モデル構築手法としてのM-GTA

前回は、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法である、構造構成的質的研究法(SCQRM)を紹介いたしました。SCQRMは、関心相関性を中核とし、11の関心相関的アプローチ[1]を備えていました。また、SCQRMでは、関心相関的存在論-言語論-構造論によって、構造構成的-構造主義科学論という科学論と、関心相関的構造構成法といった方法枠組みが基礎づけられています。このようなSCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、M-GTA(Modified Grounded Theory Approach/修正版グラウンデッドセオリーアプローチ) を分析ツールのひとつとして採用しています。

[1]関心の探索的明確化、関心相関的継承、関心相関的選択、関心相関的サンプリング、関心相関的調査(質問)項目設定、関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法、関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築、関心相関的報告書(論文)構成法、関心相関的プレゼンテーション、関心相関的評価、関心相関的アドバイス)

今回は、M-GTAを用いたデータ分析手法ついて紹介いたします。M-GTAは、第13回で説明したように、グレイザーとシュトラウスによって提唱されたGTA(Grounded Theory Approach/グラウンデッドセオリーアプローチ) を木下が修正を施した分析手法です。まず、研究者(観察者) の問いを明らかにした上で、インタビューや観察を行ない、その結果を書き起こしたテキストを分析し、最終的にデータに立脚した(データにグラウンデッドな)仮説や理論を構築します。テキスト分析のプロセスでは、研究者は、研究者の注意を引くキーワードやキーセンテンスをコード化し、データ化します。そしてデータを構造化し、概念やカテゴリなどの関係を捉え、暫定的なモデルを構築します。

以下では、グレイザーとシュトラウスによって提唱されたGTAの手法とその限界について再度説明したのち、M-GTAを用いた分析プロセスについて、引き続き『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編(以下、basic』『質的研究とは何か – SCQRMアドバンス編(以下advance)』をもとに、具体例を示しながら説明をいたします。

グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)

GTAは、フィールドに密着して得られたフィールドデータをつきあわせながら、帰納的に(個々の具体的事例から一般原理・法則を導きだす考え方で)まとめていき、現場の問題を解決するための有効な理論の発見を行う方法論です。実際のGTAの一般的なプロセスは、以下の5つのプロセスで構成されます。

1. インタビューや観察からフィールドノートを作る.

2. 主観を排除し,可能な限り客観的にデータを切片化する.

3. 切片化されたデータを付きあわせて,共通した意味のものをまとめ,簡潔なラベルをつける.また,似たラベル同士をまとめ,上位概念となるカテゴリを作り名前をつける(Open Coding / オープン・コーディング).

4. コードやカテゴリ同士の関連性を帰納的,演繹的に明らかにする(Axial Coding / 軸性コーディング).

5. 主となるカテゴリを選択し,他の複数のカテゴリとの関連性を明らかにする(Selective Coding / 選択的コーディング).この時,何が起きたかについて1つのストーリーラインを構築する.

このようなオリジナル版GTAの手法について、木下は「実際のデータ収集と分析、特にコーディング方法に関して明確に示されていない」という限界を指摘し、M-GTAを提案しました。木下はGTAに対する課題点の克服として以下の3つを挙げています。

1. コーディング方法の明確化.
実際に活用しやすく,かつ,分析プロセスが他の人にも理解しやすいという両方の条件を満たすものを提案する.

2. 意味の深い解釈.
データが有している文脈性を破壊せずに逆に重視し,切片化してラベル化から始めるのではなく,意味の深い解釈を試みる..

3. 60年代の限界と近年の質的研究動向に対する独自の認識論.
研究をデータ収集段階,データ分析段階,分析結果の応用段階の3段階に分け,それぞれの段階において,研究する人間を他者との社会関係に位置づけている.これは,社会的活動としての研究の視点を強調するものである.

修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)

GTAと同様にM-GTAも、テクストに基づいてデータにグラウンデッドに概念生成を行うという基本的な考え方を継承しています。

M-GTAの分析プロセス

具体的な分析プロセスは、まず、文字おこしを行い、データ化したテクストの中から、キーワードを見つけ、キーセンテスを引いていき、これらに名前を付けます。これを”概念化”と呼びます。概念は、M-TGAにおいて一番基礎となる単位です。例えば、内省レポートに関するグループディスカッションから、「自己理解の促進」「考えるきっかけ」「他者理解の促進」「内省ポイントの増加」といった概念が抽出されます。次に、概念のまとまりごとに対して、見出しをつけてテクストを構造化していきます。これを”カテゴリ化”と呼びます。例えば、先ほど挙げた4つの概念の上位項目として、「内省レポートの効用」といったカテゴリが抽出されます。さらに、抽出された概念やカテゴリの関係を捉えて暫定的な全体像やモデルを素描します。これを”理論化”と呼びます。

このようなM-GTAは、西條によれば、「”動的な構造化”を目指す分析手法である」と言えます。動的な構造化とは、図で言うところの矢印を書くというプロセスを指します。すなわち、特徴を列挙するといったことではなく、現象ごとの影響関係、行動推移のパターン、システムの変化など、何らかのプロセスを捉えて構造化していくことを意味しています。

図1. 内省レポートに関する暫定モデル (ver.1.0)

『SCQRMベーシック編』では、インタビューを実施する前に、学生同士でディスカッションを行った結果に基づいて、内省レポートに関する暫定モデル(ver1.0)を構築しています。そして、関心相関的サンプリングにもとづき、内省レポートに対して、「肯定的な人」「否定的な人」「中間にいそうな人」をインタビュイーとして設定すべく、過去のレポートなどを参照して話し合い、典型的な人を選択しています。インタビュイーが決定したのち、関心相関的質問項目設定法に基づき、質問項目を設定しています。ここでは、「実習生は内省レポートについてどのような体験をしているか」というリサーチクエスチョンに照らし合わせて、質問項目を考えています。以下に質問項目を引用したします(basic, p.117)。

内省レポートに関する質問項目案

1. 当時の内省レポート体験に関する質問(当時の体験を語ってもらう)
・内省レポートはどのような体験だったか。
・内省レポートを実際どのように書いていたか。
・それについてどのように感じていたか。
・それは最初と中期と最後に至るまで変化があったか。
・内省レポートに関して、特に印象部会ところを挙げるとしたら何か。

2. 今から振り返ったときの内省レポートの意味を明らかにする質問。
・今となって内省レポートはどのような意味をもつか。
・もし修士1年に戻って内省レポートをやるとしたらまたやりたいか。
・今になって思う内省レポートの長所や問題点はあるか。
・教員になったら内省レポートはどのようなかたちで実施したいと思うか。
・内省レポートに改善すべき点はあるとおもうか。

分析ワークシートの作成法

理論化までのプロセスはすでに説明いたしましたが、実際にM-GTAを用いて分析を行う場合、手続きとして”分析ワークシート”を作成します。M-GTAでは、テキスト(ローデータ)から概念やカテゴリを生成するまでの分析プロセスに、分析ワークシートを導入することによって、データに基づいて概念生成をしてきたということを担保しようと試みます。この分析ワークシートを作成する点が、他のGTAと比較して、M-GTA特有の手続きと言えます。

表1. 分析ワークシート

概念名
定義
ヴァリエーション(具体例)
理論的メモ

まず、概念名には、例えば「自己理解の促進」「見えない縛り」などといった概念を入れます。次に定義を行うわけですが、定義付けは後に回し、先にヴァリエーション、つまりその概念に当てはまりそうな具体例を入れていきます。該当しそうなヴァリエーションをテクストから分析ワークシートにコピーするなどして入力していきましょう。最後に理論的メモとは、他の概念との関係性や、気がついたこと、留意点、迷いなどをに関するメモを記載します。具体例を『SCQRMベーシック編』より引用いたしましょう(basic, p.165)。

表2. 分析ワークシート 中田さん 「見えない縛り」

概念名 見えない縛り
定義 他者が自己の内省レポートを閲覧できることにより、書く内容が限定されること。
ヴァリエーション(具体例) ・「なんか自分の中の深い葛藤まで書けなかったり」
・「(それは人が見るかもしれないから?)うーん、やっぱりでも、大きいのは、やっぱり他人が見るっていうのは大きいと思う。まぁ自由に書いていたと思うんですけど、そういうのがなかったと言えば嘘になるみたいな」
・「でも書かない時もありますよね。書こうかなと思ったけど、や、いいや書かないで、書かないほうがいいかなと思って。」
・「なんかあと私が書いているのって実はすごいつまらないことなんじゃんとか」
・「えー、と。内省レポートだか、なんかそんな”緊張する”とか書いても意味ないんじゃないかなーとか思ったり…」
・「他の人が読むのに、”あー、緊張する!”とか書いてもしょうがないじゃないですか…」
・「(緊張する!とか書けないのは、かっこ悪いから?)かっこ悪いというか、やっぱ建設的じゃないな、っていう感じがしているので…」
・「なんか、ブログはもっとこう、家のものみたいな…お家でやるものみたいな感じで、やっぱり、内省レポートは学校のものって感じが…する」
理論的メモ ・他人に見られることによる心理的制約のこと。少なくとも建設的なことを書かなきゃいけないという縛りと深い葛藤を書けない縛りの2種類がありそうなので、概念からカテゴリーになると思われる。

分析ワークシートを作成した後は、リサーチクエスチョンを常に意識して、理論を実際に構築していきます。『SCQRMベーシック編』では、関心相関的サンプリングに基づき、内省レポートに対して、「肯定的な人」「否定的な人」「中間にいそうな人」を選出し、インタビューを行っています。理論化のプロセスでは、これらのインタビュイーごとに個々のモデル(ver2.0)を構築しています(basic, p.192)。そして、内省レポートシステムの中核である「書くこと」と「読むこと」という2つの特性を中心に3つの個別モデルを統合し(ver3.0)(basic, p.203)、さらにこのモデルに、3つの個別モデルから色々な概念を追加し、モデル(ver4.0, 4.5)を洗練させていきます(basic, p.209)。最終的には、再度分析ワークシートの各概念を精査して、概念をしぼりこみ、最終的な改訂(ver.5.1)を行っています(basic, p.210)。

図2. 実習生の内省レポート体験の改訂モデル(ver.3.0)

図3. 実習生の内省レポート体験の改訂モデル(ver.5.1)

M-GTAの理論的意義と限界

最後に、M-GTAの理論的意義と限界について触れておきましょう(advance, p.118)。M-GTAは、データをいわば不確実性の中で作られるものとして捉えたことに加えて、分析の中心に、「研究する人間」を置いています。これは、研究する側に「主体性」を取り戻すための試みです。しかしながら、「研究対象の現実」というものを無条件に前提としており、「現実とは何か」ということを問い直してはいません。つまり、「研究対象となる複雑な現象とは何か」、といったことを含めて”存在論的考察”がなされていません。また、”言語的洞察”が欠けているという問題もあります。具体的には、「データは言葉である」として、数量的研究と質的研究が本質的に同じであると示す一方で、データが言葉である以上、「データとは何か」と問い直すためには、「言葉とは何か」、さらには、「現実と言葉の関係」を論じる必要が生じます。

構造構成主義は、以上のようなM-GTAの持つ限界を理論的に補う超メタ理論として機能します。まず、構造構成主義は、「あらゆる認識論的立場の起点となる共通地平を設定する」という目的を達成するための方法概念として”現象”を置いています。次に、構造構成主義では、「存在」を、特定の身体構造、欲望、関心に応じて立ち現れる、「広義の構造」と位置づけています。そして、関心相関的に分節された「現象の分節」を、広義の構造と呼びます。これらから、「存在」は、「身体 – 欲望 – 関心相関的に分節された現象」(広義の構造)ということになります(関心相関的存在論)。また、構造構成主義は、ソシュールの一般言語学に基づき、コトバにおける恣意性に注目します。すなわち、コトバは、現象の分節に対して恣意的に付与された特定の「名」(シニフィアン)であり、「広義の構造」と同義であることを意味します(関心相関的言語論)。さらに、この言語論に基づき、構造構成主義では、理論(構造)は、関心相関的に構築されたもので、それがコトバでできている以上、恣意性は排除できないとの立場に依拠しています(関心相関的言語論)。

関心相関的構造構成法

前回の記事では、11の関心相関的アプローチ、および、関的存在論-言語論-構造論を中心にSCQRMを説明いたしました。しかしながら、現象から理論構築までのプロセスを担う”関心相関的構造構成法”は説明を意図的に省略していました。これは、M-GTAの説明をして初めてその全体像の理解が容易になると考えたためです。以下では、全体のプロセスについて図を用いながら説明をしていきましょう(advance, 181-185)。

1. 関心の探索的明確化
戦略的に「立ち現れた全ての経験」である「現象」から出発します。そして、まず現象の中から「特定の事象」に着目します。実際には、多かれ少なかれ探索しながら関心を明確化します。これを”関心の探索的明確化”と呼びます。

2. 関心相関的データ構築
M-GTAを用いてデータに基づいてボトムアップに理論を構築するためのデータを、特定の方法を媒介にして、身体-欲望-関心相関的に構成することを”関心相関的(録音)データ構築法”と呼びます。SCQRMでは、純粋に客観的なデータは存在せず、客観的な理論はありえないと考えます。例えば、録音してきたデータは、Aさんがインタビューした場合とBさんがインタビューした場合では、異なるものになるため、この時点で客観性は失われています。

3. 関心相関的テクスト構築
研究者の関心と特定の方法を媒介にしてテクストが作成されることを”関心相関的テクスト構築”と呼びます。テクストについても、構築されたデータを研究者の関心に照らして文字おこししたものであるため、客観的なものではありえません。

4. 関心相関的ワークシート作成
M-GTAでは、次の段階で分析ワークシートを作成します。このプロセスにて、研究者の関心と特定の方法、ここでは、M-GTAの分析ワークシート作成法を媒介として分析ワークシートを作成することを”関心相関的ワークシート作成”と呼びます。

5. 関心相関的理論構築
最後に、構築された分析ワークシートをベースとして、関心相関的に理論(構造)を構築することを”関心相関構造構築/関心相関的仮説生成/関心相関的モデル構築”と呼びます。

まとめ

今回は、モデル構築がその研究の目的である場合において、SCQRMに採用されている分析ツールとしてのM-GTAについて、前身となるGTAについて説明したのち、具体例を示しながらその分析プロセスを紹介をいたしました。具体的には、文字おこしを行い、データ化したテクストの中から、キーワードを見つけ、キーセンテスを引いていき、これらに名前を付け(概念化)、次に、概念のまとまりごとに対して、見出しをつけてテクストを構造化し(カテゴリ化)、さらに、抽出された概念やカテゴリの関係を捉えて暫定的な全体像やモデルを素描する(理論化)というプロセスでした。また、実際にM-GTAを用いて分析を行う場合、手続きとして作成する分析ワークシートの説明を行いました。最後に、M-GTAを実践例として組み込んだ関心相関的構造構成法について説明をいたしました。

次回は、いよいよソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の理論について説明をいたします。

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構造構成主義的質的研究法(SCQRM)

前回は、既存のデザイン手法をBOPというフィールドに適用する場合の限界について述べ、その限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、「現象学」と「構造主義科学論」の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論である、構造構成主義の全体像について説明しました。構造構成主義的アプローチを導入することで、BOPというフィールドの持つ”特殊性”を構造的に理解し、提供者(デザイナ)と被提供者(ユーザとしての現地人)の信念対立を解消することが可能となります。しかしながら、このような構造構成主義それ自体は概念であり、思想であるため、デザイン手法として直接応用することは困難です。

今回は、構造構成主義を背景として持つ研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている、”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を紹介いたします。SCQRMは構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理とし、メタ方法論として、以下の11の関心相関的アプローチを備えています。

1. 関心の探索的明確化
2. 関心相関的継承
3. 関心相関的選択
4. 関心相関的サンプリング
5. 関心相関的調査(質問)項目設定
6. 関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法
7. 関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築
8. 関心相関的報告書(論文)構成法
9. 関心相関的プレゼンテーション
10. 関心相関的評価
11. 関心相関的アドバイス

このうち1-7までは”構造探索過程”、8-11を”研究報告過程”と区分できます。前回関心相関性については説明いたしましたが、改めて前回の説明箇所を引用しておきましょう。

関心相関性とは、「あらゆる存在や意味や価値はそれ自体独立自存することは原理的にありえず、我々の身体や欲望や関心といったものと相関的に立ち現れてくるとする原理」と定義されています(『構造構成主義とはなにか』, p.189)。これは、「存在や意味、価値などは、絶対なものではなく、当事者の身体状況や欲望、目的、関心の度合いなどと相関的に規定される」という側面を捉えた原理です。例えば、我々は道路の水たまりに普段気づきませんが、死ぬ直前まで喉が乾いていた場合、この水たまりは貴重な飲料水としての価値を帯び、そのような価値を持つ存在として立ち現れます。

以下では、このような関心相関性を中核原理とした11のアプローチそれぞれについて、西條剛央 氏の著作『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編(以下、basic』『質的研究とは何か – SCQRMアドバンス編(以下advance)』をもとに、詳細を説明いたします。

関心相関的アプローチ

1. 関心の探索的明確化

まず、戦略的に「立ち現れた全ての経験」である「現象」から出発します。そして、現象の中から「特定の事象」に注目します。特定の事象に注目するまでのプロセスにおいて、探索しながら関心を明確化することを”関心の探索的明確化”と呼びます(advance, p.182)。

例えば、『質的研究とは何か – SCQRMベーシック編/アドバンス編』では、教育実習という現象から出発し、実習中に考えたことや感じたことを文章化する「内省レポート」という特定の事象に注目した上で、リサーチクエスチョンを構築しています(basic, p.57-60)。

2. 関心相関的継承

これまで自然科学はもちろん、社会科学においても、知見の積み上げという点では、「検証」という枠組みが用いられてきました。この背後には、「主体の外部に客観的心理が実在していて、仮説を繰り返し検証することで、その客観的実在に到達できる」という客観主義的認識論があると言ってよいでしょう。この検証という手続きは、特に自然科学の文脈で有効性を発揮してきましたが、客観主義を前提としており、認識論が異なる質的研究には適さない、という問題があります。質的研究が対象とする内的世界や意味世界といった側面は、本来的に多様な解釈が並列しうるものであり、客観的事実の存在を前提とする「検証」と異なる場合、すなわち、そのような存在を前提としない場合、有効に機能しません。

そこで質的研究において先行研究を引き継ぐことを担保する方法として「継承」という考え方が提案されています。これは、「研究対象とする現象に応じて、仮説をより細分化・精緻化していく従来の”検証的方向性”と、記述や解釈の多様性を拡大する”発展的方向性”の、双方を柔軟に追求可能な枠組み」[1]です。継承は、発展と精緻化の双方を包含する概念であり、「発展的機能」と「検証的機能」は、研究者の関心と相関的に決まります。この点において、”関心相関的継承”と呼ばれます(basic, p.50-51)。

[1] 西條剛央. “生死の教会と自然・天気・季節の語り – 仮説継承型ライフストーリー研究のモデル提示.” 質的心理学研究. 2002: 1, 55-69.

