デザインメソッド – デザインリサーチ

前回は、デザイン思考の系譜として、David Kelly、Tim Brown、奥出直人、Hasso Plattnerという4人の研究者の提唱する定義とデザインプロセスについて説明いたしました。また、これらのデザインプロセスの共通点として、以下の5つを挙げました。

1. フィールドへ赴き、データを取得する。
2. 課題を発見し、仮説を構築する。
3. プロトタイピングを行う。
4. フィールドへ赴き、テストを行う。
5. 製品を実装する。

さて、今回から4回に渡って、既存のデザインメソッドについて紹介をしていきます。上記のデザインプロセスは、デザイン思考の単なるプロセスに過ぎず、実際にデザインするためには、デザインメソッドを用いて質を担保する、さらには、効率化を実現することがもとめられます。第1回目は、最初のプロセスである、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」のためのメソッドを紹介していきましょう。

データには量的データと質的データが存在します。量的データは、市場調査などで使われる、数値で表現可能なデータを意味します。一方で、質的データは、ユーザインタビュー等で取得される、テキストで表現可能なデータを意味します。デザイン思考において重要視されるデータは、後者の質的データです。これは、量的データでは、人間の複雑な活動、複雑な振る舞いについての説明が不可能であり、ユーザについて細部まで深くデータを取得するためには、質的データを利用する必要があります。

Alan Cooper(アラン・クーパー)はその著書『About Face3』にて、質的データを用いることで特に理解しやすいものとして以下を挙げています。

– 製品の潜在ユーザの振る舞い、態度、適正など
– デザインをする製品を取り巻く技術的、ビジネス的なコンテキスト(ドメイン)
– ドメインに関する語彙やその他の社会的側面
– 既存の製品がどのように使われているか

質的調査の対象

具体的な調査法の説明を行う前に、質的調査を行う対象について説明します。ここではクーパーにならい、4つのグループを取り上げたいます(p.73-76)。

ステークホルダー
一般にステークホルダーとは,デザインしようとする製品についての権限や,責任を持っているひとのことである.より具体的に言えばデザインの仕事を発注してきた企業の主要なメンバーのことであり,一般的には経営者,マネージャ,開発チームの主力メンバ,営業,製品管理,マーケティング,カスタマーサポート,デザイン,ユーザビリティの担当者が含まれる.

SME(Subject Matter Experts)
SMEとは,製品が使われるドメインにおける専門家のことである.多くのSMEは,製品,または,その前身の製品のユーザだったひとたちで,現在は例えば,トレーナ,マネージャ,コンサルタントになっている.

顧客
製品の顧客とは,製品を買うことを決める人のことである.コンシューマ製品の場合は,コンシューマ自身が製品のユーザであることが多いが,10代の少年少女や子供を対象とする製品の場合は,親を始めとする大人の監督者が顧客になる.企業向けの製品や,医療などの専門分野を対象とする製品では,顧客とユーザは大きく異なる.この場合,顧客は経営者やIT部長で,ユーザとは大きく異なるゴールやニーズを持っている.

ユーザ
製品のユーザは,自分のゴールを達成するために自ら製品を使う人たちである.既存の製品のデザイン変更や改良の作業をしている場合には,現在のユーザと潜在のユーザの両方と話をすることが大切である.

では、具体的な質的調査法についてウヴェ・フリックの『質的研究入門』をもとに説明していきましょう。まず、質的データとして口頭データと視覚データの取得方法を紹介いたします。様々な方法があるので、調査者は目的に併せて複数の方法を組み合わせることが求められます。

口頭データ

半構造化インタビュー

半構造化インタビューは、質問をあらかじめ固定しない柔軟なインタビュー法で、インタビューが発言した内容に基づいて、インタビュアーがインタビュー中に新たに質問を提示していく方法です。

焦点インタビュー

マートンとケンダルが、メディア研究のために開した手法[1]。
ある映画やラジオ番組などの同一の刺激が与えられた後、その刺激がインタビュイーに与えた影響を、インタビューガイドを用いて調べます。指示される刺激は前もって内容分析されるため、「状況の客観的事実」とインタビュイーによる「主観的な定義」とを区別し、互いに比較することができます。

例:
この映画の中で最も印象に残ったのは何ですか?
あなたがこれまで知らなかったことで、このパンフレットから学んだことは何ですか?

