実践 – ビジネスモデル

第19回よりソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践について紹介をしています。前回は、実践の第5回として、第1回現地テストの結果を受けてデザインした普及モデル(ver.1.0)、東ティモールにてWanic Toolkitを用いてWanicを作るヒト、および、飲むヒト向けに実施された第2回現地テスト、さらには第2回現地テストをもとに改良した普及モデル(ver.1.1)とその製造プロセスについて説明しました。

今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の最終回として、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明します。ビジネスモデルについて説明するにあたり、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、日本、途上国、先進国で構成される事業展開を説明したのち、初期の展開先として設定した東ティモールにおけるWanicのポジショニング、および、技術伝達を含む事業戦略を中心に説明します。

ビジネスモデル ver.1.0

製品ラインアップ

まず、ココナッツジュースワインをベースとするWanicシリーズとして現在展開が予定されている3つの製品(Fresh Wanic、Bottoled Wanic、Wanic Liquor)について、それぞれの特徴を説明します。

Fresh Wanicは、ココヤシの実の中でココナッツジュースを発酵させた新しいお酒です(図1)。味については、ココナッツジュースの持つ風味、新鮮さを残しつつ、見た目についても、ココヤシの実を器に使うことで、エキゾチックな魅力が引き出されます。一方で、ココヤシの実を利用することにより、長期間の保存が難しくなるため、原則生産場所と消費場所はほぼ同一と考えてよいでしょう。

図1. Fresh Wanic

Bottoled Wanicは、Fresh Wanicをココヤシの実から取り出し、瓶詰めにしたものです(図2)。Fresh Wanicの持つ風味を維持しつつ、Fresh Wanicよりも長期の保存を可能にした製品です。瓶詰めにすることで、生産地周辺の都市への運搬と消費が可能となります。

図2. Bottoled Wanic

Wanic Liquorは、Fresh Wanicをココヤシの実から取り出し、蒸留し、その後瓶詰めしたものです(図3)。Fresh Wanicの持つ風味を継承し、蒸留することで濃縮される味が特徴的です。アルコール度数も蒸留によって40度前後と上昇するため、カクテルのバリエーションも増加し、楽しみ方も変化するでしょう。

図3. Wanic Liquor

表1. Wanicシリーズの概要、強み、改良点

概要 強み 改良点
Fresh Wanic ヤシの実で発酵 新鮮さ、外観の魅力 保存期間が短い
(発酵完了から1週間)
Bottoled Wanic 発酵後瓶詰め 新鮮さ 保存期間がやや長い
(発酵完了から1年程度)
Wanic Liquor 蒸留後瓶詰め 保存期間が長い
(1年以上)
生産量が少ない
事業展開

我々は途上国、日本、日本以外の先進国という3つの地域にまたがって事業を展開していきたいと考えています。事業展開における3地域の関係性を図4に示します。これら3地域に対して2つのフェーズで事業を展開したいと考えています。

図4. Wanicビジネスを巡る日本、途上国、先進国の関係性

1st フェーズ

まず、最初の事業を途上国からスタートします。まずは、Wanic Toolkitの製造、Fresh Wanic、Bottoled Wanic、Wanic Liquorの製造および販売までの完結したサイクルを、ディリにて1つの店舗を中心に構築したいと考えています。店舗といっても単独で専門店を経営するわけではなく、ターゲットが集まりやすいホテルやレストランなどといったWanicシリーズの卸先としての店舗です。この1店舗はモデル店舗としての役割を担い、日本やその他の先進国からのゲストをWanic体験ツアーとして招待し、試飲会を開催する機能をも併せ持っています。

2nd フェーズ

途上国での小さなサイクルを構築したのち、日本や先進国へのBottoled Wanic、Wanic Liquourの輸出を行います。各国に対して1社のパートナー企業を設定し、パートナー企業にWanicシリーズの購入権を付与します。あるパートナー企業に製造権を付与する場合、我々の持つWanic製造に関するレシピやノウハウを当該企業に提供します。これに対する対価としてレベニューシェアが考えられます。この点について、レベニューシェアの比率を通常の事業会社の行う一般的なレベニュー契約と比較した場合、低めに設定する代わりに、製造プロセスにおける現地対応(現地の環境を破壊するような大規模生産等は行わないなど)に関するルールを契約に盛り込むことを考えています。
また、我々自身で先進国向けのWanic Toollkitの小規模生産をスタートする予定です。DIYによる酒製造が法律上問題のない国、かつ、ヤシの実を入手可能な国(アメリカ、オーストラリアなど)に対して、オンライン販売を行いたいと考えています。

我々は、最初に事業を展開する途上国として東ティモールを設定しました。この選択は、東ティモールへのフィールドワークからこのプロジェクトが始まったこと、東ティモールでお世話になった人々に対して何らかの恩返しをしたいという思いに基づいています。以下では、最初の事業展開先として選択した東ティモールについて、Wanicシリーズのポジショニング、事業戦略、ソリューションモデル(ver.1.1)上の間接的効果について説明します。