3. 関心相関的選択

SCQRMでは、理論も方法も研究を構成するツールとして捉えます。ツールは必ず、特定の状況で、何らかの目的のもとで使われます。関心相関的観点によれば、方法の価値は目的と相関的に決定されます。それが方法である以上、Aという状況において、Xという目的を達成するために資するものであるかどうかによってその価値は判断されることになります。そして、この観点からそれぞののツールの価値が判定されることになります。したがって、認識論、理論、技法、フィールド、対象枠組みといった研究を構成する全てのツールは、現実的制約を勘案しつつ、リサーチクエスチョンや研究目的に照らして選んでいけばよいことになります。これを選択原理として定式化された”関心相関的選択”と呼びます(basic, p.60-61)。

例えば、さきほどの教育実習における内省レポートについては、昨年までの内省レポートを分析するか、昨年までに実習を受けた人を対象にインタビューするか、それらを組み合わせるしか方法が存在しません。このような現実的制約を踏まえて、リサーチクエスチョン(関心)にあった方法を選ぶことになります。

4. 関心相関的サンプリング

研究者の関心に照らし合わせて(相関的に)対象者をサンプリングすることを”関心相関的サンプリング”と呼びます。これは関心相関的選択のバリエーションの1つです。関心相関的選択によれば、研究を構成する全てのツールや材料は、現実的制約を勘案しつつ、リサーチクエスチョンや研究目的に照らして選んでいくことになります。これを対象者の選択に関して言えば、関心相関的サンプリングという考え方になります(basic, p.102)。

例えば、実習体験者の本音を知りたいのにも関わらず、実習を受けたことがない学生を捕まえても仕方がありません。あるいは、「実習生は内省レポートについて、肯定的、否定的側面を含めてどのような体験をしているか」というリサーチクエスチョンの場合、時間的な制約を踏まえて、内省レポートに対して、「肯定的な人」と「否定的な人」あとは、「中間的にいそうな人」を過去のレポートなどを参照して典型的な人をサンプリングすることになります。

5. 関心相関的調査(質問)項目設定

現実的制約を勘案しながら、リサーチクエスチョンに照らして、質問項目を設定することを”関心相関的質問項目設定法”と呼びます。より一般的に言えば”関心相関的超項目設定法”と呼びます(basic, p.113)。

この場合の現実的制約とは、1時間インタビューするとしても、一問あたり20分と考えて、最終的には、3つ程度に大きくテーマを絞ることが望ましい、などの制約を指します。
また、リサーチクエスチョンが「実習生は内省レポートについてどのような体験をしているか」というものである場合、直接リサーチクエスチョンに関して聞いてしまってもよいですし、間接的にそれを浮かび上がらせるような質問項目があってもよいでしょう。

6. 関心相関的方法(方法概念・研究法)修正法

あらゆる方法概念は、Aという現実的状況において、Xという目的を達成するための手段に過ぎません。したがって、研究法を修正する際は、研究実施上の制約と、研究目的を踏まえつつ、どこをなぜ修正したのかという「理由」を明示する、ということになります。これは、既存の研究法を妥当に修正して使用するための方法原理であり、”関心相関的研究法修正法”と呼びます(advance, p.60)。

例えば、内省レポートに関して、より多くの人に共通するモデルを作ることを目的とした場合、1名から得られた概念を利用したり、3名(肯定的、否定的、中立)しか扱わない立場は不適切ということになります。しかしながら、研究の目的が、内省レポートを巡る体験の肯定的側面のみならず、これまで看過されてきた否定的側面までを含む多様な側面を捉え、モデル化することにあった場合、内省レポートに対して肯定的な人、否定的な人、それらの中間の人を一人ずつ理論的サンプリングすることにより、内省レポートの肯定的側面から否定的側面までをバランスよく捉えることとした、と主張することができます。

7. 関心相関的構造(理論・モデル・仮説)構築

SCQRMでは、テクスト分析の手法として、データに基づいてボトムアップに理論を構成する研究手法であるM-GTA(Modified Grounded Theory Approach)を採用しています(M-GTAについては次回で詳細を説明いたします)。M-GTAでは、研究対象となる特定の事象についてのインタビューデータを用いて、研究者の関心と特定の方法を媒介にしてテクストが作成されます。次に、テクストをベースとして「分析ワークシート」を作成します。さらに、作成された分析ワークシートをベースとして、関心相関的に理論(構造)を構築することを関心相関的構造構築と呼びます(advance, p.184)。

8. 関心相関的報告書(論文)構成法

研究者の関心にもとづき探索的に構成されてきた構造(仮説・理論・モデル)を踏まえ、そこから逆算的に目的を再設定し、関心相関的選択を方法論的な視点として、説得的な報告書(論文・抄録)を構成することを”関心相関的報告書(論文)構成法”と呼びます(advance, p.74)。

例えば、「本研究は仮説生成を目的としたため、研究方法としてモデル構築に適したM-GTAを選択した」というように、研究目的に照らしてその選択理由を書きます。そうすることによって、読者はその選択が目的を達成するために適しているかを吟味することができるようになり、恣意的な選択をしているとは思われない、説得的な報告書を作成することができます。

9. 関心相関的プレゼンテーション

プレゼンテーションの場によって求められるものは変わってくるため、関心相関的観点から、聴衆の関心の所在がどこにあり、関心の強度はどの程度なのかを推察しつつプレゼンテーションを行うという原則を”関心相関的プレゼンテーション”と呼びます(advance, p.11)。

10. 関心相関的評価

質的研究を評価する際の視点として、第1に、相手の認識論的前提を見定める必要があります。第2に、関心相関的観点を働かせて自他の関心を対象化した上で、研究を評価する必要があり、これを”関心相関的評価”と呼びます。関心相関的観点によって、「私が知見Aに価値を見いだしているのは、自分のZという関心に沿っているからであって、逆にBという知見に全く価値が無いように思えるのはその関心に沿ってないからなのであろう」と思い至る可能性が開けます。これによて、特定の研究に対する印象評価には、自分の関心が強く影響していることを十分認識した上で、相手の関心を踏まえて、より妥当な研究評価をすることができます(advance, p.47)。

11. 関心相関的アドバイス

アドバイスをする場合、相手が何をしようとしているのか、その関心を踏まえることで、建設的なアドバイスをすることができます。この、相手の目的を踏まえた上で、その目的を達成するためにどうすればよいかを具体的かつ現実的に可能なアドバイスをすることを”関心相関的アドバイス”と呼びます(advance, p.47)。

関的存在論-言語論-構造論

SCQRMは、共通了解が成立する可能性、すなわち、共通了解可能性を理論的に担保します。まず、探求の方法概念として、「立ち現れ」である「現象」を置きます。そして、言語をはじめとする認識枠組みを媒介としながら、身体、欲望、関心相関的に現象は分節化されていきます。その現象の分節が「広義の構造」です。それに対して関心相関的に名が付けられて、「コトバ(概念)」が作られます。そのコトバを材料に、やはり関心相関的に何らかの方法的枠組み(研究法)をツールにして、コトバとコトバの関係形式である「狭義の構造(理論・モデル・仮説)」が作られます。このように、方法概念としての現象を出発点としつつも、広義の構造やコトバ、狭義の構造を通じて、構造の共通了解可能性を拓くことが可能となります。これは、存在論、言語論、構造論的に一貫性のある説明が可能となったということを意味します。これらの理路を総称して”関的存在論-言語論-構造論”と呼びます(advance, p.143-144)。

メタ研究法としてのSCQRM

最後にまとめとしてメタ研究法としてのSCQRMについて説明いたします。SCQRMは、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法で、関心相関性を中核原理とし、メタ方法論としての11の関心相関的アプローチを備えています。また、関心相関的存在論-言語論-構造論によって、構造構成的-構造主義科学論という科学論と、関心相関的構造構成法といった方法枠組みが基礎づけられています。このメタ研究法は、通常のの個別研究法と異なり、多種多様な個別研究法に妥当する枠組となります。例えば、質的研究と称されるものは、第12回で説明した調査法に加えて、これまで説明したGTAやM-GTAの他、KJ法[2]、エスノメソドロジー[3]、社会構築主義的アプローチ[4]、シンボリック相互作用論[5]、アクションリサーチ[6]、ライフコース分析[7]、フェミニストアプローチ[8]、解釈学的現象学[9]、自己観察法[10]、エピソード分析[11]、ディスコース分析[12]、フーコー派言説分析[13]、メモリーワーク[14]等、認識論から分析的枠組みまで多様な次元の枠組みが含まれています。これら全てのアプローチをこのメタ研究法において使用することができます(advance, p.47)。

[2] 川喜田二郎. 続・発想法, 中央公論新社, 1970.
[3] 前田泰樹, 水川喜文, 岡田光弘. エスノメソドロジー – 人々の実践から学ぶ, 新曜社, 2007.
[4] K.J.ガーゲン. 社会構築主義の理論と実践 – 関係性が現実を作る, ナカニシヤ出版, 2004
[5] ハーバート・ブルーマー. シンボリック相互作用論 – パースペクティヴと方法, 勁草書房, 1991.
[6] 佐野正之. はじめてのアクションリサーチ – 英語の授業を改善するために, 大修館書店, 2005.
[7] グレン H.エルダー, ジャネット Z. ジール. ライフコースの研究の方法, 明石書店, 2003.
[8] ホロウェイ, ウィーラー. “フェミニストアプローチと質的研究”, ナースのための質的研究入門―研究方法から論文作成まで, 医学書院, 2006: 137-150.
[9] Marlene Zichi Cohen, Richard H. Steeves, David L. Kahn. 解釈学的現象学による看護研究―インタビュー事例を用いた実践ガイド (看護における質的研究), 日本看護協会出版会, 2005.
[10] Noelie Rodriguez, Alan L. Ryave. 自己観察の技法―質的研究法としてのアプローチ. 誠信書房, 2006.
[11] 鯨岡峻. エピソード記述入門―実践と質的研究のために, 東京大学出版会, 2005.
[12] 鈴木聡志. 会話分析・ディスコース分析―ことばの織りなす世界を読み解く, 新曜社, 2007.
[13] Carla Willig. “フーコー派言説分析”, 心理学のための質的研究法入門―創造的な探求に向けて, 培風館, 2003: 146-169.

まとめ

今回は、構造構成主義を超メタ理論(超認識論)とするメタ研究法である、構造構成的質的研究法(SCQRM)を紹介いたしました。SCQRMは関心相関性を中核とし、11の関心相関的アプローチを備えていました。SCQRMは、モデル構築がその研究の目的である場合において、関心相関的選択に基づき、M-GTA(Modified Grounded Theory Approach) を分析ツールのひとつとして採用しています。M-GTA は、研究者(観察者) の問いを明らかにした上で、インタビューや観察を行ない、その結果を書き起こしたテキストを分析し、データに立脚した仮説や理論を構築します。テキスト分析では、研究者は、研究者の注意を引くキーワードやキーセンテンスをコード化し、データ化します。そしてデータを構造化し、概念やカテゴリなどの関係を捉え、暫定的なモデルを構築します。

次回は、M-GTAを用いたデータ分析手法を紹介いたします。

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既存のデザイン手法の限界と構造構成主義

前回は、デザインプロセスにおいて用いられてきた既存のデザインメソッドの紹介の第3弾として、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なデザインメソッドであるデザインパタンを取り上げ、その起源、および、建築からソフトウェアエンジニアリング、HCIまでの変遷を追ってきました。特にHCIのデザインパタンについては、年代別に導入・発展・拡散の3つのフェーズに区分し、それぞれの特徴について説明をいたしました。また、現状のパタンの問題点として、決定論的パタンとしての限界、パタン同士を組み合わせて全体性を構築する際のデザイナ関与部分に関する問題について指摘いたしました。

今回は、既存のデザイン手法の限界、特にBOPというフィールドに既存のデザイン手法を適用する際の限界について、”構造”をキーワードとして論じたいと思います。その上で、打開策としての構造構成主義について説明をいたします。

既存のデザイン手法の限界

ここまで3回に渡って様々なデザインメソッドの紹介をしてきました。第1回は「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ためのメソッドとして、量的データではなく、質的データに注目し、質的調査法として、口頭データと視覚データの様々な採取方法について説明をいたしました。第2回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、質的データを用いたモデリング手法を紹介いたしました。第3回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なデザインメソッドとして、デザインパタンを取り上げました。これらは、問題を発見し、仮説を構築し、問題を解決するための手法と言えます。

現時点で分かっていることは、これらの手法は、先進国において流通するプロダクトをデザインするプロセスにおいてのみ有用性が確認された手法である、ということです。これらの手法は、BOPを対象とする場合においてもて有用と言えるのでしょうか?例えば、iPodは、グローバル市場にて流通させることを目的に設計され、今日世界の先進国にそのユーザが存在しています。iPodのような製品のデザインプロセスでは、先進国というグローバル市場において存在しうる、一般化された(音楽好きの)ユーザが、ペルソナとして設定されます。そして、似たような架空の背景と環境を持つペルソナの振る舞いが、シナリオを通じて記述されます。一方、BOPをフィールドとして設定する場合、類似した環境は稀であり、環境の”特殊性”を第一に考慮する必要があります。つまり、民族性、土着文化、宗教を背景として培われた人々の価値観や現場の状況に応じて、受け入れられるプロダクトがそのフィールドごとに異なります。したがって、現場ごとの”特殊性”を構造的に理解するためのデザインプロセスを新たに組み込むことによって初めて、BOPを対象とするソーシャルイノベーションを目的としたプロダクトデザインが可能となるのです。以下ではBOPの特殊性について2つの観点から掘り下げて考えてみましょう。

フィールドのごとの複雑性

第1の特殊性は、”フィールドのごとの複雑性”です。先進国向けのプロダクトの場合、具体的かつ詳細に渡るペルソナおよびシナリオを策定したしても、先進国に存在しそうな一般化されたユーザに結果として陥らざるを得えません。これは、至極当然で、どこの国にでもいそうな音楽好きのユーザに対するデザインが求められるためです。しかしながら、BOPをフィールドとして設定した場合、フィールドごとに言語、文化、宗教の違い、近代化の度合いの違い、さらには、伝統的な価値観と近代的な価値観から生まれる矛盾など、あるプロダクトが受け入れられるためにデザイナが考慮すべきパラメータが、画一化されたグローバル市場向けのプロダクトにおいて考慮すべきパラメータと比較した場合、飛躍的に増加します。このようなフィールドの複雑性を踏まえた上で、そのフィールドを構造的に理解するアプローチがソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法において求められます。

関心の対立構造

第2の特殊性は、”現地人の関心とデザイナの関心の対立”です。先進国向けのプロダクトの場合、デザイナの関心とユーザの関心の乖離を少なくさせることが、ペルソナやシナリオなどの手法を用いる副次的効果といえます。しかしながら、この構造は、先進国間同士の関係性にすぎず、原理的に互いの関心の極端な乖離は生じにくいと言えます。一方、BOPをフィールドとして設定した場合、先進国のデザイナと現地人のユーザという異なるバックグラウンドを持つ2者の関係が問題となり、デザイナは、現地人の関心を的確に把握し、両者の信念対立を回避することが求められます。これは、デザイナの意図のみを現地人に押し付けた場合、現地人の不幸を招くためです。一方で、現地人のニーズだけに注目し、彼らの水準に合わせたプロダクトを作るだけでは、デザイナのモチベーションの低下につながります。このような両者の対立を踏まえた上で、デザイナと現地人が互いに満足することのできるプロダクトを構築可能であることに加え、持続的な関係性を構築可能なアプローチがソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法において求められます。

以上述べたように、BOPをフィールドとして設定した場合、フィールドの特殊性というマクロな要素を構造的に理解することに加えて、そのフィールドに存在する人々、具体的にはデザイナとユーザとしての現地人の関心というミクロな要素をいかに同定するか、という課題が存在します。先進国を対象として構築された様々なデザインメソッド用いたアプローチは、これらの要素を考慮していないため、BOPというフォールドへの適用において限界が生じます。BOPを対象としたソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法を構築するという目的に対して、これらの課題を解決するために採用する理論こそ、西條剛央 氏によって体系化された超メタ理論としての”構造構成主義”です。以下では西條の著書『構造構成主義とは何か』に準拠しつつその説明を試みたいと思います。

構造構成主義

構造構成主義は、「現象学」と「構造主義科学論」の流れを組む超メタ理論であり、現象と関心に注目することで、人間科学において起きがちな信念体系同士の対立を克服し、建設的なコラボレーションを促進するための方法論です。以下に構造構成主義のモデル図を示します。

構造構成主義において「構造構成」というとき2つの構造構成が存在します。1つは「哲学的構造構成」、もう1つは、「科学的構造構成」です。哲学的構造構成は、「所与の確信を”構成された構造”として捉えることにより、その確信がどのように構成されてきたものなのかを問うタイプの反省的試み」を指します。言い換えれば、「”確かにそうである”という信憑構造がどのように構成されたものなのか、その確信成立の条件を解き明かしていく哲学的営み」ということができます(p.191)。一方、科学的構造構成は、「広義の科学性を担保しつつ、現象を構造化するという意味での構造構成を行う領域」を指します(p.195)。これら2つの構造構成について具体的に説明する前に、両者に通底する2つの概念である「現象学的概念」と「構造主義科学論」について説明をいたしましょう。

現象学的概念

現象学的概念の中で、「関心相関性」と「信憑性」は、哲学的構造構成と科学的構造構成に通底する概念となります。

まず、関心相関性とは、「あらゆる存在や意味や価値はそれ自体独立自存することは原理的にありえず、我々の身体や欲望や関心といったものと相関的に立ち現れてくるとする原理」と定義されています(p.189)。これは、「存在や意味、価値などは、絶対なものではなく、当事者の身体状況や欲望、目的、関心の度合いなどと相関的に規定される」という側面を捉えた原理です。例えば、我々は道路の水たまりに普段気づきませんが、死ぬ直前まで喉が乾いていた場合、この水たまりは貴重な飲料水としての価値を帯び、そのような価値を持つ存在として立ち現れます。

このような関心相関性は次の7つ機能を持っています。以下ではそれぞれについての説明を印象しましょう(p.54-62)。

1. 自他の関心を対象化する機能
2. 研究をより妥当に評価する機能
3. 信念対立解消機能
4. 目的の相互了解・関心の相互構成機能
5. 世界観の相互承認機能
6. 方法の自己目的化回避機能
7. バカの壁解消機能

1. 自他の関心を対象化する機能

通常、価値の主観的な価値は隠蔽されています。何かを食べておいしいと感じたときには、自分が感じたおいしさに主観的な好みが関わっていること(身体-欲望-関心と相関的であること)は忘れ去られています。しかしながら、ここで判断停止(判断保留/エポケー)をすると、その時はお腹が空いており(身体)、食欲が旺盛で(欲望)、食べ物に強い関心のある時であったからとてもおいしく感じたのかもしれないし、逆にお腹が一杯であれば、おいしいという価値がそのひとに立ち現れにくいことは容易に想像できます。関心相関的観点によって、関心相関的に立ち現れている価値の側面を対象化することができ、より妥当な価値判断をすることが可能になります。

2. 研究をより妥当に評価する機能

関心相関性によって、自らが感じる価値は「対象に実在するもの」ではなく、「欲望や関心に応じて、時々刻々たち現れること」として受け取ることが可能となり、それによって異なる関心や領域の仕事に対してより妥当な評価をすることが可能になります。

3. 信念対立解消機能

関心相関的観点によれば、それぞれの確信(信念)がどのように構成されていくのかを可視化し、信念対立を回避することが可能となります。

4. 目的の相互了解・関心の相互構成機能

各人が関心相関的観点を持つことにより、相互の関心を可視化した上で、議論全体の目的を明確なかたちで共有し、常にそれを基準として妥当な方法などを選択しつつ、推し進めていくことができます。
また、相互の関心を可視化できるということは、例えば「人間のため」といったメタレベルの目的を共有した上で、その目的に照らし合わせて関心それ自体の妥当性を検討し、摺りあわせてゆくことも可能になります。そうして、相互構成された関心を他者と共有することにより、新たな目的を共有した学問領域や特定課題プロジェクトを進めることもできるでしょう。

5. 世界観の相互承認機能

関心相関性は、「共通了解の動的関係規定性」を前提としており、世界がある時は多様な、ある時は一様な姿を現すという矛盾を含み、動的に変容する有様を言い当てる原理であり、関心相関性的観点によって、多様な世界観を相互承認することが可能となります。

6. 方法の自己目的化回避機能

方法は、文字通り目的を実現するための方法(手段)であるため、その妥当性は目的と相関的に判断されねばなりません。単独で全ての目的を達成し、問題を解決できる「絶対的な方法」などというものは原理的にありえないということを改めて認識可能となるのが関心相関性なのです。

7. バカの壁解消機能

養老[1]によればバカの壁とは、「自分の知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている」状態を指します。バカの壁は問題の解決方法ではなく、全体や常識のズレを知覚することなく自分の実感を盲信するという問題を定式化(概念化)したものといえます。
関心相関性は、問題を認識するツールとなると同時に、問題の解決法となります。関心相関性とは、自らの「常識や当たり前のことに対するスタンス」を可視化するための原理であることから、関心相関性を認識装置として身につけることは、自らが暗黙裡に依拠している常識や前提を自覚するための有効な視点となりえます。

[1] 養老孟司. バカの壁, 新潮社, 2003.

