キーワードとしてのBOP

前回は、イノベーションについて、その定義と派生系について述べてきました。今回は、ソーシャルイノベーションと密接に関わっているBOP – Bottom of the Pyramid – について説明をしたいと思います。最近では、BOPもバズワード化していますが、その起源と定義について改めて整理をしてみましょう。

BOPとは何か?

BOPとは、その名が示すようにピラミッドの底部を指します。この場合のピラミッドとは、社会経済上のグループを指し,頂上側が所得上位のグループ、そして、底部に向かっていくにつれて所得が減少することを意味します。その人口分布は,ピラミッドのかたちのごとく、上から下へ向かって広がっていきます.BOPと呼ばれるグループは、このピラミッドの中で最も大きく、”財政的に”貧しいグループとされています。世界の人口は2010年10月現在で69億人。このうち先進国の人口はわずか10%にすぎず、残り90% – 約58億人 -は、BOPに属していると言われています[1]。

[1] Smith, C. E. (2007). Design for the Other 90%. New York, US, Editions Assouline.

BOPという単語そのものは、フランクリン・ルーズペルト(Franklin D. Roosevelt)によって、1932年のラジオ演説の中で初めて使われたとされていますが、一般的には、PrahaladとHartによって1988年に初めて、”1日2ドル以下で暮らす人々”と定義されました。そして、この定義が、彼らの著書[2][3]を通じて広がっていきました。

[2] Prahalad, C. K. (2004). The Fortune at the Bottom of the Pyramid: Eradicating Poverty Through Profits. New Jersey, US, Wharton School Publishing.
[3] Hart, Stuart L. (2010). Capitalism at the Crossroads: Next Generation Business Strategies for a Post-Crisis World (3rd Edition). New Jersey, US, Pearson Prentice Hall.

さて、21世紀目前の2000年9月、ニューヨークで国連ミレニアムサミットが開催されました。このサミットで採択された「国連ミレミアム宣言」に基づいて、2015年までに達成すべき目標として8つの項目からなる「ミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)」[4]がまとめられました。

1. 極度の貧困と飢餓の撲滅
2. 普遍的初等教育の達成
3. ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上
4. 幼児死亡率の削減
5. 妊産婦の健康の改善
6. HIV/エイズ、マラリアその他疾病の蔓延防止
7. 環境の持続可能性の確保
8. 開発のためのグローバル・パートナーシップの推進

これら8つの目標のうち、BOPの定義にも含まれる、現金収入に強く関連する項目が1の”極度の貧困と飢餓の撲滅”です。外務省の該当ページ[5]には目標とターゲット、および、指標が掲載されていますので引用します。

A:2015年までに1日1ドル未満で生活する人口の割合を1990年の水準の半数に減少させる。
1.1 1日1ドル(購買力平価)未満で生活する人口の割合
1.2 貧困ギャップ比率
1.3 国内消費全体のうち、最も貧しい5分の1の人口が占める割合

B:女性、若者を含むすべての人々に、完全かつ生産的な雇用、そしてディーセント・ワークの提供を実現する。
1.4 就業者1人あたりのGDP成長率
1.5 労働年齢人口に占める就業者の割合
1.6 1日1ドル(購買力平価)未満で生活する就業者の割合
1.7 総就業者に占める自営業者と家族労働者の割合

C:2015年までに飢餓に苦しむ人口の割合を1990年の水準の半数に減少させる。
1.8 低体重の5歳未満児の割合
1.9 カロリー消費が必要最低限のレベル未満の人口の割合

[4] UN, ミレニアム開発目標
[5] 外務省, ミレニアム開発目標

ミレニアム開発目標の発表以降、先進国における企業、大学、研究機関において、BOPを対象とした取り組みが増加傾向にあると考えられます。昨今ではMIT D-lab、Stanford d.school、TU Delftなどの活動が目立ち、多くのプロダクトが産み出されています。また、世界経済フォーラム(ダボス会議)では、2000年以降、社会起業家によって生み出されたモデルを推進することを目的とし、ソーシャル・アントレプレナー・シュワブ財団と共同で社会起業家を選出し、部会および総会に招待する試みが実施されています[6]。

[6] Schwab Foundation for Social Entrepreneurship

デザイン手法

10%に向けたデザイン手法

さて、BOPを対象としたプロダクト、サービス、システムをデザインを行う場合、これまで利用されてきたデザイン手法は有効と言えるでしょうか?このデザイン手法は、言うまでもなく、先進国で利用されるモノを開発するために構築された手法であり、いわば、10%の人々に向けたデザイン手法だということを頭に入れておく必要があります。

従来のプロダクトデザイン,サービスデザイン,社会システムデザインの分野におけるデザイン手法は,ユーザとモノ – デバイス,プロダクト,ソフトウェア – との関係性に主眼を置くものでした。例えば,IDEOやAdaptive Pathは,エスノグラフィのアプローチを導入することで、この関係性を解き明かそうと試みてきました。すなわち、対象の観察を重視し、ユーザとモノの関係性から解決すべき問題点を発見しようとしてきました。さらに、ここで得られた知見をもとに、架空のユーザとしてのペルソナを設定し、提案しようとする製品をペルソナがどう扱うかについてのシナリオを策定することで、より魅力的なユーザ体験を提供しようと試みてきました。

