構造構成主義的質的研究法(SCQRM)

前回は、既存のデザイン手法をBOPというフィールドに適用する場合の限界について述べ、その限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、「現象学」と「構造主義科学論」の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論である、構造構成主義の全体像について説明しました。構造構成主義的アプローチを導入することで、BOPというフィールドの持つ”特殊性”を構造的に理解し、提供者(デザイナ)と被提供者(ユーザとしての現地人)の信念対立を解消することが可能となります。しかしながら、このような構造構成主義それ自体は概念であり、思想であるため、デザイン手法として直接応用することは困難です。

今回は、構造構成主義を背景として持つ研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている、”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を紹介いたします。SCQRMは構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理とし、メタ方法論として、以下の11の関心相関的アプローチを備えています。

1. 関心の探索的明確化
2. 関心相関的継承
3. 関心相関的選択
4. 関心相関的サンプリング
5. 関心相関的調査(質問)項目設定
6. 関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法
7. 関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築
8. 関心相関的報告書(論文)構成法
9. 関心相関的プレゼンテーション
10. 関心相関的評価
11. 関心相関的アドバイス

このうち1-7までは”構造探索過程”、8-11を”研究報告過程”と区分できます。前回関心相関性については説明いたしましたが、改めて前回の説明箇所を引用しておきましょう。

関心相関性とは、「あらゆる存在や意味や価値はそれ自体独立自存することは原理的にありえず、我々の身体や欲望や関心といったものと相関的に立ち現れてくるとする原理」と定義されています(『構造構成主義とはなにか』, p.189)。これは、「存在や意味、価値などは、絶対なものではなく、当事者の身体状況や欲望、目的、関心の度合いなどと相関的に規定される」という側面を捉えた原理です。例えば、我々は道路の水たまりに普段気づきませんが、死ぬ直前まで喉が乾いていた場合、この水たまりは貴重な飲料水としての価値を帯び、そのような価値を持つ存在として立ち現れます。

以下では、このような関心相関性を中核原理とした11のアプローチそれぞれについて、西條剛央 氏の著作『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編(以下、basic』『質的研究とは何か – SCQRMアドバンス編(以下advance)』をもとに、詳細を説明いたします。

関心相関的アプローチ

1. 関心の探索的明確化

まず、戦略的に「立ち現れた全ての経験」である「現象」から出発します。そして、現象の中から「特定の事象」に注目します。特定の事象に注目するまでのプロセスにおいて、探索しながら関心を明確化することを”関心の探索的明確化”と呼びます(advance, p.182)。

例えば、『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編/アドバンス編』では、教育実習という現象から出発し、実習中に考えたことや感じたことを文章化する「内省レポート」という特定の事象に注目した上で、リサーチクエスチョンを構築しています(basic, p.57-60)。

2. 関心相関的継承

これまで自然科学はもちろん、社会科学においても、知見の積み上げという点では、「検証」という枠組みが用いられてきました。この背後には、「主体の外部に客観的心理が実在していて、仮説を繰り返し検証することで、その客観的実在に到達できる」という客観主義的認識論があると言ってよいでしょう。この検証という手続きは、特に自然科学の文脈で有効性を発揮してきましたが、客観主義を前提としており、認識論が異なる質的研究には適さない、という問題があります。質的研究が対象とする内的世界や意味世界といった側面は、本来的に多様な解釈が並列しうるものであり、客観的事実の存在を前提とする「検証」と異なる場合、すなわち、そのような存在を前提としない場合、有効に機能しません。

そこで質的研究において先行研究を引き継ぐことを担保する方法として「継承」という考え方が提案されています。これは、「研究対象とする現象に応じて、仮説をより細分化・精緻化していく従来の”検証的方向性”と、記述や解釈の多様性を拡大する”発展的方向性”の、双方を柔軟に追求可能な枠組み」[1]です。継承は、発展と精緻化の双方を包含する概念であり、「発展的機能」と「検証的機能」は、研究者の関心と相関的に決まります。この点において、”関心相関的継承”と呼ばれます(basic, p.50-51)。

[1] 西條剛央. “生死の教会と自然・天気・季節の語り – 仮説継承型ライフストーリー研究のモデル提示.” 質的心理学研究. 2002: 1, 55-69.

3. 関心相関的選択

SCQRMでは、理論も方法も研究を構成するツールとして捉えます。ツールは必ず、特定の状況で、何らかの目的のもとで使われます。関心相関的観点によれば、方法の価値は目的と相関的に決定されます。それが方法である以上、Aという状況において、Xという目的を達成するために資するものであるかどうかによってその価値は判断されることになります。そして、この観点からそれぞののツールの価値が判定されることになります。したがって、認識論、理論、技法、フィールド、対象枠組みといった研究を構成する全てのツールは、現実的制約を勘案しつつ、リサーチクエスチョンや研究目的に照らして選んでいけばよいことになります。これを選択原理として定式化された”関心相関的選択”と呼びます(basic, p.60-61)。

