前回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関の第3弾として、TU Delft Industrial Design Engineering(IDE)を選択し、その特徴、プロジェクトについて説明を行いました。IDEの場合、MIT D-Labや、Stanford d.schoolと異なり、明確なコンセプトは打ち出されていませんが、学位を取得可能な学部、修士課程、博士課程にてソーシャルイノベーションに関する研究を行うことができること、また、Philipsをはじめとする企業等の外部団体とのコラボレーションが盛んであることから、プロダクトとして社会に対する実質的な貢献が可能であることが特徴といえるでしょう。
今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学および研究機関の第4弾として、FabLab[1]を紹介したいと思います。これまで紹介してきた3つの組織は、研究者や企業がモノを開発し、製造し、普及させる、あるいは、そのモノを使ってビジネスを起こす、という視点に基づいていました。一方で、FabLabは、必要なものをみんなで作る”DIWO(Do It With Others)”を基本理念に置いています。FabLabはMITからスタートしましたが、すでに世界中に展開されており、ここ日本においても、2010年春にFablab Japan[2]が設立されて以来、注目を浴びつつあるだけではなく、2011年5月には鎌倉に日本初のFabLab[3]がオープンいたしました。
[1] FabLab Main
[2] FabLab Japan
[3] FabLab Kamakura
まず、FabLab Japanのウェブサイトよりファブラボとは何かについての具体的な説明を引用をしてみましょう。
ファブラボとは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークです。「Fab」には「Fabrication(ものづくり)」と「Fabulous(愉快な、素晴らしい)」という2つの意味が込められています。ファブラボは、次世代のものづくりの「インフラ」だといえます。インターネット(というインフラ)が普及することによって、誰もが自由に情報発信することができるようになったように、ファブラボ(というインフラ)が各地に普及することで、誰もが自由にものづくりを行えるようになることが期待されています。そして、いずれは3次元プリンタやカッティングマシンが一家に一台普及する時代がやってくると考えられています。
また、FabLabの定義についても同ウェブサイトに掲載されています[4]。
1. ファブラボ憲章(下記参照)の理念に従って運営され、ファブラボ憲章を印刷して掲示してあること
2. 少なくとも週1日は市民に一般公開されていること
3. 世界のファブラボ標準機材を最低限揃えていること(2011年現在、レーザーカッター、CNCミル、ペーパーカッター、ビデオ会議システム。ただしこのセットアップは過渡的なものであり、ファブラボ標準機材は毎年少しずつ進化していきます)
4. ウェブ環境を活用して、ものづくり知識やデザイン等の共有活動(オープンソース化)に取り組んでいること
5. 世界FabLab会議で登録され、世界中のfablabberに「ここにもあるよ」と認知されること
歴史
次にFabLabの歴史について紹介しましょう。FabLabは、MITメディアラボにおいて、The Grassroots Invention Group)(GIG)とThe Center for Bits and Atoms (CBA)の協働プログラムとして生まれました。現在、GIGはすでに活動を停止していますが、CBAが中心となって活動を続けています。特に、MIT 教授であり、Center for Bits and Atoms センター長であるニール・ガーシェンフェルド(Neil Gershenfeld)が2003年より開講しているクラス”How To Make (Almost) Anything”(ほぼなんでも作る方法)[5]は、FabLabの活動において中心的な役割を果たしています。この授業を修了した学生が、各地のFabLabを設立するという世界展開に貢献しています。慶應義塾大学 環境情報学部・准教授でありFabLab Japan発起人の田中浩也 先生は、2010年度の本授業に一学生として参加し、非常に内容の濃い体験記[6]を残されています。
[5] How To Make (Almost) Anything
[6] How to Make (Almost) Anything (ほぼ何でもつくる方法) 2010年度 体験記
ニール・ガーシェンフェルドの著書である『Fab: The Coming Revolution on Your Desktop-from Personal Computers to Personal Fabrication (邦題『ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け」)』[7]の中では、この授業で作られたプロダクトや、ものづくりの過去と未来(ビジョン)について詳細に語られています。
[7] 残念ながら日本語版は絶版中です。(2011年6月現在)
ツール紹介
さて、ここからはFabLabで利用可能なファブリケーションツールについて説明をしていきたいと思います。MIT FabLabのメインサイトであるFabCentralには、デザインツール(ソフトウェア)の一覧や機材の簡単なマニュアル等も掲載されています[8]。なお、ツール一覧には型番まで明記されていることは少ないため、以下では、同シリーズの製品へのリンク、あるいは、同シリーズの製品紹介デモビデオを掲載することとします。