次に、「信憑性」は、「確かにそうである」という確信を指します。哲学的営為としては、確信成立条件の解明が中心となり、確信がどのように取り憑くのか、その「信憑性」の構成過程を思考実験的に明らかにします。また、科学的営為においては、より上手に現象をコードすべく、「確かにそうである」という「信憑性」を喚起する構造を追求する立場を取ることとなります(p.190)。

構造主義科学論

池田[2]により体系化された構造主義科学論は、「現象学的思考法」と「構造」を基軸とすることにより、科学論における主格の難問を解決した科学論であり、人間科学の科学的基盤となるものです。現象学的概念と同様に、構造主義科学論において哲学的構造構成と科学的構造構成に通底する概念である、「構造」と「恣意性」についての説明を引用いたしましょう(p.190-1)。

[2] 池田清彦. 構造主義科学論の冒険. 毎日新聞社, 1990.

まず、構造構成主義における「構造」とは、狭義には、つまり、科学的営為に用いる場合には、『構造主義科学論』にならい、「”同一性と同一性の関係性とそれらの総体”といえる存在論的な概念」ということになります。また、広義の意味では、ロムバッハ[3]にならい、「関心相関的にたち現れる根源的な何か」といったものになります。
また、構造は、実在としての構造や客観世界の反映としての構造(システム)ではありません。言い換えれば存在物としての構造ではなく、存在論的な意味における構造といえます。つまり、構造構成主義における構造とは、我々と無関係に存在する自然物ではなく、いかなる構造も人間が構成したものであり、その意味において、人間の恣意性が混入せざるを得ないということになります。

次に「恣意性」について説明する前に、言葉の恣意性について説明をいたします。言葉は実在の反映である存在的な写像と思われますが、そうではありません。言葉は原理的には恣意的(社会的)なコトです。これを言葉の恣意性と言います。言葉が恣意的であるならば「言葉(同一性)と言葉(同一性)の関係形式である構造も恣意的ということになります。その意味では恣意性は科学的構造構成の基礎となるものと言えるでしょう。「恣意性」とは、言葉や構造が人間によって構成された物である以上、原理的には、恣意的(社会的)な側面を含まざるを得ないことを明示化する概念であり、それゆえに構造構成主義の根底をなす考え方の1つとなります。

[3] Rombach,H. 存在論の根本問題: 構造存在論. 晃洋書房, 1971.

哲学的構造構成

先に、哲学的構造構成とは、「所与の確信を”構成された構造”として捉えることにより、その確信がどのように構成されてきたものなのかを問うタイプの反省的試み」と説明いたしました。この哲学的構造構成という営為領域には、判断中止、現象学的還元、科学論的還元、記号論的還元などの思考法が含まれます。判断中止、現象学的還元については、フッサール現象学[4]-竹田青嗣現象学[5]の系譜に由来します。また、科学論的還元と記号論的還元はソシュール[6]と丸山圭三郎[7]の「記号学」の議論に由来します。以下ではそれぞれについて、説明していきましょう。

[4] Husserl, E. ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学. 中央公論新社, 1954.
[5] 竹田青嗣. 現象学は思考の原理である. 筑摩書房, 2004.
[6] Saussure, Fe. 一般言語学第三回講義: コンスタンタンによる講義記録. エディット・パルク, 1910-1911.
[7] 丸山圭三郎. ソシュールを読む. 岩波書店, 1981.

判断中止:
判断中止とは、確信に対して、戦略的にストップを掛け、いったん括弧に入れる思考法です。これはそれが意識されるか否かは別として、次の「現象学的還元」を行うための前段階の思考法です。

現象学的還元:
現象学的還元とは、哲学的構造構成の中心概念であり、「確信の成立条件を問う」という思考法です。例えば自然的態度では「リンゴがあるからリンゴが見える」とまっすぐに考えますが、そうではなく、「この現象(リンゴ)が我々にとってどのように成立してくるのか」といった確信成立の条件と構造を問うのが還元という方法の内実です。

記号論的還元:
記号論的還元とは、「記号」が実在を指し示すものであるという確信がどのように構成されるものであるか、その成立条件を明らかにすることにより、記号(コトバ)が原理的に(本来的に)「恣意的(社会的)であること」を明示的にするものです。

科学論的還元:
科学論的還元は、記号論的還元の科学論バージョンです。つまり、「科学」というコトバ(記号)がどのような過程を経て絶対的なモノとして実体化するのか、その過程を明らかにすることにより、「科学」というコトバを相対化する思考法です。

科学的構造構成

科学的構造構成についても同様に、「広義の科学性を担保しつつ、現象を構造化するという意味での構造構成を行う領域」と説明いたしました。ここでは、科学的構造構成という営為領域に含まれる、関心相関的選択、構造化に至る軌跡、関心相関的継承、アナロジー法といったツールについて説明していきましょう(p149-168)。

関心相関的選択:
構造構成主義では、関心相関性を基軸とすることにより、従来事象を認識する根底に位置づけられていた認識論を研究(者)の関心・目的に応じて柔軟に選択することが可能となり、これを関心相関的選択と呼びます。
例えば、「人間的事象の意味的側面を捉えるために、戦略的に社会的構築主義を採用し、人間的事象の確実な側面を捉えるために、戦略的に客観主義的なメタ理論的枠組みを採用する」といったように、各認識論は研究目的や現象に応じて選択可能となります。

構造化に至る軌跡:
構造構成主義では、「条件統制」ではなく、「条件開示」を基礎に据えます。条件開示さえされていれば、現場で提起された構造も、特定の条件下で得られた構造であることを踏まえた上で、読み手がその構造の有効性やその射程を判断することが可能となります。この条件開示のことを構造構成主義では、「構造化に至る軌跡」と呼びます。つまり「構造化に影響すると考えられる諸条件」を開示します。

関心相関的継承:
研究対象とする現象に応じて、仮説をより細分化・精緻化していく従来の「検証的方向性」と、記述や解釈の多様性を拡大する「発展的方向性」の、双方を柔軟に追求可能な枠組を、「継承」と呼びます。この枠組は、研究対象や目的と相関的に「確認的継承」と「発展的継承」を選択可能な枠組みであることから、関心相関性を基軸とすることを強調する場合には、「関心相関的継承」を呼びます。

アナロジー法:
「類似性の制約」と「構造の制約」と「関心相関性」を組み合わせることによって、存在的には一見異質に見える現象(テーマ、対象)を扱う研究間で仮説を継承可能にする枠組みです。
ホリオークとサガード[8]は、アナロジー的思考に作用する3つの基本的な制約を挙げています。第1の「類似性の制約」とは、アナロジーはある程度までは含まれている要素の”直接的な類似性”に導かれて生じるという原則です。第2の「構造の制約」とは、アナロジーはベース領域(なじみ深い領域)とターゲット領域(新たに理解しようとする領域)の役割の間に、一貫した”構造上の相似関係”を見出すように働きかける圧力によって導かれる、というものです。第3にアナロジーの探索は、アナロジー利用の”目的”によって導かれるというものです。
このアナロジーの原則を新たな一般化の枠組みとの理論化に組み込み、定式化すると”類似性、構造、目的の3つのアナロジー原則を活用した一般化”と言えます。例えば、「Aとαは存在的には異なる事象だが、Xという関心に基づけば、~といったように、「類似性の制約」と「構造の制約」を満たすことができることから、それらを存在論的に同じものとしてみなすことができる」といういった趣旨を論文の「問題・目的」部に記載することにより、異なるテーマや対象の研究からも継承が可能となります。

[8] Hoyyaok, K.J., & Thangard, P. アナロジーの力: 認知科学の新しい探求. 新曜社, 1998.

2重の構造構成の意味

以上述べてきたように、構造構成主義は、哲学的構造構成と科学的構造構成という2種類の構造構成によって構成されています。この2重の構造構成の持つ意味について西條は、次のようにまとめています。

科学的構造構成だけでは、異領域間の信念対立や相互不干渉に陥り、人間科学のるつぼとしての特徴を活かしたコラボレーションを実践することはできない。他方、哲学的構造構成だけでは、現象を構造化することができず、人間科学の科学的営みを基礎づけることができない(p.197)。

構造構成主義は、哲学と科学という2つの営為領域を整備することにより、哲学的構造構成によって、異領域間の信念対立を解消し、科学的構造構成により、科学的生産力を上昇させることが可能になっている(p.199)。

まとめ

今回は、既存のデザイン手法をBOPというフィールドに適用する場合の限界について述べ、その限界を打破するためのアプローチを構築するための足がかりとして、構造構成主義の全体像について説明をしてきました。構造構成主義的アプローチを導入することで、BOPというフィールドの持つ”特殊性”を構造的に理解し、提供者(デザイナ)と被提供者(ユーザとしての現地人)の信念対立を解消することが可能となります。しかしながら、このような構造構成主義それ自体は概念であり、思想であるため、デザイン手法として直接応用することは困難です。そこで、構造構成主義を背景として持つ、研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている”構造構成主義的質的研究法(SCQRM)”を修正し、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法に導入したいと思います。

次回は、構造構成主義的質的研究法(SCQRM)について詳細を説明をいたします。

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デザインメソッド – デザインパタン

前々回より、デザインプロセスにおいて用いられてきた既存のデザインメソッドについて紹介をしています。前回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、質的データを用いたモデリング手法を紹介いたしました。具体的には、ユーザの属性に注目したユーザモデリングとして、ペルソナ、シナリオ、ゴールダイレクテッドデザイン、ユーザの行動に注目したワークモデル、そしてフィールドの構造を理解するためのGTA(グラウンデッドセオリーアプローチ)を紹介しました。

第3弾となる今回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なメソッドを紹介いたします。フィールドワークで得られた質的データをもとにモデリングを行い、仮説を構築した後、実際にプロトタイピングを行っていく過程で、様々な部品(パーツ)を組み合わせて全体のプロダクトを構築していきます。このとき、部品(パーツ)を構築する際にパタンと呼ばれる、「あるコンテキストにおけるデザイン上の特定の問題に対するソリューションを提供することを目的としたデザインメソッド」を利用することができます。パタンは、デザインパタンとも呼ばれ、パタンの集合はパタンランゲージと呼ばれます。デザインパタンの概念は建築で生まれ、ソフトウェア、HCI(Human Computer Interaction)へと移行してきました。以下では、その流れに沿ってパタンの詳細を説明していきたいと思います。

建築におけるパタン

現在のデザインパタンは、建築家アレグザンダーの『パタン・ランゲージ』[1]を起源としています。アレグザンダーのパタンランゲージは、”フォーマット”と”ヒエラルキー”という2つの特徴を持っています。まず、フォーマットは、プロブレム、コンテキスト、ソリューションなどの基本要素からなる記述形式を指します。これは、デザイン上の問題に対する証明された解決法を、建築家だけでなく「エンドユーザに対して」理解しやすい形式で表現することを目的としています。次に、ヒエラルキーは、パタン同士の関係性を示します。このパタン同士の関係性は、抽象的で大きなスケールから、具体的で小さなスケールへと分解可能であること、そして、それぞれのパタン同士が密接に連結すること、を特徴としています。以下に1つの例を示しましょう。

[1] Alexander, Christopher. A Pattern Language: Towns, Buildings, Construction. New York, USA: Oxford University Press, 1977.

パタン名: 251 まちまちの椅子

上位概念との関連性:
部屋に家具を備え付ける用意ができたら、建物を作るのと同じくらい慎重に、変化に富んだ家具を選ぶこと。置き家具であれ、造り付け家具であれ、部屋やアルコーブの場合と同様に、1つ1つの家具が独特で有機的な個性 – 置き場所によってそれぞれ異なる – を発揮するようにすること – くつろぎの空間の連続(142)、くるま座(185)、造り付けの椅子(202)。

問題:
人によって、体格も座り方もまちまちである。ところが現代では、どれもこれも同じような椅子をつくろうとする傾向がある。

解決法:
どんな場所であっても、同一の椅子で揃えないこと。大きな椅子や小さな椅子、柔らかな椅子は堅い椅子、揺り椅子、古びた椅子や新しい椅子、肘掛け付きやそうでないもの、枝編み、木製、布製などといった具合に、変化に富んだまちまちの椅子を選ぶこと。

下位概念との関連性:
1つであれ、たくさんであれ、椅子を置く場所は、明かりだまり(252)にし、その場所特有の性格を強調すること。

このような特徴を持つアレグザンダーのパタンを正しく用いた建物や町の創り方は、アレグザンダー3部作第1作目『時を超えた建設の道』に記されています[2]。続いて、アレグザンダーによる建築からコンピューティングへの適用への流れについて述べていきましょう。

[2] Alexander, Christopher. The Timeless Way of Building. New York, USA: Oxford University Press, 1977.

ソフトウェアエンジニアリングにおけるパタン

アレグザンダーのパタンランゲージは、80年代後半よりソフトウェアエンジニアリングの領域へ導入されていきます。「ユーザのためのデザイン」という観点からすればソフトウェアエンジニアリング以前にHCIに導入されることが当然でしたが、HCI以前にソフトウェアエンジニアリングへの導入が先行しました。この理由は諸説存在しますが、定説は現時点では存在しません。以下では、ソフトウェアエンジニアリングにおけるパタンに関する代表的な書籍として、Gammaらによる『Design Patterns(邦題:オブジェクト指向における再利用のためのデザインパターン)』を紹介いたします。

[3] Gamma, Erich, et al. Design Patterns: Elements of Reusable Object- Oriented Software. MA: Addison-Wesley, Reading, 1995.

Gammaらによる『Design Patterns』は、オブジェクト指向ソフトウェア設計の際に繰り返し現れる重要な部品を、デザインパタンとして記録した上で、カタログ化したものです[3]。本書は、ソフトウェアエンジニアリングにおけるパタンランゲージを始めて書籍化したものであり、HCIへの導入よりも先行していました。しかしながら、本書はHCIパタン研究者からいくつかの欠点を指摘されています。例えば、開発者用のパタンであって、エンドユーザを意識していない[4]、構造的アプローチの欠如[5]、一般的なランゲージとしてのフォーマットを持たない[6]、などが挙げられます。また、アレグザンダー自身もOOPSLA 1996のキーノートスピーチにおいて、ソフトウェアエンジニアリングへのパタンの導入が失敗であったことについて言及しています。

[4] Borchers, J. O. “Interaction Design Patterns: Twelve Theses.” Talk at CHI 2000 workshop “Pattern Languages for Interaction Design: Building Momentum. Den Haag, 2000.
[5] Borchers, J. O. “Chi Meets Plop: An Interaction Patterns Workshop.” ACM SIGCHI Bulletin 32.1 (2000).
[6] Dearden, Andy, et al. “Using Pattern Languages in Participatory Design.” Participatory Design Conference. New York City, USA, 2002. 104 – 13.

HCIにおけるパタン

HCI領域へのパタンおよびパタンランゲージの導入は、3つのフェーズに区分できます。まず、導入フェーズは、1997年に開催されたCHI(ACM Conference on Human Factors in Computing Systems)ワークショップを契機してい始まります。続いて、拡張フェーズは、2001年から2003年ごろまで続き、Jan O. BorchersやMartijn van Welieらにより、定義や目的に関する整理が進みます。最後に分散フェーズは、2003年以降を指し、ユビキタスコンピューティングやゲームへの応用が展開します。以下では、それぞれのフェーズについて詳細を説明いたします。

導入フェーズは、1997年に開催されたCHIワークショップ[7]から2000年ごろまで続きます。本ワークショップにおいて初めて、HCI領域へのパタンの導入が提案されたことから、導入フェーズの開始とみなします。パタン研究のHCIへの導入が提唱された背景には、インタラクションデザインの複雑化、多様化する流れが存在します。本ワークショップでは、インタラクションパタンランゲージの構築に向けて、インタラクションパタンにおけるTime、Sequenceの扱い方、実際の適用手法、構築のためのメソッドや具体的な事例などについて議論を行なうべきという、今後の研究における方向性が示されました。

[7] Eriekson, Thomas, John Thomas, and Conference on Human. “Putting It All Together: Pattern Languages for Interaction Design.” Conference on Human Factors in Computing Systems. Atlanta, Georgia, 1997. 226 – 26.