限界:
内容分析によって「状況の主観的定義」とは異なる「事例の客観的特徴」が得られるという仮定が怪しい。
純粋で完全な形ではほとんど用いられない。

[1] Merton R.K. & Kendall, P.L. (1946), The Focused Interview. American Journal of Sociology, 51: 541-557.

半標準化インタビュー

シューレとグレーベンが「主観的理論」を再構成するために開発したインタビュー形式[2]。
主観的理論とは、インタビューが調査のトピックに関して、複雑な知識の蓄えを有しているということを前提とした概念です。半構造化インタビューでは、初回のインタビューが終了した後、「構造敷設テクニック(SLT)」と呼ばれる方法が用いられます。この目的はインタビューの発言内容の構造を図式化することにあります。

例:
カウンセリングとの仕事の関連で、あなたは「信頼」という言葉が何を指しているとお考えですか?簡単におっしゃってください。
クライアントとカウンセラーの間の信頼に関して、その重要な特徴は何だと思いますか?

限界:
手法の厳密な部分(オープン質問と直面型質問、SLTの規則)を柔軟に適用する必要がある。

[2] Groeben, N. (1990), Subjective theories and the explanation of human action. In G. R. Semin & K. J. Gergen (eds), Everyday understanding. Social and scientific implications. London: Sage, pp.19-44.

問題中心インタビュー

ヴィッツェルが提唱[3]。
質問とナラティブ刺激を組み合わせたインタビューガイドを使用することで、特定の問題に対するライフヒストリー的なデータの収集が可能となります。この手法を特徴づけるのは、以下の3つの主要基準です。

1. 問題を中心におくこと
研究者が重要な社会問題に関心を向けることを指す。

2. 対象志向
調査方法はある調査対象の関連で開発され、修正されなければならない。

3. プロセスへの指向性
調査のプロセスとともに、調査対象の側のプロセスの側面に焦点を当てる。

例:
「健康に対するリスク」という言葉からあなたは何を思い浮かべますか?
自分の健康に対するリスクは何だとお考えですか?

限界:
インタビューガイドをどう用いて、ナラティブと質問をどう切り替えるかについて過度に実用主義的な面がある。

[3] Witzel, A. (1985), Das problemzentrierte Interview. in G. Ju”ttemann, (ed.),Qualitative Forschung in der Psychologie. Weinheim: Beltz, pp.227-256.

専門家インタビュー

半構造化インタビューの特殊な応用形態[4]。
インタビュイーは、丸ごとの人物というよりは特定の実践の場における専門家として扱われます。つまり、インタビューは単独の事例としてではなく、特殊な専門家グループの代表者として調査されます。

限界:
インタビュイーへの関心は、特定の資格におかれるため、インタビューを指示的に行う必要性が強く出てくる。

[4] Meuser, M. and Nagel, U. (1991), Experteninterviews – vielfach erprobt, wenig bedacht. Ein Beitrag zur qualitativen Methodendiskussion. in D. Garz and K. Kraimer, (eds), Qualitativ-empirische Sozialforschung, Opladen: Westdeutscher Verlag. pp. 441- 468.

エスノグラフィックインタビュー

フィールド調査で行われるインタビュー法[5]。
フィールドで出会う他社との自然の会話の中で、その人によって特殊な経験が語られるときに、それと研究トピックをいかに系統的に結びつけてインタビューの形式にもっていくかが問題となります。一連の打ち解けた会話であって、そこにインフォーマントが「インフォーマント」として反応できるようになる新しい要素を、調査者が徐々に導入するのだと考えるのがよいでしょう。

限界:
インタビュー状況そのものをいかに作り出し維持するかという問題。
主としてフィールド調査や観察の方略と組み合わせて用いられる。

[5] Spradley, J.P. (1980), Participant Observation. New York: Holt, Rinehart and Winston.

