介したいと思います。

    続きを読む