前回は、モデル構築がその研究の目的である場合においてSCQRMに採用されている分析ツールである、M-GTAについて、前身となるGTAについて説明したのち、具体例を示しながらその分析プロセスを紹介をいたしました。M-GTAの分析プロセスは、まず、文字おこしを行い、データ化したテクストの中から、キーワードを見つけ、キーセンテスを引いていき、これらに名前を付け(概念化)、次に、概念のまとまりごとに対して、見出しをつけてテクストを構造化し(カテゴリ化)、さらに、抽出された概念やカテゴリの関係を捉えて暫定的な全体像やモデルを素描する(理論化)というものでした。また、実際にM-GTAを用いて分析を行う場合に手続きとして作成する、分析ワークシートについて説明を行いました。
今回は、構造構成主義を理論的背景として、そして、構造構成主義に基づく研究法のひとつとして臨床心理学などの分野で用いられている構造構成主義的質的研究法(SCQRM)をもとにして構築された、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法について説明をいたします。
まず、構造構成主義を採用した元来の目的との関連から、BOPというフィールドへの従来のデザイン手法の適用とその限界について再度確認しておきましょう。従来のデザイン手法は、グローバル市場におけるプロダクトデザインに特化したものであることはすでに説明いたしました。したがって、BOPという特殊性を持った特定のフィールドに対して最適化されたプロダクトを作るという目的に対して、従来の手法が最適ではないため、新たな手法を構築する必要があると説明いたしました。さて、ここで検討しなければならないBOPの特殊性とはどのようなものであったでしょうか?
フィールドのごとの複雑性
第1の特殊性は、”フィールドのごとの複雑性”でした。先進国向けのプロダクトの場合、具体的かつ詳細に渡るペルソナおよびシナリオを策定したしても、先進国に存在しそうな一般化されたユーザに関連したものに陥らざるを得えません。iPodを例に出した場合、結局どこの国にでもいそうな音楽好きのユーザをもとにしたペルソナとシナリオが策定されます。このような現象は、グローバル市場で展開することを目的とした製品というデザイン上の制約条件に基づき、最大公約的な解に対する強い関心が存在するために立ち現れます。しかしながら、BOPの場合、プロダクトを導入しようとするフィールドごとに言語、文化、宗教が細分化されているだけではなく、近代化の度合いの違い、さらには、伝統的な価値観と近代的な価値観から生まれる矛盾など、あるプロダクトが受け入れられるためにデザイナが考慮すべきパラメータに限りがありません。このパラメータの数は、画一化されたグローバル市場向けのプロダクトにおいて考慮すべきパラメータと比較した場合、飛躍的に増加するでしょう。このようなフィールドの複雑性を踏まえた上で、そのフィールドを構造的に理解するアプローチが必要とされています。
関心の対立構造
第2の特殊性は、”現地人の関心とデザイナの関心の対立”でした。先進国向けのプロダクトの場合、ペルソナやシナリオなどのユーザモデルに関する手法を用いる理由の一つとして、デザイナの関心とユーザの関心の乖離を少なくさせるという効果が挙げられます。しかしながら、これは、先進国内での関係性であるため、原理的に両者の間で関心の極端な乖離は生じにくいと考えられます。一方で、BOPの場合、先進国のデザイナと現地のユーザとの関係性において、それぞれの関心を的確に把握し、両者の信念対立を回避することが求められます。これは、デザイナの欲望や関心のみを現地人に押し付けた場合、現地人の関心にあったプロダクトが開発されることなく、結果、誰もそれらを使わず、ゴミと化してしまうなどといった不幸を招きがちであるためです。一方で、デザイナが現地人のニーズだけに注目し、彼らの水準にあわせたプロダクトを作るだけでは、デザイナのモチベーションの低下につながります。このような両者の関係性を踏まえた上で、デザイナと現地人が互いの関心を満たすことのできるプロダクトを構築可能、かつ、両者の持続的な関係を構築可能なアプローチが必要とされています。
ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法
筆者の構築した、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトデザイン手法は、
– フィールドの複雑性の構造的な理解
– デザイナとユーザとしての現地人の信念対立の解消
というBOPをフィールドとするプロダクトデザインにおける「目的」に照らし合わせ、構造構成主義をアプローチとして導入しています。具体的には、構造構成主義における関心相関性、哲学的構造構成、科学的構造構成(以上第15回)を理論的背景に、SCQRMにおける関心相関的構造構成法(第17回)をデザインプロセスに導入し、これらの解決を目指しています。
