前回より、ソーシャルイノベーションのための構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践について紹介をしています。前回は、実践の第1回として、私の参加した米国NPOコペルニク主催の、途上国の課題を解決するプロダクトを開発することを目的としたSee-D Contestのプログラムである東ティモールへのフィールドワークを題材に、事前調査からデザイナの関心モデルの構築、そして、インタビュー項目決定までの流れを説明したしました。
今回は、私自身が参加したボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」のプロセスについて説明をいたします。
第1回フィールドワーク
第1回フィールドワークは、2010年8月12-15日の期間にて行われました。第1回フィールドワークのエリアは山岳地帯のボボナロ県[1]でした。ボボナロ県は、東ティモールにある13県のうちの一つで、人口は9万3787人(2008年)、6つの地区(アタバエ、バリボー、ボボナロ、カイラコ、ロロトイ、マリアナ)が存在します。第1回のフィールドワークでは、ボボナロ地区(図1)とマリアナ地区(図2)を訪問しました。以下では、まず第1回フィールドワークのスケジュールについて説明したいと思います。
[1] ボボナロ県
図1. ボボナロ地区
図2. マリアナ地区
8月12日
早朝にインドネシア・バリのホテルに集合後、デンパサール空港へ移動し、東ティモール行きのフライトに搭乗いたしました。デンパサール空港からディリ国際空港までは約2時間。現地には13時頃到着いたしました。到着時の気温は28℃、湿度75%とかなり蒸し暑かったのですが、マラリア対策のため長袖は欠かせません。世界銀行勤務の現地コーディネーターとおちあい、レンタカーと携帯電話を借りた後、スーパーへ立ち寄り、水や蚊帳等を買い出しました。ディリ市内の食堂で昼食後、山中を移動し、17時ごろ東ティモール大学工学部へ到着。日本にも留学経験のあるProf. Marphinに構内を案内していただきました。ここには日本のNGOなどから寄付された多くの工作機械(写真01)がありました。日没後、ボボナロ地区へ向けて出発したのですが、途中の山中で豪雨に遭遇し、予定よりもかなり遅れて22時半頃ようやくマリアナ地区へ到着し、急遽コーディネータの親戚の家に宿泊しました。この家庭は父親(コーディネータの叔父)がNGOに勤務していることから比較的裕福で、電気も引いてあり、子供らはPS2で遊んでいました。とはいえ、家そのものの構造は非常にシンプルで、屋根はトタンで壁はブロックでした。
写真01. 東ティモール大学工学部
8月13日
庭で放し飼いされている闘鶏用の雄鶏が夜中叫びっぱなしで夜明けに目が覚めました。朝食を頂いたのち、コーディネータの叔父にインタビューを行いました。その後、別のNGO職員の方が来訪され、インタビューを行いました。昼前に親戚の家を離れ、途中でガソリンを入れた後、ボボナロ地区へ向かいました。ボボナロに到着後、食堂で昼食を採り、14時頃から、医療センターにて現地の医師にインタビューを行いました。東ティモールに居る医者の多くはキューバより派遣されてきた医者が多いそうです。15時過ぎから、ボボナロ地区の行政区オフィスにて、行政長官(写真02)にインタビューを行いました。インタビュー終了後、17時頃から中心街を散策し、18時頃にはコーディネータのボボナロの親戚の家に到着し、夕食を頂きました。マリアナ地区と比べてボボナロ地区/ボボナロは、無電化の状態に近く、ソーラーランタンの明るさ以外はほぼ闇でした。無電化の状態では、180度近くまで星で敷き詰められた夜空を見渡すことができました。
写真02.行政長官
8月14日
寝泊まりしていた家はトタン屋根のため放射冷却がひどく、早朝あまりの寒さに目が冷めました。気温も確認したところ室温が19℃程度まで下がっていました。この日は、月に1度のバザールの日ということで、6時頃から10時頃まで道の左右に延々と簡易的な店がオープンしていました。周辺の村から来た店は80店舗、お客さんは1000人以上はいたようです(写真03)。バザールの後、市内の外れにある最低所得エリアと呼ばれている場所に移動し、そこに住む家族にインタビューを行いました。旧日本軍はこのエリアまで来ていたらしく、彼らが使っていた貯水漕を見せてくれました。その後、コーディネータの親戚の家で昼食を頂き、隣のグマ村へ移動しました。グマ村は70家庭程度の小さな村落で、村長はコーディネータの親戚でした。村長へのインタビューを行ったのち、いくつかの民家へ移動し、村の人々へインタビューを行ったり、畑や家畜を見せてもらったりしました。村の集会場をベースに活動していたのですが、村のこどもたちが物珍しさか全員集まってきました。お土産代わりに持参したポラロイドで撮影したり、折り紙で遊んだりしました。