拡張フェーズは、2001年のJan O. Borchersの『A Pattern Approach to Interaction Design』の発刊から、2003年頃までの期間を指します。この時期が最もパタンに関する論文が盛んに投稿された時期であることから、拡張フェーズと呼びます。本フェーズの代表的な研究者は、先に挙げたJan O. Borchers[9]やMartijn van Welie[10]です。その主要な研究テーマは、パタンの定義、目的やフォーマットといったパタンの概念や形式についての研究や、個別のパタンの構築についての研究が多数を占めていました。以下に、代表的なインタラクションデザインパタンの例として、Welieのパタン集から”Slideshow”を引用したのち、HCIにおけるパタンに関する代表的な書籍を4点取り上げましょう。

パタン: Slideshow

問題:
ユーザは一連の画像や写真を見たい。

解決法:
それぞれの写真を数秒間見せつつ、手動で前後へ移動、一時停止、再開、停止、実行するためのコントローラを提供する。

コンテキスト:
スライドショーは、FlickrやPicasaなどの写真共有サービスで典型的に利用される。

[9] Jan O. Borchers
[10] Martijn van Welie

Borchersは、『A Pattern Approach to Interaction Design』にて、パタン研究の歴史を紹介した上で、22のHCIパタンを紹介しています[11]。Borchersのフォーマットは、Name、Ranking、Illustration、Problem and Forces、Examples、Solution、Diagram、Context and Referencesで構成されています。またBorchersは、パタンランゲージの定義としてコネクティビティを強調しています。

[11] Borchers, J. O. A Pattern Approach to Interaction Design. Hoboken, NJ: John Wiley \& Sons, 2001.

Duyneは、『The Design of Sites』にて、12のカテゴリ別に90のインタラクションデザインパタンを紹介しています[12]。Duyneのフォーマットは、Name、Background、Solution、Consider These Other Patterns、Illustrationで構成されています。特に、Consider These Other Pattern(その他のパタンについて考える)とは、アレグザンダーのパタンランゲージにおける”Relation”に当たる項目であり、個別のパタン同士の関係性について詳細に述べられています。

[12] Duyne, Douglas K. van, James A. Landay, and Jason I. Hong. The Design of Sites: Patterns, Principles, and Processes for Crafting a Customer-Centered Web Experience. Boston, US.: Addison-Wesley Professional, 2002.

Grahamは、『A Pattern Language for Web Usability』にて、79のインタラクションデザインパタンを提案しています[13]。本書は、ソフトウェアエンジニアリングにおけるGammaらのデザインパタンとニールセンのウェブ・ユーザビリティを統合させることを狙いとしています。しかしながら、本書はパタンランゲージのタイトルを持つものの、フローチャートの形式を採用していることから、アレグザンダーのパタンランゲージそのものに対する理解が浅く、ランゲージとしての機能に乏しいといえます。

[13] Graham, Ian. A Pattern Language for Web Usability. Boston, US: Addison-Wesley, 2003.

Tidwellは、『Designing Interfaces: Patterns for Effective Interaction Design(邦題:デザイニング・インターフェース ―パターンによる実践的インタラクションデザイン)』にて、4のカテゴリ別に45のインタラクションデザインパタンを紹介しています[14]。Tidwellが論じているカテゴリとは、Desktop Applications、Web Sites、Web Applications、Mobile Devicesの4カテゴリです。各パタンのフォーマットは、what、use when、how、exampleで構成されています。しかしながら、説明文中にはパタン同士の関連性について触れられているのみであり、アレグザンダーのヒエラルキー形式での記述は踏襲されていません。

[14] Tidwell, J. (2005). Tidwell, Jenifer. Designing Interfaces: Patterns for Effective Interaction Design. Sebastopol, CA: O’Reilly Media, 2005.

最後に、分散フェーズは、2003年以降から現在までを指します。2003年のU.C.バークレーのLandayによる、デザインパタンのユビキタスコンピューティングへの応用の提唱[15]を契機として、パタンの領域が、UI、WEBやといったHCIの基本領域から、分散傾向にあることから、分散フェーズと呼びます。この時期では、拡散フェーズにおいて中心的な役割を果たしていたJan O. BorchersやMartijn van Welieに変わって、様々な研究者[16][17]がパタンに関する論文を発表し始めます。

[15] Landay, James A., and Gaetano Borriello. “Design Patterns for Ubiquitous Computing.” IEEE Computer 2003: 93 – 95.
[16] Tom Erickson, The Interaction Design Patterns Page
[17] Design Pattern Resources

基本領域であるUIについては、35のパタンについてコード付きのギャラリー形式で掲載している「UI Pattern Factory」[18]、5つのカテゴリ別に56のパタンについてExample、Usage、Solution、Ratinalenoのフォーマットにて掲載している「UI Patterns」[19]、59のパタンについて、What Problem Does This Solve?(問題)、When to Use This Pattern(使用する状況)、What’s the Solution?(解決法)、Why Use This Pattern?(理由)のフォーマットにて掲載している「Yahoo! Design Pattern Library」[20]が登場します。

[18] UI Pattern Factory
[19] UI Patterns
[20] Yahoo! Design Pattern Library

University of California, BerkeleyのLandayは、Ubicompのためのパタンコレクションを公開しています[21]。本パタンでは、4つのテーマに対して全45のパタンを掲載しています。各テーマのパタンは低い数字の番号ほど抽象度が高く、様々なケースにおいて適用できるように設定されています。各パタンのフォーマットは、Background、Problem、Solution、Examples、Research Issues、Related Patterns Referencesで構成されています。なお、2007年頃には、”Patterns in Ubiquitous and Context Computing”というウェブサイト上にユビキタスコンピューティングデザインパタンが掲載されていたのですが、現在はサイトが閉鎖されており、代替として論文を掲載しています。

[21] Chung, E.S., J.I. Hong, J. Lin, M.K. Prabaker, J.A. Landay, and A. Liu. “Development and Evaluation of Emerging Design Patterns for Ubiquitous Computing.” In Proceedings of Designing Interactive Systems (DIS2004) 2004: 233-242.

University of GroningenのFolmerはゲームユーザビリティのためのパタンコレクションを公開しています[22]。本パタン集では、5つのカテゴリ別に26のパタンが紹介されています。パタンのフォーマットは、Aliases、Problem、Use when、Forces、Solution、Principle、Why、Exampleで構成されています。しかしながら、パタン同士の関係性については考慮されていません。

[22] Folmer, Eelke. “Interaction Design Pattern Library for Games”. 2006.

その他のパタン

パタンの概念は、HCI以外の領域においても応用されつつあります。以下では、IDEOによるデザイン上の洞察を生み出し、収束させるためのパタンと、グループワークにおける会話のためのパタンを紹介します。

PATERNS[23]は、IDEO が長年に渡って、世界中の様々な企業のために、多くのデザイン上の課題に取り組んできた結果、彼らの中に出現した共通の洞察に触れ、そして、共有するための方法です。これらのパタンは、直感の土台となるだけではなく、単なる洞察を文化的なインパクトをもたらすものへと変化させる方法であり、顧客に対して、より迅速により優れた仕事をするためのIDEOの集合知に触れる方法と言えます。

[23] PATERNS

PATERNSのフォーマットは、IssueとEvidenceのみで構成されています。例えば、「Social Media Bolsters Big Brands」では、企業がtwitterやfacebookなどのソーシャルメディアを如何に活用すべきか、というIssueが取り上げられています。それに対するEvidence – ここでは、世界中に存在する解決のためのストーリー – として、Ford、CBS、Pepsi, そしてP&Gの事例を紹介しています。PATERNSでは、パタンとしてのフォーマットやランゲージとしての関係性を考慮していないという点において、アレグザンダーのパタン、および、パタン・ランゲージの影響は少ないと考えられます。

Pattern Language for Group Process[24]は、グループにおける会話をより充実させ、より活気づけ、より効果的にすることを目的としたパタンであり、91のパタンで構成されます。これらのパタンは、Context、Creativity、Faith、Flow、Inquiry & Synthesis、Intention、Modeling、Perspective、Relationshipの9つのカテゴリに区分されています。例えば、CreativityのPlayfulnessパタンは、グループの会話におけるPlay(遊び)について、Heart、Description、Examples、Related patternsというフォーマットを用いて説明されています。

[24] Pattern Language for Group Process

まとめ

今回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なデザインメソッドとして、デザインパタンをとりあげ、その起源、および、建築からソフトウェアエンジニアリング、HCIへの拡張の流れを追ってきました。ユビキタスコンピューティングやゲームまで拡張されたデザインパタンですが、残念ながら、プロダクトデザイン、サービスデザインまで拡張されていません。ソーシャルイノベーションを目的としたBOPという特殊なフィールドにおけるプロダクトデザインとなると、さらにケースは限定されてしまいます。しかしながら、今後フォーマットと関係性を考慮しつつデザインパタンとして成功したデザインをコレクションしていくことは、デザイナにとってだけではなく、社会にとっても大きな貢献となると考えられます。

一方、現在のデザインパタンは、本質的な限界を孕んでいます。現在のパタンの概念は決定論的パタンと言えます。すなわち、原因と結果の関係が一意的に確定している決定論的システムと同様に、問題とソリューションに対する関係が一意的に確定しているパタンを指します。この決定論的パタンの問題点は、パタン同士の残余を考慮しない点にあります。残余とは、パタンで補うことのできない部分、パタン同士を結合して全体のシステムを構築する際のデザイナの関与部分に他なりません。一意的に優れたパタンを組み合わせただけでは優れた構築物をデザインすることはできず、必ずパタンという切片を切り出すプロセスとしての微分の段階で削ぎ落とされた部分を補うデザインが必要となります。このようなアレグザンダー以来のパタンに関する問題は、建築分野においては指摘されつつあるものの、HCIの領域では現状、問題提起されるに至っていません。このようなパタンの持つ本質的な課題を改良するような新たなコンセプトのパタン、あるいは、新たなメソッドを構築する必要があるといえるでしょう。

次回は、既存のデザインメソッドの限界とソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法の鍵となる構造構成主義を紹介いたします。

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デザインメソッド – モデリング

前回よりデザインプロセスにおいて用いられてきた、既存のデザインメソッドについて紹介をしています。前回は「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ためのメソッドとして、まず、量的データではなく、質的データに注目し、質的調査法として、口頭データと視覚データの様々な採取方法について説明をしました。その上で、目的に応じた複数の手法の組み合わせの事例として、エスノグラフィック・インタビューの一形態である、コンテクスチュアル・インクワイアリについて説明をし、その限界について言及いたしました。

第2弾となる今回は、2番目のプロセスである「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドを紹介していきましょう。このプロセスでは、最初のプロセスである、「1. フィールドへ赴き、データを取得」するプロセスにて取得した”質的データ”を用いて、仮説を構築していきます。

このプロセスでは、フィールドにおける現象を理解するために、事象同士の関係形式としての「構造」を構成します。構造それ自体を表現したものを「モデル」と呼ぶことから、構造化の過程を「モデリング」と呼びます。モデルは、構造を視覚化することで、より深い理解をもたらし、議論の土台となるため、非常に有用なツールといえます。実際には、モデリングを通じて構築された複数のモデルをもとに仮説を構築することになります。以下では、様々なモデルを構築するメソッドを紹介していきましょう。

ユーザモデル

ユーザモデルの代表格がペルソナです。以下では,ペルソナについて紹介したのち,ペルソナと併せて用いるシナリオ、そしてこれらをツールとして用いたメソッドである、”ゴールダイレクテッドデザイン”について説明をいたします。

ペルソナ

ペルソナは、製品を使うこととなる架空の人物を表す属性をドキュメント一式にまとめる手法です。ここでいう人物を規定する属性とは、名前、性別、性格、趣味、動機などを指します。これらの属性を質的調査法で取得したデータを元に確定していきます。また、各ペルソナは、すること(行為、または予測される行為)と理由(ゴールと動機)の特徴に基づいて作られる必要があります。下の図はAdaptive Pathで作成したKivio(ダイアグラムツール)ユーザのペルソナの例です[1]。

[1] A persona chart developed for Kivio, a diagramming tool similar to Visio.

詳細なペルソナを形成し、チームでペルソナを共有することは、単なるアノニマスなユーザではなく、具体的な人物のために、プロダクト、サービス、システムをデザインする感覚を与える効果をもたらすだけではなく、この人物に対してどのような状況でどのようなデザインが有効であるかについて検討が可能となります。

シナリオ

シナリオは、ユーザがプロダクト、サービス、システムを使うストーリーを時系列に沿って表記する、言葉によって作られるプロトタイプです。状況が厳密に描写されたシナリオを作成し、チームでシナリオを共有することは、制作物にて用いられているデザインコンセプトの迅速な理解を促進するでしょう。また、このプロセスに先のペルソナを組み合わせることで、ある状況の中で想定するユーザがどのように振る舞うかという点についての理解を深めることが可能となります。このプロセスは、ペルソナそれ自体の妥当性の検証にも利用できます。当然、シナリオを作成する際も、フィールドで取得したデータに照らし合わせて作成する必要があります。

Adaptive Pathのダン・サファー(Dan Saffer)の著書『Designing for Interaction(邦題:インタラクションデザインの教科書)』より、以下に、オンラインのスーパーマーケットによる宅配サービスのシナリオの例を示します。

サラは、オンラインスーパーマーケットであるBigGroceryのアカウントにログインする。先週の注文品リストを見て、今週も同じものを注文することに決める。自分の「Groceryリスト」をからいくつかの品をドラッグして除外する。合計金額がそれにしたがって再計算される。欲しい物が全部リストにあるので、「配達」ボタンをクリックする。すでに登録してあるクレジットカードに請求され、約1時間後に配達が来ることが確認ページでわかる。

ゴールダイレクテッドデザイン

すでにペルソナの概要については上記にて説明をいたしました。アラン・クーパーは自身の主張する”ゴールダイレクテッドデザイン”において、ペルソナをユーザモデルの1つとして活用することを主張しています。まずは、ゴールに関する彼の説明を引用しましょう。

被験者から観察された行動にコンテキストを与えるのがペルソナだとすると、ゴールはその行動の原動力である。ゴールのないペルソナはコミュニケーションツールとしては役立つかもしれないが、デザインツールとしては使いものにならない。ユーザのゴールは、デザイナにとっては、製品の機能を考えるときにかならず通してみなければならないレンズのようなものだ。製品の機能と振る舞いは作業の助けを借りてゴールを達成しなければならない。一般に作業は絶対必要なものだけに抑える。作業は、執着駅までの手段にすぎない。ゴールこそが執着駅だ。

次に、クーパーは3つのゴールについて説明をしています。これら3つのゴールはドナルド・ノーマン(Donald Norman)の『Emotional Design(邦題:エモーショナル。デザイン)』の認知プロセスの3レベル理論(本能的レベル-行動的レベル-内省的レベル)に対応しています。本能的レベルとは、製品に深く関わる前に、五感が最初に知覚する部分のデザインです。次に、行動的レベルのデザインとは、ユーザの行動、暗黙の前提、脳内モデルをうまく補うような、製品の振る舞いのデザインです。最後に、内省的レベルのデザインは、長期的な製品との関係のデザインです。

エクスペリエンスゴール

エクスペリエンスゴールとは、製品を使っていた時にどのように感じていたか、ということであり、製品とのインタラクションの品質を意味します。

例:
– 自分が賢く感じられ、全体を掌握している感じを持てる。
– 楽しい。
– 落ち着いていて安心感がある。
– 仕事に集中していて鋭敏になっている感じがある。

エンドゴール

エンドゴールとは、特定の製品と直結した作業を実行することに対するユーザのモチベーションを指します。

例:
– 重大になる前に問題に気づく。
– 友人や家族との連絡を絶やさない。
– 毎日5時までにTO-DOリストを作る。
– 私が好きな音楽を見つける。
– 最良の取引を手に入れる。

ライフゴール

ライフゴールは、ユーザの深いところにある原動力、モチベーションであり、ユーザがエンドゴールを達成しようと努力している理由をある程度説明するものです。

例:
– よい人生を送る。
– ~という野望を成功させる。
– ~のプロになる。
– 同僚たちから人気、好意、敬意を集める。

ペルソナの構築プロセス

さて、クーパーは、Goodwin 2002らのペルソナ構築手法[2]をもとに、ペルソナの構築プロセスを7ステップで定めています。以下にそのプロセスについて説明しましょう。

[2] Goodwin, Kim 2002. Getting from Researech to Personas: Harnessing the Power of Data. User Interface 7 west Conference.

1. 行動変数を見極める。

調査を終え、データを大まかにまとめた後、観察された行動の様々な側面を行動変数にまとめていきます。一般に行動パタンの最も重要な差異は、次の変数に注目すると現れるとされています。

活動:ユーザが何をしているか、頻度と量。
態度:ユーザが製品のドメインやテクノロジについてどう思っているか。
適性:ユーザが受けた教育訓練は何か、学習能力はどれだけか。
モチベーション:ユーザが製品ドメインに関わっているのはなぜか。
技能:製品ドメインとテクノロジに関わるユーザの能力。

2. インタビューの被験者を行動変数に対応づける。

インタビューの被験者たちが顕著な行動変数を示したことが確認できたら、変数の範囲内に被験者を対応づけていきます。

例:
サービス重視 – 価格重視
必要なものだけ – 娯楽

3. 顕著な行動パタンを見出す。

被験者を行動変数の範囲に対応づけたら、複数の範囲を通じて被験者が同じように集中しているところを探します。6, 8個の異なる変数を通じて同じ被験者の集合ができていれば、それはペルソナの基礎となる顕著な行動パタンを表していると考えられます。

4. 特徴とそれに関係のあるゴールを総合する。

見つかった顕著なパタンごとに、データからディティールを集めて全体像を作らなければなりません。潜在的な利用環境、典型的な作業日、現在のソリューションとそれに対する不満。周囲の人々との関係などをまとめます。

5. 重複や完成度をチェックする。

人口統計学的変数以外に違いの見つからない2つのペルソナが見つかった場合には、重複するペルソナの片方を取り除くか、ペルソナの個性を調整して差を際立たせるようにします。

6. 態度や振る舞いの記述を拡張する。

ペルソナの態度、ニーズ、他のチームメンバとの間の問題点などを伝えるには、3人称の物語の方がはるかに強力です。物語は、デザイナ、作者とペルソナやそのモチベーションとの関係を深める効果もあります。

7. ペルソナの配役を決める。

どのペルソナを主要なデザインターゲットにするかを決めて優先順位をつけます。

主役:インタフェース設計の主要なターゲット。
脇役:主役のインタフェースで満足させられるが、特殊なニーズを余分にもっており、その部分は主役に奉仕するという製品の能力を損なわずに実現できる。
端役:主役でもなく脇役でもないペルソナ。
顧客:エンドユーザではなく顧客ニーズである。
サービス利用者:製品のユーザではないが、製品の利用によって直接的な影響を受けるもの。例えば、放射線療法の患者は装置のユーザではない。
黒衣:製品の奉仕対象にはならないタイプのユーザ

ワークモデル

次に、ベイヤーとホルツブラッド(Hugh Beyer & Hugh Beyer)の『Contextual Design』にて提唱されている、ユーザの「行動」を構造的に分析するための5つの”ワークモデル”を紹介します。こちらもユーザモデルと同様に、収集したデータをもとに、モデルを構築していきます。ここでは、実際のモデルの例として、「台湾における伝統的な社会活動としてのお茶を飲む習慣」を用いて説明をいたします[3]。

[3] Ko-Hsun Huang and Yi-Shin Deng, 2008. Social Interaction Design in Cultural Context: A Case Study of a Traditional Social Activity. International Journal of Design, Vol.2, No.2.

