前回は、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法を紹介するにあたって、BOPのフィールドに既存のデザイン手法を適用する際の問題点を改めて説明したのち、実際のデザイン手法として、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の3つのデザインプロセスについて、構造構成主義、および、SCQRMとの関連性を踏まえつつ、説明をいたしました。
今回より6回に渡って、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践として、東ティモールで実施したフィールドワークをケーススタディとして,デザインプロセスの詳細を説明します。
具体的な流れとして、まず、フィールドワーク前に事前調査を行い、この調査結果に基づいてデザイナの関心モデルを構築いたしました(第19回)。そして、デザイナの関心モデルに基づいて関心相関的に調査項目を決定し、第1回フィールドワークに参加し、データを持ち帰り、現象マップおよびソリューションモデルを構築いたしました(第20回)。ソリューションモデルの構築プロセスを通じて導きだされた仮説に基づき、関心相関的に再度調査事項を決定し、第2回のフィールドワークに参加し、データを持ちかえり、現象マップおよびソリューションモデルを再構築いたしました(第21回)。このプロセスを通じて導きだされた修正仮説に基づきプロトタイプ(コンセプトモデル)を構築し(第22回)、このプロトタイプに基づいたビジネスモデル(第23回)を構築いたしました。
今回は、フィールドワーク前の事前調査から「デザイナの関心モデル構築」までの流れを説明したいと思います。
東ティモール
さて、今回参加したフィールドワークは、私の参加した、米国NPOコペルニク[1](*1)主催のBOP向けプロダクトデザインコンテスト(See-D)[2]のプログラムの一環として設計されたものです。本コンテストは、東ティモール[3]の無電化地域へフィールドワークを行い、フィールドワークによって得られたデータに基づいて、プロダクトをデザインすることを目的としていました。
様々な偶然が重なって私はこのコンテストに参加することになったのですが、コンテストのチーム編成は、チームでの参加を除いて原則主催者に一任されており、全参加者のバックグラウンドをもとに主催者によって行なわれました。私の所属するチームは、私(大学講師)を含めた全7名で構成されていました。各メンバの参加当時(2010年8月)のバッググランドについて以下に説明をしておきます。
1. 医療向け製品の開発経験を持つプロダクトデザイナ(デザイン事務所オーナー)
2. 国内メーカーにてコンセプトデザイン/コミュニケーションデザインに関わるデザインリサーチャ
3. 医者免許保有、バイオベンチャーに勤務経験のある政策秘書
4. 国内メーカーにて生産管理に携わるエンジニア
5. 都市計画デザインを専門とする大学生
6. ソーシャルイノベーションを専門とする大学院生
(7. エクスペリエンスデザインを専門とする大学講師)
*1) コペルニクについては第05回のソーシャルイノベーションの事例でも取り上げさせていただきました。
[1] Kopernik
[2] See-D
[3] 東ティモール マップ
このようなメンバで構成されるチームから、第1回フィールドワーク(ボボナロ地方/山岳エリア)に私が参加し、第2回フィールドワーク(ロスパロス地方/海岸地帯)にプロダクトデザイナの方が参加されました。第1回フィールドワークに参加するにあたり、主催者よりいくつかの調査資料を受取り、基本情報を得ました。以下に、東ティモールに関する説明の一部を引用させていただきます。より詳しい情報は外務省の国別ページ[4]やデータブック[5]等でご確認ください。
図1:東ティモール全域
図2:ボボナロ地方
東ティモール概要
東ティモールは東南アジアに浮かぶ島国です。1999年に国民投票によりインドネシアからの独立を選び、2002年より正式に独立共和国となっています。人口約110万人、面積15,000km2(岩手県とほぼ同じ大きさ)、2008年のGDP総額が約5億ドルの小さな国です。熱帯地域に位置する東ティモールは国土の約6割が山岳地帯となっており、北側の海岸沿いにはさんご礁が発達しています。またティモール島の南、インドネシア・オーストラリアとの国境には石油・天然ガスが埋蔵されており、その開発が期待されています。
そんな豊かな資源に恵まれた東ティモールですが、ポルトガル領時代の工業化の失敗、独立を巡る紛争による首都の破壊と続き、産業基盤が育たず、経済はいまだ脆弱です。主要な産業は農業。米・とうもろこし・コーヒーなどを栽培し、コーヒーは輸出もしています。現地の物価を反映した一人当たりGDP(PPP換算)は2001年の世界最低($500)から2008年には$2,400まで回復しましたが、未だに特に村落地域は貧しく、国民の半数以上が一日1ドル以下、7割以上が2ドル以下の収入で暮らしています。東ティモールの人々の暮らし
