実践 – プロトタイピングと現地テスト – コンセプトモデル

前回より、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践について紹介をしています。前回は、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」のプロセスについて説明しました。

今回は、ソリューションモデル構築以後の「プロトタイピングと現地テスト」の前編として、コンセプトモデル、第1回ユーザテストについて説明します。

Wanic Toolkit

コンセプトモデル

実践の第3回にて構築したソリューションモデル(ver.1.1)は、解決すべき問題として「少ない現金収入」を以前のソリューションモデル(ver.1.0)から継承し、この問題に対する解決手段として、「現地に豊富に存在する作物であるココナッツを用いたお酒作りのためのツールキット」を仮説として設定していました。我々のチームはこの仮説をもとづき、Wanic Toolkit(図1)を開発しました。

図1. Wanic Toolkit コンセプトモデル

Wanic Toolkitは5つのパーツで構成されるココナッツワイン作りのためツールキットです。メインパーツは、東ティモールで神聖視されるワニの形をあしらった「固定具」(図2)で、本パーツに4つのアタッチメントを接続して利用します。第1に、メインパーツのワニの歯型に対応した「穴あけ具」(図3)、第2に、発酵弁を内部に組込んだ「発酵栓」(図4)、第3に発酵後に空気をヤシの実に触れさせないための高い密閉度を保持するための「保存栓」、第4に、直接もしくはストローを用いて飲む際の「サーブ栓」です。なお、コンセプトモデルは、3Dプリンタを利用し、ABS樹脂とアルミを用いて制作しました。

図2. 固定具

図3. 穴あけ具

図4. 発酵栓

Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン作りのプロセスは、6つのステップで構成されます(図5)。これら6つのステップで醸造されたココナッツワインを”Wanic(ワニック)”と呼びます。また、Wanicを蒸留したものをWanic liquor(ワニックリキュール)と呼びます。以下にて、6つのステップの解説をします。

図5. Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン(Wanic)作りのプロセス(ver1.0)

1. 穴あけ
穴あけ具を用いてココヤシの実(ココナッツ)に穴を開けます。

2. 酵母投入と補糖
酵母と砂糖を投入します。ヤシの実に含まれるジュースは糖度約5%であるため、目的のアルコール度数に応じて適切な量の砂糖を投入する必要があります。ココナッツジュースの内容量は約700-1000mlで、ココヤシの実の大きさに比例します。

3. 発酵
発酵栓を接続し、アルコール発酵を待ちます。ココナッツジュースの内容量次第ですが、発酵は5-6日程度で終了します。アルコール発酵に併せて生成されるガスが停止すると、発酵の完了を意味します。

4. 保存
保存栓を接続します。アルコール発酵後は酸化を防ぐために、空気の侵入を妨げる必要があります。

5. サーブ
サーブする前に保存栓を取り外します。

6. 美味しい!
ストローを用いて、もしくは、直接グラスにサーブして、生成されたお酒を飲むことができます。

Wanic Toolkitを利用することで、従来のココヤシを用いた酒(Tuak)作りの複数の問題を解決するころができます。まず、従来のヤシの樹液を用いたTuakは自然発酵に任せていたため、味をコントロールすることが困難でした。また、樹液採取が行われたヤシは、その後、開花・結実することなく枯死してしまいます。これに対し、Wanicは、酵母と補糖を行うことで一定の味を容易に保つことが可能となるだけでなく、ヤシの実が採取できる限り継続的に生産可能です。次に、従来のTuakは、保管の段階で、雑菌や空気が混入することにより、また、気温の変化により、味が劣化し、長期間の保存に耐えないという問題を生じます。これに対して、Wanicは、容器としての耐久性が高く、内部の滅菌状態が確保されたココヤシの実を容器として利用すること、また、密閉性の高い保存栓を利用することで酸化を防止することが可能です。