ナラティブ法

被調査者のナラティブ(物語・語り)をデータとして用いる方法です。ナラティブは次のような特徴を持ちます。まず、はじめの状況が語られます。次に、経験全体の中から、そのナラティブに関連する出来事が選ばれ、ある一貫した展開の中でそれらの出来事が語られていきます。最後に、その展開の集結状況で締めくくられます。

ナラティブ・インタビュー

ライフヒストリー研究の枠内で使われる方法[6]。
ナラティブ生成質問をインフォーマントに向けることで始まります。この生成質問で、インフォーマントが何を語るべきかの焦点が絞られ、語り始めるよう促されます。この主要なナラティブの中で十分に語られなかった事柄は後ほど追加質問されます。

例:
あなたの人生の物語がどのように進んでいったか、お話ししくてださい。生まれた時、そして、小さい子供だった時から始められたらいいと思います。それから今日まで起こったことを順にお話しください。あなたにとって大事なことならなんでも、私には関心があるのです。細かいことを思い出すためにゆっくり時間を取ってくださって結構です。

限界:
得られたナラティブを事実と仮定することには問題がある。
ナラティブの中で表現されるものは、特殊な形で構築されたものであり、以前の出来事に関する記憶は、それが語られる状況によって影響を受けうる。
構造化されていない大量のテクストをどう解釈するかが難問。

[6] Bertaux, D. (ed.) (1981), Biography and Society: The Life History Approach in the Social Sciences. Beverly Hills, CA: Sage.

エピソード・インタビュー

あるひとつの対象領域に関する、ナラティブエピソード的および意味論的な形式の知識を把握するために考え出された方法[7]。
ナラティブ・エピソード的知識は、ナラティブを通して収集・分析され、また意味論的知識は、具体的に照準を定めた質問によって得られます。このインタビュー形式で中心となる技法は、状況を語るよう周期的に促すことです。また、状況の連鎖にも問が向けられます。

例:
思い返してみてください。あなたのテレビとの最初の出会いはどんなものでしたか?その状況をお話願えませんか?
昨日どういうふうにあなたの一日が過ぎていったのか、そしてその中のいつどこであなたはテクノロジーとかかわりをもったのか、お話ください。

限界:
ある対象やテーマに関する日常知とインタビュイーがそれらと関わった経過に限られる。

[7] Flick, U. (2000), Episodic interviewing. in M. Bauer and G. Gaskell (eds), Qualitative researching with text, image and sound. London, Thousand Oasks, New Delhi: Sage. pp.75-92.

フォーカス・グループ・インタビューとディスカッション

グループの特性を活かすことで、集められるデータをその文脈により関連づけ、また、インタビュー状況をナラティブインタビューにおけるインタビューとインタビュイーとの出会いよりも日常生活に近いものにする試みです。

グループ・インタビュー

ある特定のテーマに関して、少人数のグループを対象に行うインタビュー[8]。
典型的には6-8人の人々がグループを構成し、1時間半から2時間のインタビューに参加します。

[8] Patton, M.Q. (1990), Qualitative evaluation and research methods (2nd ed.), London, Thousand Oasks, New Delhi: Sage.

グループ・ディスカッション

本手法の特徴は、複数の人々に一度にインタビューすることによる時間と経費の節約だけではなく、それを実施している時に出てくるグループダイナミクスと参加者間の議論という要素にあります。

限界:
グループ間での比較の難しさ、ある意見がだれのものかを特定することの難しさ。
実施、記録、文字変換、解釈にはかなりの時間がかかる。

フォーカス・グループ

特にマーケティングとメディアの調査に用いられる手法[9]。
フォーカス・グループの特徴は、データ算出のためにグループの相互行為を利用する点と、グループ内での相互行為なしには得ることの難しい知見にあります。

モーガンによれば本手法の使用が有益とされるのは次の目的の場合です。

– 新たなフィールドでの方向付けを得る。
– インフォーマントの洞察に根ざした仮説を生成する。
– 色々な調査時や母集団を評価する。
– インタビューのスケジュールや質問紙を作成する。
– 以前行われた研究の結果に関する参加者の解釈を得る。

限界:
個々の発言の特定や、複数人が同時に発言する場合の区別が可能となるようなデータ記録ができるかという問題。

[9] Morgan, D.L. (1988), Focus Group as Qualitative Research, Newbury Park, CA:Sage.

共同ナラティブ

ヒルデンブラントとヤーンによって確立された、ナラティブアプローチを拡大発展させた手法[10]。
個人によるモノローグ的なナラティブの状況が、集団にまで拡大されます。

限界:
併用前提で開発された手法であり、単独の使用は今後検証されるべき。
一つの事例から膨大なテクストデータが出てくるため、事例の解釈が大掛かりになる。

[10] Bruner, J. & Feldman, C. (1996). Group narrative as a cultural context of autobiography. In D. Rubin (ed.), Remembering our past: Studies in autobiographical memory. Cambridge: Cambridge University Press. pp. 291-317.

