前回は、ソリューションモデル構築以後の「プロトタイピングと現地テスト」の前編として、ココナッツワイン”Wanic”と、Wanicを製造するためのツールキット”Wanic Toolkit”のコンセプトモデルについて、キットの概要、キットを用いたWanicの製造プロセス、ならびに、第1回現地テストとそこでのフィードバックを中心に説明しました。
今回は、「プロトタイピングと現地テスト」の後編として、第1回現地テストの結果を受けてリデザインされた普及モデル(ver.1.0)、第2回現地テスト、さらには第2回現地テストからのフィードバックをもと改良した普及モデル(ver.1.1)を説明します。
Wanic Toolkit
普及モデル ver.1.0
第1回現地テストの結果をもとに、Wanic Toolkitの普及モデル(ver.1.0)を開発しました(図1)。コンセプトモデルから普及モデル(ver.1.0)への大きな変更点は、固定具の廃止と素材の変更です。まず、コンセプトモデルのメインパーツであったワニの形状をあしらった固定具を廃止しました。とはいえ、シンボルとしてのワニを完全に排除したわけではなく、発酵栓の上蓋にワニのイメージを焼き印としてを残しました。次に、ローカルテクノロジーとローカルマテリアルのみでのキット製造を念頭に置き、プロダクトの素材としてセラミックを主として採用しました。以下では、具体的なキットの構成とWanicの製造プロセスについて説明します。
図1:Wanic Toolkit 普及モデル(ver.1.0)
普及モデル(ver.1.0)は4つのパーツで構成されています。4つのパーツは、発酵栓、発酵栓の上蓋、(コルク付)サーブ栓、穴あけ具です。発酵栓の上蓋は逆さにし、内側の凹みを利用して、酵母の予備発酵を行うことができます。穴あけ具は、アルミ部分をハンドル内部で固定しただけではなく、先端部分についてはハンドドリルの刃を参考に波型を採用しました。
上記の4つのツールを用いたWanicの製造プロセスは、コンセプトモデルと同様の6ステップを採用しています。
図2. Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン(Wanic)作りのプロセス(ver1.0)
1. 穴あけ
穴あけ具を用いてココヤシの実(ココナッツ)に穴を開けます。2. 酵母投入と補糖
酵母と砂糖を投入します。ヤシの実に含まれるジュースは糖度約5%であるため、目的のアルコール度数に応じて適切な量の砂糖を投入する必要があります。ココナッツジュースの内容量は約700-1000mlで、ココヤシの実の大きさに比例します。3. 発酵
発酵栓を接続し、アルコール発酵を待ちます。ココナッツジュースの内容量次第ですが、発酵は5-6日程度で終了します。アルコール発酵に併せて生成されるガスが停止すると、発酵の完了を意味します。4. 保存
保存栓を接続します。アルコール発酵後は酸化を防ぐために、空気の侵入を妨げる必要があります。5. サーブ
サーブする前に保存栓を取り外します。6. 美味しい!
ストローを用いて、もしくは、直接グラスにサーブして、生成されたお酒を飲むことができます。
第2回 現地テスト
普及モデル(ver.1.0)を開発したのち、再び東ティモールにて現地テストを行いました。第2回現地テストでは、普及モデル(ver.1.0)を用いたWanicの製造と試飲を協力者に依頼しました。テストを行うにあたり、6ステップの製造プロセスが記載されたマニュアル、ツールキット(ver.1.0)、作るヒト、および、飲むヒト向けの関心相関的アンケート(表1)を1つのパッケージとしてまとめ、東ティモールの協力者のもとへ配送しました(図3)。
図3. Wanic Tooklit パッケージ
表1. 作るヒト、および、飲むヒト向けの関心相関的アンケート
作るヒト
Q1. 何日間発酵をしましたか? ( )日間
Q2. Wanicを作るのは簡単でしたか?
a. とても簡単 b. やや簡単 c. やや難しい d. 難しいQ3. Q2でcかdと答えたかたにお聞きます.どのステップが難しかったですか?
a. 穴あけ b. 補糖 c. 発酵 d. 保存/保管 e. その他Q4. その他Wanicを作る際に困った点,気づいた点があればお答えください.
