実践 – 東ティモールへの第2回フィールドワーク

前回より、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践について紹介をしています。前回は、実践の第2回として、私の参加した米国NPOコペルニク主催のSee-D Contestのプログラムである東ティモールへのフィールドワークのうち、ボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」のプロセスについて説明をいたしました。

今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の第3回として、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」のプロセスについて説明をいたします。

第2回フィールドワーク

第2回フィールドワークは、2010年8月26日-9/4日の期間にて行われました。第2回フィールドワークのエリアは、海岸エリアのロスパロス地区[1]にて行われました。ロスパロス地区は、ラウテム県[2]の一地区で、首都ディリから東に248kmに位置し、地区の人口は2万5417人(2004年)です。以下では、まず第2回フィールドワークのスケジュールについて説明したいと思います。

[1] ロスパロス地区

[2] ラウテム県

図1. ロスパロス地区

図2. ラウテム県

8月26日-28日
第2回フィールドワークの前半は、See-D代表の方により、ディリを中心に様々な団体に対してインタビューが行われました。26日にIFC(国際金融公社)、WB(世界銀行)、UNDP(国連開発計画)、具体的には、27日に、APHEDA(Australian People for Health, Education and Development Abroad。オーストラリアの労働組合が母体の国際NGO)、CCITL(Chamber of Commerce and Industry Timor-Leste)、Moris Rasik(東ティモール最大のマイクロファイナンス機関)、HARBIRAS(東ティモールの環境NGO)、PDT(Peace Dividend Trust。東ティモール産の製品を買うことを推進しているNGO団体)、UNICEF、28日にAFMET(東ティモール医療友の会)に対してインタビューが行われました。

8月30日-9月4日
第2回フィールドワークの後半は、ワークショップ参加者により、ロスパロス地方にてフィールドワークが行われました。第1回に私たちが訪問した東ティモール大学工学部のProf.Marfimが案内者となって、Pitileti村を訪問し、観察やインタビューを行いました。

第2回フィールドワークについても、第1回フィールドワークと同様に2つの制約 – 調査場所の制約と言語の制約 – が存在しました。さらに、第2回フィールドワークでは、第3の制約が存在しました。この第3の制約とは、参加者の制約です。第1回フィールドワークでは、私自身が参加したため、自分で観察を行い、インタビューを実施することができました。しかしながら、第2回フィールドワークでは、筆者の所属したチームの別のデザイナによって、調査が行われました。当該デザイナは、チームの各メンバが関心相関的に設定した調査項目およびインタビュー項目に基づいてフィールドワークを行うよう依頼されていました。

以下に、第2回フィールドワークのために私が用意した関心相関的調査項目およびインタビュー項目(表1)と、フィールドノートの抜粋(表2)を示します。表2は、実際には、元コンサルタントの方が作成したインタビューレポートです。要点がわかりやすくまとまっており、現象マップを構築する際にも非常に役立ちました。

表1. 関心相関的調査・インタビュー項目

調査テーマ:現金収入のための手工芸
調査の視点:現金収入を獲得するための家庭内手工芸は成立するか?

1. 調査項目:容器・かご

1.1 調査方法
インタビュー,観察

1.2情報源
住民,バザールの出店者

1.3 撮影してきていただきたいもの
かご,容器,その他馬にモノを運ばせるときに使う道具

1.4 インタビュー内容

– 容器一般
Q1. 農作物,商品を何に入れて運んでいるのか?
Q2. (Q1の答えを聞いて)なぜそれを使っているのか?

– 制作経験
Q3. 竹やバナナの葉などを使ってかごを編んだ経験はあるか?
Q4. (Q3でYesの場合) それらを売ったことはあるか? またいくらで売れたか?
Q5. (Q4でYesの場合) 家庭内でモノを作る時間はあるか?また誰の手が空いているか?

2. 調査項目:家

2.1 調査方法
インタビュー,観察

2.2 情報源
住民

2.3 撮影してきていただきたいもの
家の建材,屋根

2.4 インタビュー内容

– 家を立てる人
Q1. 誰が家を建てるのか(大工or自分たち)?
Q2. (Q1で自分たちの場合)なぜ自分たちで作るのか?
Q3. (Q1で自分たちの場合)家を作る方法は誰から習うのか?
Q4. (家を作る)大工という職業は存在するのか?
Q5. (Q4でYesの場合)大工に依頼することと自分たちで家を作ることはどちらが好まれるか?

– 建材
Q6. 家の建材は主に何を使っているのか?
Q7. (Q1で自分たちの場合)家の建材はどこで手にいれているのか?
Q8. (屋根にトタンを使っている場合)なぜ屋根にトタンを使うのか?