フローモデル

複数のユーザーがタスクを終えるまでにどのように調整を行っているか、そして、ユーザ同士のコミュニケーションの流れを記述するモデル。

シーケンスモデル

ユーザーがタスクを終えるまでの詳細なステップを記述するモデル。
シーケンスモデルの特徴は、シーケンスの目的(シークエンスが達成しようとするもの)とトリガー(シークエンスをスタートさせるもの)を示す点にあります。

文化モデル

行動が行われる環境における文化を、影響者と影響という形で記述するモデル。
影響者は組織内の個人、グループ、あるいは、概念上の集団、外部など行動に影響を与えたり、制約したりする人を指します。影響は、影響を与える方向とどれだけ影響度があるかを矢印や円の大きさで示します。

アーティファクトモデル

ユーザーがタスクを終えるまでの過程で利用、あるいは、構築するアーティファクト(人工物)を記述するモデル。

物理モデル

行動が行われる物理的環境や道具を記述するモデル。

グラウンデッド・セオリー・アプローチ

ここまでユーザの属性に関するモデル、ユーザの行動に関するモデルを構築してきました。次に、フィールドの構造化に関するメソッドを紹介しておきましょう。ここでは、社会学者のBarney Glaser と Anselm Strauss(グレイザー & シュトラウス)によって提唱された、(オリジナル版)グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach / GTA)を紹介いたします。

多摩大学教授の紺野登 氏は『ビジネスのためのデザイン思考』において、質的データのデザイン手法として3つのメソッドを取り上げ、そのうちの1つとしてGTAを紹介しております。ここでは、紺野氏の解説をもとに説明させていただきます。

GTAは、フィールドに密着して得られたフィールドデータをつきあわせながら、帰納的に(個々の具体的事例から一般原理・法則を導きだす考え方で)まとめていき、現場の問題を解決するための有効な理論の発見を行う方法論です。

GTAは、典型的な帰納法であり、データを収集したのち、いくつかの段階でコーディング(符号付)を行います。以下にコーディングの3つのステップを引用いたします。

1. オープンコーディング(データからラベルづけへ)
観察やインタビュー記録をもとに、最小単位のデータに切り分けて、それらを眺め、比較しながら、意味のまとまりを発見してラベル(キーワード)を付ける過程。

2. 軸足コーディング(ラベルからコンセプトへ)
全体をいくつものラベル(変数)で表し、それらの関係性を明らかにし、次に代表的なラベルをもとにしながらさらに大きな意味のまとまり=カテゴリ(コンセプト)を見いだす過程。

3. 選択的コーディング(コンセプトから理論へ)
中核となるカテゴリを決め、その他のカテゴリを関連づけて、実践のための道筋を明らかにする。

実際のGTAの一般的なプロセスは、以下の5つのプロセスで構成されます。

1. インタビューや観察からフィールドノートを作り、最小単位のデータに切片化する作業

2. 切片化されたデータを付きあわせて、共通した意味のものをまとめラベル化する。これらを関連づけながらコンセプトやモデルを形づくっていく(オープン・コーディング過程)。

3. データを切片し、まとめ、ラベルづけをし、それらをいくつかのまとまり(変数、あるいは、カテゴリ)として、相互の因果関係を見出すクラスター化を行う。(軸足コーディング過程)

4. カテゴリ群からコンセプトを生み出す。

5. 理論化・モデル化する(選択的コーディング過程)。

このようなオリジナル版GTAの手法について、「実際のデータ収集と分析、特にコーディング方法に関して明確に示されていない」という限界が指摘されており、木下らによりM-GTA(Modified Grounded Theory Approach/修正版グラウンデッドセオリーアプローチ)が提案されています。木下らはGTAに対する課題点の克服として以下の3つを挙げています。

1. コーディング方法の明確化(分析プロセスの明示)
実際に活用しやすく、かつ、分析プロセスが他の人にも理解しやすいという両方の条件を満たすものを提案している。

2. 意味の深い解釈
分析プロセスを明示化するだけではなく、深い解釈を組み込んでいる。

3. 60年代の限界(素朴な客観主義)と近年の質的研究動向に対して、独自の認識論(インタラクティブ性)
研究をデータ収集段階(協力者-研究者)、データ分析段階(分析焦点者-研究者)、分析結果の応用段階(研究者-応用者)に分け、各段階において、研究する人間を他者との社会関係に位置づける。

サービスブループリント

最後に、適切なサービス構造を構築するために、1984年にリン・ショスタック(Lynn Shostack)によって提案された、サービスブループリントを紹介しましょう.サービスブループリントは、5つのコンポーネントで構成されます。

具体的な現象
顧客がある会社と接点を持つ間に受けるすべての具体的な現象.

顧客の行動
顧客がサービスを受けるプロセスにおいて,顧客が取りうる全てのステップ.

オンステージ/目に見える従業員の接点行動
顧客とのフェイストゥーフェイスでの接点の中で起こる従業員の行動.

バックステージ/目に見えない従業員の接点行動
顧客にサービスを提供するために従業員が取るその他すべての行為に加えて,顧客との目に見えないインタラクション.

サポートプロセス
顧客との接点を持たないが,社内の個人あるいはチームによって実行されるすべての行動.サービスを実行するために必要不可欠な機能.

実際にブループリントを構築するプロセスは、以下の1-6のステップを含んでいます[4]。

1. サービスプロセスを同定する。
2. サービスを経験する顧客のセグメントを同定する。
3. 顧客視点でサービスを記述する。
4. オンステージとバックステージの従業員の接点行動を記述する。
5. 接点行動と必要とされるサポート機能とをリンクさせる。
6. 顧客のとる全ての行動のための証拠を追加する。

[4] Wilson, A., Zeithaml, V., Bitner, M. J., & Gremler, D. (2008). Services Marketing: Integrating Customer Focus across the Firm. Glasgow, UK: McGraw-Hill.

まとめ

今回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドとして、質的データを用いたモデリング手法について紹介いたしました。具体的には、ユーザの属性に注目したユーザモデリングとして、ペルソナ、シナリオ、ゴールダイレクテッドデザイン、ユーザの行動に注目したワークモデル、フィールドの構造を理解するためのGTA、そして、サービスの構造を構築するためのサービスブループリントを紹介してきました。モデルリングのプロセスを通じて現象が構造化されることこそが最も重要なポイントといえるでしょう。確かにモデルを構築するプロセスは単に現象を分析するだけにすぎません。しかしながら、創造のジャンプを実現するためにも、適切なモデルを構築し、チームで共有可能な状態としておくことは大前提であると考えます。

次回は、「3. プロトタイピングを行う」プロセスにおいて利用可能なメソッドとして、デザインパタンを紹介いたします。

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デザインメソッド – デザインリサーチ

前回は、デザイン思考の系譜として、David Kelly、Tim Brown、奥出直人、Hasso Plattnerという4人の研究者の提唱する定義とデザインプロセスについて説明いたしました。また、これらのデザインプロセスの共通点として、以下の5つを挙げました。

1. フィールドへ赴き、データを取得する。
2. 課題を発見し、仮説を構築する。
3. プロトタイピングを行う。
4. フィールドへ赴き、テストを行う。
5. 製品を実装する。

さて、今回から4回に渡って、既存のデザインメソッドについて紹介をしていきます。上記のデザインプロセスは、デザイン思考の単なるプロセスに過ぎず、実際にデザインするためには、デザインメソッドを用いて質を担保する、さらには、効率化を実現することがもとめられます。第1回目は、最初のプロセスである、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」のためのメソッドを紹介していきましょう。

データには量的データと質的データが存在します。量的データは、市場調査などで使われる、数値で表現可能なデータを意味します。一方で、質的データは、ユーザインタビュー等で取得される、テキストで表現可能なデータを意味します。デザイン思考において重要視されるデータは、後者の質的データです。これは、量的データでは、人間の複雑な活動、複雑な振る舞いについての説明が不可能であり、ユーザについて細部まで深くデータを取得するためには、質的データを利用する必要があります。

Alan Cooper(アラン・クーパー)はその著書『About Face3』にて、質的データを用いることで特に理解しやすいものとして以下を挙げています。

– 製品の潜在ユーザの振る舞い、態度、適正など
– デザインをする製品を取り巻く技術的、ビジネス的なコンテキスト(ドメイン)
– ドメインに関する語彙やその他の社会的側面
– 既存の製品がどのように使われているか

質的調査の対象

具体的な調査法の説明を行う前に、質的調査を行う対象について説明します。ここではクーパーにならい、4つのグループを取り上げたいます(p.73-76)。

ステークホルダー
一般にステークホルダーとは,デザインしようとする製品についての権限や,責任を持っているひとのことである.より具体的に言えばデザインの仕事を発注してきた企業の主要なメンバーのことであり,一般的には経営者,マネージャ,開発チームの主力メンバ,営業,製品管理,マーケティング,カスタマーサポート,デザイン,ユーザビリティの担当者が含まれる.

SME(Subject Matter Experts)
SMEとは,製品が使われるドメインにおける専門家のことである.多くのSMEは,製品,または,その前身の製品のユーザだったひとたちで,現在は例えば,トレーナ,マネージャ,コンサルタントになっている.

顧客
製品の顧客とは,製品を買うことを決める人のことである.コンシューマ製品の場合は,コンシューマ自身が製品のユーザであることが多いが,10代の少年少女や子供を対象とする製品の場合は,親を始めとする大人の監督者が顧客になる.企業向けの製品や,医療などの専門分野を対象とする製品では,顧客とユーザは大きく異なる.この場合,顧客は経営者やIT部長で,ユーザとは大きく異なるゴールやニーズを持っている.

ユーザ
製品のユーザは,自分のゴールを達成するために自ら製品を使う人たちである.既存の製品のデザイン変更や改良の作業をしている場合には,現在のユーザと潜在のユーザの両方と話をすることが大切である.

では、具体的な質的調査法についてウヴェ・フリックの『質的研究入門』をもとに説明していきましょう。まず、質的データとして口頭データと視覚データの取得方法を紹介いたします。様々な方法があるので、調査者は目的に併せて複数の方法を組み合わせることが求められます。

口頭データ

半構造化インタビュー

半構造化インタビューは、質問をあらかじめ固定しない柔軟なインタビュー法で、インタビューが発言した内容に基づいて、インタビュアーがインタビュー中に新たに質問を提示していく方法です。

焦点インタビュー

マートンとケンダルが、メディア研究のために開した手法[1]。
ある映画やラジオ番組などの同一の刺激が与えられた後、その刺激がインタビュイーに与えた影響を、インタビューガイドを用いて調べます。指示される刺激は前もって内容分析されるため、「状況の客観的事実」とインタビュイーによる「主観的な定義」とを区別し、互いに比較することができます。

例:
この映画の中で最も印象に残ったのは何ですか?
あなたがこれまで知らなかったことで、このパンフレットから学んだことは何ですか?

限界:
内容分析によって「状況の主観的定義」とは異なる「事例の客観的特徴」が得られるという仮定が怪しい。
純粋で完全な形ではほとんど用いられない。

[1] Merton R.K. & Kendall, P.L. (1946), The Focused Interview. American Journal of Sociology, 51: 541-557.

半標準化インタビュー

シューレとグレーベンが「主観的理論」を再構成するために開発したインタビュー形式[2]。
主観的理論とは、インタビューが調査のトピックに関して、複雑な知識の蓄えを有しているということを前提とした概念です。半構造化インタビューでは、初回のインタビューが終了した後、「構造敷設テクニック(SLT)」と呼ばれる方法が用いられます。この目的はインタビューの発言内容の構造を図式化することにあります。

例:
カウンセリングとの仕事の関連で、あなたは「信頼」という言葉が何を指しているとお考えですか?簡単におっしゃってください。
クライアントとカウンセラーの間の信頼に関して、その重要な特徴は何だと思いますか?

限界:
手法の厳密な部分(オープン質問と直面型質問、SLTの規則)を柔軟に適用する必要がある。

[2] Groeben, N. (1990), Subjective theories and the explanation of human action. In G. R. Semin & K. J. Gergen (eds), Everyday understanding. Social and scientific implications. London: Sage, pp.19-44.

問題中心インタビュー

ヴィッツェルが提唱[3]。
質問とナラティブ刺激を組み合わせたインタビューガイドを使用することで、特定の問題に対するライフヒストリー的なデータの収集が可能となります。この手法を特徴づけるのは、以下の3つの主要基準です。

1. 問題を中心におくこと
研究者が重要な社会問題に関心を向けることを指す。

2. 対象志向
調査方法はある調査対象の関連で開発され、修正されなければならない。

3. プロセスへの指向性
調査のプロセスとともに、調査対象の側のプロセスの側面に焦点を当てる。

例:
「健康に対するリスク」という言葉からあなたは何を思い浮かべますか?
自分の健康に対するリスクは何だとお考えですか?

限界:
インタビューガイドをどう用いて、ナラティブと質問をどう切り替えるかについて過度に実用主義的な面がある。

[3] Witzel, A. (1985), Das problemzentrierte Interview. in G. Ju”ttemann, (ed.),Qualitative Forschung in der Psychologie. Weinheim: Beltz, pp.227-256.

専門家インタビュー

半構造化インタビューの特殊な応用形態[4]。
インタビュイーは、丸ごとの人物というよりは特定の実践の場における専門家として扱われます。つまり、インタビューは単独の事例としてではなく、特殊な専門家グループの代表者として調査されます。

限界:
インタビュイーへの関心は、特定の資格におかれるため、インタビューを指示的に行う必要性が強く出てくる。

[4] Meuser, M. and Nagel, U. (1991), Experteninterviews – vielfach erprobt, wenig bedacht. Ein Beitrag zur qualitativen Methodendiskussion. in D. Garz and K. Kraimer, (eds), Qualitativ-empirische Sozialforschung, Opladen: Westdeutscher Verlag. pp. 441- 468.

エスノグラフィックインタビュー

フィールド調査で行われるインタビュー法[5]。
フィールドで出会う他社との自然の会話の中で、その人によって特殊な経験が語られるときに、それと研究トピックをいかに系統的に結びつけてインタビューの形式にもっていくかが問題となります。一連の打ち解けた会話であって、そこにインフォーマントが「インフォーマント」として反応できるようになる新しい要素を、調査者が徐々に導入するのだと考えるのがよいでしょう。

限界:
インタビュー状況そのものをいかに作り出し維持するかという問題。
主としてフィールド調査や観察の方略と組み合わせて用いられる。

[5] Spradley, J.P. (1980), Participant Observation. New York: Holt, Rinehart and Winston.

ナラティブ法

被調査者のナラティブ(物語・語り)をデータとして用いる方法です。ナラティブは次のような特徴を持ちます。まず、はじめの状況が語られます。次に、経験全体の中から、そのナラティブに関連する出来事が選ばれ、ある一貫した展開の中でそれらの出来事が語られていきます。最後に、その展開の集結状況で締めくくられます。

ナラティブ・インタビュー

ライフヒストリー研究の枠内で使われる方法[6]。
ナラティブ生成質問をインフォーマントに向けることで始まります。この生成質問で、インフォーマントが何を語るべきかの焦点が絞られ、語り始めるよう促されます。この主要なナラティブの中で十分に語られなかった事柄は後ほど追加質問されます。

例:
あなたの人生の物語がどのように進んでいったか、お話ししくてださい。生まれた時、そして、小さい子供だった時から始められたらいいと思います。それから今日まで起こったことを順にお話しください。あなたにとって大事なことならなんでも、私には関心があるのです。細かいことを思い出すためにゆっくり時間を取ってくださって結構です。

限界:
得られたナラティブを事実と仮定することには問題がある。
ナラティブの中で表現されるものは、特殊な形で構築されたものであり、以前の出来事に関する記憶は、それが語られる状況によって影響を受けうる。
構造化されていない大量のテクストをどう解釈するかが難問。

[6] Bertaux, D. (ed.) (1981), Biography and Society: The Life History Approach in the Social Sciences. Beverly Hills, CA: Sage.

エピソード・インタビュー

あるひとつの対象領域に関する、ナラティブエピソード的および意味論的な形式の知識を把握するために考え出された方法[7]。
ナラティブ・エピソード的知識は、ナラティブを通して収集・分析され、また意味論的知識は、具体的に照準を定めた質問によって得られます。このインタビュー形式で中心となる技法は、状況を語るよう周期的に促すことです。また、状況の連鎖にも問が向けられます。

例:
思い返してみてください。あなたのテレビとの最初の出会いはどんなものでしたか?その状況をお話願えませんか?
昨日どういうふうにあなたの一日が過ぎていったのか、そしてその中のいつどこであなたはテクノロジーとかかわりをもったのか、お話ください。

限界:
ある対象やテーマに関する日常知とインタビュイーがそれらと関わった経過に限られる。

[7] Flick, U. (2000), Episodic interviewing. in M. Bauer and G. Gaskell (eds), Qualitative researching with text, image and sound. London, Thousand Oasks, New Delhi: Sage. pp.75-92.

フォーカス・グループ・インタビューとディスカッション

グループの特性を活かすことで、集められるデータをその文脈により関連づけ、また、インタビュー状況をナラティブインタビューにおけるインタビューとインタビュイーとの出会いよりも日常生活に近いものにする試みです。

グループ・インタビュー

ある特定のテーマに関して、少人数のグループを対象に行うインタビュー[8]。
典型的には6-8人の人々がグループを構成し、1時間半から2時間のインタビューに参加します。

[8] Patton, M.Q. (1990), Qualitative evaluation and research methods (2nd ed.), London, Thousand Oasks, New Delhi: Sage.

グループ・ディスカッション

本手法の特徴は、複数の人々に一度にインタビューすることによる時間と経費の節約だけではなく、それを実施している時に出てくるグループダイナミクスと参加者間の議論という要素にあります。

限界:
グループ間での比較の難しさ、ある意見がだれのものかを特定することの難しさ。
実施、記録、文字変換、解釈にはかなりの時間がかかる。

フォーカス・グループ

特にマーケティングとメディアの調査に用いられる手法[9]。
フォーカス・グループの特徴は、データ算出のためにグループの相互行為を利用する点と、グループ内での相互行為なしには得ることの難しい知見にあります。

モーガンによれば本手法の使用が有益とされるのは次の目的の場合です。

– 新たなフィールドでの方向付けを得る。
– インフォーマントの洞察に根ざした仮説を生成する。
– 色々な調査時や母集団を評価する。
– インタビューのスケジュールや質問紙を作成する。
– 以前行われた研究の結果に関する参加者の解釈を得る。

限界:
個々の発言の特定や、複数人が同時に発言する場合の区別が可能となるようなデータ記録ができるかという問題。

[9] Morgan, D.L. (1988), Focus Group as Qualitative Research, Newbury Park, CA:Sage.