Q5. Wanicを作るプロセスは楽しかったですか?
a. とても楽しい b.やや c. あまり d. 全くQ6. マニュアルについてお聞きします.マニュアルはわかりやすかったですか?
1. とてもわかりやすい 2. ややわかりやすい 3. ややわかりづらい 4. とてもわかりづらいQ7. 6の理由を聞かせてください.
Q8. Wanicを作ることで収入が上がある場合,今後も作りたいと思いますか?
a. とても b. やや c. あまり d. 全くQ9. キットに何かあると便利なものがあればお聞かせください。
飲むヒト
Q1. また飲みたいですか?
a. とても飲みたい b. やや飲みたい c. あまり飲みたくない d. 全く飲みたくないQ2. Q1を選択した理由をお聞かせください.
Q3.味について.どういう味がしましたか?記述してください.
Q4. wanicをどのようにして飲みましたか?(複数回答可)
a. ストレート b. 冷やして c. カクテルで d. 蒸留してQ5. Q4でcと回答した方にお聞きします.どんなカクテルが美味しかったですか?
Q6. Q4でcと回答した方にお聞きします.どんなジュースカクテルだと美味しいと思いますか?
Q7. 4の価格は1杯いくらが妥当だと思いますか?(複数回答可)
( ) $Q8. ホテルやレストランでwanicが売られていたら飲んでみたいとと思いますか?
a. とても b. やや c. あまり d. 全くQ9. 外観について.外観は魅力的ですか?
a. とても魅力的 b. やや魅力的 c. あまり魅力的でない d. 全く魅力的でない
作るヒトについては、東ティモールの友人に協力を依頼しました(図4)。具体的な手続きとして、Wanic Toolkitを使ってWanicを製造後、インタビューシートに回答してもらいました。また、飲むヒトについては、東ティモールの友人を通じて、彼女の職場の韓国出身の同僚の方に依頼しました。具体的な手続きとして、友人が製造したWanicを試飲後、インタビューシートに回答してもらいました。以下にアンケート結果を示します(表2)。
図4. 普及モデルを用いたWanic製造の様子
表2. 作るヒト、および、飲むヒト向けの関心相関的アンケート結果
作ったヒト – Timorian, Female
Q1. 何日間発酵をしましたか?
6日間Q2. wanicを作るのは簡単でしたか?
c. やや難しいQ3. Q2でcかdと答えたかたにお聞きます.どのステップが難しかったですか?
b. 補糖Q4. その他wanicを作る際に困った点,気づいた点があればお答えください.
全てのツールは日本から送られてきたけど、東ティモールのマーケットでどうやってこういったツールを手に入れるか考えたことある?東ティモールで手に入るかどうかはわからない。*1
まずはじめに、初めてWanicを作ったけど、ツールに慣れていないし、少し難しかった。なので、逐一マニュアルを見ながら作らなければならなかった。
また、インストラクションが曖昧だった。特に、酵母と砂糖を追加するところ。このプロセスは、ココナッツの外でやるべきだったのか、あるいは、直接ココナッツの中に入れるべきだったのかわからなかった。前者だとすると、例えばグラスに少しココナッツジュースを移して、酵母と砂糖をグラスのなかでまぜてココナッツに戻すということなのかな。
私の友達と2人で、2つの異なる方法でWanicを作ってみた。
1. ワイン酵母と砂糖をココナッツの中に入れてから混ぜる。
2. 大きめのグラスにココナッツジュースを移して、ワイン酵母と砂糖をまぜて、それからココナッツに戻す。
最初の方法だと甘いWanicができたけど、2番目の方法だと(悪くはないけど)少し苦くなった気がする。Q5. wanicを作るプロセスは楽しかったですか?
a. とても楽しいQ6. マニュアルについてお聞きします.マニュアルはわかりやすかったですか?
b. ややわかりやすいQ7. 6の理由を聞かせてください.