写真03.バザールに集まった人
8月15日
4時頃起床し、片付けを行った後、車にてディリへ向かいました。往路は深夜かつ豪雨でしたが、復路は快晴で、綺麗な景色を眺めながらの快適なドライブでした。ディリにて少し時間の余裕があったためホテルに立ち寄り3日ぶりにビールを飲みました。フライトは14時の予定でしたが、デンパサールからの到着が遅れており、いつ出発できるかわからないと言われました。ちなみに遅延に関する構内アナウンスなどはなく、ブラウン管のディスプレイに一応delayと表示されているのみでした。空港には野良無線があったので、ちゃっかりtweetしておきました。仕方がないので、海岸近くでランチを取り、ビーチでしばらくのんびりして、最終的に現地時間で21時頃ようやく出国することができました。
写真04.東ティモール国際空港
第1回フィールドワークには、2つの制約が存在しました。第1に、調査場所の制約が挙げられます。調査場所は、東ティモールのマリアナ地区、ボボナロ地区、グマ村の3つの山岳エリアであり)、この3エリアにおいて、村人、NGO職員、行政地区長などに対してインタビューを行いました。これらは私が関心相関的にサンプリングした場所と人ではなく、ワークショップ主催者や現地コーディネータが関心相関的にサンプリングした対象です。第2に、言語の制約が挙げられます。これらの3エリアに住む人々は、日常生活では、テトゥン語、もしくは、ボボナロ語を用いています。したがって、インタビュイーはテトゥン語、もしくは、ボボナロ語での回答を行います。インタビュアー兼通訳は、私らが英語にて伝えたインタビュー項目を現地語に翻訳し、質問を行いました。また、質問内容に関するインタビュイーからの回答についても、通訳を介して現地語から英語に翻訳してもらった上で、私たちに伝えられる必要がありました。
このような制約条件は、コンテストのプログラムの性質上避けては通れない制約といえます。しかしながら、前者については、一人で自由に行うフィールドワーク以外には避けて通れない制約です。また、後者については、途上国の多くの地域では、英語が通じる場合は少なく、インタビューにおいて、通訳の意図が少なからず介入することはインタビュアーである我々が考慮に入れておかなければなりません。その上で、質問内容を工夫する必要があります。同時に、インタビューに依存しない注意深い観察も生活習慣や価値観を理解する上では欠かせないプロセスと言えるでしょう。
以下に、第1回フィールドワークのために用意した関心相関的インタビュー項目(表1)と、フィールドノートの抜粋(表2)を示します。フィールドノートについては、なるべくインタビューの直後、遅くとも同日中に、記憶が鮮明な状態でまとめることが重要です。ここでは気づき(分析)は必要なく、あくまで収集したデータを綿密にまとめることを心がけましょう。また、フィールドで得た統計データ、インタビューイーの意見、インタビュアーの意見、観察項目を区別して記述することが望ましいです。ボイスレコーダも、インタビュー用と、自分の意見用に2つ用意するとテクスト化の際に区分しやすいでしょう。また、フィールドノーツには適宜、関連する写真を追加することで、記憶のオフロードに役立てることができるでしょう[2]。なお、今回のフィールドワークでは、私は、フィールドノーツの作成にiPadを利用しました。これは、軽量かつ長時間の駆動が可能であるためです。
[2] 東ティモールでの写真
表1. 関心相関的インタビュー項目
生活について
お金を稼ぐ手段は何ですか? 農業の場合、何をつくっていますか? 農業の場合、なぜそれを作っていますか? (それ以外) なぜそれを選択しましたか? 教育は何年間受けましたか,それはどういう内容でしたか? 何が豊富にありますか? 現在使っているテクノロジーについて教えて下さい。 システムについて
家族制度について何か特徴的なことがあれば教えて下さい。 村の制度について何か特徴的なことがあれば教えて下さい。 身分制度について何か特徴的なことがあれば教えて下さい。 運搬システムはどのようなものがありますか? 移動システムはどのようなものがありますか? 価値感について
あなたにとって大切なものは? あなたが楽しいと思うことは何ですか? あなたがつらいと思うことは何ですか? 将来何をしたいですか? 今の生活に満足していますか?
表2. フィールドノーツ(抜粋)
日時:8月12日マリアナ地区
インタビュイー:コーディネータの叔父— 現金収入について(抜粋)
Q. どうやって穀物を売っているのか?
商品は、ボボナロだと、ナッツ、ポテトがメインで、マリワナだと米、コーンがメイン。
NGOが買い手で、コンタクトをとると回収にきてくれる。
NGOはそれをさらにイナカの農村に配布する。
会社が買ってくれる場合もある。Q. その他の現金獲得手段は?
NGOで働く。
動物を売る。Q. 現金を何に使うか?