アジア最大のイスラム教人口を抱えるインドネシアとは対照的に東ティモールの99%以上の人はキリスト教(大半がカトリック)です。この強い信仰はインドネシアの東ティモール侵略以降、東ティモールの独立をカトリック教が支えたことで、急速に強まったといわれています。一方、東ティモールの人々の大半はメラネシア人で、多くの人がキリスト教と同時にメラネシアの伝統宗教(死者の魂が石、動物、水などに宿り幸運や災いをもたらす)への信仰も文化の一部として浸透しています。
9割以上の人々は自給自足の農業を営んでおり、生活は農作業を中心に構成されます。灌漑設備がなく雨季にしか農作物が育てられなかったり、取れた穀物をねずみなどから守れず、大半を食べられてしまったり、農業をめぐる生活の苦労話はよく聞かれます。
2001年に25%だった電化率は都市部では8割まで上がりましたが、村落地域ではいまだに2割前後です。
[4] 外務省 東ティモール民主共和国
[5] 外務省 東ティモール民主共和国 データブック(pdf)
デザイナの関心モデルの構築
さて、デザイナの関心モデルを構築するために、東ティモールに関する事前調査を、静的データを中心として行いました。ここでいう静的データとは、webや書籍で公開されている統計資料や歴史資料が該当します。今回のようにフィールドワークの主催者が存在する場合は、主催者側が提供してくれた資料を読み込むことで程度の理解が期待できますが、wikipedia(英語版)や外務省のページなど複数の情報ソースを付きあわせておくことで多角的な視点にて理解可能でしょう。
事前調査の結果、大まかな東ティモールの状況に対する認識が深まりました。例えば、東ティモールは、ポルトガルおよびインドネシアという2度の独立戦争の影響で国内システムは疲弊し、NGO、UN(国際連合)の存在なしには国家としての機能をなさない状況にあります。また、政治経済的には、東部の西部の対立、GDPの20%を占める石油依存による産業の未発達をはじめ数多くの問題を抱えています。これらの問題と関連して、インフラ面では、国内の80%は無電化地域であり、国土の大半が丘陵地のため運輸システムが未発達であるほか、医療システムの不備から健康に問題を抱える国民が数多く存在しています。このような事前調査を通じて得られた認識は、デザイナの関心の形成に大きく影響するでしょう。
事前調査ののち、研究背景、思想背景に基づきデザイナの関心モデルを構築しました(図3)。以下では関心モデル構築までの流れを説明したいと思います。
図3:デザイナの関心モデル
第1に、研究背景として、筆者はこれまで子供の創造行為支援システムのためのデザインメソッドの構築に携わってきました[6]。また、エンタテイメントシステムの構築を通じて、インタラクションを通じて楽しさを生成するためのデザインメソッドの構築[7]に携わってきました。これらに基づくデザイナの関心として、「モノそのものではなく方法論の提示」という関心が立ち現れました。
[6] The World is Canvas.
[7] Adjustive Media:フィードバックを伴うメディア作品の制作手法.
第2に、思想的背景として、Paul PolakやMartin Fisherの影響があります。Paul Polakは、問題解決における12のステップにおいて、フィールドの特殊性を理解するだけではなく、人々の関心を構造的に把握することの重要性を説いています(第03回)。Martin Fisherは、BOPに属する人々のためにモノをつくり提供しようとしても、実際には現金がなければ彼らがモノを購入できないことに着目します。そして、Fisher自身の経営するKickstart社の9つのDesign Criteria(第04回)において、現金収入獲得手段の提供(Income Generating) を第1の項目として掲げてプロダクトを開発しています。これらの思想的背景から、課題の「根本的解決」や「社会システムの構築」といった関心が立ち現れました。このような関心に基づくキーワードとして、教育や現金収入手段といったデザイン領域に対する関心が立ち現れました。これらのキーワードにもとづいて関心相関的に調査項目およびインタビュー項目を設計し、フィールドワークへ出発することとなりました。
まとめ
今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の第1回として、私の参加した東ティモールへのフィールドワークを題材に、事前調査からデザイナの関心モデルの構築、そして、調査項目、インタビュー項目決定までの流れを説明したしました。次回は、第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」のプロセスの説明をいたします。