インストラクションは少し不明確だった。それぞれのステップを採用する理由が記載されているとわかりやすいかも。例えば、なぜ酵母を追加する必要があるのか、あるいは、なぜ、砂糖を大量に入れる必要があるのか、あるいは、砂糖の前にワイン酵母を入れる必要があるのか?などなど。著作権問題が心配かもしれないけど、YoutubeでWanicをどうやって作るかという説明ビデオがあるともっといいかも。Q8. wanicを作ることで収入が上がある場合,今後も作りたいと思いますか?
a. とてもQ9. キットに何かあると便利なものがあればお聞かせください。
最初に指摘したけど、東ティモールでどうやってWanicを作るためのツールキットを手に入れるかを考えなければならない*1。また、Wanicを作る前に、WanicのUS15$というコストも適切かどうか疑わしい。東ティモールにはたくさんココナッツがあるし、ブドウはこの国では手に入れられないからワインの価格とも違ってくるでしょう。8-10$の価格がリーズナブルだと思う。ボトルでの販売は考えている?*1 送られてきたツールが既製品であったと彼女が思い込んでいたのではないかとと推測しています。
飲んだ人 – Korean, Female
1. また飲みたいですか?
a. とても飲みたいQ2. Q1を選択した理由をお聞かせください.
味は好きだし、韓国人にとってはもちろんエキゾチックな味だね。私たちの国にはココナッツはないし、ビーチで午後に飲みたい。Q3.味について.どういう味がしましたか?記述してください.
最初のものは少し甘くて、ココナッツジュースや甘いカクテルみたいな味がした。Q4. wanicをどのようにして飲みましたか?(複数回答可)
b. 冷やして (on the rock! )Q7. Q4の価格は1杯いくらが妥当だと思いますか?(複数回答可)
このワインを作る時のコスト(ココナッツの値段など)や他のアルコールの価格次第だけど、グラスで3$くらいかな。ホテルやレストランでって場合だけど。ココナッツ1つ分、つまりボトルワインと同じくらいってことだけど、10$くらいかな。Q8. ホテルやレストランでwanicが売られていたら飲んでみたいと思いますか?
a. とてもQ9. 外観について.外観は魅力的ですか?
b. やや魅力的 (すてきなワインボトルでもココナッツの形のボトルでもいいかな。
第2回現地テストの結果、ツールキット、マニュアルに対する幾つかの改良点が導き出されました。第1に、カップの追加です。「作るヒト」の行った実験から、砂糖300gを直接ココナッツの中で溶解させるプロセスは確かに可能ではあるものの、非常に煩雑であるとの感想を抱いていたわかりました。この問題は、「作るヒト」からのフィードバックにて指摘されていたように、一旦ココナッツジュースを取り出し、砂糖を溶かすことが可能なサイズのカップを、ツールキットと同じ素材で制作し、キットへ導入することによって解決が可能と考えられます。第2に、フィルタの追加です。第2回現地テストで利用したフィルタは、暫定的に既存の茶こしを利用していました。この茶こしに変わるツールを新たにデザインする必要があります。第3に、マニュアルの改善です。「作るヒト」からマニュアルの不明瞭さについての指摘がありました。特に酵母と砂糖を追加するプロセスについて、ステップ数を増やし、曖昧さを排除する必要があります。
普及モデル ver.1.1
第2回現地テストの結果をもとに、Wanic Toolkitの普及モデル(ver.1.1)を開発しました(図5)。前回のバージョンから普及モデル(ver.1.1)への大きな変更点として、スタッキングおよび補糖用砂糖の事前溶解を目的としたカップを導入しました。以下では、具体的な構成とWanicの製造プロセスについて説明いたします。
図5:Wanic Toolkit 普及モデル ver.1.1
普及モデル(ver.1.0)は8つのパーツで構成されています。8つのパーツは、発酵栓、発酵栓の上蓋、サーブ栓x2、カップ、フィルター、穴あけ具、繊維除去スティックです。サーブ栓、カップ、フィルター、繊維除去スティックの4つのパーツが新たに追加されました。まず、サーブ栓は、1つをココヤシに取り付け、間にフィルタを挟み、その上から再度サーブ栓を取り付けます。これにより、Wanicをサーブする際にココヤシの実の底部に沈殿したオリのグラスへの流れ込みを防止できます。繊維除去スティックは、ハンドル天頂部にある穴より挿し込むことで、穴あけ時にパイプの内側に混入した繊維を取り除くことができます。さらに、先端部から差し込むことで刃による怪我を防止できます。