表2. フィールドノーツ(抜粋)

Title: PDTミーティング
Interviewee: Ilidio Ximenes da Costa (Vice Director matchmaking & public relation) Eduardo da Costa(TDS Associate)
Interviewer: xxxx, xxxx
Date: 8/27/2010

Summary:
PDT(Peace Dividend Trust)は東ティモール産の製品を買うことを推進しているNGO団体。外資企業に地元企業を紹介し、パートナーシップを組んだり、地元企業からの購買を促進することで、産業育成を図ることをミッションとしている。地元企業を紹介するのが仕事なので、パートナー探しの時にはぜひ利用してほしい。ウェブサイトに企業の一覧も載せている[3]。
地方での問題は「マーケット情報の不足」「道路インフラの不足」「スキル不足」の三点。政府の地元作物の買い上げ政策もかえって市場をゆがめて問題を起こしている。

Detail:
PDT(Peace Dividend Trust)は東ティモール産の製品を買うことを推進しているNGO団体。外資企業に地元企業を紹介し、パートナーシップを組んだり、地元企業からの購買を促進することで、産業育成を図ることをミッションとしている。地元企業を紹介するのが仕事なので、パートナー探しの時にはぜひ利用してほしい。ウェブサイトに企業の一覧も載せている[3]。
– 現在、PDTは6つの県に支部を設けている。Lautem県のロスパロスにもある。
– PDTはCCITLや政府とも協力しながら、海外企業へ地元企業の仲介を行っている。すべて無料なのでぜひ利用してほしい。

地方での問題は「マーケット情報の不足」「道路インフラの不足」「スキル不足」の3点。政府の地元作物の買い上げ政策もかえって市場をゆがめて問題を起こしている。
– 地元で作物が採れたり製品を作っても、どこに行って誰に売れば良いのかわからない。情報の不足が大きな問題。PDTはこのMissing linkをつなげることでこれまで$9MM以上のビジネスを実現させた。
– 道路インフラの不足も大きな問題。モノが地方で手に入らないため、メンテナンスはすべてディリに行かないとできないのだ。水・衛生関連の製品にしても、土木事業の道具にしても、ディリまで行かないと手に入らない。地元ではメンテナンスできない。
– 人々のスキル不足も大きな課題。せっかく地元の会社が機械を持ってもどうやって使うのか、どうメンテするのか、どこから部品を調達するのかがわからないので、使われないことも多い。一般的なビジネススキル(帳簿のつけ方など)がないことも問題だ。NGOなどは数ヶ月のプロジェクトのみで帰ってしまう。そのような短期間ではCapacity building(能力開発)はできない。
– 人々のメンタリティーも問題。多くの援助が続き、人々が援助・政府などの公共機関に頼る癖がついてしまった。
– 政府の「People plan, government buy」政策はかえって市場をゆがめている。政府が突然、高い価格で農作物を買い始めたために、地元の買い付け業者が軒並み倒産した。それによって失業率が上がっている。
– 一方で、政府は高く買い付けた作物をそのまま高い価格で売っているため、売れずに多くが倉庫に残っている。保存方法が悪く、作物の質が悪くなってしまうのもその原因。政府はものの売り方を知らない。

[3] Peace Dividend Trust

フィールドの概念抽出および現象マッピング

さて、第2回フィールドワークからの帰国後、共有されたフィールドノーツをもとに、東ティモールにおける現象マップを作成しました(図3)。各現象をもとに概念化を行った結果、「健康上の問題」「低い公衆衛生観念」「原始的な家の構造」「家族中心の文化」「保守的な姿勢」「人々のスキル不足」「国民の依存体質」「政府の関心」「少ない産業」「新たな特産品」「保管・運搬用の容器」「ディリと地方の格差」「道路インフラ不足」「水質問題」「雨季と乾季の差」「少ない娯楽」の16概念が抽出されました。さらにこれらの概念をもとにカテゴリ化を行ったところ、「衛生」「価値観」「産業」「保管・運搬」「気候/風土」の5カテゴリが抽出されました。。これらの概念を用いてソリューションモデル(ver1.1)を構築します。

図3: 第2回フィールドワークに基づく東ティモールの現象マップ(ver1.1)

なお、第2回フィールドワークの結果、ロスパロス地区では、ココヤシを用いて容器やカゴを作る技術が一般的に普及していることがわかりました。さらに、すでに技術が普及しているにも関わらず、現金収入向上に貢献できていないことがわかりました。したがって、ソリューションモデル(ver.1.0)において構築した仮説はデザイナの設定した目的としての現金収入向上に照らし合わせた結果、妥当性に欠けることがわかりました。この点を踏まえ、第2回フィールドワークの結果得られた概念を用いてソリューションモデル(ver.1.1)を構築するにあたって、別の仮説を構築する必要があります。

ソリューションモデルの再構築

第2回フィールドワーク終了後、チームで情報共有およびブレインストーミングを行い、解決すべき課題を設定し、課題に対するソリューションを決定しました。この課題とソリューションは、第2回フィールドワークを通じて制作・共有されたフィールドノーツに基づく現象マップをもとに構築されたソリューションモデル(ver.1.1)を用いて説明可能です。

図4:第2回フィールドワークに基づくソリューションモデル(ver.1.1)

まず、解決すべき問題として、「少ない現金収入」、そして、問題の原因をモデル(ver.1.0)から継承しました。この問題に対する解決手段として、ココヤシを用いた酒作りのためのツールキットを仮説として新たに設定しました。