共同ナラティブ

ヒルデンブラントとヤーンによって確立された、ナラティブアプローチを拡大発展させた手法[10]。
個人によるモノローグ的なナラティブの状況が、集団にまで拡大されます。

限界:
併用前提で開発された手法であり、単独の使用は今後検証されるべき。
一つの事例から膨大なテクストデータが出てくるため、事例の解釈が大掛かりになる。

[10] Bruner, J. & Feldman, C. (1996). Group narrative as a cultural context of autobiography. In D. Rubin (ed.), Remembering our past: Studies in autobiographical memory. Cambridge: Cambridge University Press. pp. 291-317.

視覚データ

視覚データ法

視覚データ法では、行為というものは観察によってアクセス可能であること、インタビューやナラティブによって得られるのは行為それ自体ではなく、行為に関する説明であることが強調されます。

観察

フリードリスヒによれば観察の手続きは次の5つの次元に沿って分類されます[11]。

– 秘密裏の観察 対 公然の観察
観察されていることがどの程度まで被観察者に明かされているか?

– 非参与観察 対 参与観察
観察者はどの程度までフィールドに積極的に関わるのか?

– 系統的観察 対 非系統的観察
ある程度標準化された観察の図式が適用されるのか、それともフィールドで観察されるのか、それともよりよく捉えるために特別な場所(例えば実験室)に移して観察されるのか?

– 自己の観察 対 他者の観察
観察という場合、大抵は他者が観察されるが、その被観察者に関する解釈をより根拠のあるものとするために、調査者は自己の反省的観察にどれほど注意を払うか?

限界:
観察者がフィールドに影響を与えないように秘密裏に観察を行うことは研究倫理上非常に問題がある。

[11] Friedrichs, J. (1973), Methoden der empirischen Sozialforschung. Reinbek: Rowohlt.

参与観察

調査者がフィールドへ入り込み、メンバーの視点から観察し、しかしまた自分の参与によって観察対象に影響をも与えることを特徴とします。

ゴールドが作成した”観察者役割の類型論”[12]を手がかりに単なる観察と参与観察の違いを把握できます。

ゴールドによる4つの類型
– 完全な参与者
– 観察者としての参与者
– 参与者としての観察者
– 完全な観察者(観察する出来事から距離をとってフィールドへの影響を防ぐ)

また、ヨルゲンセンによる”参与観察の7つの特徴”を参照することで、非参与観察との違いが明白となります[13]。

1. 特殊な状況の内部者やメンバーの視点にたって、人間的な意味や相互行為に特別な関心を向けること。
2. 日常の生活状況や環境の今ここを調査と方法の基盤に据えること。
3. 人間存在の解釈と理解に重きをおいた理論と理論化のありかた。
4. 調査のロジックとプロセスは開放的、柔軟かつ便宜主義的であり、具体的な人間生活の場で集められた事実に基づいて問題を常に定義しなおす。
5. 深く、質的に事前にアプローチし、それに見合った調査をデザインする。
6. フィールドのメンバーとの関係を確立し、維持することもめざしながらひとつないし複数の参与観察者役割を演じること。
7. 他の情報収集とともに、直接の観察を行うこと。

観察状況の限定と選択をいかに行うかという点について、スプラッドレーは観察目的のために社会状況を9つの次元を用いて記述しています[5]。

1. 空間:物理的な場所
2. 行為者: 関係している人々
3. 活動: 人々が行う関連し合った一組の行為
4. 対象: 現存する物理的なモノ
5. 行為: 人々が行うここの行動
6. 出来事: 人々が実行する関連しあった一組の活動
7. 時間:時間を通じて生じる一連の経過
8. 目標:人々が達成を試みる事柄
9. 感情感じられ、表出される情動

限界:
状況の中で全ての現象を観察するのは無理。
ライフヒストリー的プロセスを観察することは難しい。
知識の包括的システムも観察では接近不可能である。

[12] Gold, R.L. (1958), Roles in Sociological Field Observation, Social Forces, 36: 217-23.
[13] Jorgensen, D.L. (1989). Participant observation: A Methodology for human studies, London, Thousand Oaks, New Delhi: Sage.

エスノグラフィ
 

エスノグラフィを巡る方法論的議論の焦点は、データ収集や解釈の方法よりもフィールドでの調査結果をいかに書くか、という問いに向けられます。フィールドで実際に用いられる方法的戦略は、フィールドへの参与を通した観察をなお大きな基盤としています。インタビューと文書の分析は、さらなる知見が得られる見込みがある場合に、参与的調査デザインに組み込まれて用いられます。

アトキンソンとハマーズレーは、エスノグラフィ的調査の実質的な特徴を指摘しています[14]。

・ある社会現象に関する仮説を検証することよりも、その性質を探ることに力点がおかれる。
・主として構造化されていないデータを扱う傾向。
・少数の事例の詳しい調査。
・人間の行為の意味と昨日に関する明示的な解釈を含んだデータ分析。その成果はもっぱら言葉による記述と説明の形式を取り、数量化や統計分析は行われたとしても副次的な役割をするに留まる。

限界:
データの収集方法は2次的なものとして扱われ、方法論的な恣意性に陥る危険性を持ちあわせている。
エスノグラフィーは一般的な調査姿勢と位置づけられ、多様な方法論的アプローチを組み合わせる戦略が取られる。

[14] Atkinson, P. and Hammersley, M. (1998), Ethnography and Participant Observation, in N.Denzin andY.S.Lincoln (eds.), Strategies of Qualitative Inquiry. London: Thousand Oaks, New Delhi: SAGE, pp.110-136.

写真

カメラによって、事実の詳細な記録とともに、生活の様式や条件のより包括的な提示が可能となります。また、人工物を写真として運んだり、提示したりすることだけではなく、時空と空間の境を越えることも可能となります。人間の目には早すぎたり複雑すぎたりする事実や経過でもカメラなら捉えることができます。写真は第三者による再分析に供せられます[15]。

限界:
口頭データの分析に馴染み深いデータ解釈の方法が、視覚データにまで適用されている。

[15] Becker, H.S.(1986) Doing Things Together. Selected Papers. Evanston, IL: Northwestern University Press.

コンテクスチュアル・インクワイアリ

さて、ここまで様々な質的調査法を説明してきました。また、目的に応じて様々な手法を組み合わせるべきであることもすでに説明いたしました。この点について、アラン・クーパーは、「観察と1対1のインタビューの組み合わせが最も効果的に質的データを収集できる方法である」と述べた上で、特に、「作業者の中に入りこんで得られる観察と直接的なインタビューを組み合わせた、エスノグラフィの手法を取り入れたインタビュー(エスノグラフィック・インタビュー)」が有効であると主張しています。

ベイヤーとホルツブラット

ベイヤーとホルツブラットは、エスノグラフィック・インタビューのテクニックとして、コンテクスチュアル・インクワイアリ(Contextual inquiary / 文脈的質問)を開発しました。この手法は、徒弟制度の学習モデルを基礎としています。詳細は彼らの著書である『Contextual Design』の4章を参照いただきたいのですが、ユーザは親方、インタビュアーは弟子であり、インタビュアーは親方の仕事を観察し、親方に質問をぶつけます。以下に、コンテクスチュアル・インクワイアリの4つの基本原則についてクーパーの説明を引用いたします。

1. コンテクスト
クリーンなホワイトルームではなく、通常の作業環境で、つまり、製品を使う上で適切な物理的コンテクストを揃えた状態でユーザを観察し、言葉を交わすことが重要である。ユーザが毎日使う様々なものが置かれてるいつもの環境でユーザが作業をするところを観察し、質問をぶつけると、彼らの振る舞いの重要な細部が明るみに出る。

2. 協力関係
インタビューと観察は、ユーザと共同でさぐっていくというトーンで進めていく。作業の観察と作業の構造や細部についてのディスカッションを交互に進めていく。

3. 解釈
デザイナの仕事は主として、ユーザの振る舞い、環境、発言から収集した様々な事実の行間を読むことである。これらの事実を1つの全体として扱うことが大切だ。しかし、インタビュアーは、ユーザに確かめることなく自分だけの解釈で何らかの事実を想定してしまわないように注意する必要がある。

4. ポイント
あらかめ質問事項を用意して、目的のはっきしりないインタビューをだらだらと続けることなく、デザイナは微妙な舵取りをしてインタビューの方向を変え、デザイン上の問題に関係のあるデータを集めてこなくてはならない。

アラン・クーパー

ベイヤーらのコンテクスチュアル・インクワイアリが限界や効率の悪さを抱えていることから、クーパー自身はこれに改良を施しています。

– インタビューの短縮化
コンテクスチュアルインクワイアリはユーザに丸一日かけてインタビューすることを想定している。しかし、我々の経験では、十分な数のインタビューを予定しておけば(仮説的なものだが、それぞれ異なる役割やタイプを持った6人くらいのユーザを厳選する)、インタビュー自体は1時間程度のものでも十分必要なデータは集められる。丸一日を調査につぶしてもよいといってくれるユーザを探すよりも、デザイナと1時間を過ごすことに同意してくれるタイプの異なるユーザを探すほうがずっと効率的であるし、効果的でもある。

– 小さなデザインチームを使う
コンテクスチュアル・インクワイアリは大規模なデザインチームが並行して複数のインタビューを進め、あとでチームのメンバが是認参加して報告会議を開くことを想定している。しかし、私たちの経験では、同じデザイナが個々のインタビューを順次進めていくほうが効果的だ。この方法ならデザインチームは小規模(2,3人のデザイナ)で済むが、それ以上に重要なことは、チームの全員がインタビューを受けた全てのユーザと直接やりとりしているので、ユーザデータを効果的に分析、総合できることだ。

– まずゴールを突き止める
ベイヤーとホルツブラッドによると、コンテクスチュアルインクワイアリは、基本的に作業を中心とするデザインプロセスのためのものだ。しかし、私たちが提案したいのは、まずユーザのゴールを突き止め、それを優先するエスノグラフィックインタビューである。ゴールを達成するために必要な作業を考えるのはそのあとだ。

– ビジネスコンテクストに留まらない射程
コンクストインクワイアリの語彙は、ビジネス向け製品と企業環境を前提としている。しかし、コンシューマドメインでもエスノグラフィックインタビューは可能である。

また、クーパーはエスノグラフィックインタビューのガイドラインも示しています。

– インタラクションが発生する場でインタビューする。
ユーザが実際に製品を使う場所でインタビューをすることが決定的に重要だ。

– 固定的な質問項目リストを使わない。
聞かなければならない質問をあらかじめ用意することができないほど、インタビュアーにはドメインについての知識がないことを前提としている。相手から重要なことを学ばなければならないのである。

– ゴールを中心として話をし、作業の話はあと回しにする。
最優先事項は、実行している作業が何であるかを知ることではなく、ゴールをどのようにして達成したいと思っているかを理解することである。

– ユーザをデザイナにしない。
インタビューの相手を解決方法の提案ではなく、問題の解析の方向に導くようにする。

– 技術的な話をしない。
デザイナとして扱わないのと同様に、エンジニアやプログラマとして扱うのも避けたい。

– できごとを話すように誘導する。
その製品をどのように使っていたか、どう思ったか、他の誰とやりとりしたか、使ってどうなったかなどの物語を話してもらう。

– 「これなあに」をしてもらう。
デザイン問題に関する総まくりをしてみる。どのように説明するかにも注意を払う。

– 誘導尋問を避ける
振る舞いについての解決方法や意見をほのめかして被験者の意見を曲げてしまうことを避ける。

まとめ

今回は、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ための手法として、まず、量的データではなく、質的データに注目しました。そして、質的調査法として、口頭データと視覚データの様々な採取方法について説明をしてきました。その上で、目的に応じた複数の手法の組み合わせの事例として、エスノグラフィック・インタビューの一形態である、コンテクスチュアル・インクワイアリについて説明をいたしました。

クーパーが指摘するように、コンテクスチュアル・インクワイアリは、ユーザについての質的データを最も効率的に収集できるメソッドといえるでしょう。しかしながら、限界は存在します。プロダクトの改良以外の場合、あるいは、仮説生成の初期段階にて”師匠が存在しない”ものを作りたい場合がこれにあたります。例えば、BOPなどのフィールドで全く新しいプロダクトを開発し、それを用いてビジネスを考案するケースを考えてみましょう。非電化地域で電気を使わない、有毒ガスの出ない新しい灯を開発する場合の師匠とは誰でしょうか?おそらく照明デザイナではないでしょう。非電化で灯を作るデザイナが師匠でしょうか?その時点でイノベーションは師匠がすでに達成してしまっており、あなたが弟子入りする必要はあるのでしょうか?コピーを作ることはイノベーションと言えるのでしょうか?このように、あらゆるケースに適用可能な完全なメソッドなどありません。目的に応じて適切に手法を使い分けることことこそが最も重要なメソッドといえるでしょう。

次回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドを紹介します。

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デザイン思考の系譜

前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第4弾として、FabLabを選択し、その思想的特徴、中心となっているクラス”How To Make (Almost) Anything”、利用可能なツールについて説明を行いました。特にツールについては、MIT FabLabで利用可能なツールに加えて、100ドル程度のコストで構築可能なツールについても紹介いたしました。

第04回から第10回までの7回に渡って、企業、NPO、大学、研究機関のソーシャルイノベーションの事例について検討してきましたが、今回からは再びデザイン思考の話へトピックを戻します。まずは、デザイン思考の系譜について、4人の研究者の提唱する定義とデザインプロセスについて説明しましょう。イントロダクション(第01回)で説明した内容と一部、重複する箇所もありますが、今回はより詳細な説明をしています。

デザイン思考の起源

デザイン思考(Design Thinking)という言葉それ自体は、建築家ピーター・ロウ(Peter G. Rowe)の著書『Design thinking』(邦題『デザインの思考過程』)において、初めて著作物のタイトルとして登場しました。 ロウのデザイン思考は、建築家あるいは都市計画立案者によって利用されてきた問題解決プロセスをシステテム思考に基づいて説明を試みるものでした。それは、「ユーザの関心を理解」し、ユーザにとって「より優れたプロダクトをデザインする」ための方法論としてのデザイン思考ではありませんでした。

建築あるいは都市計画のタームとしてのデザイン思考は、ロルフ・ファステ(Rolf Faste)によって、創造的なデザインプロセスとしてのデザイン思考へと定義されました。スタンフォード大学の機械工学部には、「Visual Thinking」 という、ロバート・マッキム(Robert McKim)によって60年代に開始され、現在も続く名物クラスが存在します。このクラスは、視覚的に考えるための様々な訓練を通じて、創造性を刺激することを目的としたものです。ファステは、80~90年代のスタンフォード大学での教育において、マッキムのコンセプトを拡張し、デザイン思考の概念を定義し、普及させていきました[1]。

[1] Forget Design Thinking and Try Hybrid Thinking

IDEO | David Kelly

プロダクトデザインにおける方法論としてデザイン思考を一躍有名にした会社こそ、デザインコンサルティングファームIDEOです。IDEOの設立者ディビッド・ケリー(David Kelly)は、ファステのスタンフォード大学時代の同僚でした。ケリーは、彼の著書『The Art of Innovation(邦題:発想する会社)』において、IDEOにおけるデザインプロセスを以下のように説明しています。

プロセス

Understand

  • 市場、クライアント、技術、そして、問題に関する認識されている不満について理解する。
  • Observe

  • 何が人々を困惑させているか、何が好きで何が嫌いか、現在のプロダクトやサービスによって対処されていない潜在的な欲求などを、実世界の人々を観察することで発見する。
  • なお、UnderstandとObserveが1つに統合され、代わりにSynthesizeが入るバージョンもあります。Synthesizeは、UnderstandとObserveのプロセスで収集したデータを1つの部屋に集め、アイディアを記録するプロセスを意味します。ここで紹介しているバージョンでは、このプロセスは、実際にはObserveの中に含まれるプロセスと考えてよいでしょう。

    Visualize

  • 新しいコンセプトとそれを使う顧客を視覚化する。
  • Evaluate & Refine

  • プロトタイプを評価し、ブラッシュアップを行う。
  • このプロセスを短い期間で迅速に繰り返す。
  • Implement

  • 新しいコンセプトを実装し、商品化する。
  • IDEO | Tim Brown

    IDEOの現CEOであるティム・ブラウン(Tim Brown)は、Harverd Business Reviewの彼の記事(『Design Thinking』)[1]において、以下のようにデザイン思考を定義し、デザインプロセスについて説明しています。

    [1] Design Thinking

    定義

    デザイン思考は、技術的に実現可能なものやビジネス戦略を顧客価値や市場機会へと転換可能なものと、人々の要求とを一致させるために、デザイナの感覚と手法を利用する方法、である。

    プロセス

    Inspiration

  • あなたのプランに利用可能なリソースを配分しよう。
  • ビジネス上の問題は何か、機会はどこにあるのか、何が変わったか、あるいは、変わる可能性があるか?
  • 世界を見てみよう。人々がしていること、どうやって考え、何を必要としているかを観察しよう。
  • ビジネス上の問題点は何か?(時間、リソース不足、貧しい顧客基盤、縮小気味のマーケット)
  • 最初から多くの分野の人を巻き込もう(エンジニアリングとマーケティングなど
  • 子供や初老の人など、極端なユーザに注意を払おう。
  • 洞察や物語を語れるプロジェクトルームを持とう。
  • 新たな技術がどうやって助けるのか?
  • そのビジネスの中に、様々なアイディア、資産、専門知識が隠れているだろうか?
  • 情報を整理し、可能性を統合しよう。
  • Ideation

  • 多くのスケッチと具体的なシナリオをつくろう。
  • 創造的なフレームワークを構築しよう。
  • 統合的な思考を適用しよう。
  • 顧客を実際に配置し、彼らの旅(体験)を記述しよう。
  • プロトタイプとテストを繰り返そう。
  • より多く語ろう。
  • 内部でコミュニケーションを密に取ろう。
  • プロトタイプを制作し、ユーザにテストをしてもらおう。
  • Implementation

  • 経験を設計しよう。
  • マーケティングを手助けし、コミュニケーション戦略をデザインしよう。
  • ビジネス化し、世界へ広げよう。
  • 次のプロジェクトへ。
  • 奥出直人