一般にデザインプロセスは、調査を通じて問題発見・問題定義を行う問題発見プロセス、設計、プロトタイピング、評価を繰り返し行う問題解決プロセスに区分されます。構造構成主義的プロダクトデザイン手法は、これら2つのプロセスをカバーするものですが、主たる特徴は問題発見プロセスにあります。具体的な特徴として「デザイナの関心モデルの構築」、「フィールにおける概念抽出および現象マッピング」、「ソリューションモデルの構築」という3つのステップがデザインプロセスに組み込まれています。以下では、それぞれについて説明を行い、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の全体像を示します。
デザイナの関心モデル構築
第1のステップは、「デザイナの関心モデルの構築」です。このプロセスでは、M-GTAの手法を用いて、デザイナの関心を構造化します。そして、デザイナがなぜその関心を持つに至ったか、あるいは、プロジェクトがそのような関心を持つに至ったかを還元的に考察します。具体的には、各国、国連等の調査に基づく統計データ、写真の静的データを用いて、あるいは、書籍、論文等から得たデザイナ自身の思想的背景を踏まえ、デザイナがどのような関心に基づいて、どのような問題意識を抱いているかについて、その構造を明らかにします。このプロセスは、フィールドワークの前段階に行う必要があり、構築された関心モデルを用いて、関心相関的にフィールドワーク時の観察の対象、ならびに、インタビューの質問項目等を決定していきます。
図1. デザイナの関心モデルのサンプル
また、複数のデザイナが存在する場合、複数の関心が存在します。たとえば、金銭的成功、自らのスキルの自己顕示、先進国の持つ技術力による問題解決、人間としての慈善活動など、それぞれのデザイナによって様々な関心が想定されます。この場合、それぞれの関心を明らかにした上で、各デザイナの合意を形成しつつ、最大公約的な解をもたらす関心モデルを構築することが望ましいでしょう。
フィールドにおける概念抽出および現象マッピング
第2のステップは、「フィールドにおける概念抽出および現象マッピング」です。第1のステップにて、”デザイナの関心”に基づくモデルが構築されました。これに対して、第2のステップは、フィールドを構造化し、”現地人の関心”を構造化するためのステップです。したがって、本ステップは、第3のステップにおいてデザイナの関心と現地人の関心との信念対立を回避するためのソリューションモデルを構築するために、重要なステップとして位置づけられます。
構造構成主義的プロダクトデザイン手法においても、ボトムアップに問題発見、仮説構築を行うことを目的としているため、関心相関的構造構成法と同様に、M-GTAを分析の枠組みとして採用しています。まず、フィールドワークにでかけ、第1のステップで構築された関心モデルに基づき、関心相関的に作成されたインタビュー項目や観察項目を用いて、データを採取します(関心相関的データ構築)。次に、インタビューを通じて得られた音声データのテープおこしを行い、テクスト化します(関心相関的テクスト構築)。このとき、観察データとしての写真データを利用する場合、事実に基づくキャプションと意見に対するキャプションを区別して付加しておく必要があります。続いて、類似部分を具体例(バリエーション)として収集し、これらについて概念名をつけ(概念抽出)、いくつかの概念を包括するカテゴリを作成していきます(関心相関的ワークシート作成)。さらに、構造構成主義的プロダクトデザイン手法では、フィールド全体を把握するために、カテゴリ、概念、バリエーションをマップ上に可視化します(現象マッピング)。この段階では概念ごとの関係性を構造化する必要はなく、シチュエーションが全体性をもって把握できる状態になっていることが最も重視されます(シチュエーションマッピング)。
図2. 現象マップサンプル
なお、第1のステップで構築したデザイナの関心モデルのもととなるデザイナの関心は、フィールドワークから現象マップ作成までのプロセスの中で変化する可能性あります。この場合、必要に応じて関心モデルを修正しましょう。
ソリューションモデルの構築
第3のステップは、「ソリューションモデルの構築」です。第1のステップで構築された「デザイナの関心モデル」と、第2のステップで抽出された「概念」をもとに問題発見、および、発見された問題に対する仮説生成までを含めた「ソリューションモデル」を構築します(関心相関的理論構築)。このステップは、デザイナの関心と現地人の関心をモデルの中に明示的に組み込むことで、仮説段階で信念対立を回避することを目的としています。