すでにココヤシを原料とする酒として、樹液を自然発酵させて作るトゥアック(Tuak)はPalm wine[4]として、東南アジアにおいて広く普及しています 。また、Tuakを蒸留させたアラック(Arrack)も同様に普及しています 。さらに、ココヤシは酵母の原料や砂糖の原料として現地で利用されています。これらの2つの現象を踏まえた場合、本仮説は、保守的な姿勢をもつ現地人の関心と矛盾しません。また、家族中心の文化のもとで様々な催事が行われており、このような場ではすでにお酒を飲む習慣は確立しています。より美味しい酒を提供する本仮説は、現地人の関心と矛盾しません。

[4] Palm wine

このような仮説を通じて直接的に解決可能な現象について説明します。まず、簡単に楽しくお酒を作れるキットを構築することで、強い依存体質の国民性であっても酒作りという楽しさを含む仕事であれば従事する可能性が高いと考えました。また、段階的なスキル伝達プログラムを同時に提供することで、スキル不足の現地人にとってもお酒作りに必要なノウハウを獲得できます。さらに、酒作りには発酵や蒸留のプロセスで衛生に関する知識が求められます。お酒作りを通じてこれらのノウハウを伝達することで、低い公衆衛生観念を払拭させ、健康上の問題も解決可能となると考えられます。また、作られたお酒は産業の少ない東ティモールの新たな特産品となる可能性も高いでしょう。しかしながら、地形の複雑さ、非効率な運搬方法、原始的な運搬システム、ディリと地方の格差、保管・運搬用の容器といった現象はデザイン上の制約として存在します。これらはツールキットのデザインだけではなく、ビジネスモデルのデザインを行う過程で何らかの解決策を提示する必要があります。

ココヤシに注目した契機については、 チームのメンバがブレインストーミングの場にココヤシを持ち込んだことが大きいと言えます。フィールドノーツの情報を整理した結果、ココヤシは、以下の3つのメリットを持つことがわかりました。

第1のメリットは、豊富な資源です。ココヤシは、現地では道端で1ドル程度にて観光客に販売されているだけではなく、ほとんど売れ残っているほど豊富に存在します。したがって、安価で大量に仕入れ可能です。

第2にのメリットは、良質な水分です。一般的に酒を製造する場合、良質な水が必要となります。良質な水が確保できるならば、ボボナロ県ではキャッサバが多く生産されていたことを踏まえると、キャッサバを使った焼酎の生産も可能でしょう。しかしながら、ロスパロス地区のある村で採取した水の硬度は200を越えており、石灰質を多く含むことがわかりました。この硬度は、人体に影響を及ぼほど高いため、採取された水をそのまま利用することができません。一方で、ココヤシの実の内部には、滅菌され、かつ、糖分を含んだ水分(ココナッツジュース)を含んでいることから、これを酒作りに利用可能できます。

第3のメリットは、耐久性の高い容器です。従来のTuakは、雑菌や空気の混入、あるいは、気温の変化により味が劣化し、長期間の保存に耐えないという問題を孕んでいます。これに対してココヤシの実は、耐久性・密閉性が高く、保存容器として利用可能です。

デザイナの関心モデルからチームの関心モデルへ

第2回フィールドワーク後のチームとしてのデザイナの関心モデル(ver1.1)は図5のように修正されました。各デザイナの関心として「現金収入獲得」「人材育成」「公衆衛生」「資源の最大活用」が立ち現れました。これらの関心を満たすソリューションとして、ココヤシを用いたお酒作りキットという仮説が立ち現れました。現金収入獲得という関心はデザイナ(筆者)の関心(ver.1.0)から継承した関心ですが、それ以外の関心は、ブレインストーミングを通じて、チームの各メンバに立ち現れたものです。

図5:第2回フィールドワーク後のチームの関心モデル(ver1.1)

まとめ

今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の第3回として、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」のプロセスについて説明しました。

構造構成主義的プロダクトデザイン手法は、フィールドの複雑性の構造的な理解、ならびに、デザイナとユーザとしての現地人の信念対立の解消を実現することを目的とし、「デザイナの関心モデルの構築」、「フィールにおける概念抽出および現象マッピング」、「ソリューションモデルの構築」という3つのステップを通じて、BOPにおける創造的な問題発見/設定だけではなく、創造的な問題解決方法までを同時に担保する非常に強力なデザインツールです。本手法の強みは、Ideationプロセスに存在し、すでに第18回において、本手法の限界として触れたように、仮説構築から問題解決まで、本手法は、特長的なツールを提供していません。

次回より、ソリューションモデル構築以後の「プロトタイピングと現地テスト」として、コンセプトモデル、第1回ユーザテストついて述べます。なお、「プロトタイピングと現地テスト」のステップでは、構造構成主義的インタビュー設計法以外、本デザイン手法を用いていません。しかしながら、仮説構築から問題解決までのプロセスにおいて、プロトタイピングと現地テストの重要性を強調するために、掲載することとしました。

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