前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第1弾として、MIT D-Labを取り上げ、12のコースの内容とそれぞれのコースの代表的なプロジェクト例を紹介いたしました。MIT D-Labの特徴は、”適正技術と持続可能性のあるソリューションの提供”と言えます。
今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第2弾として、通称d.schoolことInstitute of Design at Stanford [1]を紹介いたします。
[1] d.school
d.schoolの正式名称は、Hasso Plattner Institute of Design at Stanfordです。ドイツのソフトウェア企業であるSAPの共同設立者、Hasso Plattnerが、35,000,000 USドル(約31億円)を寄付し、2005年にIDEO創設者兼CEO(当時)であり、スタンフォード大学教授のDavid Kelleyがディレクターとなって設立されました。David Kelleyがディレクターであることからも容易に推測されますが、d.schoolは、彼およびIDEOの影響を強く受けており、d.schoolのキーワードは”デザイン思考”と言えます。d.schoolはデザイン思考を学び、実践するための場と考えてよいでしょう。
ビジョン
d.schoolは4つのビジョンをもっています。これらに共通するキーワードは、デザイン思考、チーム、コラボレーションです。以下ではそれぞれについて説明していきましょう。
1. We believe great innovators and leaders need to be great thinkers
(優れたイノベータ、リーダーは優れたデザイン思考の実践者である必要がある。)
d.schoolは、デザイン思考を通じて人々を結びつける場所として設立されました。ここでは、エンジニアリング、医学、ビジネス、人文科学、教育における学生と教員が、デザイン思考を学ぶたためのハブとして機能しており、人間が中心となって、大きな問題を解決すべく協力しています。学生は、デザイン思考の方法論を別の新しい場所に適用し、新たな問題の解決を試みることを求めれています。
2. We believe design thinking is a catalyst for innovation and bringing new things into the world.
(デザイン思考は、イノベーションのための触媒であり、世界に新しきモノをもたらす。)
d.schoolのコースとカリキュラムは、デザイン思考に基づいています。エンジニアリング、デザインの手法を活用するだけではなく、芸術からアイディア、社会科学から道具、ビジネスの世界から洞察を、これらの手法と結びつけています。このプロセスそのものが、異なるバックグラウンドの仲間をゴールにむかって結びつける役割を果たしています。また、d.schoolは、デザインプロセスに焦点を当てています。それは、学生に対して、あらゆる分野において革新的な結果をもたらす方法論を身につけさせたいというモチベーションに基づくものです。つまり、イノベーションではなく、イノベーションを起こす人材としての”イノベータ”を作り出すことに焦点を当てています。
3. We believe high impact teams work at the intersection of technology, business, and human values.
(大きなインパクトをもたらすチームは、テクノロジー、ビジネス、人間における価値の交差する場所において作用する。)
我々の経験上、チームにおけるアイディアが、人間、ビジネス、技術的な要因を統合するときにこそ、チームにとって大きなインパクトがもたらされるということを我々は知っています。d.schoolはStanfordにおけるこれらの領域における活動を結びつけ、決して交わらないエキスパートをチームとして交わらせることを狙いとし、実際に実現しています。