1. 家族
結婚や葬式。
家族はextended familyで非常に大きく、家族内で現金の移動がある。
動物を買う。2. 教育
高校まで学校は無料、ただし公立のみ。
公立のレベルは高くなく、私立が高い。
買うのは、ユニフォーム、靴、教科書、ノート、鉛筆。
ただし図書館はない。
教科書は学校が一括して購入し、学校がこどもらに販売する。
教科書自体はすごく薄い。
小学校1-2年性、3-5月で20ページくらい。
言語はポルトガル語とテトゥン語。言語は結構大きな問題になっている。
先進国のNGOは英語。
公的機関はポルトガル語。
家庭はテトゥン語。
# identity問題が生じる
英語は中学校から。英語を学ぶとNGO関係の仕事につける。
フィールドの概念抽出および現象マッピング
さて、第1回フィールドワークからの帰国後、フィールドノーツをもとに、東ティモールにおける現象マップを作成しました(図3)。各現象をもとに概念化を行った結果、「健康上の問題」「低い公衆衛生観念」「原始的な燃料」「原始的な家の構造」「保守的な農業への姿勢」「豊富な作物」「家族中心の文化」「少ない産業」「少ない現金収入」「非効率な運搬方法」「原始的な運搬システム」「雨季と乾季の差」「地形の複雑さ」「教育の格差」「低い教育水準」「少ない娯楽」の16概念が抽出されました。さらに、これらの概念をもとにカテゴリ化を行った結果、「衛生」「住居」「農業」「価値観」「産業/仕事」「運搬」「気候/風土」「教育」の8カテゴリが抽出されました。これらの概念を用いてソリューションモデル(ver1.0)を構築します。
図3. 第1回フィールドワークに基づく東ティモールの現象マップ
各現象から抽出された概念と、概念同士をまとめるカテゴリを用いて、現象マップを作成します。なお、各概念に連なる現象のうち、四角で囲んだものはインタビューに対する回答を指し、囲まれていないものは観察に基づくコメントを指します。
ソリューションモデルの構築
第1回フィールドワークを通じて制作されたフィールドノーツから、概念抽出および現象マップを構築するプロセスで得られた概念をもとに、ソリューションモデル(ver.1.0)を構築しました(図4)。まず、解決すべき問題として、デザイナの関心モデルとフィールドにおける現象を踏まえ、関心相関的に「少ない現金収入」に着目しました。そのための解決手段として、「現地に豊富に存在する作物を用いた現金収入獲得のための手工芸」を仮説として設定しました。具体的には、家内制手工業として、現地に豊富に存在する竹やバナナを用いて、容器・カゴ、家の建材を制作します。本仮説は、家内制手工業を前提とし、家族で取り組むことができるため、家族中心の文化という彼らの関心と矛盾しません。また、本仮説は、農作業の方法それ自体を根本的に変化させるプロダクトではないため、保守的な農業への姿勢をもつ彼らの関心と矛盾しません。
図4. 第1回フィールドワークに基づくソリューションモデル
ソリューションモデル(ver.1.0)は、私が単独で構築したモデルにすぎず、あくまでフィールドワーク後に私の所属するチームにおける1つの仮説に過ぎません。
このような仮説は、立ち現れた概念に含まれる課題としての現象を、直接的ないし間接的に解決可能であることが望ましいといえます。例えば、容器・カゴを作ることで、「非効率な運搬方法」を解決でき、「原始的な運搬システム」の改善にもつながります。また、家の建材を製造することで、「原始的な家の構造」を解決でき、健康上の問題解決にもつながります。一方、間接的に解決が可能な現象として、現金収入向上により、教育への再投資が可能となることから、「教育の格差」、「低い教育水準」が解決できます。また、TVや本などに対する投資が可能となることから、「少ない娯楽」を解消できます。さらに、「雨季と乾季の差」に注目した場合、雨季には通常の農作業ができないという課題を踏まえた上で、手工芸を行う期間を雨季の期間で重点的に分布させることで、多角的な収入獲得手段の確保が可能となるでしょう。
なお、ソリューションそれ自体をフィールドワークで得た現象だけを用いて構築しようとすると、得てして卑近なコンセプトを構築してしまいがちです。それは、何をデザインするか(対象)までは特定できても、どのようにデザインするか、といったレベルのアイディアをフィールドワークに求めてしまった場合に必ず起きる現象です。このような現象を避けるためには、アプローチについて創造のジャンプを施す必要があります。創造プロセスにおけるジャンプについては、ジェームス・W・ヤングの『アイディアの作り方』に代表されるアイディアの組み合わせ、多様性を確保したチームによってなされるブレインストーミング、さらには、天才のひらめきに依存するジーニアスデザインなど様々ですが、デザイナの関心モデルを構築する過程で構造化された自身の技術的、思想的な関心とフィールドワークで得られた概念を活用してコンセプトを構築することが重要であると考えられます。
まとめ
今回は、構造構成主義的プロダクトデザイン手法の実践の第2回として、私自身が参加したボボナロ県への第1回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの構築」のプロセスについて説明をいたしました。
次回は、ラウテム県ロスパロス地区への第2回フィールドワークを題材に、「フィールドの概念抽出および現象マッピング」「ソリューションモデルの再構築」「プロジェクトの関心モデルの構築」のプロセスについて説明をいたします。第2回フィールドワークでは、第1回フィールドワークをもとに構築した仮説をもとに関心相関的に構築したインタビュー項目を用いてインタビューを行うことになります。この段階では、何をデザインするかというデザイン対象の検証を行うことを目的としています。