前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から第2弾として、d.schoolことHasso Plattner Institute of Design at Stanfordを選択し、その特徴、クラス、プロジェクトについて説明を行いました。d.schoolの最大の特徴は、デザイン思考であり、さらに、コンピュータ技術、ビジネスに関連した要素がクラスに散りばめられていました。
今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第3弾として、舞台をヨーロッパへと移し、TU DelftことDelft University of Technology[1]を紹介いたします。
[1] TU Delft
Stanford d.schoolや、MIT D-Labと同様に、TU Delftもまた、全ての学部でソーシャルイノベーションに取り組んでいるわけではありません。Industrial Design Engineering (IDE)プログラム[2]が中心となってこの領域に対する研究を行っています。IDEは、1965年に設立された、学部および修士・博士向けのプログラムで、”人々が使いたくなものを作る”をモットーに、病院のベッドからドライヤーまで、携帯電話からウェブサイト、企業CIまでをデザインしています。
Studens Projects
IDEにて、修士学生向けに”Advanced Products”が開講された2002年以降、学生プロジェクト[3]として、BOPプロダクトが数多く開発されてきました。学生プロジェクトとはいえ、多くの場合、メーカーや現地協力団体とのコラボレーションを行っており、すでに商品化されたものを改良したプロジェクトや、実際に新規商品としてリリースされたプロジェクトが数多く存在します。例えば、第05回 Kopernikの記事中にてすでに紹介した”Lifestraw”もAdvanced Productsの学生プロジェクトから生まれたプロダクトです。以下では学生プロジェクトとそこで生まれたプロダクトをいくつか紹介してみましょう。
[2] Industrial Design Engineering
[3] Students Projects
調理エリアの環境改善
Marieke Bijtelaarは、USのNPOであるHelps Internationalが開発したオイルストーブの改良を行いました。従来、グアテマラの貧しい人々は、薪を使って料理をしていましたが、目や呼吸器に問題を引き起こしていました。このような問題に対して、Helps International社は、オイルストーブを開発しましたが、グアテマラの人々は依然として薪と竈を使い続い続けていました。この状況を改善するためにMarieke Bijtelaarは、2つの対策を行いました。まず第1に、煙突型のヒータの導入です。煙突からの余熱を利用して、調理スペースを温めることができます。第2に、ストーブの周辺に設置するテーブルを導入しました[4]。
[4] Improving the climate of cooking areas
天然繊維のドア・窓への利用
NPSP Composites社は、天然繊維の合成物を製造するための手法を開発し、この技術をインドなどの低所得の人々に対して、彼らの利益とすることができるような使用方法を模索していました。Joan Boekhovenは、住宅環境にこの技術を応用し、ドアや窓を天然繊維で製造しました[5]。これらは軽量であることから、設置コストが安く、またメンテナンスも容易です。また、腐食に強く、防虫効果もあります。さらに、木のように膨らむことがないというメリットもあります。
[5] Natural fibres in doors and windows
初期がん検出のためのスクリーニングデバイス
インドの地方では口腔がんは主要な医療問題の一つと化しています。PhilipsとManipal Academyは、共同で口腔がんを検出するポータブルデバイスを開発するプロジェクト[6]を立ち上げ、フィールドワークを通じて、プロダクトのデザイン要件を決定することから始めました。例えば、噛みタバコは口腔がんの一つの主要な原因であり、いまだ人気のある嗜好品であることがわかりました。また、現地の人々の口腔衛生状態は極めて低く、医療施設やスタッフも限られていることがわかりました。プロダクトの開発後、フィールドテストを通じて、携帯性、測定法、インタフェース、多機能性などが改善されました。現在では、NGOの協力とともに、患者数を減らすことに成功しています。
[6] Screening device for early cancer detection
カンボジアのソーラーライト
Kamworks社は、カンボジアにおける社会問題と、各地方において太陽光を利用したライトを生産する機会として太陽エネルギーを考えるスタートアップ企業である。Stephen Boomは、カンボジアの現地調査に赴いたところ、ソーラーエネルギーは高価で雨季に十分なエネルギーを確保できないと現地人が思っていると結論づけました。その上で、現地での製造可能性を調査し、最終的に地元の小売業者にとって、クオリティとメンテナンスが重要課題であることがわかりました。これらの調査に基づいて、型はローカルマテリアルから製造し、射出成形(Injection Molding)より安価なバキューム成形を用いたAngkor Lightを開発しました[7]。