4. We believe collaborative communities create dynamic relationship that lead to breakthroughs.
(コラボレーションをするコミュニティは、ブレークスルーをもたらす動的な関係を創りだす。)
d.schoolは、大学や産業から様々なエキスパートが集まり、異なる視点が要求されるプロジェクトを実践する場です。まさにこの場こそが、いきいきとしたインタラクティブな環境を創り出しています。コミュニティの多様性こそが、新たなイニシアチブを確立させ、独自の規範を統合すると考えられています。コラボレーションのカルチャーは、単なるアイディアを飛び越えます。ラディカルなコラボレーションが、イノベーションのカルチャーを作り出すと彼らは信じています。
クラス
d.schoolのクラスは、スタンフォード大学の大学院生でなければ受講できません。これはD-Labと同様ですね。以下では2011年のSpring Semesterにおいて開講中の授業について簡単に説明してみましょう。
Improv and Design
即興劇による舞台とデザイン思考の交差点を模索する実践的なクラス。
Transformative Design
インタラクティブ技術が、行動の変化を促すべく、いかにデザインされるべきかについて調査を行うクラス。
Creativity and Innovation
組織における個人、ならびに、チームの創造性を刺激することに焦点をあてたクラス。
d.medical: Design Thinking for Better Health
アメリカの医療支出のうち75%は、生活習慣病のために使われています。患者がライフスタイルを変えることができれば、多くの問題は避けられます。このクラスでは、チームでデザイン思考を活用して、この変革にチャレンジします。
Designing Liberation Technologies
小さな複合的なプロジェクトチームを組織し、ケニアのNGOや会社と一緒になって、開発や民主化を促進する技術をデザインする。
Brands, Experience, and Social Technology
GSB(Stanford Graduate School of Business)との共同コース。Jennifer AakerのBuilding Innovative Brands (BIB) と Power of Social Technology (PoST) のコースの内容を利用し、企業は顧客や社員とのよりよい経験、会話、関係をいかにして育てるのか?ブランドを構築するためにソーシャルメディアをいかに利用すべきか?などといった疑問に対する解答を模索するクラスです。
Launch Pad: Design and Launch Your Product or Service
10週間で個人、あるいは、チームにて、デザイン思考を実世界の問題に当てはめて、プロトタイピング、テスト、価格設定、マーケティング、リリースまで行うクラス。
Innovations in Education: Designing the Teaching Experience
The School of Education, NewSchools Venture Fundとのコラボレーションによるコース。特に教師に焦点を当て、教育の改善を行うことを目的としています。
D-Lab: Design for Service Innovation
経済的に実現可能なサービスをに焦点を当てたプロジェクトベースのコース [2]。2011年の今季は、幼少期に重い病気を患った若年成人(18-25)向けのサービスをドメインとして設定しています。
[2] OIT344 dLab: Design for Service Innovation
Design for change: Poverty in America
NPO団体のGLIDEとともに、サンフランシスコのテンダーロイン区にいるその日暮しの人々の貧困のサイクルを断ち切るためのクラス。
Collaborating with the future: Launching large-scale sustainable transformations
デザイン思考の方法論、行動科学のテクニック、マーケティングや普及理論の要素を含む大規模変革のための道具、統合戦略のための方法論、これら4つの要素を組み合わせるプロセスが採用されたプロジェクトベースのクラス。
From Play to Innovation
遊び心を付与することで、イノベーションを高めることに焦点をおいたクラス。遊びの原理や要因に関する理解を得るために、遊びの状態や、創造的な思考に対して遊びがいかに重要かについて調査します。
プロジェクト
上記は半期にわたって開講されるクラスの説明でしたが、以下では、半期を越えて継続されているプロジェクトについて説明します。
K-12 Lab
K-12 Lab [3]は、途上国の子供や学校に対して、デザイン思考を提供するためのプロジェクトです。学生らが自分自身で学ぶ責任を持つデザイン思考の場へとクラスを変容させることができるようにするために、教員に対してワークショップを開催しています。
[3] K-12 Lab
実際のカリキュラムや様々なリソースは、K-12 Lab wiki [4]から確認できます。例えばカリキュラムリソースのページ [5]では、プロセス(Empathy->Define->Ideate->Prototype->Test)とLevel(1->2->3->4)ごとに何を教えるべきががまとめられています。例えば、EmathyのLevel.1は、”Open-ended Questions”です。このクラスでは、学生はより深い議論を導く質問形式であるOpen-ended Questionsを学びます。例えば、この活動の何が好きですか?、どのように感じましたか?、何かを変えれるとしたら何を変えたいですか?、などの質問は、Open-ended Questionsに該当します。カリキュラムには、ゴール、クラスの長さ、グループの規模、Open-ended Questionsとは何か、なぜOpen-ended Questionsを教えるのか、どのようにして教えるのか、さらに、サンプルレッスンのフローがまとめられています。