[8] Tools
※2011年6月にサイトの改修があったため古いリストを利用しています。
Basic Machines
– Universal社製レーザーカッター
パスに沿ってレーザーによりアクリルや木材を切断する装置
– Roland社製カッティングプロッタ
防水性のポスターやステッカー等を制作するために利用する装置
– Modela社製小型ミリングマシン(CNCフライス)
マテリアルに平面や溝などを切削するための装置
Advanced Machines
– Omax社製ウォータージェットカッター
加圧された水を用いて加工を行う装置
– ShopBot社製CNCルータ
フライス盤と類似であるが、主に木材を切削加工する装置
– Alpha社製CNC旋盤
円柱状の材料を回して刃を当てて罪障を削る装置
– APS社製表面実装システム
基板の表面に部品を配置する装置
– Torchmate社製CNCプラズマカッティングシステム
– Zeiss社製共焦点顕微鏡
高解像度のイメージと三次元情報の再構築が可能な顕微鏡
3D Printing and Scanning Machines
– Stratasys社製3Dプリンタ
ABS樹脂を積層し3次元のオブジェクトを製造する装置
Machines that make
さて、ここで挙げたマシンはいずれも非常に高価であり、MITのような予算が潤沢な研究機関は例外として、一般的には購入が困難です。ましてやソーシャルイノベーションの舞台となる途上国で導入することはさらに困難を伴うでしょう。そこで、MIT Center for Bits and AtomsのMachines that make[9]グループでは、ツールそのものを安価に製造するための研究を行っています。いくつか例を挙げてみましょう。
Mantis 9.1 CNC Mill
Mantis 9.1 CNC Mill [10]は、100ドル以下の費用で作られた3軸 CNCミリングマシンです。
[10] Mantis 9.1 CNC Mill
Fluxamacutte
Fluxamacutte[11]は、50-100ドル程度のパーツで構築可能な安価なヴィニールカッターです。全てのパーツはレーザーカッターでカットされており、Arduinoで制御されています。
[11] ヴィニールカッター
Fab-In-A-Box
Fab-In-A-Box[10]は、スーツケースの中に入れて持ち運ぶことが可能なポータブルなFabLabです。マルチハブと呼ばれるパーソナルファブリケータは、ミリング、ヴィニールカッティング、3Dプリンティング、3Dプロッティング機能にてオブジェクトを構築することができます。
[10] Fab-In-A-Box
ロードマップ
最後にFablabのロードマップを引用いたします[10]。先に紹介したMachines that makeグループの研究は、fablab2.0の途中段階にある研究といえるでしょう。
マシン/ツール革命
fablab1.0 computers make machines – 3次元プリンタやカッティングマシンで材料を切り出して組み立てて機械をつくる(現状)
fablab2.0 machines make machines – 機械自体が機械を生み出す(自己産出系)。自己複製する3次元プリンタ(RepRap, CupCake)。マテリアル革命
fablab3.0 code makes materials – 物質に「コード」が埋め込まれるようになる。(形状としてのコード、情報としてのコード)
fablab4.0 program makes materials – 物質に「プログラム」が埋め込まれるようになる。(Programmable Matter)
[10] MIT FabLab RoadMap
まとめ
今回は、ソーシャルイノベーションの担い手としての大学・研究機関から、FabLabを選択し、その思想的特徴、中心となっているクラス、利用可能なツールについて説明を行いました。モノを作り場合、アイディアから設計まで、すなわち、IdeationからDesignまでの過程を経たのち、Developmentの過程において、プロトタイピングを繰り返す必要があります。ここでは、実際にモノを作るための様々なスキルを習得する必要があります。アイディアは誰でも思いつくことができますが、実際に動作するもの、形あるものを作り上げ、ユーザに手にとってもらい、あるいは、使用してもらい、最終的に市場にリリースしてこそのイノベーションであると筆者は考えています。その視点からすればHow To Make (Almost) Anythingのクラスや、世界各地域におけるFabLabは、非常に作り手にとって大きな存在であると考えています。
さて、ここまで紹介した4つの大学・研究機関では、モノを作るクラス,ビジネス化するクラス,あるいは、フィールドワークに関するクラスなど数多くのクラスが存在しています。しかしながら、
– 獲得したデータからどうモデルを構築するか?(部分から全体をいかに構築するか?)
– 獲得データから創造のジャンプをいかに発生させるか?
というクラスは存在していません。IDEOやAdaptive Pathもエスノグラフィの視点からフィールドの重要性について説いても、データからモデル化する手法については(意図的であれ無意識的であれ)明らかにしていません。優秀なクリエイタはもちろん無意識的にそれらを実現している可能性もありますが、我々凡人はある程度メソッドを通じて訓練をしていく必要があると考えています。
次回からいよいよソーシャルイノベーションのためのデザイン思考について説明をしていきます。
コメント “ソーシャルイノベーションの事例 – FabLab”