視覚データ

視覚データ法

視覚データ法では、行為というものは観察によってアクセス可能であること、インタビューやナラティブによって得られるのは行為それ自体ではなく、行為に関する説明であることが強調されます。

観察

フリードリスヒによれば観察の手続きは次の5つの次元に沿って分類されます[11]。

– 秘密裏の観察 対 公然の観察
観察されていることがどの程度まで被観察者に明かされているか?

– 非参与観察 対 参与観察
観察者はどの程度までフィールドに積極的に関わるのか?

– 系統的観察 対 非系統的観察
ある程度標準化された観察の図式が適用されるのか、それともフィールドで観察されるのか、それともよりよく捉えるために特別な場所(例えば実験室)に移して観察されるのか?

– 自己の観察 対 他者の観察
観察という場合、大抵は他者が観察されるが、その被観察者に関する解釈をより根拠のあるものとするために、調査者は自己の反省的観察にどれほど注意を払うか?

限界:
観察者がフィールドに影響を与えないように秘密裏に観察を行うことは研究倫理上非常に問題がある。

[11] Friedrichs, J. (1973), Methoden der empirischen Sozialforschung. Reinbek: Rowohlt.

参与観察

調査者がフィールドへ入り込み、メンバーの視点から観察し、しかしまた自分の参与によって観察対象に影響をも与えることを特徴とします。

ゴールドが作成した”観察者役割の類型論”[12]を手がかりに単なる観察と参与観察の違いを把握できます。

ゴールドによる4つの類型
– 完全な参与者
– 観察者としての参与者
– 参与者としての観察者
– 完全な観察者(観察する出来事から距離をとってフィールドへの影響を防ぐ)

また、ヨルゲンセンによる”参与観察の7つの特徴”を参照することで、非参与観察との違いが明白となります[13]。

1. 特殊な状況の内部者やメンバーの視点にたって、人間的な意味や相互行為に特別な関心を向けること。
2. 日常の生活状況や環境の今ここを調査と方法の基盤に据えること。
3. 人間存在の解釈と理解に重きをおいた理論と理論化のありかた。
4. 調査のロジックとプロセスは開放的、柔軟かつ便宜主義的であり、具体的な人間生活の場で集められた事実に基づいて問題を常に定義しなおす。
5. 深く、質的に事前にアプローチし、それに見合った調査をデザインする。
6. フィールドのメンバーとの関係を確立し、維持することもめざしながらひとつないし複数の参与観察者役割を演じること。
7. 他の情報収集とともに、直接の観察を行うこと。

観察状況の限定と選択をいかに行うかという点について、スプラッドレーは観察目的のために社会状況を9つの次元を用いて記述しています[5]。

1. 空間:物理的な場所
2. 行為者: 関係している人々
3. 活動: 人々が行う関連し合った一組の行為
4. 対象: 現存する物理的なモノ
5. 行為: 人々が行うここの行動
6. 出来事: 人々が実行する関連しあった一組の活動
7. 時間:時間を通じて生じる一連の経過
8. 目標:人々が達成を試みる事柄
9. 感情感じられ、表出される情動

限界:
状況の中で全ての現象を観察するのは無理。
ライフヒストリー的プロセスを観察することは難しい。
知識の包括的システムも観察では接近不可能である。

[12] Gold, R.L. (1958), Roles in Sociological Field Observation, Social Forces, 36: 217-23.
[13] Jorgensen, D.L. (1989). Participant observation: A Methodology for human studies, London, Thousand Oaks, New Delhi: Sage.