さらに、ココナッツワイン作りのプロセスだけではなく、公衆衛生観念について現地の人に楽しく学習してもらうために、Wanic Songを制作しました。Wanic Songは、Wanic作りのマニュアルとして、各ステップにおいて守るべき公衆衛生上のポイントをグラフィックで表現するだけではなく、歌というフォーマットを通じて配布することで、現地の人に容易かつ楽しくこれらを記憶してもらうことを狙いとしています。

図6:Wanic Toolkitを用いたココナッツワイン(Wanic)製造マニュアルの記憶への定着は歌を通じて行う。

第1回 ユーザテスト

コンセプトモデルを開発したのち、第1回ユーザテストを行いました。まず、今回のテストの目的は、現地の協力者とともに、Wanic Toolkitのコンセプトモデルを用いて実際にお酒を製造できるか否かの確認を行うことでした。その結果、Wanicの製造プロセス、および、Wanic Toolkit コンセプトモデルのそれぞれについて多くの課題が発見されました。以下では、それぞれについて説明をしたいと思います。

Wanicについては、まず、オリの除去が課題として指摘されました。アルコール発酵が終了した段階で、酵母の死骸であるオリが、ココヤシの実の底部に沈殿します。酒の味の劣化を防ぐためにはオリを取り除く必要があります。製造プロセス(ver.1.0)のステップとしてオリの除去が含まれていないため、このステップを新たに組み込む必要があります。

実際にオリを取り除く場合、新たな課題としての酸化が立ち現れます。発酵終了後、発酵段階で発生したガスが、ココヤシの実に充満しています。この時、ココヤシの実の内部は真空状態となり、酸化は進みません。しかし、保存栓を取り外し、空気がココヤシの実に混入した場合、酸化が進み、味が劣化する可能性が高まります。この現象を防ぐためには、酸化防止剤を利用して酸化そのものを無効にする、混入した空気を吸引する器具を新たにツールに追加する、あるいは、Wanicをもろみワインのような形式で飲む酒であると再定義する、のいずれかが考えられます。

Wanic Toolkitについては、まず、穴あけ具の改善が課題として指摘されました。コンセプトモデルでは、固定具と密着することを想定して、穴あけ具に直径28mmのアルミパイプを利用しています。アルミパイプは45度で切断されていますが、ココヤシの内皮は非常に堅く、内皮に対して穴を開けることは容易ではありません。これを解決するためには、パイプの直径を小さくする、切断角度をより鋭利にする、刃の形状自体を変更するのいずれかが考えられます。

また、普及モデルのデザインにあたって、製造コストが問題となります。製造コストを下げるためのアプローチとして、現地で調達・運用可能なローカルテクノロジー・ローカルマテリアルを選択する必要があります。現地調査の結果、コスト面でプラスチックを大幅に下回るセラミックの鋳造技術がすでに普及していることから、コンセプトモデルにてABSで制作されている部分の代替としてセラミックを利用できます。しかしながら、酸化防止のための空気吸引具についてはゴムなどを用いた弁が必要となり、コストが高くなる可能性が依然として残ります。

第1回現地テストでは、Wanic Toolkitのコンセプトモデルを用いたWanic製造可能性について検証し、すでに述べたように、いくつかの改良点に関するフィードバックを得ることができました。これらのフィードバックにもとづいて、Wanic Toolkitの普及モデルの開発に着手しました。

まとめ

今回は、ソリューションモデル構築以後の「プロトタイピングと現地テスト」の前編として、ココナッツワイン”Wanic”と、Wanicを製造するためのツールキット”Wanic Toolkit”のコンセプトモデルについて、キットの概要、キットを用いたWanicの製造プロセス、ならびに、第1回現地テストとそこでのフィードバックを中心に説明しました。

次回は、第1回現地テスト結果を受けてデザインされた普及モデル、第2回現地テスト、さらには第2回現地テストをもとにした普及モデルの改良までを説明します。

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