まず、デザイナの関心と現地人の関心を踏まえたうえで、第2のステップにおいて抽出された概念同士の関係性を用いて、解くべき問題を同定します。そして、同定した問題に対する仮説としてのソリューションを構築します。また、抽出された概念同士の関係性を明示的にモデルに組み込み、フィールドの全体構造を示します。このプロセスを通じて、提案する解決法を導入することによって生み出される効果ならびに影響の認知が、プロジェクトメンバを含む閲覧者にとって容易になります。なお、ここで一度構築されたモデルは、あくまで暫定的なモデルにすぎず、フィールドワークや現地テストを繰り返すことによって、その都度変化するものと考えてください。
図3. ソリューションモデルサンプル
プロトタイピングと現地テスト
以上の3つのステップを繰り返し、ある時点での最終的な(暫定的な)、ソリューションモデルを構築(更新)したのち、考案した仮説にもとづいてプロダクトの設計を行い、プロトタイプの開発を行います。このときデザイナだけではなく現地人の関心に基づいた適切な技術を選択する必要があります。なお、本プロダクトデザイン手法は、問題発見、および、仮説生成を目的としているため、実際のプロダクトのクオリティそのものを担保しません。したがって、プロダクトのクオリティそれ自体は、デザイナの創造性に強く依存することとなります。
プロトタイプ開発後、プロトタイプを現地に持ち込み、現地テストを行います。現地人に実際に使用してもらうことで、現地人からのフィードバックを得ることが目的です。このとき、ソリューションモデルの更新を行うための新たな現象が立ち現れます。これら一連のプロセスを数度繰り返すことによって、現地のニーズに適したプロダクト、サービス、システムを構築することができます。
議論
最後に、構造構成主義的BOPプロダクトデザイン手法の制約条件について議論しましょう。第1のポイントは、通訳の恣意性です。具体的には、通訳の意図が介入するため、データとしての信頼性が損なわれるという批判があります。BOPの場合、フィールドワーク先の母国語が英語である可能性は低く、英語および現地語を話す通訳を雇い、現地語から英語へ翻訳する必要があることに依拠する批判と言えます。しかしながら、これは原理的に中立なインタビュアーが存在するという客観主義に基づいた批判にすぎません。本来、インタビュアーならびに通訳が中立であるということは原理的に不可能です。この点について、構造構成主義は、構造化にいたる諸条件を積極的に開示することで、科学性を担保するという立場に依拠しています。本ブログにおいても、インタビュアー、インタビュイーの諸条件を明示的に記述することで、科学性の担保を試みています。
第2のポイントは、本手法の有効範囲です。具体的には、構造構成主義的BOPプロダクトデザイン手法は、仮説生成のためのヒントを与えるにとどまり、問題解決方法における跳躍までを網羅しないという批判です。本研究の目的は、BOPを対象としたプロダクトデザイン手法の構築であり、本手法は、対象となるフィールドの構造を明らかにした上で、問題を同定し、仮説生成を行うまでのプロセスを中心とする手法です。仮説生成のためのモデル構築が中心となるため、関心相関的にM-GTAを分析ツールとして採用しています。これに対して、問題解決方法における跳躍を主目的とするならば、この目的を実現するためのツールを関心相関的に選択し、本デザイン手法を関心相関的に修正すればよいでしょう。
まとめ
今回は、まず、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法を紹介するために、再度、BOPのフィールドに既存のデザイン手法を適用する際の問題点を説明をいたしました。そして、実際のデザイン手法として、「デザイナの関心モデル構築」「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」の3つのデザインプロセスについて、構造構成主義、および、SCQRMとの関連性を踏まえつつ、説明をいたしました。
BOP向けのプロダクトを構築する際、単にデザイナと現地人の関心を満たしつつ現地の問題を解決するプロダクトを開発するだけではなく、プロダクトを通じてデザイナと現地人が新たなカルチャーを共創するようなプロダクトを開発することで、現地の持続可能な発展に対する貢献が可能となると考えられます。実際には、プロダクト、サービス、社会システムを普及させるために必要な人材に対する教育を実施するための仕組みづくりや、プロダクトを生産するための現地協力者の捜索なども、プロダクトを普及させるにあたって重要な要素となります。しかしながら、本デザイン手法は、ソーシャルイノベーションのためのプロダクトをデザインすることを目的としているため、これらの課題は、本手法の適用範囲を超えるものと考えられます。強いて言えば、関心相関的にこれらの課題に対して有効なその他の手法を組み合わせることによって、解決することが望ましいでしょう。
次回より、今回説明した構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践として、実際に参加した東ティモールへのフィールドワークをケーススタディとして引用しつつ、そのデザインプロセスの具体的な説明をいたします。