[7] Solar Lighting in Cambodja
デザインナレッジフレームワーク: Design4Billionsk
BOPマーケットのためのプロダクトデザインに対する関心は非常に高まっているものの、実際にプロダクトを作るための広範な知識は依然として失われたままです。Design4Billions[8]は、この知識のギャップを埋め、デザイナのプロダクト開発をサポートするためのフレームワークを構築することを目的としてスタートしました。
このフレームワークは以下の4つの観点に注目し、構成されています。
– グローバルコンテキストにおけるDesign4Billionsの占める”ポジション”
– BOPプロダクト開発における”ステークホルダー”
– BOPのためのデザインを行う”デザイナ”
– Design4Billionsにおける”コラボレーションスペース”
特に、BOP Library[9]を中心に、webリソースや書籍に関する情報をアーカイブしており、有用性も高いと考えられます。
[8] Design4Billions Knowledge Framework
[9] Design4Billions
Design for Sustainability
Students Projectsだけではなく、IDEに存在する3つの学科のうちの1つ、Design Engineeringの、さらに1セクションに当たる、Design for Sustainability(DfS)[10]もまた、ソーシャルイノベーション関連の研究に取り組んでいます。Design for Sustainabilityは、”持続可能性”に注目したプロダクトやサービスをデザインする企業や研究機関を助けるための、メソッドやツールの開発、テスト、普及をミッションとしいます。以下では、いくつかのコースとともに、UNEP(国連開発計画)との共同プロジェクトであるD4Sを紹介いたします。
[10] Design for Sustainability
コース
– Basic Environmental Sciences
プロダクトデザインに関連した環境問題を紹介するコース
– Life Cycle Engineering & Design
プロダクトデザインにおける持続可能なマテリアル、テクノロジーの適用に関するコース
– Product Service Systems
持続可能性のあるプロダクトやサービスシステムの開発に関するコース
– Applied Environmental Design
産業における漸進的な環境改善に関するコース
– Environment and Business
エコデザインマネジメントにおけるバリューチェーンの内部および外部における問題に関するコース
– Technical Environmental Analysis
プロダクトやサービスの環境に与えるインパクトの分析に関するコース
-Internationalisation
文化的多様性の文脈において働く学生のための準備に関するコース
D4S – Design for Sustanability
DfSに所属するJan Carel Diehl教授が、UNEPとの共同研究を通じて、途上国において、スモールビジネス、ミディアムビジネスを始める起業家をターゲットとして、4ヶ国語(英語、フランス語、スペイン語、ヴェトナム語)のwebおよびpdfマニュアルをまとめています[11][12]。
具体的には、企業が利益率、プロダクトのクオリティ、市場機会、環境に対するパフォーマンス、あるいは社会に対する利益を改善するというD4Sのメソッドやコンセプトを、これらのターゲットに対して適用した実践的なアプローチを中心としており、具体的なケーススタディとして、コスタリカやモロッコにおけるプロジェクトを掲載しています。
[11] Design for Sustainability(web)
[12] Design for Sustainability(pdf)
まとめ
今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、TU Delftを選択し、中心となっているIDEについて、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。これまでに紹介した2つの大学・研究機関の事例の場合、D-Labは、適正技術、d.schoolは、デザイン思考というように、コースのコンセプトが明確に規定されていました。これらに対して、IDEの場合、特徴となるコンセプトは色濃く打ち出されていません。とはいえ、IDEは、学位を取得可能な学部および修士・博士課程のプログラムであるという点において、自主的なコースであり学位と関係する単位を取得することができないd.schoolやD-Labと大きく異なります。また、学生プロジェクトの例を見てもわかるように、企業との連携、特に、地元のグローバル企業であるPhilipsとの密接な繋がりから、共同プロジェクトが数多く存在します。これらのプロジェクトでは、すでにあるプロダクトの改良や、プロダクトの新規開発を通じて、成果が社会に還元される可能性が高い点もまた、魅力的であるといえるでしょう。
さて、これまではモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいて、大学・研究機関を紹介してきました。次回は、これらとは異なる視点として、必要なモノは(現地の人が)みんなで作るDIWO(Do It With Others)の視点から、Fablabを紹介したいと思います。