例えば、さきほどの教育実習における内省レポートについては、昨年までの内省レポートを分析するか、昨年までに実習を受けた人を対象にインタビューするか、それらを組み合わせるしか方法が存在しません。このような現実的制約を踏まえて、リサーチクエスチョン(関心)にあった方法を選ぶことになります。

4. 関心相関的サンプリング

研究者の関心に照らし合わせて(相関的に)対象者をサンプリングすることを”関心相関的サンプリング”と呼びます。これは関心相関的選択のバリエーションの1つです。関心相関的選択によれば、研究を構成する全てのツールや材料は、現実的制約を勘案しつつ、リサーチクエスチョンや研究目的に照らして選んでいくことになります。これを対象者の選択に関して言えば、関心相関的サンプリングという考え方になります(basic, p.102)。

例えば、実習体験者の本音を知りたいのにも関わらず、実習を受けたことがない学生を捕まえても仕方がありません。あるいは、「実習生は内省レポートについて、肯定的、否定的側面を含めてどのような体験をしているか」というリサーチクエスチョンの場合、時間的な制約を踏まえて、内省レポートに対して、「肯定的な人」と「否定的な人」あとは、「中間的にいそうな人」を過去のレポートなどを参照して典型的な人をサンプリングすることになります。

5. 関心相関的調査(質問)項目設定

現実的制約を勘案しながら、リサーチクエスチョンに照らして、質問項目を設定することを”関心相関的質問項目設定法”と呼びます。より一般的に言えば”関心相関的超項目設定法”と呼びます(basic, p.113)。

この場合の現実的制約とは、1時間インタビューするとしても、一問あたり20分と考えて、最終的には、3つ程度に大きくテーマを絞ることが望ましい、などの制約を指します。
また、リサーチクエスチョンが「実習生は内省レポートについてどのような体験をしているか」というものである場合、直接リサーチクエスチョンに関して聞いてしまってもよいですし、間接的にそれを浮かび上がらせるような質問項目があってもよいでしょう。

6. 関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法

あらゆる方法概念は、Aという現実的状況において、Xという目的を達成するための手段に過ぎません。したがって、研究法を修正する際は、研究実施上の制約と、研究目的を踏まえつつ、どこをなぜ修正したのかという「理由」を明示する、ということになります。これは、既存の研究法を妥当に修正して使用するための方法原理であり、”関心相関的研究法修正法”と呼びます(advance, p.60)。

例えば、内省レポートに関して、より多くの人に共通するモデルを作ることを目的とした場合、1名から得られた概念を利用したり、3名(肯定的、否定的、中立)しか扱わない立場は不適切ということになります。しかしながら、研究の目的が、内省レポートを巡る体験の肯定的側面のみならず、これまで看過されてきた否定的側面までを含む多様な側面を捉え、モデル化することにあった場合、内省レポートに対して肯定的な人、否定的な人、それらの中間の人を一人ずつ理論的サンプリングすることにより、内省レポートの肯定的側面から否定的側面までをバランスよく捉えることとした、と主張することができます。

7. 関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築

SCQRMでは、テクスト分析の手法として、データに基づいてボトムアップに理論を構成する研究手法であるM-GTA(Modified Grounded Theory Approach)を採用しています(M-GTAについては次回で詳細を説明いたします)。M-GTAでは、研究対象となる特定の事象についてのインタビューデータを用いて、研究者の関心と特定の方法を媒介にしてテクストが作成されます。次に、テクストをベースとして「分析ワークシート」を作成します。さらに、作成された分析ワークシートをベースとして、関心相関的に理論(構造)を構築することを関心相関的構造構築と呼びます(advance, p.184)。

8. 関心相関的報告書(論文)構成法

研究者の関心にもとづき探索的に構成されてきた構造(仮説・理論・モデル)を踏まえ、そこから逆算的に目的を再設定し、関心相関的選択を方法論的な視点として、説得的な報告書(論文・抄録)を構成することを”関心相関的報告書(論文)構成法”と呼びます(advance, p.74)。

例えば、「本研究は仮説生成を目的としたため、研究方法としてモデル構築に適したM-GTAを選択した」というように、研究目的に照らしてその選択理由を書きます。そうすることによって、読者はその選択が目的を達成するために適しているかを吟味することができるようになり、恣意的な選択をしているとは思われない、説得的な報告書を作成することができます。

9. 関心相関的プレゼンテーション

プレゼンテーションの場によって求められるものは変わってくるため、関心相関的観点から、聴衆の関心の所在がどこにあり、関心の強度はどの程度なのかを推察しつつプレゼンテーションを行うという原則を”関心相関的プレゼンテーション”と呼びます(advance, p.11)。

10. 関心相関的評価

質的研究を評価する際の視点として、第1に、相手の認識論的前提を見定める必要があります。第2に、関心相関的観点を働かせて自他の関心を対象化した上で、研究を評価する必要があり、これを”関心相関的評価”と呼びます。関心相関的観点によって、「私が知見Aに価値を見いだしているのは、自分のZという関心に沿っているからであって、逆にBという知見に全く価値が無いように思えるのはその関心に沿ってないからなのであろう」と思い至る可能性が開けます。これによて、特定の研究に対する印象評価には、自分の関心が強く影響していることを十分認識した上で、相手の関心を踏まえて、より妥当な研究評価をすることができます(advance, p.47)。