    次に紹介するのは、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 奥出直人が執筆した『デザイン思考の道具箱』(p.86-110)において説明されているデザインプロセスです。奥出は、創造のプロセスとして、7つのステップを設定しています。プロセスの上流には、哲学とビジョンの構築、技術の棚卸しとフィールドワーク、コンセプト/モデルの構築、デザインの4ステップが、プロセスの下流には、実証、ビジネスモデル構築、ビジネスオペレーションの3ステップが設定されています。以下では、それぞれのステップの詳細について説明された該当箇所を引用します。

    プロセス

    1. 哲学とビジョンの構築
    哲学とは、人間として、社会のために実現したいこと、信念である。これを受けてビジョンを作る。
    ビジョンとは、信念を実現するための欲求、具体的に「こういうモノが欲しい」という欲望である。

    2. 技術の棚卸しとフィールドワーク
    技術の棚卸しとはアイディアや技術をたくさん並べて、それをビジョンに割り振ってみるというやり方である。こうすることで、自分たちの技術で実現可能なものを見つける。
    哲学とビジョンができた段階で、技術の棚卸と前後して自分のビジョンを実現してくれるであろう「師匠」を探して街に出る。

    3. コンセプト/モデルの構築
    フィールドワークでの経験をもとに、コンセプト作りのアイディアを出す。アイディアをいくつか組み合わせて、具体的にどのような技術でそれが可能になるのかを検討したものを「コンセプト」と呼ぶ。
    また、コンセプトを実現するための基本構造やしくみを選んだり、作り出したりする作業を「モデル」を作る、あるいは探すと呼ぶ。このときのモデルとはビジョンを実現する具体的は方法、構造に加えて、形のデザインを含んだものである。

    4. デザイン – デモンストレーション用プロトタイプ
    コンセプト、あるいは、コンセプトモデルをしっかり考えたあと、それを実際に使えるものにしていくという過程が、ここでいうデザインなのである。デザインとは、実際に作ることができるモノを考えることである。機能を考えながら必要な要素を集め、構造や仕組みをつくっていく作業である。

    5. 実証
    デザインしたものを実際に製作して、人々に使ってもらって、問題点を明らかにする。

    6. ビジネスモデル構築
    新しいソリューションをデザインする。

    7. ビジネスオペレーション
    ソリューションを運営する事業主体を決める。

    Hasso Plattner

    最後に紹介するのは、Hasso-Plattner-Institut: HPI School of Design Thinking in Potsdam、通称Potsdam d.schoolの教授陣(Hasso Plattner, Christoph Meinel & Ulrich Weinberg )で編集された『Deisgn Thinking』において説明されているデザインプロセスです。Hasso Plattnerらは、デザインプロセスは6段階のステップで構成されるが、ノンリニア、かつ、反復のプロセスに他ならないと述べています。以下では、それぞれのステップの詳細について説明します。

    プロセス

    Understand

  • 最初のステップは、問題を理解することである。問題を正しく理解して、正しいリサーチクエスチョンを考案する。
  • これにより、チームは次のステップに向かって適切な手法を選択することができるようになる。
  • Observe

  • 考案された問いに対して、より深い理解を構築するためには、伝統的なマーケットリサーチの手法の限界を克服する手法を用いる必要がある。ここでいう手法とは、コンテクスチュアルインクワイアリーや、エスノグラフィなどが該当する。
  • このステップの典型的な成果として、写真、ビデオ、スケッチ、日記などが挙げられる。
  • Point of View

  • イノベーションを目的とするチームは、全ての知識を収集し、共通のポジションを構築する必要がある。
  • このステップの典型的な成果として、ペルソナの詳細記述、顧客体験分析などが挙げられる。

    Ideate

  • アイディエーションは、ユーザ、顧客の目線で問題を見れるようになった段階からスタートする。
  • アイディエーションのステップでは、質より量を選択し、多くのアイディアを生み出すところからはじめ、後半に絞り込む。続いて、low-resプロトタイピングと呼ばれるプロセスに移行する。このプロセスは、顧客がプロセスに入り込むという点において、従来のマーケティング部門のブレインストーミングやR&Dのプロトタイピングと異なる。
  • このステップの典型的な成果として、多くののアイディアと加工品などが挙げられる。
  • Prototype

  • このステップでは、不完全であることが求められる。最も重要なプロトタイプの機能は、そのソリューションの強みと弱みを把握できる状態にすることにある。
  • このステップの典型的な成果として、ビデオによる顧客体験、製品プロトタイプ、ビジネスモデルプロトタイプなどが挙げられる。
  • Test

  • 最後のステップは、顧客を再度巻き込む。ここでは、プロトタイプの反復的な改良が行われる。必要であれば、全てのプロセスを再度繰り返すこととなる。ソリューションが成功し、ユーザに受け入れられることが保証された場合、そのソリューションや戦略はマーケットへ出される準備が整ったと見なされる。
  • まとめ

    ここまで4つのデザインプロセスを紹介してきました。各プロセスの区分的な違いはあれ、全てに共通していることは、以下のステップと言えます。

    1. フィールドへ赴き、データを取得する
    2. 課題を発見し、仮説を構築する
    3. プロトタイピングを行う
    4. フィールドへ赴き、テストを行う
    5. 製品を実装する

    1では、フィールドにてデータを収集することが不可欠です。1で得られたデータを、目的に併せて、質的、もしくは量的手法にて分析を行い、2のステップにおいて仮説(理論、モデル)を構築します。3と4のステップは、特に何度も繰り返す必要があります。様々な技術を試し、課題をもっともエレガントに解決できるプロトタイプを構築するプロセスと言えます。なお、必要な場合どのステップからも1のステップに戻る可能性があるため、全体的として、反復的なプロセスと言えます。

    1では、フィールドにてデータを収集することが不可欠です。1で得られたデータを、目的に併せて、質的、もしくは量的手法にて分析を行い、2のステップにおいて仮説(理論、モデル)を構築します。3と4のステップは、特に何度も繰り返す必要があります。様々な技術を試し、課題をもっともエレガントに解決できるプロトタイプを構築するプロセスと言えます。なお、必要な場合どのステップからも1のステップに戻る可能性があるため、全体的として、反復的なプロセスと言えます。

    このように共通するステップを抽出してみると、デザイン思考とは”エスノグラフィを起点とした、プロトタイピング、およびその一連のプロセスのイテレーション(Iteration/繰り返し)”とまとめることができます。「エスノグラフィ」とは、フィールドワークに基づいて人間社会の現象の質的説明を表現する記述を指します。1のステップのフィールド調査、ならびに、4のステップのユーザテストは、まさにエスノグラフィ的記述を目的として実行されます。このプロセスで記述されたテクストを用いて構造化された現象に基づいて仮説が構築され(ステップ2)、プロトタイプの構築と修正が繰り返され(3、4のステップ)、プロトタイプは、より優れたユーザ体験を提供可能なプロダクトへと洗練されていくのです(ステップ5)。

    さて、ここでいくつかの疑問が生じます。例えば、
    – フィールドワークをする際のメソッドとは?
    – ユーザを理解するためのメソッドとは?
    – 獲得したデータから仮説(モデル、理論)を構築するメソッドとは?
    – 獲得したデータを用いてどこでいかにして創造のジャンプを発生させるか?
    さらに、
    – BOPという特殊なフィールドにおいて利用可能なデザインメソッドとは?
    といった点も考慮される必要があります。

    次回からは4回に渡って、これらの問いに対する回答として、既存のデザインメソッドの概要ならび限界について説明いたします。そして、既存の手法の限界を克服するオリジナルのデザインメソッドである構造構成主義的プロダクトデザイン手法について説明をしていきます。

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    ソーシャルイノベーションの事例 – FabLab

    前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第3弾として、TU Delft Industrial Design Engineering(IDE)を選択し、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。IDEの場合、MIT D-Labや、Stanford d.schoolと異なり、明確なコンセプトは打ち出されていませんが、学位を取得可能な学部、修士課程、博士課程にてソーシャルイノベーションに関する研究を行うことができること、また、Philipsをはじめとする企業等の外部団体とのコラボレーションが盛んであることから、プロダクトとして社会に対する実質的な貢献が可能であることが特徴といえるでしょう。

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第4弾として、FabLab[1]を紹介したいと思います。これまで紹介してきた3つの組織は、研究者や企業がモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいていました。一方で、FabLabは、必要なものをみんなで作る”DIWO(Do It With Others)”を基本理念に置いています。FabLabはMITからスタートしましたが、すでに世界中に展開されており、ここ日本においても、2010年春にFablab Japan[2]が設立されて以来、注目を浴びつつあるだけではなく、2011年5月には鎌倉に日本初のFabLab[3]がオープンいたしました。

    [1] FabLab Main
    [2] FabLab Japan
    [3] FabLab Kamakura

    まず、FabLab Japanのウェブサイトよりファブラボとは何かについての具体的な説明を引用をしてみましょう。

    ファブラボとは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークです。「Fab」には「Fabrication(ものづくり)」と「Fabulous(愉快な、素晴らしい)」という2つの意味が込められています。ファブラボは、次世代のものづくりの「インフラ」だといえます。インターネット(というインフラ)が普及することによって、誰もが自由に情報発信することができるようになったように、ファブラボ(というインフラ)が各地に普及することで、誰もが自由にものづくりを行えるようになることが期待されています。そして、いずれは3次元プリンタやカッティングマシンが一家に一台普及する時代がやってくると考えられています。

    また、FabLabの定義についても同ウェブサイトに掲載されています[4]。

    1. ファブラボ憲章(下記参照)の理念に従って運営され、ファブラボ憲章を印刷して掲示してあること
    2. 少なくとも週1日は市民に一般公開されていること
    3. 世界のファブラボ標準機材を最低限揃えていること(2011年現在、レーザーカッター、CNCミル、ペーパーカッター、ビデオ会議システム。ただしこのセットアップは過渡的なものであり、ファブラボ標準機材は毎年少しずつ進化していきます)
    4. ウェブ環境を活用して、ものづくり知識やデザイン等の共有活動(オープンソース化)に取り組んでいること
    5. 世界FabLab会議で登録され、世界中のfablabberに「ここにもあるよ」と認知されること

    [4] FabLabの定義とFabLab憲章

    歴史

    次にFabLabの歴史について紹介しましょう。FabLabは、MITメディアラボにおいて、The Grassroots Invention Group)(GIG)とThe Center for Bits and Atoms (CBA)の協働プログラムとして生まれました。現在、GIGはすでに活動を停止していますが、CBAが中心となって活動を続けています。特に、MIT 教授であり、Center for Bits and Atoms センター長であるニール・ガーシェンフェルド(Neil Gershenfeld)が2003年より開講しているクラス”How To Make (Almost) Anything”(ほぼなんでも作る方法)[5]は、FabLabの活動において中心的な役割を果たしています。この授業を修了した学生が、各地のFabLabを設立するという世界展開に貢献しています。慶應義塾大学 環境情報学部・准教授でありFabLab Japan発起人の田中浩也 先生は、2010年度の本授業に一学生として参加し、非常に内容の濃い体験記[6]を残されています。

    [5] How To Make (Almost) Anything
    [6] How to Make (Almost) Anything (ほぼ何でもつくる方法) 2010年度 体験記

    ニール・ガーシェンフェルドの著書である『Fab: The Coming Revolution on Your Desktop-from Personal Computers to Personal Fabrication (邦題『ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け」)』[7]の中では、この授業で作られたプロダクトや、ものづくりの過去と未来(ビジョン)について詳細に語られています。

    [7] 残念ながら日本語版は絶版中です。(2011年6月現在)

    ツール紹介

    さて、ここからはFabLabで利用可能なファブリケーションツールについて説明をしていきたいと思います。MIT FabLabのメインサイトであるFabCentralには、デザインツール(ソフトウェア)の一覧や機材の簡単なマニュアル等も掲載されています[8]。なお、ツール一覧には型番まで明記されていることは少ないため、以下では、同シリーズの製品へのリンク、あるいは、同シリーズの製品紹介デモビデオを掲載することとします。

    [8] Tools
    ※2011年6月にサイトの改修があったため古いリストを利用しています。

    Basic Machines

    Universal社製レーザーカッター
    パスに沿ってレーザーによりアクリルや木材を切断する装置

    Roland社製カッティングプロッタ
    防水性のポスターやステッカー等を制作するために利用する装置

    Modela社製小型ミリングマシン(CNCフライス)
    マテリアルに平面や溝などを切削するための装置

    Advanced Machines

    Omax社製ウォータージェットカッター
    加圧された水を用いて加工を行う装置

    ShopBot社製CNCルータ
    フライス盤と類似であるが、主に木材を切削加工する装置

    Resonetics社製エキシマレーザーカッター

    Epilog社製レーザーカッター

    Alpha社製CNC旋盤
    円柱状の材料を回して刃を当てて罪障を削る装置

    APS社製表面実装システム
    基板の表面に部品を配置する装置

    Torchmate社製CNCプラズマカッティングシステム

    Zeiss社製共焦点顕微鏡
    高解像度のイメージと三次元情報の再構築が可能な顕微鏡

    3D Printing and Scanning Machines

    Stratasys社製3Dプリンタ
    ABS樹脂を積層し3次元のオブジェクトを製造する装置

    3Dプリンタ(ZCorp社製)

    Minolta社製3Dスキャナー

    Machines that make

    さて、ここで挙げたマシンはいずれも非常に高価であり、MITのような予算が潤沢な研究機関は例外として、一般的には購入が困難です。ましてやソーシャルイノベーションの舞台となる途上国で導入することはさらに困難を伴うでしょう。そこで、MIT Center for Bits and AtomsのMachines that make[9]グループでは、ツールそのものを安価に製造するための研究を行っています。いくつか例を挙げてみましょう。

    [9] Machines that make

    Mantis 9.1 CNC Mill

    Mantis 9.1 CNC Mill [10]は、100ドル以下の費用で作られた3軸 CNCミリングマシンです。

    [10] Mantis 9.1 CNC Mill

    Fluxamacutte

    Fluxamacutte[11]は、50-100ドル程度のパーツで構築可能な安価なヴィニールカッターです。全てのパーツはレーザーカッターでカットされており、Arduinoで制御されています。

    [11] ヴィニールカッター

    Fab-In-A-Box

    Fab-In-A-Box[10]は、スーツケースの中に入れて持ち運ぶことが可能なポータブルなFabLabです。マルチハブと呼ばれるパーソナルファブリケータは、ミリング、ヴィニールカッティング、3Dプリンティング、3Dプロッティング機能にてオブジェクトを構築することができます。

    [10] Fab-In-A-Box

    ロードマップ

    最後にFablabのロードマップを引用いたします[10]。先に紹介したMachines that makeグループの研究は、fablab2.0の途中段階にある研究といえるでしょう。

    マシン/ツール革命
    fablab1.0 computers make machines – 3次元プリンタやカッティングマシンで材料を切り出して組み立てて機械をつくる(現状)
    fablab2.0 machines make machines – 機械自体が機械を生み出す(自己産出系)。自己複製する3次元プリンタ(RepRap, CupCake)。

    マテリアル革命
    fablab3.0 code makes materials – 物質に「コード」が埋め込まれるようになる。(形状としてのコード、情報としてのコード)
    fablab4.0 program makes materials – 物質に「プログラム」が埋め込まれるようになる。(Programmable Matter)

    [10] MIT FabLab RoadMap

    まとめ

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、FabLabを選択し、その思想的特徴、中心となっているクラス、利用可能なツールについて説明を行いました。モノを作り場合、アイディアから設計まで、すなわち、IdeationからDesignまでの過程を経たのち、Developmentの過程において、プロトタイピングを繰り返す必要があります。ここでは、実際にモノを作るための様々なスキルを習得する必要があります。アイディアは誰でも思いつくことができますが、実際に動作するもの、形あるものを作り上げ、ユーザに手にとってもらい、あるいは、使用してもらい、最終的に市場にリリースしてこそのイノベーションであると筆者は考えています。その視点からすればHow To Make (Almost) Anythingのクラスや、世界各地域におけるFabLabは、非常に作り手にとって大きな存在であると考えています。

    さて、ここまで紹介した4つの大学・研究機関では、モノを作るクラス,ビジネス化するクラス,あるいは、フィールドワークに関するクラスなど数多くのクラスが存在しています。しかしながら、
    – 獲得したデータからどうモデルを構築するか?(部分から全体をいかに構築するか?)
    – 獲得データから創造のジャンプをいかに発生させるか?
    というクラスは存在していません。IDEOやAdaptive Pathもエスノグラフィの視点からフィールドの重要性について説いても、データからモデル化する手法については(意図的であれ無意識的であれ)明らかにしていません。優秀なクリエイタはもちろん無意識的にそれらを実現している可能性もありますが、我々凡人はある程度メソッドを通じて訓練をしていく必要があると考えています。

    次回からいよいよソーシャルイノベーションのためのデザイン思考について説明をしていきます。

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    ソーシャルイノベーションの事例 - TU Delft IDE

    前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から第2弾として、d.schoolことHasso Plattner Institute of Design at Stanfordを選択し、その特徴、クラス、プロジェクトについて説明を行いました。d.schoolの最大の特徴は、デザイン思考であり、さらに、コンピュータ技術、ビジネスに関連した要素がクラスに散りばめられていました。

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第3弾として、舞台をヨーロッパへと移し、TU DelftことDelft University of Technology[1]を紹介いたします。

    [1] TU Delft

    Stanford d.schoolや、MIT D-Labと同様に、TU Delftもまた、全ての学部でソーシャルイノベーションに取り組んでいるわけではありません。Industrial Design Engineering (IDE)プログラム[2]が中心となってこの領域に対する研究を行っています。IDEは、1965年に設立された、学部および修士・博士向けのプログラムで、”人々が使いたくなものを作る”をモットーに、病院のベッドからドライヤーまで、携帯電話からウェブサイト、企業CIまでをデザインしています。

    Studens Projects

    IDEにて、修士学生向けに”Advanced Products”が開講された2002年以降、学生プロジェクト[3]として、BOPプロダクトが数多く開発されてきました。学生プロジェクトとはいえ、多くの場合、メーカーや現地協力団体とのコラボレーションを行っており、すでに商品化されたものを改良したプロジェクトや、実際に新規商品としてリリースされたプロジェクトが数多く存在します。例えば、第05回 Kopernikの記事中にてすでに紹介した”Lifestraw”もAdvanced Productsの学生プロジェクトから生まれたプロダクトです。以下では学生プロジェクトとそこで生まれたプロダクトをいくつか紹介してみましょう。

    [2] Industrial Design Engineering
    [3] Students Projects

    調理エリアの環境改善

    Marieke Bijtelaarは、USのNPOであるHelps Internationalが開発したオイルストーブの改良を行いました。従来、グアテマラの貧しい人々は、薪を使って料理をしていましたが、目や呼吸器に問題を引き起こしていました。このような問題に対して、Helps International社は、オイルストーブを開発しましたが、グアテマラの人々は依然として薪と竈を使い続い続けていました。この状況を改善するためにMarieke Bijtelaarは、2つの対策を行いました。まず第1に、煙突型のヒータの導入です。煙突からの余熱を利用して、調理スペースを温めることができます。第2に、ストーブの周辺に設置するテーブルを導入しました[4]。