[4] K-12 Lab wiki
[5] Curriculum Home Page
Social Entrepreneurship Lab
Social Entrepreneurship Lab [6]は、コースから生まれたプロジェクトを継続し、世界中でそのソリューションを利用できるよう、外部組織との協力、あるいは、会社の設立を支援するプロジェクトです。以下では2つの事例を紹介しましょう。
[6] Social Entrepreneurship Lab
Angaza Design
Angazaの注目した問題点は、クリーンかつ持続可能なエネルギーです。世界中には150億人以上の人々が、電気にアクセスできません。このプロジェクトでは、そのうちの10%が存在する東アフリカをターゲットとしています。ここに住む人々は、収入の30%をケロシンなどの低クオリティで危険な燃料ベースの光源に費やしてます。
このような問題に対するAngazaのソリューションは、東アフリカ向けのマイクロソーラーホームシステムです。本プロジェクトでは、低コスト、かつ、典型的な家庭で必要な電力を供給可能なソーラーホームシステムを市場に投入予定です。システムは、ソーラーパネル、LEDライト、携帯電話やラジオの充電や電源供給が可能な回路ボックスを含んでいます。
The Pepper Eater Project
The Pepper Eater Projectの注目した問題は、乾燥チリペッパーを手動で製造する女性起業家に対する、より効率的で安全なツールの提供です。エチオピアだけで466,000,000キログラムのペッパーが年間消費され、400,000人の女性がペッパーの製造に関わっています。しかしながら、現在の手法では、手が油まみれになり、目、鼻、喉が空気中のペッパーの粉で焼けてしまうという問題があります。
このような問題に対するThe Pepper Eater Projectのソリューションは、現在の手法よりも2-4倍速く乾燥ペパーを粉々にする挽き機です。ペッパーの粉やオイルに接触する時間を制限することで、長時間の製造を可能とします。材料は安価なローカルマテリアルを採用し、実際に導入した土地で製造しています。
HPI School of Design Thinking
さて、Hasso Plattnerは地元ドイツ、ベルリンの郊外ポツダムにHPI School of Deign Thinking [7] を2007年に設立しました。以下では、こちらのd.schoolをPotsdam d.school と呼び、区別をしたいと思います。
[7] HPI School of Deign Thinking
システム
実際に私はPotsdam d.schoolを訪問し、Dr. Claudia Nicolaiから話しを伺う機会を得ましたので、その時のメモを元に説明をしたいと思います。
校舎はポツダム大学に隣接していますが、Potsdam d.schoolはポツダム大学とは独立しており、学生はポツダム大学の学生に限定されず、世界中から入学しているそうです。したがって、授業はドイツ語ではなく、英語で行わまれます。d.schoolとしての教育だけではなく、Stanford d.schoolとの共同研究も行っており、Hasso Plattner財団を通じた潤沢な研究資金に対して、リサーチャーはグラントの申請を行い、プロジェクトを行っている他、企業との共同研究を行っています。
実際の教育については、半期制を採用しており、2月から7月まで夏学期が開講され、10月から2月までの冬学期が開講されています。ベーシッククラスは夏学期から開講され、2日間のキャンプののち、デザイン思考の基礎を学ぶ短期のクラスを経て、6週間のプロジェクトが実施されます。6週間のプロジェクトは、外部のNPOないし企業との共同プロジェクト形式が採用されています。
冬学期のアドバンストクラスは、オプションのクラスであり、12週間の外部パートナーとの共同プロジェクトとなっています。学生は1つの実世界における問題に取り組み、イノベーティブなソリューションを創造し、パートナー企業において実装する方法を模索します。
どちらのd.schoolもデザイン思考、プロジェクトという点では一致しています。しかしながら、Potsdam d.schoolのクラスは、原則外部パートナーが存在しています。この点では、Stanford d.schooolと比較して、より社会に密接に関わっているとの印象を受けます。一方で、スポンサードのクラスしか存在しないという意味では、スポンサーの存在がデザイン上の制約になるとの可能性は否定できず、スポンサーを啓蒙するような提案を学生や教員が出来ているか否かという点に興味を覚えます。
まとめ
今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関からd.schoolを選択肢、その特徴、クラス、プロジェクトについて説明を行いました。クラスの内容については、D-Labが適正技術に焦点を当てているのに対して、d.schoolは、デザイン思考を中心に構成されていました。また、立地的な性格から、コンピュータ技術、ビジネスに関連した要素がクラスに散りばめられていました。MIT D-Labとd.schoolは一見ソーシャルイノベーションとう視点で類似性が高く見えますが、実際には着眼点が全く異なることがわかります。
次回は、ヨーロッパに舞台を移し、TU Delftを紹介いたします。
3 注釈 “ソーシャルイノベーションの事例 - d.school”