エスノグラフィ
 

エスノグラフィを巡る方法論的議論の焦点は、データ収集や解釈の方法よりもフィールドでの調査結果をいかに書くか、という問いに向けられます。フィールドで実際に用いられる方法的戦略は、フィールドへの参与を通した観察をなお大きな基盤としています。インタビューと文書の分析は、さらなる知見が得られる見込みがある場合に、参与的調査デザインに組み込まれて用いられます。

アトキンソンとハマーズレーは、エスノグラフィ的調査の実質的な特徴を指摘しています[14]。

・ある社会現象に関する仮説を検証することよりも、その性質を探ることに力点がおかれる。
・主として構造化されていないデータを扱う傾向。
・少数の事例の詳しい調査。
・人間の行為の意味と昨日に関する明示的な解釈を含んだデータ分析。その成果はもっぱら言葉による記述と説明の形式を取り、数量化や統計分析は行われたとしても副次的な役割をするに留まる。

限界:
データの収集方法は2次的なものとして扱われ、方法論的な恣意性に陥る危険性を持ちあわせている。
エスノグラフィーは一般的な調査姿勢と位置づけられ、多様な方法論的アプローチを組み合わせる戦略が取られる。

[14] Atkinson, P. and Hammersley, M. (1998), Ethnography and Participant Observation, in N.Denzin andY.S.Lincoln (eds.), Strategies of Qualitative Inquiry. London: Thousand Oaks, New Delhi: SAGE, pp.110-136.

写真

カメラによって、事実の詳細な記録とともに、生活の様式や条件のより包括的な提示が可能となります。また、人工物を写真として運んだり、提示したりすることだけではなく、時空と空間の境を越えることも可能となります。人間の目には早すぎたり複雑すぎたりする事実や経過でもカメラなら捉えることができます。写真は第三者による再分析に供せられます[15]。

限界:
口頭データの分析に馴染み深いデータ解釈の方法が、視覚データにまで適用されている。

[15] Becker, H.S.(1986) Doing Things Together. Selected Papers. Evanston, IL: Northwestern University Press.

コンテクスチュアル・インクワイアリ

さて、ここまで様々な質的調査法を説明してきました。また、目的に応じて様々な手法を組み合わせるべきであることもすでに説明いたしました。この点について、アラン・クーパーは、「観察と1対1のインタビューの組み合わせが最も効果的に質的データを収集できる方法である」と述べた上で、特に、「作業者の中に入りこんで得られる観察と直接的なインタビューを組み合わせた、エスノグラフィの手法を取り入れたインタビュー(エスノグラフィック・インタビュー)」が有効であると主張しています。

ベイヤーとホルツブラット

ベイヤーとホルツブラットは、エスノグラフィック・インタビューのテクニックとして、コンテクスチュアル・インクワイアリ(Contextual inquiary / 文脈的質問)を開発しました。この手法は、徒弟制度の学習モデルを基礎としています。詳細は彼らの著書である『Contextual Design』の4章を参照いただきたいのですが、ユーザは親方、インタビュアーは弟子であり、インタビュアーは親方の仕事を観察し、親方に質問をぶつけます。以下に、コンテクスチュアル・インクワイアリの4つの基本原則についてクーパーの説明を引用いたします。

1. コンテクスト
クリーンなホワイトルームではなく、通常の作業環境で、つまり、製品を使う上で適切な物理的コンテクストを揃えた状態でユーザを観察し、言葉を交わすことが重要である。ユーザが毎日使う様々なものが置かれてるいつもの環境でユーザが作業をするところを観察し、質問をぶつけると、彼らの振る舞いの重要な細部が明るみに出る。

2. 協力関係
インタビューと観察は、ユーザと共同でさぐっていくというトーンで進めていく。作業の観察と作業の構造や細部についてのディスカッションを交互に進めていく。

3. 解釈
デザイナの仕事は主として、ユーザの振る舞い、環境、発言から収集した様々な事実の行間を読むことである。これらの事実を1つの全体として扱うことが大切だ。しかし、インタビュアーは、ユーザに確かめることなく自分だけの解釈で何らかの事実を想定してしまわないように注意する必要がある。

4. ポイント
あらかめ質問事項を用意して、目的のはっきしりないインタビューをだらだらと続けることなく、デザイナは微妙な舵取りをしてインタビューの方向を変え、デザイン上の問題に関係のあるデータを集めてこなくてはならない。

アラン・クーパー

ベイヤーらのコンテクスチュアル・インクワイアリが限界や効率の悪さを抱えていることから、クーパー自身はこれに改良を施しています。

– インタビューの短縮化
コンテクスチュアルインクワイアリはユーザに丸一日かけてインタビューすることを想定している。しかし、我々の経験では、十分な数のインタビューを予定しておけば(仮説的なものだが、それぞれ異なる役割やタイプを持った6人くらいのユーザを厳選する)、インタビュー自体は1時間程度のものでも十分必要なデータは集められる。丸一日を調査につぶしてもよいといってくれるユーザを探すよりも、デザイナと1時間を過ごすことに同意してくれるタイプの異なるユーザを探すほうがずっと効率的であるし、効果的でもある。