90%に向けたデザイン手法

しかしながら、BOPを対象とした場合、従来のようにモノとユーザだけでの関係性をデザインするだけでは不十分であり、”マクロ”と”ミクロ”の視点を利用したアプローチを採用する必要があると考えます。これは、BOPにおけるデザインプロセスは、グローバル経済の下で高い類似性を持つ環境、および、背景を持つユーザを対象とする、10%に向けた従来のデザインプロセスとは根本的に異なるためです。まず、各フィールドで起きている現象に着目した上で,マクロな視点からフィールドごとの特殊性を構造的に理解する必要があります。さらに、ミクロな視点として人々の関心を構造的に把握する必要があります。

Polakはその著書『Out of Poverty』において、BOPにおける問題解決のための12のステップを示していますが、最初の3点は、フィールドの特殊性を理解するためのステップであるだけではなく、人々の関心を構造的に把握するためのステップとも考えられます。BOPを対象としたデザインプロセスでは、これら2つののプロセスを経て、それぞれのフィールドに対する最適な技術を用いてプロダクト、サービス、システムを設計することが求められるのです。

Step 1: Go to where the action is.
現場へ行こう。

Step 2: Talk to the people that have the problem and listen to what they have to say.
問題のある人に話しかけ、彼らの言葉に耳を傾けよう。

Step 3: Learn everything you can about the problem’s specific context.
問題が起きている特殊な状況についてできる限り学ぼう。

Step 4: Think big and act big.
大胆に考え、大胆に行動しよう。

Step 5: Think like a child.
子供のように考えよう。

Step 6: See and do the obvious.
目に見える状態にしよう。

Step 7: If somebody has already invented it, you don’t need to do so again.
もし誰かがすでに開発済みなら、もはややる必要はない。

Step 8: Make sure your approach has positive measurable impacts that can be brought to scale. Make suire it can reach at least a million people and make their lives measurably better.
あなたのアプローチが、計測可能なポジティブなインパクトを持っていることを確認しよう。少なくとも100万人の生活をよりよくしよう。

Step 9: Design to specific cost and price targets.
目標となるコストと価格を設定し、デザインしよう。

Step 10: follow practical 3 year plans.
3年間の実践的な計画に従おう。

Step 11: Continue to learn from your customers.
顧客から学び続けよう。

Step 12: Stay positive: Don’t be distracted by what other people think.
ポジティブでいよう。他のひとの意見に惑わされないように。

[6] Polak, P. (2008) Out of Poverty: What Works When Traditional Approaches Fail.San Francisco, CA, Berrett-Koehler Pub.

なぜBOPか?

最後に、なぜBOPに注目するのか、その理由について3点ほど述べたいと思います。

まず第1に、マーケットの規模です。全人類の90%、58億人、という数字はすでに述べました。あるフィールド用に向けて開発されたプロダクトを別のフィールドでそのまま適用することはBOPの場合、難しいケースが多いと考えられますが、チャンスは単純に9倍あると考えられます。

第2に、イノベーションに対するコストの問題です。先進国におけるイノベーションの場合、最先端技術の開発に対するコストは莫大なものとなり、もはや低資本でのイノベーションは困難であると言えます。しかしながら、BOPの場合、現地での運用が前提とされ、現地のローカルマテリアルを利用するなど適正技術を用いたイノベーションが推奨されることから、先進国に比べて低資本にてイノベーションを実現する可能性が残されています。

最後に、解決すべき膨大な数の問題の存在です。水、電気、道路などのインフラから、保健衛生、教育、産業化など各フィールドごとに解決すべき問題は膨大な数に上ります。このような状況に対して、フィールドを適切に理解し、デザイン思考を活用することで、多くの問題を解決することが急務といえます。

まとめ

今回は、ソーシャルイノベーションの場としてのBOPに注目し、語義的な起源、定義、その特徴について述べてきました。これまでの説明の中で、BOPという言葉、特に、Bottomという単語に違和感を感じる方もいるのではないでしょうか。この点に関して、あくまで、収入という一軸で捉えたときの視点に過ぎないことを頭にいれておく必要があります。確かに、経済面ではBottom(底)とみなされる収入しか得られていない点は事実です。しかしながら、そのグループに属する人々が彼らの生活において必ずしも不満を抱いているというわけではないことも事実です。彼らは彼ら独自の価値観、文化に基づき満足して生活をしています。

さて、経済的には満たされなくても生活に満足している彼らに対して、わたしたちは何ができるのでしょうか?彼らの自由を尊重するならば、彼らの価値観を揺るがす権利はなく、我々の考え方を押し付けることも許されません。その点でいえば、彼らに対するプロダクト、サービス、システムの提供は必要ないのではないか?という意見すらあります。とはいえ、教育を受けたい、きれいで安全な水を飲みたい、現金が欲しい、という欲求が現地に存在することも事実です。このような欲求を抱く人々に対して、現地の価値観に沿った選択肢を提供することが重要であると私は考えています。そのような選択肢を提供した上で、最終的に現地の人々が自身の関心に基づいて判断することで、持続的な関係が構築されると考えています。

次回からは、ソーシャルイノベーションを実現してきた企業、NPO、大学、研究期間をシリーズで取り上げていきたいと思います。

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