上記の8つのツールを用いたWanicの製造プロセスを、従来の6ステップから12ステップへと変更しました。ステップ数が増えることによる工程の複雑化と、味の安定性のトレードオフを考慮し、最終的にステップ数を増やす決定を下しました。
図5. Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン(Wanic)作りのプロセス(ver1.1)
1. 穴あけ
貫通するまで回しながら押しこみます。実に穴が開いたら注ぎ口を差し込みます。2. ジュースの取り出し
ココナッツジュースを発酵栓の蓋とカップに注ぎます。3. 予備発酵
カップに注いだジュースに酵母(1g)をふりかけ、15分待ちます。4. 補糖
砂糖300gを2~3回に分けて入れます。1回ごとにステップ4,5を繰り返します。5. 攪拌
注ぎ口にコルク栓をして、よく振って砂糖とジュースを混ぜます。6. 酵母入りジュースの投入
コルク栓を抜き、ステップ3で作っておいた酵母入りジュースをココナッツに戻します。7. 攪拌
もう一度コルク栓に差し替えて、よく振って混ぜます。8. 空気の遮断
発酵栓をさし、ステップ2で蓋に注いだジュースを発酵栓内部に移します。9. 発酵
蓋をして発酵開始です。温度を20度くらいに保ち、5日間程度待ちます。10. 保存
発酵が終わったらコルク栓に差し替えて、Wanicの完成です。11. フィルタの取り付け
サーブする時は注ぎ口を2個使います。2つの注ぎ口の間にWanicで湿らせたフィルタをギュッと挟んで実に差し込みます。12. さあ、どうぞ!
以上、第2回現地テストの結果を元に改良を施したWanic Toolkitの普及モデル(ver.1.1)とツールキットを用いたWanicの製造プロセスについて説明をしてきました。しかしながら、現行バージョンにおいてもブラッシュアップの可能性は多分に残されています。以下では、次に取り組むべき主な課題について触れておきます。
まず、科学的手法を用いて成分分析を行う必要があります。成分分析は2種類、すなわち、原料となるココナッツジュースと発酵後のWanicの両者について行う必要があります。ココナッツジュースについては、栄養素、糖度を分析する必要があります。これは、アルコール発酵を正確に行うにあたって、適切な補糖量を確定するだけではなく、アルコール発酵によって失われる栄養分を同定することを目的としています。また、Wanicについては、アルコール濃度、糖分、エキス分、酸含量を分析する必要があります。これはアルコール発酵プロセスの精緻化を目的としているだけではなく、味のブラッシュアップ、ならびに、ブランディングを考えるにあたり欠かせないプロセスと考えられます。
次に、酵母の選定を行う必要があります。現在の日本の法律では、酒造免許がない場合、国内で清酒酵母を取得することはできません。したがって、我々の場合、国内酒造メーカー、もしくは、展開先の現地酒造メーカーと協業することによって、適切な酵母を選定することが不可欠となります。展開先の国の気候・風土、さらには、現地人の味覚などの環境に合わせた酵母を選定・培養した上で、Wanicに利用していくという観点からすれば、前述の成分分析の結果から得られるデータを基礎的土台として、現地でアプリケーションとしての味の最終的なカスタマイズを行うことは必然と考えられ、現地での酒造りのパートナーの確定は急務であると考えています。
まとめ
今回は、第1回現地テストの結果を受けてデザインした普及モデル(ver.1.0)、東ティモールにてWanic Toolkitを用いてWanicを作るヒト、および、飲むヒト向けに実施された第2回現地テスト、さらには第2回現地テストをもとに改良した普及モデル(ver.1.1)とその製造プロセスについて説明しました。
次回は、Wanic ToolkitとWanicを用いたビジネスモデルについて説明します。