11. 関心相関的アドバイス

アドバイスをする場合、相手が何をしようとしているのか、その関心を踏まえることで、建設的なアドバイスをすることができます。この、相手の目的を踏まえた上で、その目的を達成するためにどうすればよいかを具体的かつ現実的に可能なアドバイスをすることを”関心相関的アドバイス”と呼びます(advance, p.47)。

関的存在論-言語論-構造論

SCQRMは、共通了解が成立する可能性、すなわち、共通了解可能性を理論的に担保します。まず、探求の方法概念として、「立ち現れ」である「現象」を置きます。そして、言語をはじめとする認識枠組みを媒介としながら、身体、欲望、関心相関的に現象は分節化されていきます。その現象の分節が「広義の構造」です。それに対して関心相関的に名が付けられて、「コトバ(概念)」が作られます。そのコトバを材料に、やはり関心相関的に何らかの方法的枠組み(研究法)をツールにして、コトバとコトバの関係形式である「狭義の構造(理論・モデル・仮説)」が作られます。このように、方法概念としての現象を出発点としつつも、広義の構造やコトバ、狭義の構造を通じて、構造の共通了解可能性を拓くことが可能となります。これは、存在論、言語論、構造論的に一貫性のある説明が可能となったということを意味します。これらの理路を総称して”関的存在論-言語論-構造論”と呼びます(advance, p.143-144)。

メタ研究法としてのSCQRM

最後にまとめとしてメタ研究法としてのSCQRMについて説明いたします。SCQRMは、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理とし、メタ方法論としての11の関心相関的アプローチを備えています。また、関心相関的存在論-言語論-構造論によって、構造構成的-構造主義科学論という科学論と、関心相関的構造構成法といった方法枠組みが基礎づけられています。このメタ研究法は、通常のの個別研究法と異なり、多種多様な個別研究法に妥当する枠組となります。例えば、質的研究と称されるものは、第12回で説明した調査法に加えて、これまで説明したGTAやM-GTAの他、KJ法[2]、エスノメソドロジー[3]、社会構築主義的アプローチ[4]、シンボリック相互作用論[5]、アクションリサーチ[6]、ライフコース分析[7]、フェミニストアプローチ[8]、解釈学的現象学[9]、自己観察法[10]、エピソード分析[11]、ディスコース分析[12]、フーコー派言説分析[13]、メモリーワーク[14]等、認識論から分析的枠組みまで多様な次元の枠組みが含まれています。これら全てのアプローチをこのメタ研究法において使用することができます(advance, p.47)。

[2] 川喜田二郎. 続・発想法, 中央公論新社, 1970.
[3] 前田泰樹, 水川喜文, 岡田光弘. エスノメソドロジー – 人々の実践から学ぶ, 新曜社, 2007.
[4] K.J.ガーゲン. 社会構築主義の理論と実践 – 関係性が現実を作る, ナカニシヤ出版, 2004
[5] ハーバート・ブルーマー. シンボリック相互作用論 – パースペクティヴと方法, 勁草書房, 1991.
[6] 佐野正之. はじめてのアクションリサーチ – 英語の授業を改善するために, 大修館書店, 2005.
[7] グレン H.エルダー, ジャネット Z. ジール. ライフコースの研究の方法, 明石書店, 2003.
[8] ホロウェイ, ウィーラー. “フェミニストアプローチと質的研究”, ナースのための質的研究入門―研究方法から論文作成まで, 医学書院, 2006: 137-150.
[9] Marlene Zichi Cohen, Richard H. Steeves, David L. Kahn. 解釈学的現象学による看護研究―インタビュー事例を用いた実践ガイド (看護における質的研究), 日本看護協会出版会, 2005.
[10] Noelie Rodriguez, Alan L. Ryave. 自己観察の技法―質的研究法としてのアプローチ. 誠信書房, 2006.
[11] 鯨岡峻. エピソード記述入門―実践と質的研究のために, 東京大学出版会, 2005.
[12] 鈴木聡志. 会話分析・ディスコース分析―ことばの織りなす世界を読み解く, 新曜社, 2007.
[13] Carla Willig. “フーコー派言説分析”, 心理学のための質的研究法入門―創造的な探求に向けて, 培風館, 2003: 146-169.

まとめ

今回は、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法である、構造構成的質的研究法(SCQRM)を紹介いたしました。SCQRMは関心相関性を中核とし、11の関心相関的アプローチを備えていました。SCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、M-GTA(Modified Grounded Theory Approach) を分析ツールのひとつとして採用しています。M-GTA は、研究者(観察者) の問いを明らかにした上で、インタビューや観察を行ない、その結果を書き起こしたテキストを分析し、データに立脚した仮説や理論を構築します。テキスト分析では、研究者は、研究者の注意を引くキーワードやキーセンテンスをコード化し、データ化します。そしてデータを構造化し、概念やカテゴリなどの関係を捉え、暫定的なモデルを構築します。

次回は、M-GTAを用いたデータ分析手法を紹介いたします。

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