    [4] Improving the climate of cooking areas

    天然繊維のドア・窓への利用

    NPSP Composites社は、天然繊維の合成物を製造するための手法を開発し、この技術をインドなどの低所得の人々に対して、彼らの利益とすることができるような使用方法を模索していました。Joan Boekhovenは、住宅環境にこの技術を応用し、ドアや窓を天然繊維で製造しました[5]。これらは軽量であることから、設置コストが安く、またメンテナンスも容易です。また、腐食に強く、防虫効果もあります。さらに、木のように膨らむことがないというメリットもあります。

    [5] Natural fibres in doors and windows

    初期がん検出のためのスクリーニングデバイス

    インドの地方では口腔がんは主要な医療問題の一つと化しています。PhilipsとManipal Academyは、共同で口腔がんを検出するポータブルデバイスを開発するプロジェクト[6]を立ち上げ、フィールドワークを通じて、プロダクトのデザイン要件を決定することから始めました。例えば、噛みタバコは口腔がんの一つの主要な原因であり、いまだ人気のある嗜好品であることがわかりました。また、現地の人々の口腔衛生状態は極めて低く、医療施設やスタッフも限られていることがわかりました。プロダクトの開発後、フィールドテストを通じて、携帯性、測定法、インタフェース、多機能性などが改善されました。現在では、NGOの協力とともに、患者数を減らすことに成功しています。

    [6] Screening device for early cancer detection

    カンボジアのソーラーライト

    Kamworks社は、カンボジアにおける社会問題と、各地方において太陽光を利用したライトを生産する機会として太陽エネルギーを考えるスタートアップ企業である。Stephen Boomは、カンボジアの現地調査に赴いたところ、ソーラーエネルギーは高価で雨季に十分なエネルギーを確保できないと現地人が思っていると結論づけました。その上で、現地での製造可能性を調査し、最終的に地元の小売業者にとって、クオリティとメンテナンスが重要課題であることがわかりました。これらの調査に基づいて、型はローカルマテリアルから製造し、射出成形(Injection Molding)より安価なバキューム成形を用いたAngkor Lightを開発しました[7]。

    [7] Solar Lighting in Cambodja

    デザインナレッジフレームワーク: Design4Billionsk

    BOPマーケットのためのプロダクトデザインに対する関心は非常に高まっているものの、実際にプロダクトを作るための広範な知識は依然として失われたままです。Design4Billions[8]は、この知識のギャップを埋め、デザイナのプロダクト開発をサポートするためのフレームワークを構築することを目的としてスタートしました。

    このフレームワークは以下の4つの観点に注目し、構成されています。
    – グローバルコンテキストにおけるDesign4Billionsの占める”ポジション”
    – BOPプロダクト開発における”ステークホルダー”
    – BOPのためのデザインを行う”デザイナ”
    – Design4Billionsにおける”コラボレーションスペース”

    特に、BOP Library[9]を中心に、webリソースや書籍に関する情報をアーカイブしており、有用性も高いと考えられます。

    [8] Design4Billions Knowledge Framework
    [9] Design4Billions

    Design for Sustainability

    Students Projectsだけではなく、IDEに存在する3つの学科のうちの1つ、Design Engineeringの、さらに1セクションに当たる、Design for Sustainability(DfS)[10]もまた、ソーシャルイノベーション関連の研究に取り組んでいます。Design for Sustainabilityは、”持続可能性”に注目したプロダクトやサービスをデザインする企業や研究機関を助けるための、メソッドやツールの開発、テスト、普及をミッションとしいます。以下では、いくつかのコースとともに、UNEP(国連開発計画)との共同プロジェクトであるD4Sを紹介いたします。

    [10] Design for Sustainability

    コース

    – Basic Environmental Sciences
    プロダクトデザインに関連した環境問題を紹介するコース

    – Life Cycle Engineering & Design
    プロダクトデザインにおける持続可能なマテリアル、テクノロジーの適用に関するコース

    – Product Service Systems
    持続可能性のあるプロダクトやサービスシステムの開発に関するコース

    – Applied Environmental Design
    産業における漸進的な環境改善に関するコース

    – Environment and Business
    エコデザインマネジメントにおけるバリューチェーンの内部および外部における問題に関するコース

    – Technical Environmental Analysis
    プロダクトやサービスの環境に与えるインパクトの分析に関するコース

    -Internationalisation
    文化的多様性の文脈において働く学生のための準備に関するコース

    D4S – Design for Sustanability

    DfSに所属するJan Carel Diehl教授が、UNEPとの共同研究を通じて、途上国において、スモールビジネス、ミディアムビジネスを始める起業家をターゲットとして、4ヶ国語(英語、フランス語、スペイン語、ヴェトナム語)のwebおよびpdfマニュアルをまとめています[11][12]。

    具体的には、企業が利益率、プロダクトのクオリティ、市場機会、環境に対するパフォーマンス、あるいは社会に対する利益を改善するというD4Sのメソッドやコンセプトを、これらのターゲットに対して適用した実践的なアプローチを中心としており、具体的なケーススタディとして、コスタリカやモロッコにおけるプロジェクトを掲載しています。

    [11] Design for Sustainability(web)
    [12] Design for Sustainability(pdf)

    まとめ

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、TU Delftを選択し、中心となっているIDEについて、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。これまでに紹介した2つの大学・研究機関の事例の場合、D-Labは、適正技術、d.schoolは、デザイン思考というように、コースのコンセプトが明確に規定されていました。これらに対して、IDEの場合、特徴となるコンセプトは色濃く打ち出されていません。とはいえ、IDEは、学位を取得可能な学部および修士・博士課程のプログラムであるという点において、自主的なコースであり学位と関係する単位を取得することができないd.schoolやD-Labと大きく異なります。また、学生プロジェクトの例を見てもわかるように、企業との連携、特に、地元のグローバル企業であるPhilipsとの密接な繋がりから、共同プロジェクトが数多く存在します。これらのプロジェクトでは、すでにあるプロダクトの改良や、プロダクトの新規開発を通じて、成果が社会に還元される可能性が高い点もまた、魅力的であるといえるでしょう。

    さて、これまではモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいて、大学・研究機関を紹介してきました。次回は、これらとは異なる視点として、必要なモノは(現地の人が)みんなで作るDIWO(Do It With Others)の視点から、Fablabを紹介したいと思います。

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    ソーシャルイノベーションの事例 - d.school

    前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第1弾として、MIT D-Labを取り上げ、12のコースの内容とそれぞれのコースの代表的なプロジェクト例を紹介いたしました。MIT D-Labの特徴は、”適正技術と持続可能性のあるソリューションの提供”と言えます。

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第2弾として、通称d.schoolことInstitute of Design at Stanford [1]を紹介いたします。

    [1] d.school

    d.schoolの正式名称は、Hasso Plattner Institute of Design at Stanfordです。ドイツのソフトウェア企業であるSAPの共同設立者、Hasso Plattnerが、35,000,000 USドル(約31億円)を寄付し、2005年にIDEO創設者兼CEO(当時)であり、スタンフォード大学教授のDavid Kelleyがディレクターとなって設立されました。David Kelleyがディレクターであることからも容易に推測されますが、d.schoolは、彼およびIDEOの影響を強く受けており、d.schoolのキーワードは”デザイン思考”と言えます。d.schoolはデザイン思考を学び、実践するための場と考えてよいでしょう。

    ビジョン

    d.schoolは4つのビジョンをもっています。これらに共通するキーワードは、デザイン思考、チーム、コラボレーションです。以下ではそれぞれについて説明していきましょう。

    1. We believe great innovators and leaders need to be great thinkers
    (優れたイノベータ、リーダーは優れたデザイン思考の実践者である必要がある。)

    d.schoolは、デザイン思考を通じて人々を結びつける場所として設立されました。ここでは、エンジニアリング、医学、ビジネス、人文科学、教育における学生と教員が、デザイン思考を学ぶたためのハブとして機能しており、人間が中心となって、大きな問題を解決すべく協力しています。学生は、デザイン思考の方法論を別の新しい場所に適用し、新たな問題の解決を試みることを求めれています。

    2. We believe design thinking is a catalyst for innovation and bringing new things into the world.
    (デザイン思考は、イノベーションのための触媒であり、世界に新しきモノをもたらす。)

    d.schoolのコースとカリキュラムは、デザイン思考に基づいています。エンジニアリング、デザインの手法を活用するだけではなく、芸術からアイディア、社会科学から道具、ビジネスの世界から洞察を、これらの手法と結びつけています。このプロセスそのものが、異なるバックグラウンドの仲間をゴールにむかって結びつける役割を果たしています。また、d.schoolは、デザインプロセスに焦点を当てています。それは、学生に対して、あらゆる分野において革新的な結果をもたらす方法論を身につけさせたいというモチベーションに基づくものです。つまり、イノベーションではなく、イノベーションを起こす人材としての”イノベータ”を作り出すことに焦点を当てています。

    3. We believe high impact teams work at the intersection of technology, business, and human values.
    (大きなインパクトをもたらすチームは、テクノロジー、ビジネス、人間における価値の交差する場所において作用する。)

    我々の経験上、チームにおけるアイディアが、人間、ビジネス、技術的な要因を統合するときにこそ、チームにとって大きなインパクトがもたらされるということを我々は知っています。d.schoolはStanfordにおけるこれらの領域における活動を結びつけ、決して交わらないエキスパートをチームとして交わらせることを狙いとし、実際に実現しています。

    4. We believe collaborative communities create dynamic relationship that lead to breakthroughs.
    (コラボレーションをするコミュニティは、ブレークスルーをもたらす動的な関係を創りだす。)

    d.schoolは、大学や産業から様々なエキスパートが集まり、異なる視点が要求されるプロジェクトを実践する場です。まさにこの場こそが、いきいきとしたインタラクティブな環境を創り出しています。コミュニティの多様性こそが、新たなイニシアチブを確立させ、独自の規範を統合すると考えられています。コラボレーションのカルチャーは、単なるアイディアを飛び越えます。ラディカルなコラボレーションが、イノベーションのカルチャーを作り出すと彼らは信じています。

    クラス

    d.schoolのクラスは、スタンフォード大学の大学院生でなければ受講できません。これはD-Labと同様ですね。以下では2011年のSpring Semesterにおいて開講中の授業について簡単に説明してみましょう。

    Improv and Design

    即興劇による舞台とデザイン思考の交差点を模索する実践的なクラス。

    Transformative Design

    インタラクティブ技術が、行動の変化を促すべく、いかにデザインされるべきかについて調査を行うクラス。

    Creativity and Innovation

    組織における個人、ならびに、チームの創造性を刺激することに焦点をあてたクラス。

    d.medical: Design Thinking for Better Health

    アメリカの医療支出のうち75%は、生活習慣病のために使われています。患者がライフスタイルを変えることができれば、多くの問題は避けられます。このクラスでは、チームでデザイン思考を活用して、この変革にチャレンジします。

    Designing Liberation Technologies

    小さな複合的なプロジェクトチームを組織し、ケニアのNGOや会社と一緒になって、開発や民主化を促進する技術をデザインする。

    Brands, Experience, and Social Technology

    GSB(Stanford Graduate School of Business)との共同コース。Jennifer AakerのBuilding Innovative Brands (BIB) と Power of Social Technology (PoST) のコースの内容を利用し、企業は顧客や社員とのよりよい経験、会話、関係をいかにして育てるのか?ブランドを構築するためにソーシャルメディアをいかに利用すべきか?などといった疑問に対する解答を模索するクラスです。

    Launch Pad: Design and Launch Your Product or Service

    10週間で個人、あるいは、チームにて、デザイン思考を実世界の問題に当てはめて、プロトタイピング、テスト、価格設定、マーケティング、リリースまで行うクラス。

    Innovations in Education: Designing the Teaching Experience

    The School of Education, NewSchools Venture Fundとのコラボレーションによるコース。特に教師に焦点を当て、教育の改善を行うことを目的としています。

    D-Lab: Design for Service Innovation

    経済的に実現可能なサービスをに焦点を当てたプロジェクトベースのコース [2]。2011年の今季は、幼少期に重い病気を患った若年成人(18-25)向けのサービスをドメインとして設定しています。

    [2] OIT344 dLab: Design for Service Innovation

    Design for change: Poverty in America

    NPO団体のGLIDEとともに、サンフランシスコのテンダーロイン区にいるその日暮しの人々の貧困のサイクルを断ち切るためのクラス。

    Collaborating with the future: Launching large-scale sustainable transformations

    デザイン思考の方法論、行動科学のテクニック、マーケティングや普及理論の要素を含む大規模変革のための道具、統合戦略のための方法論、これら4つの要素を組み合わせるプロセスが採用されたプロジェクトベースのクラス。

    From Play to Innovation

    遊び心を付与することで、イノベーションを高めることに焦点をおいたクラス。遊びの原理や要因に関する理解を得るために、遊びの状態や、創造的な思考に対して遊びがいかに重要かについて調査します。

    プロジェクト

    上記は半期にわたって開講されるクラスの説明でしたが、以下では、半期を越えて継続されているプロジェクトについて説明します。

    K-12 Lab

    K-12 Lab [3]は、途上国の子供や学校に対して、デザイン思考を提供するためのプロジェクトです。学生らが自分自身で学ぶ責任を持つデザイン思考の場へとクラスを変容させることができるようにするために、教員に対してワークショップを開催しています。

    [3] K-12 Lab

    実際のカリキュラムや様々なリソースは、K-12 Lab wiki [4]から確認できます。例えばカリキュラムリソースのページ [5]では、プロセス(Empathy->Define->Ideate->Prototype->Test)とLevel(1->2->3->4)ごとに何を教えるべきががまとめられています。例えば、EmathyのLevel.1は、”Open-ended Questions”です。このクラスでは、学生はより深い議論を導く質問形式であるOpen-ended Questionsを学びます。例えば、この活動の何が好きですか?、どのように感じましたか?、何かを変えれるとしたら何を変えたいですか?、などの質問は、Open-ended Questionsに該当します。カリキュラムには、ゴール、クラスの長さ、グループの規模、Open-ended Questionsとは何か、なぜOpen-ended Questionsを教えるのか、どのようにして教えるのか、さらに、サンプルレッスンのフローがまとめられています。

    [4] K-12 Lab wiki
    [5] Curriculum Home Page

    Social Entrepreneurship Lab

    Social Entrepreneurship Lab [6]は、コースから生まれたプロジェクトを継続し、世界中でそのソリューションを利用できるよう、外部組織との協力、あるいは、会社の設立を支援するプロジェクトです。以下では2つの事例を紹介しましょう。

    [6] Social Entrepreneurship Lab

    Angaza Design

     

    Angazaの注目した問題点は、クリーンかつ持続可能なエネルギーです。世界中には150億人以上の人々が、電気にアクセスできません。このプロジェクトでは、そのうちの10%が存在する東アフリカをターゲットとしています。ここに住む人々は、収入の30%をケロシンなどの低クオリティで危険な燃料ベースの光源に費やしてます。

    このような問題に対するAngazaのソリューションは、東アフリカ向けのマイクロソーラーホームシステムです。本プロジェクトでは、低コスト、かつ、典型的な家庭で必要な電力を供給可能なソーラーホームシステムを市場に投入予定です。システムは、ソーラーパネル、LEDライト、携帯電話やラジオの充電や電源供給が可能な回路ボックスを含んでいます。

    The Pepper Eater Project

    The Pepper Eater Projectの注目した問題は、乾燥チリペッパーを手動で製造する女性起業家に対する、より効率的で安全なツールの提供です。エチオピアだけで466,000,000キログラムのペッパーが年間消費され、400,000人の女性がペッパーの製造に関わっています。しかしながら、現在の手法では、手が油まみれになり、目、鼻、喉が空気中のペッパーの粉で焼けてしまうという問題があります。

    このような問題に対するThe Pepper Eater Projectのソリューションは、現在の手法よりも2-4倍速く乾燥ペパーを粉々にする挽き機です。ペッパーの粉やオイルに接触する時間を制限することで、長時間の製造を可能とします。材料は安価なローカルマテリアルを採用し、実際に導入した土地で製造しています。

    HPI School of Design Thinking

    さて、Hasso Plattnerは地元ドイツ、ベルリンの郊外ポツダムにHPI School of Deign Thinking [7] を2007年に設立しました。以下では、こちらのd.schoolをPotsdam d.school と呼び、区別をしたいと思います。

    [7] HPI School of Deign Thinking

    システム

    実際に私はPotsdam d.schoolを訪問し、Dr. Claudia Nicolaiから話しを伺う機会を得ましたので、その時のメモを元に説明をしたいと思います。

    校舎はポツダム大学に隣接していますが、Potsdam d.schoolはポツダム大学とは独立しており、学生はポツダム大学の学生に限定されず、世界中から入学しているそうです。したがって、授業はドイツ語ではなく、英語で行わまれます。d.schoolとしての教育だけではなく、Stanford d.schoolとの共同研究も行っており、Hasso Plattner財団を通じた潤沢な研究資金に対して、リサーチャーはグラントの申請を行い、プロジェクトを行っている他、企業との共同研究を行っています。

    実際の教育については、半期制を採用しており、2月から7月まで夏学期が開講され、10月から2月までの冬学期が開講されています。ベーシッククラスは夏学期から開講され、2日間のキャンプののち、デザイン思考の基礎を学ぶ短期のクラスを経て、6週間のプロジェクトが実施されます。6週間のプロジェクトは、外部のNPOないし企業との共同プロジェクト形式が採用されています。

    冬学期のアドバンストクラスは、オプションのクラスであり、12週間の外部パートナーとの共同プロジェクトとなっています。学生は1つの実世界における問題に取り組み、イノベーティブなソリューションを創造し、パートナー企業において実装する方法を模索します。

    どちらのd.schoolもデザイン思考、プロジェクトという点では一致しています。しかしながら、Potsdam d.schoolのクラスは、原則外部パートナーが存在しています。この点では、Stanford d.schooolと比較して、より社会に密接に関わっているとの印象を受けます。一方で、スポンサードのクラスしか存在しないという意味では、スポンサーの存在がデザイン上の制約になるとの可能性は否定できず、スポンサーを啓蒙するような提案を学生や教員が出来ているか否かという点に興味を覚えます。

    まとめ

    今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関からd.schoolを選択肢、その特徴、クラス、プロジェクトについて説明を行いました。クラスの内容については、D-Labが適正技術に焦点を当てているのに対して、d.schoolは、デザイン思考を中心に構成されていました。また、立地的な性格から、コンピュータ技術、ビジネスに関連した要素がクラスに散りばめられていました。MIT D-Labとd.schoolは一見ソーシャルイノベーションとう視点で類似性が高く見えますが、実際には着眼点が全く異なることがわかります。

    次回は、ヨーロッパに舞台を移し、TU Delftを紹介いたします。

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