– 小さなデザインチームを使う
コンテクスチュアル・インクワイアリは大規模なデザインチームが並行して複数のインタビューを進め、あとでチームのメンバが是認参加して報告会議を開くことを想定している。しかし、私たちの経験では、同じデザイナが個々のインタビューを順次進めていくほうが効果的だ。この方法ならデザインチームは小規模(2,3人のデザイナ)で済むが、それ以上に重要なことは、チームの全員がインタビューを受けた全てのユーザと直接やりとりしているので、ユーザデータを効果的に分析、総合できることだ。

– まずゴールを突き止める
ベイヤーとホルツブラッドによると、コンテクスチュアルインクワイアリは、基本的に作業を中心とするデザインプロセスのためのものだ。しかし、私たちが提案したいのは、まずユーザのゴールを突き止め、それを優先するエスノグラフィックインタビューである。ゴールを達成するために必要な作業を考えるのはそのあとだ。

– ビジネスコンテクストに留まらない射程
コンクストインクワイアリの語彙は、ビジネス向け製品と企業環境を前提としている。しかし、コンシューマドメインでもエスノグラフィックインタビューは可能である。

また、クーパーはエスノグラフィックインタビューのガイドラインも示しています。

– インタラクションが発生する場でインタビューする。
ユーザが実際に製品を使う場所でインタビューをすることが決定的に重要だ。

– 固定的な質問項目リストを使わない。
聞かなければならない質問をあらかじめ用意することができないほど、インタビュアーにはドメインについての知識がないことを前提としている。相手から重要なことを学ばなければならないのである。

– ゴールを中心として話をし、作業の話はあと回しにする。
最優先事項は、実行している作業が何であるかを知ることではなく、ゴールをどのようにして達成したいと思っているかを理解することである。

– ユーザをデザイナにしない。
インタビューの相手を解決方法の提案ではなく、問題の解析の方向に導くようにする。

– 技術的な話をしない。
デザイナとして扱わないのと同様に、エンジニアやプログラマとして扱うのも避けたい。

– できごとを話すように誘導する。
その製品をどのように使っていたか、どう思ったか、他の誰とやりとりしたか、使ってどうなったかなどの物語を話してもらう。

– 「これなあに」をしてもらう。
デザイン問題に関する総まくりをしてみる。どのように説明するかにも注意を払う。

– 誘導尋問を避ける
振る舞いについての解決方法や意見をほのめかして被験者の意見を曲げてしまうことを避ける。

まとめ

今回は、「1. フィールドへ赴き、データを取得する」ための手法として、まず、量的データではなく、質的データに注目しました。そして、質的調査法として、口頭データと視覚データの様々な採取方法について説明をしてきました。その上で、目的に応じた複数の手法の組み合わせの事例として、エスノグラフィック・インタビューの一形態である、コンテクスチュアル・インクワイアリについて説明をいたしました。

クーパーが指摘するように、コンテクスチュアル・インクワイアリは、ユーザについての質的データを最も効率的に収集できるメソッドといえるでしょう。しかしながら、限界は存在します。プロダクトの改良以外の場合、あるいは、仮説生成の初期段階にて”師匠が存在しない”ものを作りたい場合がこれにあたります。例えば、BOPなどのフィールドで全く新しいプロダクトを開発し、それを用いてビジネスを考案するケースを考えてみましょう。非電化地域で電気を使わない、有毒ガスの出ない新しい灯を開発する場合の師匠とは誰でしょうか?おそらく照明デザイナではないでしょう。非電化で灯を作るデザイナが師匠でしょうか?その時点でイノベーションは師匠がすでに達成してしまっており、あなたが弟子入りする必要はあるのでしょうか?コピーを作ることはイノベーションと言えるのでしょうか?このように、あらゆるケースに適用可能な完全なメソッドなどありません。目的に応じて適切に手法を使い分けることことこそが最も重要なメソッドといえるでしょう。

次回は、「2. 課題を発見し、仮説を構築する」ためのメソッドを紹介します。

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