ポジショニング

さて、東ティモールにおいて存在する既存の主要な酒と比較した場合の、Wanicの市場におけるポジショニングを図5に示します。ここで扱うWanicは、ココヤシの実を用いたFresh Wanic、Fresh Wanicを蒸留したWanic Liquorの2種類とします。まず、既存の酒のターゲットを分析するために、横軸に所得(観光客-現地人)を設定し、縦軸にイベント性(特別-日常)を設定しました。この座標空間において、すでに流通しているヤシ酒のTuak(トゥアック)は、日常的なシチュエーションにおける低所得層を、ヤシ酒を蒸留したArack(アラック)は、日常的と特別なシチュエーションの中間における低所得者層を、ビールは、日常的なシチュエーションにおける富裕層をターゲットとして設定していると分析しました。そして、Wanic、Wanic Liquorは、既存の酒がターゲットとして設定していない、「特別なシチュエーション」における「富裕層」をターゲットとして設定しました。この特別なシチュエーションとして想定される場所は、ウエディングパーティ、ホテルのバー、あるいはレストラン、想定される顧客は、海外からの旅行者、現地富裕層が考えられます。

図5. Wanic、Wanic liquorのポジショニング

事業戦略

WanicおよびWanic Liquorを用いた事業戦略・技術伝達モデルを図6に示します。本事業には、我々が現地パートナーと共同で設立するWanic.Timor、現地のWanic Toolkit製造者、Wanic製造者、Wanic Liquor製造者の5つのステークホルダーが存在します。事業開始当初のWanic.Timorの主たる事業内容は、Wanic Toolkit製造、Wanicシリーズの製造・販売・輸出ですが、ステップごとに技術移転を行うため、事業内容はステップごとに変化していきます。

図6. Wanic、Wanic Liquor の事業戦略・技術伝達

まず、ステップ1では、Wanic.Timorは、Wanic Toolkit製造、Wanic Liquorの製造、Wanic Liquorの販売を行います。Fresh Wanic製造は、Wanic.TimorがWanic Toolkitを提供し、Wanic.Timorの指導によりWanic Makerとしての現地人が行います。Wanic Makerの対象は、ココヤシの実を入手可能で、保存スペースを確保でき、余剰時間がある現地人と設定しています。ステップ1では、Wanic.TimorがWanic Makerの制作したFresh Wanicを買い取り、蒸留してWanic Liquorを製造し、パッケージングまでを行い、ホテル、レストランに販売します。

次に、ステップ2では、Wanic.Timorは、Wanic Toolkit製造、Fresh Wanicの販売、Wanic Liquorの販売・輸出を行います。Wanic.Timorは、Wanic Makerの製造したFresh Wanicを買い取り、ホテル・レストランで販売します。また、Fresh Wanicの製造を行う現地人に対して蒸留方法の技術移転を行います。この結果製造されたWanic Liquorを買い取り、ホテル・レストランで販売する他、日本を含む先進国に対して輸出します。

最後に、ステップ3では、Wanic.Timorは、Fresh Wanicの販売、Wanic Liquorの販売・輸出を行います。ステップ3では、Wanic Toolkit製造に関する技術を現地人に移転します。これにより、技術移転が完了し、販売・輸出のみが事業内容となります。現地人は、Wanic Masterとして、Wanic Toolkitの生産、Wanic / Wanic Liquorの製造までを担います。

本事業戦略は、ソリューションモデル(ver.1.1)において示したデザイン上の制約(地形の複雑さ、非効率な運搬方法、原始的な運搬システム、ディリと地方の格差、保管・運搬用の容器)を念頭において設計されました。Wanic Toolkitを用いて製造されるWanicのみを商材とした場合、これらの制約条件が解消されません。ゆえに、長期間の保存が可能となる、蒸留を経たWanic Liquorを新たな製品として事業展開に組み込んでいます。地形が複雑であり、非効率な運搬方法、または、原始的な運搬システムしか存在しない東ティモールであっても、ボトリングや蒸留を行うことで、地方からホテルやレストランの存在する首都ディリまで製品を運搬することが可能となります。

ビジネスモデル考察

Wanic、およびWanic Toolkitを用いた事業の課題として、モラル・治安の悪化、および、特許の有効性が挙げられる。まず、簡単においしい酒が製造できるようになることで、治安の悪化、モラルの低下が起きるのではないかという指摘を受けました。これを解決するためには、現状、東ティモールには、酒に関する法律(製造、販売、飲酒制限)が存在しないため、政府に対して法整備を働きかけ、社会問題化を未然に防ぐことが望ましいと考えています。また、特許は、アジアのその他の国々と同様に、法整備が進んでおらず、悪質なコピーが横行しがちです。酒作りのためのツールキットの悪質なコピーは、酒造りのプロセスを通じた衛生概念の普及という狙いに悪影響を及ぼすでしょう。これを解決するためには、日本、EC、アメリカにて特許を取得するという方針も可能ですが、オープンソースハードウェアの思想のもと、ツールキットに関する情報を積極的に開示するという方向性も考えられます。

まとめ

今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の最終回として、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明しました。ビジネスモデルについて説明するにあたり、まず、Wanicシリーズの製品ラインナップ、途上国、先進国の関係を説明したのち、初期の事業展開先である東ティモールにおけるポジショニング、技術伝達を中心とした事業展開、ならびにその考察について説明しました。

これらのモデルは、あくまで初期の想定したプランにすぎず、今後フィールドで実際に小規模なサイクルを構築していく中で変化していく可能性が高いでしょう。しかしながら、「貨幣経済というシステムの中で、変化を望む者が変化を実現するために現金獲得手段を提供する」というモチベーションと、「現地の人々の持つ価値観や文化と共存したものづくり」というデザインコンセプトを維持しながら、活動を継続していきたいと考えています。

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